熊野醉軍

天に導かれるままに、旅紀行を綴っていきまする。

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2008年6月20日 青森 3 蒼前社

2008-06-20 23:00:03 | 北海道、東北
 天王社のすぐに、七戸城蹟があったが、先に1キロメートルほど離れたところに建つ「そうぜん」さんへ行くことにした。創建由等詳しいことは不明。ただ、馬に關係があるようである。「そうぜん」樣信仰が東北ではあるらしいが、その由來は以下のようである。

 昔、貞觀元年(859)、都の綾小路に住む關白藤原是實は、無實の罪によって嫡男是行と共に奧州氣仙へ流された。是實はもなくこの地で亡くなり、是行公は數人の從者と濱傳いに北を目指す。糠部は馬淵川べりの斗嘉村に至り、この地の靈驗堂の別當が藤原式部と名乘っていると聞き訪ねてみれば、三代前に藤原關白家から分家した公家の末裔と判る。式部のすすめで斗嘉を「ついのすみか」と定めた是行は、名を藤原宗善と改め餘生を送ることになった。そのころから馬の出どころだった斗嘉の里で、宗善は馬を飼うのを樂しみにしていたが、いかなる荒馬も宗善の厩へ入るとたちまち惡癖が治り、名馬となった、云云。

 という話があるそうで、まあ、嘘ではあろうがそれが「そうぜん」信仰の起こりの傳承の一つのようである。二人は系圖に出てこないので實在は不明。少なくとも關白にはいない。平安末期に伊實という人物はいるも、中納言である。藤原是行という人物は南家藤原氏にいるが、藤原三成の四男。貴種を名乘り、嘘をついて土着したものかもしれない。

 そんなところである。

1.社殿

 

★蒼前社★ 青森県上北郡七戸町蒼前

・祭は馬頭觀音。
・創建由等不明。

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☆足跡☆
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