福井田鶴子アートギャラリー

日々の生活で感じた事、絵画制作への思い入れ
絵画教室「小人の森」での楽しい出来事など綴てみました。

☆スーちゃんの葬儀に触発されて☆

2011年04月28日 | 東日本大震災
  
  「愛でる風」15号S 油彩 
  (作品の一部掲載となっています。転写等を堅く禁止させていただきます)

  4月21日だったか...
 元キャンデイーズの田中好子さんが亡くなりましたね。
 19年近く乳がんと戦っていたなんてあの笑顔から想像出来ませんよね。


 死ぬ間際に録音された肉声のメッセージを聞いて....読んで
 スーちゃんて結構いい女性だった!と見直しましたよ。
「被災された皆さまの事を思うと心が破裂する様に痛み....」とある
 そして最後に「天国で被災された方のお役にたちたい」と結んでいる
 彼女が死の淵にいても他者を思う暖かいピュアで慈愛に満ちた
 心の持ち主だった事に感銘しました。
 
 さて震災後初作品が「愛でる風」です。
 ある絵描き仲間が最近我を家に訪れた時
 「フクイさん今迄の感じと違うね!」
 私も3.11震災以後被災地の皆さんの心と共有して叫びたいのです。
 作家でもないし。ミュウジシャンでもないし。女優でもありません。
 やはり私はねっからの絵描きなのです。
 白いキャンバスに 3.11震災からの心の葛藤を
 私の脳裏からあの衝撃とその後の被災者の皆さんと共に
 悲しみのプロセスがなくなる迄
 長~い3.11トンネルの先に光が見える迄.....
 今、思っている心根が消えない様に...
 日々 其の気持ちを大事に考えるのです。

 
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☆桜と子供達、津波の絵画☆

2011年04月15日 | 東日本大震災

話は3.11大震災のテレビ映像に
宮城県「石巻」平地が続く大川小学校、校庭に非難していた
未来を約束された純粋無垢な子供達74人が......
大川小は北上川の川沿いにたち地震で発生した津波は
川を一気に逆流して子供達を呑み込んでしまったのです。


 「小学4年女子」

 「小学4年女子

 「小学1年男子

今も保護者達が必死になって遺品や遺体を捜しまわっている映像を見ると
辛く心が痛みます。
点呼等してないで逃げて逃げればその内何人かは助かったのではと.....
遠くにいる私は悔やむのです。


そして「小人の森」絵画教室も新学期を迎えたのです。
教室一番のカリュキュラム子供達と今回の震災の話を真剣に話し
紙に感じた単語を綴てもらいました。
それでも体験していない子達にはその悲惨さをそれ程言葉には出来ません。

 「小学6年女子」
そこで墨液で八つ切り画用紙に表現をしてもらいました。
単語とは違うこの一ヶ月近く
世の気配が子供達の記憶に刻まれたと思う風景が少し表現されました。
この子供達が大人になって
もし?津波にあってもこの時の記憶を忘れないでほしいのです。

 「小学4年女子」 


例年の如く上野森の花見風景が放映されて初めて
「そうかもうそんな季節かと」鈍感に感じたのでした。
きがつけば「つくばの桜」も見事に満開の時を迎えていたのでした。
桜道を歩くと地面では野草タンポポが

無心に可愛く咲いているではありませんか。

目の前には微量の風が吹き
花びらが春の雪の様に空中で輝き極楽浄土の舞の様にも見えます。
優しい花びらの舞いが被災地にも舞ってくればなと祈ると
知らず知らず心が和む一時でした。

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3.11大震災後、初、銀座へお出かけ!

2011年04月07日 | 東日本大震災
3.11大地震後初めて4月4日現代童画会の搬入と受付当番の為に
銀座にお出かけです

 春季展出品作品「花飾りの帽子」S8号油彩 

3.11を境に本震の他に5級クラスの余震を含めて
大小48回も気象庁より緊急速報で出していると
4月6日の天声人語に掲載されていた。
そのぐらいまだ東日本の大地は緊急速報から外れた余震も含めると
毎日揺れ続けているのです。

(4月7日気象庁から現段階で余震他を含めてマグニチュウド5以上は
 394回 あり引き続き気おつける様にとの 発表がありました。)



揺れが起きる度....に
テレビで緊急速報の不快音が鳴る度に
つくばの家で「どうしようどうしよう」と
ストーブを消したり、コンセントをぬいたり、
最近詰めた非常用リュックを持ったり....
リリーのリードを持って来たりの
せわしい日々が続いているのです。
もし? こんな大きな地震が東京にでも起きたらと思うと
東京に行くのも二の足を踏まずにはいられないのです。
だからと言って、行かないわけにもいかず.....

乗車するつくばXプレスの車内風景をみると以外な事にきずかされたのでした。
背中にリュックを背負っている若いお姉さん達、震災前より多いのです。
もしかして又、帰宅難民になったら....と
不安な気持ちにかられているのかもしれない。

おばさんの私でさえ手袋.マスク.ウーロン茶.記録用、デジカメ
ちょっとしたおやつ.ラジオいつもより多めのお金等等を入れた
バックはパンパンです。


その上、S8号の絵画作品とチャリテイーの小作品とを持ってのお出かけは
重さが両方の肩にずしりと食い込みます。
そうか.... 一目等も気にせず絵描きおばさんに変身している私も
リュックにすれば良かったと悔いたのでした。

「今どきの若い人は」と思う所は過去に多々あったけど
今回の3.11大地震で生きる事の意味を共有出来たのかも
しれないとふっと思ったりもしました。

さてチャリチー用の小作品を会場にならべ午後二時~5時迄
私は受付に責任者として座りその行方を見守もりました。

3時間で小さな作品の多くが売れ
透明の募金ボックスは義援金で一杯になったのです。
その募金箱をみて現童の仲間達も過分な募金を入れてくれる人も多く
絵描き達の震災復興に対する強い思いと
それらお気に入りの作品を買って下さる皆さんに
感動共に感謝の念を感じた一時でもありました。

コメント (1)
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