KJだより

アロマとコーチングをこよなく愛するナースとして徒然なるままに・・・。

シルクさんの一周忌

2017-04-23 15:40:13 | シルクさん
本日はシルクさんの一周忌。
そしてライス会長のお誕生日。

でも、私は、アパートでワーク&リラクゼーション中。

祖母が急逝してから早1年。
今でも信じられない。

あの方が黄泉の国の人になったとは。

どんなに体が強くても、根性があっても、生まれたら死ぬ。
それが人間であり、動物(ヒト)なのだ。

1年前の自分。

所属部署が変わり、自分も周りの人も、着なれない(見慣れない)ナース服の私。
職場での私の居場所感が不安定だった。

でも、今は不安定から安定に向かっている。
それでも、まだまだ不安定であることには変わりない。

私を安定に導くものは、職場の人々(上司・同僚・部下)、これまでの経験、学習歴である。

さて、本日の午前中、久しぶりに外宮に出掛けた。
そこで見た光景は、これまでと違った。
参道の奥行きが見えたのだ

最近の私は、休日も足元しか見れていなかったのだと改めて気づく

シルクさんは97歳まで生きた。
私はまだその半分までも行っていない。
人生は長い。
修業の旅はまだ折り返しまでも来ていない。

こんなことを考えながら、誰も人生のゴールがいつなのかは分からない。
ひょっとすると明日なのかもしれない。

一日一生。

今日を精一杯生きよう

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初盆供養20160815

2016-08-16 07:50:27 | シルクさん
おばあさんの初盆。

施餓鬼供養からの参加。





方丈さんによる有難いお話。
「先祖さんに感謝しなさい。先祖さんの誰かが抜けていたらあなた方自身は生まれてこなかった。
特に女性の方は、嫁いだ後でも、墓参りに行きなさい。子どもらも連れてな」

一旦、帰宅。

農作業の進捗状況を確認。



我が家、刈り入れと盆の行事を同時進行

弟、リーダー兼プレイングマネジャーとして大活躍

夕飯は親戚が集っての会食。
その後、まったりとした時間を過ごし。

再びお寺へ。

供養が深夜まで続く見通しとのことで、少し早目にお暇をいただき

寺関係の行事もサラリーマンのことを考え、見直す時期にきているのではないか?という、
私たち外野の声。

私、本日、夏季休暇もらえてよかった。
気持に余裕を持って、お盆の行事に参加できた

次に皆が集うのは1周忌






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35日法要

2016-05-29 06:20:03 | シルクさん
昨日は、祖母の35日法要だった。

祖母が亡くなったのは、私が新しい職場に変わり、ゴールデンウィーイクに入る2日前、4月27日だった。

あれからちょうど1ケ月。
月日の経つのは早いものだ。

あの時よりは、少々、慣れてきたのかな、とは思う。
でも、まだまだ給料分の仕事ができているとは思えず、心苦しい毎日

それでも、何とか毎日、出勤はできているので、よしとしよう~

さて、昨日は朝から親族に配る集合写真の仕分けをし、いざ、祖母宅へ。
母は、体調不良により欠席

35日法要。

まず自宅で念仏。

方丈さんによると、「私には直感で分かるんです。インスピレーションによりますと、○○さんは、極楽へ着いておられますなあ」。

よかった、よかった

そして、「○○さんは、いい時に亡くなられた」
「6月25日までに亡くなられた方は、その年の8月に初盆。それ以降だと、翌年になる」

なるほど。
ガッテン

だから、私の父、祖母2人は4~5月に亡くなったのか
それも、田植えに影響のない日に。

科学では証明できない力ってどこかで働いているんだわ。

次は、お寺で念仏。
途中、配布された楽譜を見ながら「光明摂取和讃」を合唱。
まるで音楽の時間

念仏の後のお説法は、これまたよいお話だった。

檀家さんであるご商売をしておられる方の所で働いておられる中国人研修生のこと。
遠く離れた国にいる父が亡くなり、元気をなくしていた。
その時、ボランティアでお葬式を行ったところ、元気を取り戻したという話、
お経は漢字で書かれているから、気持が通じたとのこと。

堂内に貼られていた言葉。

「与えられた 場所に 生きる意味を 見つけない 人は どこにいっても 満足はない」

私へのメッセージ。

前向き表現に言い換えると
「与えらえた場所で生きる意味を見つければ、どこにいても大満足~

さて、本日は体調が回復した母とノルディックウオーキング。
自然のパワーをもらおう
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おばあさんに献杯

2016-05-08 07:38:07 | シルクさん
先日亡くなった祖母は、鶏肉が好きだった
それも、とり焼き肉を食べる時は、若鶏ではなく”ひねどり”。
手羽先も大好きだった。

昨日、祖母をつれて行ったことのあるお店に出掛けた。



弟の発想で、献杯。





若鶏を食べ、その後にひねどりを食べてみると、ひねどりの肉の何と固いこと
私は、顎が疲れ、2切れしか食べれなかった

「ひねの方が、味があっておいしい。固ても、噛んどるうちになくなってくんさ」
が祖母のセリフだった。

今年の正月におせち料理を届けた際、ひとつだけ口にした物。
それは、鶏のからあげだった。

悔いのないケアができてよかった

母の回想。

腰椎圧迫骨折後に施設入所した際、施設職員は転倒予防のために安静を強いた。
その際、ケア方針の変更を依頼し、母みずから歩行訓練に出向いた。
そうすることで、脚力を取り戻し、寝たきり生活を回避できた。

ケア方法への気づきは、私が父方の祖母に実施したケアを見て学んでいたから、とのこと。

素人なのに、看護的センスのある母。

ケアには時間がかかる
ケアには時間をかける必要がある。
つまり人手がいる。

発想の転換。
パラダイムシフト。

看護のプロである看護師の力だけでは限界がある。
市民レベルに看護の考え方をもっと広めたいな




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祖母の家系図&フォトブック20160430

2016-05-01 07:00:14 | シルクさん
昨日は、父の7回忌に出掛けた。
スピーディでリズム感のある読教後、ご住職と話をした。
話題は、葬儀屋さんのカラーや終活カウンセラーについて。

このご住職は、母方の祖母が亡くなった頃にお寺に入られた。
だから、12年くらい前からお世話になっている。

貫録も出てきて、いい感じ

檀家からの要望で、サラリーマンもして頂いている。
檀家で葬儀があったとき、融通を利かせてもらえる職場環境。
お勤め先は葬儀屋さん。

ご住職は、大学を出て初めての仕事がお寺さん。
だから、人生勉強としても葬儀屋さんを職場に選んだのは適切だと思う。

「亡くなった方を葬儀社の社員として、病院にお迎えに行ったときでも、お寺寄りの気持ちで話を聞いています」と。
看護師はどこにいても看護師であるように、お坊さんはどこにいてもお坊さん

さて、昨日はその後、2つの作業に取り掛かり

一つ目は、祖母を主とした家系図。
二つ目は、「○○メモリーアルバム」

どちらも、通夜~葬儀~精進落としまでの待ち時間を利用して準備を進めてきたもの。
研修で言うところのプロダクトである。

1.家系図
葬儀のナレーションシナリオのために調べた孫、ひ孫の数。
子7人(内、幼少時に死亡2人)、孫11人、ひ孫16人。
どこの誰?名前は?
この際、家系図に書き表すことにした。

な、何と、おばあさん。
「仕事するのが嫌だったから、子どもを作っていた」そうな。
どこかで聞いたことのある話。
今も昔も変わらぬ女性の行動だったのか

一組の夫婦ができると、その子孫は30名を超えるのだ!
政府は「産めよ増やせよ~」とは言っていないが、
少子化対策とはこのことなのだと実感。

2.メモリーアルバム
フォトブックの作成。
大往生だったから、目的は後学のための資料に。
(死亡診断書もコピーし、皆に配付されていた。参考までに、直接死因は摂食不全)

前半は、納棺~精進落としまでの流れ。
(父のときは葬儀屋さんが撮ってくれてたけど、そのサービスがなかったので自分で撮影)
さすがに、通夜、葬儀式は参列者だったから撮影できず。

後半は、祖母と我が家があっちこっち遊びに出掛けたときの写真。

写真をメインにし、文章を入れなかったので、サクサクできた。
我が家のポートフォリオがこうやって作られていく

私、父が亡くなってからの6年間で色々なことを勉強してきたのだと気付いた。
・グルーフケアの在り方
・そのための方法
・最期の迎え方

父のときは、闘病記を原稿にしたり、講演をしたりして、ひとつひとつ区切りを作ってきた。

そして、今回の祖母の場合は、家系図とフォトブックを作った。
私のグル―フワークのスタイルはどうやら記録を残すことにあるらしい

母からのコメント
「葬儀会館での待ち時間をぼ~っと過ごさなくていいように、
このブログのコピーや写真、家系図を用意してくれてよかったは~」

これから私自身を含め親族が悲嘆のプロセスをたどっていくが、
これらの記録物が何らかの助けになると嬉しいと思う
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