
0520 こもれび
全然更新できないまま、ひたすら月日は足早く過ぎ去り、季節はめぐる。。。
ある程度は予想していたが、早々5月半ばにして30℃越えの日が発生、もはや春とは言えない初夏の陽気になった。
九州が沖縄より先に梅雨入りとなったり、季節感が全くつかめない日々が続く。
蒸し暑かったり過度な雨の日などめまぐるしい。
抑鬱に傾く日もあるが、晴れ間にはうれしくなるような瞬間があらわれる。
美しい青空風景と精神が共鳴するチャリンコ旅。そんなさなか風を切るときには、やはり今年も大好きなドゥルッティ・コラムを聴く。
まずは初夏の1曲目を飾るのは、コレだろうか。。。

パンクバンドから始まったヴィニ・ライリーのミュージシャン人生。
だがパンクはすぐにビジネスになっていき、その産業に呑み込まれることを回避すべくすぐバンドを解散させ、ドゥルッティ・コラムを結成。
しかし、ドゥルッティ・コラムのファーストアルバムは自ら率先して作ったわけではない。
病気で精神的にダウンしていたヴィニ・ライリー。ドゥルッティ・コラムとしての活動にも興味を失っていたとき、君はアルバムを作るべきだとトニー・ウィルソン、マーティン・ハネットは彼を強く支援していく。
プロデューサーであるマーティン・ハネットに連れられて彼はスタジオに入る。いすに座り5時間近くぼーっとする中、シンセサイザーだけが鳴っていた。最初パーカッションの音だけだったシンセサイザーから鳥の鳴き声が聞こえてきて、急に自然とインスピレーションが湧いてきたのだという。
それを起点として創られたのが「スケッチ・フォー・サマー」。
そして、その後たった10時間程度でファーストアルバム「ザ・リターン・オブ・ザ・ドゥルッティ・コラム」が出来た。
■Durutti Column「Sketch For Summer」1979■
「スケッチ・フォー・サマー」という曲の美しさ。
それをじぶんが語るよりもずばりな語り口をみつけた。
【・・・『ザ・リターン・オブ・ザ・ドゥルッティ・コラム』は、ベスト10に入れたどのアルバムよりも回数を重ねて聞いた。A面の1曲目「スケッチ・フォー・サマー」の、小鳥の鳴き声のようなテープの音から始まって、落ち着きさえ感じさせるリズム・ボックスが被り、ギターの最初の音が出てくるまでの、あの待ち遠しい数秒間に、胸がしめつけられるような、人恋しさ、やるせなさを久しぶりに感じさせられた。少年時代へ連れ戻してくれるような、そんなアルバムだった。】
(山名昇 / ミュージックマガジン1981年2月号より抜粋)
彼の音楽を聴いたら、誰もが山名さんと同じような想いを抱くだろう。


輸入盤LPレコードのジャケットは46年目にしてかなり傷んできた。

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