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こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

初夏の100曲:Durutti Column「Sketch For Summer」1979

2025-05-22 22:50:00 | 音楽帳

0520  こもれび

全然更新できないまま、ひたすら月日は足早く過ぎ去り、季節はめぐる。。。

ある程度は予想していたが、早々5月半ばにして30℃越えの日が発生、もはや春とは言えない初夏の陽気になった。

九州が沖縄より先に梅雨入りとなったり、季節感が全くつかめない日々が続く。

蒸し暑かったり過度な雨の日などめまぐるしい。

 

抑鬱に傾く日もあるが、晴れ間にはうれしくなるような瞬間があらわれる。

美しい青空風景と精神が共鳴するチャリンコ旅。そんなさなか風を切るときには、やはり今年も大好きなドゥルッティ・コラムを聴く。

まずは初夏の1曲目を飾るのは、コレだろうか。。。

パンクバンドから始まったヴィニ・ライリーのミュージシャン人生。

だがパンクはすぐにビジネスになっていき、その産業に呑み込まれることを回避すべくすぐバンドを解散させ、ドゥルッティ・コラムを結成。

 

しかし、ドゥルッティ・コラムのファーストアルバムは自ら率先して作ったわけではない。

病気で精神的にダウンしていたヴィニ・ライリー。ドゥルッティ・コラムとしての活動にも興味を失っていたとき、君はアルバムを作るべきだとトニー・ウィルソン、マーティン・ハネットは彼を強く支援していく。

 

プロデューサーであるマーティン・ハネットに連れられて彼はスタジオに入る。いすに座り5時間近くぼーっとする中、シンセサイザーだけが鳴っていた。最初パーカッションの音だけだったシンセサイザーから鳥の鳴き声が聞こえてきて、急に自然とインスピレーションが湧いてきたのだという。

それを起点として創られたのが「スケッチ・フォー・サマー」。

そして、その後たった10時間程度でファーストアルバム「ザ・リターン・オブ・ザ・ドゥルッティ・コラム」が出来た。

 

■Durutti Column「Sketch For Summer」1979■

「スケッチ・フォー・サマー」という曲の美しさ。

それをじぶんが語るよりもずばりな語り口をみつけた。

【・・・『ザ・リターン・オブ・ザ・ドゥルッティ・コラム』は、ベスト10に入れたどのアルバムよりも回数を重ねて聞いた。A面の1曲目「スケッチ・フォー・サマー」の、小鳥の鳴き声のようなテープの音から始まって、落ち着きさえ感じさせるリズム・ボックスが被り、ギターの最初の音が出てくるまでの、あの待ち遠しい数秒間に、胸がしめつけられるような、人恋しさ、やるせなさを久しぶりに感じさせられた。少年時代へ連れ戻してくれるような、そんなアルバムだった。】

(山名昇 / ミュージックマガジン1981年2月号より抜粋)

彼の音楽を聴いたら、誰もが山名さんと同じような想いを抱くだろう。

輸入盤LPレコードのジャケットは46年目にしてかなり傷んできた。

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春の100曲:China Crisis「Animalistic (A Day At The Zoo Mix)」1985

2025-05-15 23:05:00 | 音楽帳

雑録+/ 気温が25度を超える夏日がもうすでに幾日も発生している。そういう今日。午後イチのリハビリ体操教室に行くために外へ・・・。

ついに羽織りモノを着ないでTシャツ一枚で外へ行くくらいのムシムシ陽気。。。気温は27度へ上昇。。。

チャリンコをこいだら、こんなじぶんでも汗だくになった。何が「春の100曲」だろうか?もう「初夏」じゃないだろうか?などと思う。

***

何かを書こうとすると、それにまつわる事柄が芋づる式に出てきて、脳内を埋め尽くして混乱してまとまらず、そこでやめてしまう。

そういうことでこの数年はそこで終わった雑文のヤマになっている。アタマがパンパンになって、まとまらないなら・・・と写真を整理し出した。写真も何万枚もあるので多くを整理しようするとドツボにはまる。そこで見返すのが容易なものを・・・とGWのことを振り返った。

***

GWと言っても、じぶんはもう会社員ではないので、休みが特別なものではない。時間は会社員時代よりあるけれど、電気代支払いにも苦慮するような実入りしかないので、一般人のようにレジャー三昧に浸かる金銭的余裕もない。

それでも一般人のように、せめて一日くらいは真似事でもGWらしくしたい、と考えた末、5月5日(こどもの日)に上野動物園に行った。お弁当を持って。

動物園は大好きで、ここ数年は定期的に行く。行くと夢中になってしまい、アッという間に時間が過ぎていく。

ひたすら、じいっと動物たちを見ていると飽きず、どれだけ時間があっても足りない。もし時間的な制約がなかったらずっとそこに居るのかもしれない。

上野動物園で最近特に好きな動物は、おサルさん。おサルさんの中でも興味深いのはアビシニアコロブス。

サル山は大規模な工事のためしばらくはみられない。

こちらはコビトカバさん。こないだ赤ちゃんが生まれて、見てみたいけれど、今は練習中とのことで、また今度来た時に見られるかもしれない。

無理がないように。。。

動物園の写真を見ながら、脳裏に聞こえてくる楽曲はいくつかあるが、その中の一つが(Japanとは別の意味で最重要なバンド)チャイナ・クライシスの1曲。1985年のシングル「ブラック・マン・レイ」のB面に入った「アニマリスティック」。じぶんは勝手に脳内で動物園のありさまとこの曲ののんびりした曲調を繋げてしまうのだが、「アニマリスティック(Animalistic)」とは「動物的な」という意味だろうか?歌詞や歌の意味が何なのか?ははっきりしない。

英語の歌詞が分からないじぶんだが、「アニマリスティック」を動物園に繋げた理由は12インチヴァージョンにある。7インチシングルでは4分半くらいのこの曲は12インチになると(なんと!)11分という長い「A Day At The Zoo Mix」”動物園での一日”という別ヴァージョンになる。

このヴァージョンでは4分半くらいで一度楽曲が終わるのだが、背景にチターの音、子供たちの声などが響き出す。それをじぶんはどこか動物園で録音した音なのだろうか?などと思っている。思い違いかもしれないが。

 

■China Crisis「Animalistic (A Day At The Zoo Mix)」1985■

毎日がこんな平和な世の中だったら良いのに、などと思う。

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春の100曲:Band Apart「Marseille」1983

2025-05-09 22:00:00 | 音楽帳

突然、なにか?と思われる言い回しだが、、80年代に10代だった自分は、当時決まりきったこの世の日常や制約ごとの渦にさらされて疲弊しきっていた。
さまざまな逃亡のあり方はあったはずなのに、全部投げ出せずに何とかその場にとどまり、頑張って苦しんでいた。今こどもだったらさっさと捨てている学校や家などに縛られて生きていたのだ。その代わりに、そんなこの世から離陸できるものを音楽に求めていた。そこで出会ったのがYMOやENOとその周辺だったり、ニューウェイヴの様々な音楽だった。

そんな流れの中、バンド・アパートのアルバム「マルセイユ」の話しになる。
このレコードは1983年クラムドディスクから発表されたもの。日本では2年近く遅れて1984年11月に国内発売された。
『・・・ヴォーカル、ギター担当のニューヨークっ子ジェーン・ブリス(女)と、フランス人でおもに楽器面担当のメドール・マダー(男)の二人組。81年に出たデビュー・アルバムに続いて、2年後に発表されたセカンドだという。デビュー当時はマテリアルやリチャード・へル・バンドのメンバーとのつきあいもあったそうで、押さえ切れない発作のように音が突然混沌とするのは、その名残りなのか本人たちの性格なのか。・・・』(真保みゆきさんのレビューより)

このジャケット写真から自分は無国籍な音楽を当時夢想していた。ヨーロッパのどこかの港。作業中のクレーンや寄港した船が見える。たまたま立ち寄った港で出会った1シーン。どこにも居場所が無く、魂の放浪を続ける中で出会った情景。広い港のへりに若者たちが背中を丸めて身を寄せ合う。それはアベック2人で無い複数人だから恋人たち同士ではないだろう。政治的な集まりなのかな。。好きなジャケット写真から色々勝手な想像力を働かせた。アルバムが11月発売ともあって、季節は秋として雑誌のモノクロカットのジャケット写真を当時眺めていた。

中身を聴いてみると形式的にはロックの部類だろうが、ロック嫌いの自分が全くロックとは思わずに聴ける。明らかにロック的なんだけど・・。
クラムドディスクレーベルの1枚であり、無国籍感ただよう不可思議で奇っ怪な感じの音。

「無国籍」な音楽と「いいかげん」な音楽とは違うのであるが、それは微妙な違いである。微妙なサジ加減で違って狂ってしまう。このアルバムはこの二つの間を行き来しながら、ギリギリのラインに乗っている。曲によっては色彩の調合がうまくいっているものもあるし、ああ惜しいなあ、という曲もある。
タキシードムーンやスティーヴン・ブラウン&ベンジャミン・ルウがやっていた音楽みたいなものだったら合格◎というか理想的だけど、そんなものはなかなか無いからね。。。

A面4曲目「オー・マイ・ビューティフル・ソング」。タイトルのように美しい、とは思えない曲だが、ひずんだ音のくすんだ色合いが美しい。私みたいな捻くれ者は良いなあ、と気に入ってしまった。キュルキュルというきしむ音の中、ガラガラうがいをしているかのようなへたくそな女性ヴォーカルが何かを言っている。
決して名曲ではないが、ほかにも良いと思う曲がいくつもある。フランス語で歌うA面2曲目のアルバムタイトル曲「マルセイユ」も(データというバンドみたいで)好きだ。全体としては名盤と言わないが、捨て去るにはもったいなくて、ついつい再びアルバムを最初から聴いてしまう。そんなレコードを聴く2025年春。

 

■Band Apart「Marseille」1983■

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春の100曲:The Cure「A Fragile Thing」2024

2025-04-30 22:00:00 | 音楽帳

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雑録+/ 80年代、キュアーのレコード、メンバー写真等のビジュアルが醸し出す、陰鬱で耽美的なイメージは魅惑的だった。(当時みんなが聴いたはずの)ヒット曲「ラヴ・キャッツ」「キャタピラー」といったシングルも好きだった。
だが、自分にはJAPANという人生最大の最重要バンドが1981年にはすでにココロの中心に座していたので、キュアーに夢中になれるお金も、精神的余地や時間的余裕もなかった。自分の長い音楽体験のなかで、キュアーは早々から存在を知りながらタイミング悪く、40数年の中で何度もすれ違ってきた。

自分は、怒涛の80年代〜90年代前半の人生を駆け抜け、90年代後半になって東京に再復帰して、やっと正気を取り戻して・・それまで秘密のヴェールに包まれていたキュアーの音楽を一枚一枚振り返る形で聴いてきた。「フェイス」「ポルノグラフィー」etc。だが、神秘的だったはずのキュアーの音楽はさほど大した音楽には感じられなかった。それまでの自分は音楽ライターが書いた文章を読み続けていた。彼らライターたちが描いたキュアーの音楽の語り口は素晴らしく神秘的で、もし自分がキュアーを聴いたらどんなに陶酔できるだろうか・・とうっとりした。そのイメージに酔いまくっていたのだった。
しかし、現実に聴いたキュアーの音楽はもっとロック寄りのもので、期待している音ではなかった。
そのライターの表現によって私が育ててしまったイメージの方がはるかに素晴らしく、現実の音と乖離していた。

それから数十年。このあいだには不定期、何年に一回かずつ「キュアー克服月間」を設けて、猛特訓でキュアーを聴いてきた。その分好きな曲はいくつも出来たが、通して聴けるほど好きなアルバムは無かった。ある意味強要されてるみたいで苦行だったこともある。どうもしっくりこないまま、私は50代の坂をくだり、人生の終盤にまで来てしまった。ああ、もうこの世でロバート・スミスと『スミスさん、やっとわかりましたよ!あなたの音楽が!』と泣きながら抱擁し合うことが出来ぬまま、『Let'sGoTo来世!』という流れなんだろうか?・・と諦め出した最近だった。

キュアーが昨年に新譜を出したことを知ったのは、この2025年4月のこと。
新譜はどうやら2024年11月に発表されたようで、それは2008年の「4:13 Dream」というアルバムから16年目のことらしい。
(「4:13 Dream」ってやつも自分のi-tunesに確か入っていたな、と思うが、ろくに聴いてこれなかった1枚だな。。。)

この最新作「Songs of a Lost World」を知ったきっかけは、新譜に収録された「アローン」というシングル。アルバムトップの曲、かつシングルカットされたこの曲。ロバート・スミスいわく、この一曲がアルバムにしてみようと決意した曲だという。
自分が聴いたのはフォーテットがリミックスしたバージョンだった。キュアーとすれ違ってきた数十年後の今、何かやっとうまく歯車が合いそうな気配、接触がもてそうなまえぶれを感じた。それは別シングル「ア・フラジール・スィング」のリミックスにも共通するニュアンス。シングル「ア・フラジール・スィング」には「 RS24 Remix」というヴァージョンが収録されている。RS、つまりロバート・スミス自身が関与した2024年リミックスが入っている。これもフォーテットのリミックスと並び、一聴してすぐ好きになった。

そこで勢い付いた私は、原曲へ行ってみよう!と8曲入り最新作「Songs of a Lost World」へ挑戦。←ココにたどり着いたのが数日前(4月26日)のこと。
しかし、リミックスではない原曲はやはりロック色が強く、ロック嫌いな私にはなかなかてごわい。『・・男は最後になって、やっと今世でロバート・スミスと抱擁し合うこととなりました。おしまい。』といううまくハッピーなエンディングに早々はならなかった。
ただ、このヤマに登り出したのは数日前だからはっきりしたことは言えないが、それでも今までより強い手ごたえを感じている。

半世紀近く断続的につづいてきたキュアーのバンド活動も、これで終わりではないかと言われている。実に息の長いことだが、そんな長く音楽活動を生きながえられたのはロバート・スミス氏そのもののチカラが第一だろう。だが、別側面では、こうしたリミックス等ダンス/ハウス/アンビエントへのアプローチがあったり、振れ幅の広さや介入の余地あったのも一因と思える。活動期間が長いことが決して良いわけじゃないが、例えばこれがJAPANやバウハウスだったらこんなワザは不可能だろう。

お前はキュアーをわかっていない、お前にキュアーは理解できない。ロック寄りの人にはよくこういう論調の人が多い。
たしかに、私にはキュアーの深い知識がない。だが、そもそも知識で音楽を聴くつもりはない。そんな私が今フラフラしたフィーリングで「アローン」「ア・フラジール・スィング」等のリミックスに出会った。知識はないが、今「Songs of a Lost World」にビビッと来ている。

 

■The Cure「A Fragile Thing (RS24 Remix)」 2024■

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春の100曲:Paul Haig「Christiana」1981

2025-04-25 22:00:00 | 音楽帳

ポール・ヘイグは「ジャスティス」からはじまり、その後「クリスティアニア」を聴いた。「ジャスティス」は前後関係からすると1983年に買って聴いたんだろう。「クリスティアニア」は一拍置いた1985年3月深夜3時のラジオ番組「マイ・サウンド・グラフィティ」で出会い、そのエアチェックテープで繰り返し聴いてきた。この日はクレプスキュール・レーベルの特集だった。この回の選曲は秀逸だった。

番組冒頭CM明けにウィリアム・ジャクソンの英語の長い語りが入り、「・・じゃあ、ポール・ヘイグからどうぞ」というセリフのあと、番組一曲目「クリスティアニア」が始まった。
ウィリアム・ジャクソンの(当たり前だが)流暢なテンポ良い英語。そこから全く真逆のもっさりした「クリスティアニア」の始まりへ。
この曲の遅すぎるスピード感とくぐもったポール・ヘイグの声があまり音楽的に聴いたことない組み合わせで、その不気味ないびつさが印象的だった。初めて聴いたときは好きではなかったが、ボディブローのように40数年目の今、噛みごたえを感じる。つまらない形式だけのポップスや古臭くうるさいだけのロックなんていう形式音楽より数段素晴らしい。
「クリスティアニア」はオムニバスアルバム「ゴースト・オブ・クリスマス」(写真)に収録されている。

 

■Paul Haig「Christiana」1981■

4月24日(木)この日はチャリンコでリハビリへ向かった。
出掛けに家人は「変な人がいたら近付かずに離れるようにね」と心配して言った。そういうものに関心示して近付いていく私なので、あるいは引きが強い私なので、そんな心配をされる。しかし、誰も好き好んできちがいの全裸男や自転車蛇行おぢさんに近付くわけがないんだが。

0425 夜の森の樹々からはもうじーじーと虫の音がしてくる

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