油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

MAY  その59

2020-07-13 20:15:23 | 小説
 「ああ、ちょっと待って。そっちへ行っち
ゃ……」
 男がとめるのも聞かず、ピーちゃんを肩に
のせたままメイは洞窟のほうへ歩きだした。
 たちまちメイの全身がしっとり濡れる。
 冷たさがしだいに足もとからはい上がって
くる。
 ブーツを履いてはいるが、薄手の靴下が一
枚きりだ。
 こんなことなら二枚も三枚も履いて来るん
だったとメイは悔やんだ。
 説得するのをあきらめたのか、メイの知り
あいらしい男は彼女を追うことをやめた。
 (ふうっ、やっとひとりになれたわ。これ
で思うように動ける)
 メイはそう思い、ちらっとピーちゃんを見
やった。
 彼女は羽をふくらませたまま、つまようじ
のように細い両足に力をこめた。
 道の上に倒れた木が、メイの行く手をいく
どもはばむが、彼女はくじけない。
 敵の手におちたかもしれないキラキラ石の
ことを思うと、たまらない気持ちになった。
 あの石がどれほどの力を有しているか、メ
イにしてもよくわからない。
 けれども、敵が重機を使ってまで掘り尽く
そうとしてしている。
 あの石ころの大切さを、敵自ら、教えてく
れているようなものである。
 危険は承知のうえで、それがどうなってい
るか、確かめなくてはならないとメイは思う。
 そうでもしなけりゃ、人間に化けてまでメ
イの力になろうとしてくれたヒヒにあわせる
顔がなかった。
 ブーツの底に粘り気のある土が積み重なっ
てきて、メイはますます歩きづらい。
 彼女はブーツの底を太い幹にこすりつけな
がら、祈るような気持で一歩また一歩と前に
進んでいく。
 (さっきの男、わたしの古い友だちだとい
うんなら、こんなときにこそわたしのそばに
来るのがほんとじゃない)
 ふと、メイのこころに男に対する怒りがわ
いた。
 横倒しになった木を腰をかがめてくぐりな
がら、メイは細い枝のひとつを手折り、一度
だけ力まかせにたたいた。
 洞窟の入り口は、土や岩でほとんど閉ざさ
れていた。
 あれほどごつごつして、たとえダンプカー
が空から降って来たとしても壊れないと思っ
ていた岩山が半分ほどになっていた。
 「もうだめかしら、大事な石?ピーちゃん
あなた、どう思う?」
 「わたしだって、わからない。わたしはわ
たしはね。メイちゃん、あなたを探すのが精
いっぱいだったの。もう年老い過ぎてあまり
力が残ってないの」
 ピーちゃんはよわよわしい口ぶりで答えた。
 メイのこころは、ともすれば誰にも向けよ
うのない負の思いでいっぱいになってしまう。
 (ふん、キラキラ石なんて大したことはな
いんだ、ほんとは。それが証拠にわたしが首
から下げているのに、ちっとも……)
 メイは左手で小袋をつかむと、力まかせに
ぎゅっと下に引っぱろうとした。
 だが、首筋が痛んだ。
 えい、えいと声をあげ、二度、三度とメイ
は同じ動作をくり返した。
 あやうく小袋のひもが切れてしまうところ
だった。
 「ばかだな、メイは。そんなことをしてい
ては、それこそ敵の思うつぼだろ。大切なの
は人のこころだ。敵はこころの乱れをねらっ
ているんだ」
 「ふん、今ごろなにさ。あなた、わたしの
何なのよ。よけいなおせっかいをやかないで
ちょうだい」 
 「ああそうなんだ。メイってもう少し、聞
き分けのある人だと思ってたよ。じゃあいい
から。おれ一人でなんとかして洞窟のなかに
入ってみる」
 男は人ひとりようやく入れそうなすき間を
見つけ、その中に彼の体を入れた。
 彼の上半身はなんとか中に入ったが、下半
身がいまだに外に出ている。
 腰に結わえたベルトの拳銃が、でっぱった
石につっかえている。
 「メイ、おれはニッキさ。覚えてるだろき
みだって。おれの拳銃をベルトもろともはず
してくれないか」
 「ニッキだって?うそでしょ?こんなとこ
ろで冗談いわないで。ニッキはいまのあんた
みたいじゃないわ」
 男は急にやさしいもの言いになった。
 「もう何年も経ってるんだよ。ぼくだって
変わるさ。きみは信じないかもしれないけど、
ぼくは今、きみのお父さんのもとで敵と戦っ
ているんだ」
 「お父さんって、いったい……」
 「お父さんはお父さんだ、きみのね。ポリ
ドンさんっていうんだ」
 「どうしてあんたが知ってるのよ。わたし
だって知らないことを……」
 予想もしなかった男の言葉に、メイははげ
しく動揺した。
 
 
 
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