油屋種吉の独り言

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MAY  その61

2020-07-31 09:44:35 | 小説
 生徒だった頃のように、メイは平気でニッ
キとならんで歩けない。
 なんとなく体がぎくしゃくしてしまう。
 (ひょっとしてわたし、ニッキに特別な感
情をもってしまったのかしら?)
 そんなばかなことが、と、メイはそうっと
自分のこころの奥底をのぞいてみようとした。
 だがすぐにやめた。
 「でもどうしてだろね。敵はこの森あたり
全体を、くまなく、何かを求めて飛びまわっ
ていたんだ。だから、われわれもずうっと気
をつけていたんだけど」
 ニッキは、メイ自身にはまったく関心がな
いそぶり。
 「うん。わたしだって、白髭のおじいさん
に聞くまではぜんぜんわかんなかった。あん
な、どこにでもあるような洞穴にすごいパワ
ーをもった石があるなんてこと」
 「へえっ、白髪の老人ね。そんな人いたん
だ。いったいどんな人だろう。会ってみたい
な。
 メイは突然しどろもどろになった。
 「あのう、そのう。ちょっと変わった人で
ね。人というか、なんというか」
 ニッキがメイの顔をじっと見た。
 「ちょっとやめて。恥ずかしくなるじゃな
い。ただのお年寄り。人よりしわが多いだけ
なんだから」
 「まあいい。とにかく、きみの一言で、よ
うやく僕らも合点がいったよ。敵があの洞窟
にある鉱石のことで、それほどご執心な理由
が解った。早速本部に帰って、きみのお父さ
んに報告するから」
 「ええ、とう、さん、にね……」
 メイにとっては、久しぶりにニッキと会う
のも嬉しかった。
 それにもまして、自分のお父さんの存在を
ほのめかしてくれた。
 (この日はなんてすばらしい日なんだろう)
 考えれば考えるほど、メイの顔が熱くなっ
てくる。
 これが恋?
 でも、それだけじゃない。父のことだって
あるしと、メイは首を振った。
 からだの芯からじわりと温かくなってくる
原因の大部分は、ニッキの存在だと認めざる
をえない。
 教室で寄ればさわれば、女学生たちが、ど
こから仕入れたのか、恋愛についてのさまざ
まな情報を三々五々集まっては披露しあう。
 きゃっきゃっと声をあげて笑う。
 わたしなんていつまで経っても子どもだし、
決してそんな状態にならないだろうと、思っ
ていたのに、と、何気なくメイは、わきを歩
くニッキの足もとから頭のてっぺんまでしっ
かりと見た。
 以前見たときより、うんと男らしく感じる。
 きちんと背筋を伸ばし、まるで障害物競歩
のような道をずんずん歩いていく。
 ふいにメイは、空がくるくるまわるような
感覚に陥ってしまった。
 顔がほてってくる。
 「あっ、あぶない。よそ見しててはケガす
るからね」
 ニッキがメイを両手で抱きかかえた。
 彼のたくましい筋肉に触れられると、メイ
はぽうっとしてしまい、ありがとうと言うの
さえ忘れるほどだった。
 しかし、ついと口から出た言葉は、ニッキ
をいたく傷つけるものだった。
 「何すんのよ。さわんないでよ。このくら
い大丈夫だから、ちょっとけつまずいただけ
なんだし、そんな大げさにしないでよ」
 ニッキは驚いて、目をまるくした。
 攻撃的で、怒りにみちた言葉だった。
 ニッキには、メイが彼に対する思いを、む
りやり否定したがっているように思えた。
 こころと態度がうらはらになっている。
 (でも……、今はその想いを彼に向かって
吐きだすときじゃない。こんな大変なときに
わざわざ……)
 メイはそう思い、わきを向いた。
 彼女の首から下げた袋を、いま一度しっか
りにぎりしめた。
 行く手に、メイの家が見えてきた。
 夕餉の支度が始まったのだろう。
 煙突から煙があがっている。
 これからはメイに何を言われても、気にし
ないようにしようと、ニッキは思い、ふと笑
みを漏らした。
 「なにがおかしいのかしら?わたしをじろ
じろ見ないで」
 「わかった、わかった。ごめんよ、ごめん。
さあ、ここまででいいだろ。もう危険は去っ
たようだから。できるだけ早く任務につかな
いといけないから、戻るね。宇宙船の故障が
大したものでないといいけど・・・。」
 ニッキは独り言のように、そうつぶやくよ
うに言うときびすを返した。
 メイは黙った。
 熱くなったり、冷たくなったり。
 うつろいやすい感情が、メイのこころに波
のように押し寄せては引いていく。
 せめて礼をと心に決め、メイは喉元まで出
かかった熱い想いを、素直に言葉にしようと、
大きく口を開けた。
 「とにかく気を付けてね。みんなのために
闘うのって素敵だけどね。死んでしまったら
どうしようもないわ。どうぞ自分を犠牲にし
ないで。あぶないって思ったら、逃げてね。
卑怯者って言われてもいいし……」
 ありきたりの励ましで、お茶を濁そうとし
たが、思わず本音が出そうになる。
 いつの間にかニッキは立ちどまり、後ろを
ふりかえっていた。
 「ごきげんよう。さよな……」
 と、メイは別れを告げる言葉を、中途で切っ
てしまった。
 ニッキが笑顔を見せたので、メイもつられ
て笑った。 
 
 
 
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