油屋種吉の独り言

オリジナルの小説や、随筆をのせています。

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2018-07-14 12:28:03 | 小説

 窓を開けたが、まん前に空がない。
 見えるのは、高層マンションの灰色の壁。
 しかたがないから、大木そうたは上を向き、
大きく首を曲げた。
 横長の長方形になった空が見える。
 どんよりし、今にもぽつりぽつりと降りだ
しそうだ。
 とたんに、彼の左目にぴしゃりと来た。
 「あっいてて、めぐすりをさすんでも、こ
んなにうまくいかねえのによう。くそっいま
いましい」
 と、思わず声をあげた。
 都会の雨は、汚れている。
 左目を水で洗おうと、台所にむかった。
 水道の蛇口を全開にする。
 これは彼なりの抗議だ。
 といっても、たいして水が出ない。
 ほんとに憎い相手がいるわけではなく、ほ
とんどやつあたりに近い。
 (まったく何だって言うんだ。おれが何か
具合のわるいことをしたかって。自力で金か
せいで、予備校にかよってるんだ。いっつも
いっつも勉強ばかりだぜ。格下の大学ならい
くつも合格したのによ。私立にはいかせない
からね、って、おふくろのやつ、うらんでや
るぞお)
 こんなふうに、親には感情的になれる。
 だが蛇口を閉める頃には、彼のきげんが直っ
てしまった。
 予備校で知り合った女性と、デートの約束
があるからだ。
 それが彼をしあわせな気分にしている。
 (吉田杏奈、よしだあんな。とってもかわ
いいし、チャーミング。秋元さんがうみだし
たグループ・サウンドのだれかさんに似てい
る。それほどかっこいいのにさ、俺なんかの
誘いによくのってくれたな)
 自分でも、不思議に思えるくらいの即決。
 両想いなど、あったためしがないのに。
 そうたの住む安アパートと、マンションの
間にすき間がある。
 長さニ十メートル、幅一メートルちょっと
くらい。
 あちらこちらに物が置いてある。
 しかしそれらの障害物さえ我慢すれば、左
にも右にもぬけられる利点がある。
 当然、のら猫や犬のたぐいが迷いこむ。
 そうたから見て、左側は、古くからある商
店街筋に、右側は、この街の幹線道路のひと
つにつきあたる。
 高さわずか五、六メートル。
 品のないことだが、この露地を利用する人
をま上から眺めるのが、彼のストレス解消法
といえた。
 
 
 
 
 
  

 
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