京都つれづれなるままに

京都好きの旅日記。お寺、神社、グルメからスイーツまで!思いつくままに。

妙法院門跡・三十三間堂 特別拝観

2018年12月06日 14時00分25秒 | 日記
12月4日は、僕が所属している財団の招待で妙法院門跡と三十三間堂の特別拝観に参加しました。



まずは、妙法院門跡の執事 田淵清晃様から法話がありました。京都の多くのお寺が門戸閉じたままだった頃から修学旅行生、外国人に広く門戸を開けて受け入れて来た金閣寺、銀閣寺、西方寺(苔寺)、平等院、三十三間堂の内、三十三間堂だけが世界文化遺産の指定から漏れているのは、なんとも理解しがたい。とユーモアを交えてお話されていました。また、今の世の中、世知辛くて生きにくい世相だが、心だけは退廃する事なくしっかりと持ち続ける事が大切だと、有り難いお話を頂きました。



日本天台宗の開祖、伝教大師最澄は「山家学生式」(さんげがくしょうしき)の中で"国宝とは何物ぞ"と問われ「仏心」を持つ者と答えられました。仏を信じる心があれば正しい道を歩むことが出来る(悪い道に行くはずがない)、宝とは物や財産ではなく、家庭や職場でそれぞれ立場で世の中の為になるように日々努力している人こそ国の宝だと説いています。
法話の主旨も、まさにこの事を指していると思いました。

次に、美術院国宝修理所の藤本氏から「国宝 三十三間堂の諸仏の修理を終えて-昭和・平成の大修理」と題して講演がありました。



昭和 48年から平成29年まで、実に45年間もの間、三十三間堂全ての諸仏の修復を終え、久しぶりに千一体の観音様が、ここ三十三間堂に揃いました。京都、奈良、東京の国立博物館に寄託している観音様も戻られ、修復をされていた訳です。
しかも、喜ばしい事に今年3月に全ての観音様が国宝に指定されました。
これで、中尊の千手観音様、千一体の千手観音様、風神像、雷神像、二十八部衆の全てが国宝になりました。お堂も含めて全て国宝とは、ただただ凄いところだと感嘆するばかりです。

さて、諸仏の修理ですが、歴史的には火災で焼失した後、鎌倉時代に再興され、室町時代、桃山時代、江戸時代に修理がなされ、今日に至っています。
明治に入り、古社寺保存法により、近代的な修理が開始されました。
昭和11年から31年にかけて千一躰の千手観音立像の修理が行われ、途中戦争で計画にずれが生じましたが、戦時中でも修理が行われていました。

そして今回の45年にわたる修理事業が行われた次第です。

以下、妙法院門跡の紅葉🍁と三十三間堂の紅葉🍁風景です。













[user_image 0c/67/3a149ab05259ce7e577215bad4a2ebfc.jpg




最新の画像もっと見る

コメントを投稿