内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

沖縄今帰仁村訪問記 ③ ― 辺野古の美しく碧き海、基地建設阻止デモ参加、東村高江区のヘリパッド建設地区訪問記

2018-08-09 18:33:19 | 雑感

 辺野古新基地建設反対を貫いた翁長雄志沖縄県知事の突然の訃報が昨晩伝えられたばかりの辺野古をM先生にお車でご案内していただき、キャンプ・シュワブ前の集会に参加し、正午からのデモ行進にも参加した。小学生の時に父に連れられて参加したデモ行進(プラカードを首から下げ、父と手を繋いで行進している自分の写真がアルバムに残っているが、今アルバムで確かめようがないので、なんのためのデモだったのかはわからない)を除けば、これが生まれて初めて参加したデモ行進である。「新基地建設絶対反対」とシュプレヒコールを他の参加者たちと共に唱えながら基地前通りを行進し、ゲート前では、皆で拳を突き上げ、シュプレヒコールを繰り返した。
 これまでの反対運動の経過をそれほどよく知っていたわけではないが、この新基地建設計画がまったく民意を無視し、自然環境を平気で破壊する国家権力の横暴であることは誰の眼にも明らかなことであり、私もこの反対・阻止運動に賛意と支持を表明する意味でデモ行進に参加した。
 その後、辺野古の海辺まで先生にやはり車で連れて行ってもらい、その美しく碧き海の色とそれを破壊しつつある建設現場、そこに立つ民間会社の雇われ警備員を写真に撮った。
 辺野古の後、ヘリパッドが建設された東村高江区へと向かった。ヘリパッドそのものは見ることはできなかったが、反対運動を続ける人たちのテントを訪れ、当番の人たちに話を聞くことができた。そのテントでもらったパンフレットの一節を引いておく。

高江区は2度に渡りヘリパッド建設反対の決議をしてきましたが、国は工事を強行し、2016年に6箇所のヘリパッドが完成し、米軍に提供されました。その中でもN4のヘリパッドは県道から約150メートル、一番近い民家まで約400メートルしか離れていません。現在はひどい時で3機のオスプレイが夜11時近くまで、超低空で住宅の上空を飛び回ります。そしてその訓練が約3週間毎日続くこともあり、住民はゆっくり寝ることもできず、騒音と低周波と墜落の不安の中で暮らさなければいけません。子供たちを守るために引っ越しをする世帯もあります。しかしそんな世帯に対しての補償などは一切ありません。国はそこで住み続けなければいけない住民の暮らしがどうなっていくのかなどの調査や聞き取りなども一切することはありません。結局住民がすべての犠牲を背負うことになるのです。そして今、日本全体で同じような軍事の拡大が「抑止力」と「負担軽減」という名目で進んでいます。もう高江だけの問題ではありません。











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