内的自己対話-川の畔のささめごと

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鉛直線上の〈孤悲〉のアリア、あるいは、大伴家持における〈雲雀〉と孤愁について(九) ― 雲雀についての哲学的考察断片(十四・最終回)

2018-03-16 00:00:00 | 哲学

 今回の連載「雲雀についての哲学的考察断片」を終えるにあたって、補足として、詩的空間における鳥の形象に関して、リルケから二ヶ所引用し、若干の私見を記しておく。今後、家持の歌のさらに深い理解を目指すときの一助になるかも知れないと考えてのことである。
 どちらの引用も、上田閑照が西田哲学の純粋経験を説明するために何度も援用している箇所である。手元にある文献では、『西田幾多郎を読む』(岩波セミナーブックス38、1991年)と『哲学コレクションII 経験と場所』(岩波現代文庫、2007年)とに出てくる。後者から当該箇所を引こう(それぞれ27頁と29頁)。

そのとき鳥の声が外界と自分の内面とに同時に存在し、外界と内面とがまったく切れ目のない純粋なひとつの空間になり、……あらゆる方向から無限なるものに親しく満たされ……

Erlebnis II, Sämtliche Werke, 1966, Bd. VI, S. 1040.

 上田が上略・中略・下略している箇所も復元して原文を引用する。

Er gedachte der Stunde in jenem anderen südlichen Garten (Capri), da ein Vogelruf draußen und in seinem Innern übereinstimmend da war, indem er sich gewissermaßen an der Grenze des Körpers nicht brach, beides zu einem ununterbrochenen Raum zusammennahm, in welchem, geheimnisvoll geschützt, nur eine einzige Stelle reinsten, tiefsten Bewußtseins blieb. Damals schloß er die Augen, um in einer so großmütigen Erfahrung durch den Kontur seines Leibes nicht beirrt zu sein, und es ging das Unendliche von allen Seiten so vertraulich in ihn über, daß er glauben durfte, das leichte Aufruhn der inzwischen eingetretenen Sterne in seiner Brust zu fühlen.

 もう一ヶ所は、『ドゥイノの悲歌』第二部草稿として残された無題の詩の一つの一節で、「世界内面空間 Weltinnenraum」)という有名な言葉が出てくる箇所である。

すべての物の中をただ一つの空間が広がっている、
世界内面空間。鳥たちは静かに
私たちの中を横ぎって飛ぶ。おお、私は成長する欲求を感じて
外を眺める、すると私の内部に樹が成長する。   (高安国世訳)

Durch alle Wesen reicht der eine Raum:
Weltinnenraum. Die Vögel fliegen still
durch uns hindurch. O, der ich wachsen will,
ich seh hinaus, und in mir wächst der Baum.

 前者は、1903年カプリ島滞在中のリルケに啓示のごとく与えられた詩人としての決定的な経験の記述である。この内外連続した一つの純粋空間の経験の記述は、家持の歌における詩的空間の経験とどこで重なり、どこで決定的に異なっているか。この問いへの答えを出すための考察を通じて、私たちは、家持歌の詩的空間の固有性についてのより深い理解に到達できるだろう。
 後者は、1914年8月から9月にかけて作られた。引用した一節に用いられている、唯一つの空間としての「世界内面空間」という概念は、家持の歌の解釈にも導入できるのではないだろうか。リルケの造語である Weltinnenraum がリルケの全作品中の孤語(hapax)であることと家持の「うらうらに」が『万葉集』中の孤語であることとの間にも、なにか不思議な暗合を私は感じる。
 しかしながら、家持の四二九二番歌の〈ひばり〉の形象とリルケの詩のこの一節における〈Vögel〉の動的形象との間には、明らかな差異があることも認めなくてはならない。
 一点目は、前者の〈ひばり〉は、そう歌の中に明示されてはいないにしても、一羽の雲雀つまり単数の動体を表象していると見て間違いないのに対して、後者では、〈鳥たち〉つまり複数になっていることである。
 二点目は、家持の〈ひばり〉が垂直上方への運動性を表象しているのに対して、リルケの〈鳥たち〉の方は、どちらかといえば、水平方向の飛翔を表象していると読めることである。
 そして、鳥の形象の比較という枠を外して、家持歌とリルケの詩とがそれぞれに表現している詩的空間全体を比較するとき、両者の間には、その空間経験において、還元不可能な差異どころか、根本的な対立があるとさえ言わなくてはならない。
 なぜなら、家持歌が詩的空間全体に浸潤した悲しい心の思いの孤独さを表現しているのに対して、五つの四行連からなるリルケの詩は、その全体として、『ドゥイノの悲歌』全体の主調音とは異なり、唯一の空間における万物の照応と調和というゲーテ的とも形容できそうな生の世界を表現しているからである。
 しかし、それでもなお、両者の比較は、家持歌のより深い理解に資するところがある、とだけは言ってもよいのではないだろうか。
 家持の春愁三首の第三首における〈ひばり〉について、詩的空間における動的形象の意味論的価値という観点から内在的理解を試みた今回の哲学的考察 ―「雲雀についての哲学的考察断片」は、以上をもって終了とする。











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2 コメント

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お疲れ様でした (funkytrain)
2018-03-16 10:20:22
雲雀についての連載お疲れ様でした。
たいへん興味深く読ませていただきました。

さて、個人的な話で恐縮ですが「上田閑照」という名を見ると、80年代後半に、辻村公一先生の講義を聴きにこられていた姿を思い出します。辻村先生は上田閑照氏について「あの人は解脱してますからね~」と河原町のビアホールでビールを飲みつつ語っておられたことを思い出します。


やはり家持の歌を読みますと、「未だ主も客もない」純粋経験とともに語りたくなる欲求がめばえますが、そこはあえて我慢したい私(笑)としては、今回の「うらうらに」の一首にみる、家持のエディターとしての才能と言いましょうか、そこに感動します。巻十九は明らかに家持の編集だろうと言われてますが(伊藤博氏解説)、そうだとしたときに、この末尾を飾る歌が、巻十九の冒頭の一首4139と並べられると、よりいっそうその輝きを増すように思われるからです。そして、そのような効果を狙って、家持は巻十九の最初と最後に春の歌を配置したのではないかと。しかも4139もまた「出で立つ」というバーティカルな言葉が「ひばり上がり」と共鳴しております。なにかそこに時間の円環さえ読み取りたくなってしまいます。そして、沸き立つ命と死が、「歌にあらずしては撥ひかたきのみ」という仕方で家持という人を貫いたのかな、と想像します。

こないだも書きましたが、やはり私としては家持の歌に強く感じるのは時間であります。辻村先生の言葉を借りていえば「時間」という間延びしたものでない、端的な時それ自身、とでも言いましょうか。ハイデガーならAugenblickと呼ぶんでしょうか。

そして、恐らくリルケ(私はリルケのことはほとんど知りませんが)を襲ったのも、似たような出来事かもしれませんね。
Re:お疲れ様でした (kmomoji1010)
2018-03-16 18:06:01
貴重な思い出の話とご指摘、ありがとうございます。
家持がある編集意図をもって巻第十九を編集したことは間違いありませんね。
中西進は、『万葉の秀歌』の中で、巻第十九は家持が1799橘諸兄の求めに応じて提出した資料で、最終歌は、その際に付加されたと断定的に述べています。
そこから「独り」についても独自の解釈をしめしています。

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