内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

集中講義第五日(最終日) 男と女がまずいて恋愛関係が始まるのではなく、恋愛関係が男を男にし、女を女にする ― 夏休み日記(19)

2017-08-04 23:59:58 | 講義の余白から

 今日のブロクのタイトルをご覧になって、今回の集中講義と何の関係があるのかと首を傾げられた方もいらっしゃることでしょう。しかし、これは、今日、私が実際に講義中に述べたテーゼなのです。何のためにかというと、シモンドンの関係論的存在論を説明するためにです。
 シモンドンは、関係は関係を構成する両項と同等の存在身分を有つとILFIの中で繰り返し主張しています。さらに踏み込んで、関係が関係を形成する項を規定するのであって、その逆ではない、とも言っています。個々の個人を何かそれ自体で存在する実体の如く捉え、そこから関係を考えることにシモンドンは真っ向から反対しているのです。
 そのことをわかりやすく現実の経験に即して言うとこうなるよ、という意味で、タイトルのようなテーゼを掲げたわけです。だから、シモンドンは別に特別なことを言っているわけではないのです。ところが、それがわからなくなるくらい、いわゆる哲学的思考は実体主義に冒されてしまってきたのです。
 今日は集中講義最終日でした。昨年までは、講義最終日には、出席者皆と食事会をするのを習いとしていましたが、今年はどうしても外せない約束が最終日に入ってしまい、それでやむを得ず昨晩食事会を行ったわけです。
 先程マンションに戻ったのですが、参加学生たちから今日最終日についての感想がもう届いていました。それらを読むかぎり、今回の演習も彼らの思考に幅と奥行きをさらに与えることにいくらか役に立ったようで、そのことをとても嬉しく思っています。
 感想を送ってくれた学生の一人に、今、およそこんな文面の返事を送ったところです。

 メールと感想レポートありがとう。今日はもうちょっと遅いのでレポートへの応答は明日午前中に送ります。
 昨年・今年と二年続けて参加してくれてほんとうにありがとう。貴君の幅広く柔軟な問題の捉え方には何度も感心させられました。おかげで今年の演習も昨年同様、活気のあるものになり、皆にとって刺激に富んだ内容にすることができたと信じています。
 私は、演習は教師と学生とがいっしょに作っていくものだと考えています。たまたま教師は学生より少しはものを知っているし、いろいろ考えてはきているけれど、演習の場では基本的に皆が対等に議論することができるように配慮するのが教師の役目だと思っています。教師がリード役や調停役を務め、ヒントや手掛かりを与え、参加者全員で問題を明確化し、深め、答えを探していく共同作業の場、それが演習だというのが私の方針です。
 今年の演習も、その意味で、かなり上手くいったのではないかと自負しています。それは参加してくれた皆のおかげです。

 これでこの夏の日本での仕事を終えました。明日から一週間、少しヴァカンス気分を味あわせていただきます。











ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 集中講義第四日、建てること... | トップ | ほんとうの夏休み初日の今日... »

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
分野によらず有効なシモンドン (franoma=あ*)
2017-08-08 10:31:02
「個々の個人を何かそれ自体で存在する実体の如く捉え、そこから関係を考えることにシモンドンは真っ向から反対しているのです。
 そのことをわかりやすく現実の経験に即して言うとこうなるよ、という意味で、タイトルのようなテーゼを掲げたわけです。だから、シモンドンは別に特別なことを言っているわけではないのです。ところが、それがわからなくなるくらい、いわゆる哲学的思考は実体主義に冒されてしまってきた」
という点に同感です。
 これと同じ科学哲学上の問題が現代物理学にもあって、還元主義ですね。素粒子という実体があって関係=相互作用を考えて行けば自然科学の研究対象になる現象=自然現象は、全部、判るハズだという「妄想」に絡め取られているので、自然科学全体のあり方を検討することができない「妄想性障害」に陥った人たちが「物理学帝国主義」を形成しているとか、(私が学生の頃ですから)40年くらい前から盛んに言われました。言われても、今も治っていません、あの人たちの「妄想性障害」!
 しかも、分野によらず、「妄想性障害の周囲に信じさせる力」
http://ameblo.jp/kyupin/entry-11547351696.html
が「専門家」によって発揮されるため、哲学が弱い人たちは自らの認知機能の歪み(=バカの壁 © 養老孟司)にぶち当たっていても自覚できません。「妄想性障害の周囲に信じさせる力」をお書きの精神科医らしき御仁も、自らが妄想性障害に絡め取られているのに自覚がないという笑えない状況になっています。
 結果として、「PTSD否認は社会病理だ」と理解できる人がほとんどいなくて、PTSD現象=その場にいる人たちの心が乱されるような事態=社会現象が発生すると、誰かの個人的な資質に還元すること(←実体主義)で「解釈」して、ここが問題ですよと指摘した人物に「アスぺ」ラベリングを行い、お前が「コミュニケーション障害だ。死ね!」と、殴りかかってくるオヤジさえいるくらいです。オヤジは、西洋白人女性心理職の妄想性障害に巻き込まれてしまい、加害者型PTSDにスイッチした後、解離性健忘に逃げ込んだため、仙台エリート研修医
http://bit.ly/2vz8KVM
と同じで、更生不能になりました。息子と話し合い、離婚しました。合掌。

シモンドンは、西洋学問史を全体として批判して、
分野によらず我々人類の「バカの壁」(©養老孟司)=認知の歪みを認識し、
ブレークスルーを可能にするために、極めて有効ですね。

コメントを投稿

講義の余白から」カテゴリの最新記事