内的自己対話-川の畔のささめごと

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文学批評原理としての「もののあはれ」の射程とその限界 ― 近世文学史学期末試験問題

2018-05-10 21:23:22 | 講義の余白から

 今日は丸一日、昨日の午後に実施した近世文学史の学期末試験の採点をしていました。朝九時に始めて夕方五時過ぎに採点終了。すぐに結果を大学のイントラネットで学生たちに知らせました。
 答案は二十枚。小論文形式で、長さは、日本語に直せば、およそ1500字から2000字といったところでしょうか。
 答案そのものには赤ペンで数種の記号や下線を引くだけにして、用いた記号の意味は学生たちに採点結果と同時に公表します。点数とは別に、各答案について講評を書き、これもネットを通じて学生たちに知らせます。個人名は一切伏せ、学生番号だけで各自自分の答案の講評を知ることができるようにします。
 今回の試験問題は、大学封鎖のあおりを受けて四月中に二回も休講にせざるを得なかったこともあり、例年のように「ひねった」問題を出すことは差し控え、以下のようなごくありきたりの設問にしました。

 本居宣長の『紫文要領』『源氏物語玉の小櫛』に展開されている「もののあはれ」論に基づいて、以下の二つの問いに答えなさい。「もののあはれ」」とは何か。なぜ「もののあはれ」は文学にとって根本的価値でありうるのか。この二つの問いに答えた上で、宣長の文学理論について自分の意見を述べなさい。
 ただし、授業で取り上げた近現代の研究者あるいは著作家による宣長の「もののあはれ」論批判を参照した上で解答すること。

 全体的講評として言えることは、ほぼ全員、よく問題と格闘してくれていた、ということです。参考文献のどこかに書いてあることをそれこそ丸写ししたとしてもそれで一応は合格点がもらえるような「易しい」出題だったのですが、そういう安易な答案は一つもありませんでした。
 それに、似たりよったりの答案もまったくありませんでした。どの答案もそれぞれに学生たちの個性がよく出ていたのです。普段の授業の出席者は二十名前後ですから、誰と誰がいつも隣り合わせに座っているかはこちらもよく把握しています。もしそれらの仲良しグループごとに似通った答案があれば、一緒に準備したことは一目瞭然です。ところが、面白いことに、むしろそういう仲良したちの答案の間にこそ論点の違いが際立っていたのです。
 これはちょと穿ち過ぎかもしれませんが、彼らはおそらく一緒に試験勉強をしていて、その過程でお互いの意見の違いがはっきりしてきて、それが各自の答案に反映されていたのではないかと私は思っています。
 それはともかく、今回ほど答案を読んでいて愉しかったことはかつてありませんでした。「もののあはれ」とは何か、なぜそれが文学の自律的価値たりうるのか、という問いに対して、それぞれに真剣に向き合い、自分自身の頭と心で考えてくれたことが答案を読んでいてよくわかったからです。それに、二年生のはじめから見てきた彼らの知的成長もそこから読み取ることできて喜ばしくもありました。
 授業内容をよく咀嚼した上でバランスよく議論をまとめていた模範的な答案(君たちはいつもお利口さんだったね、でも、これからは自分の殻を破ろうとしてみてほしいな)、『紫文要領』『源氏物語玉の小櫛』を原文でしっかり読みこなし、独自の解釈を堂々と示してくれた答案(修士に来るんだよね、期待しているよ)、自分なりの仮説を出発点として手際よく概念分析を展開している答案(頭でっかちにならないように気をつけて。与えられたテキストを地道に読む訓練も忘れずに)、授業ではまったく触れなかった現代の専門家の日本語の論文まで参照していた答案(文学批評原理としての「もののあはれ」の二重の機能の指摘、お見事でした!)、永遠性を至上の価値とする西欧思想の中で育った自分には、「もののあはれ」論は正直よくわからないと率直に認めた上で、自分の個人的な体験から感情としての「もののあはれ」を理解しようと試みていた答案(昨年亡くなったお祖母さんの写真が思いもかけず自分に引き起こした感情についての話、読んでいてこっちもちょっと泣けてきたよ)等々。
 最初は試験のために勉強しているつもりだったのに、いつのまにかそんな枠を超えて問題そのものと向き合うことになってしまうような設問をいつも心掛けているつもりです。こちらのそのような意図に応えるかのような答案を今回の学部最後の期末試験で学生たちは書いてくれました。そんな彼らに私は心から感謝しています。











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