経堂緑岡教会  説教ブログ

松本牧師説教、その他の牧師の説教、松本牧師の説教以外のもの。

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エマオへの道で

2014年06月27日 | 創世記1章~11章

詩編118編22~25節  

ルカによる福音書24章13~35節

イースター礼拝 2014年4月20日

       牧師 松本 敏之

 

 

 

不思議な旅の道連れ

 「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた」(13節)。

 「ちょうどこの日」というのは、婦人たちがイエスの墓で天使たちと出会った日です(1~12節参照)。彼女たちはそのときの出来事について弟子たちに話しましたが、この二人もそれを聞いていたのでしょう。しかし彼らは、それを聞いても何が起きたのかよく理解していませんでした。確かなことは、イエス・キリストの遺体が消えていたということ。それ以前にもっと確かなことは、自分たちが望みをかけていた方、すなわちイエス・キリストが十字架にかけられて殺されたことでした。彼らは、途中から旅の道連れになった人にこう言います。

 「わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」(21節)。過去形です。それから彼らは、この道連れに、聞いた通りのことを話しました。彼らが話し終えた後、その人はこう言いました。

 「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」(26節)。実は、その人こそイエス・キリストであったわけですが、主イエスはご自分について書かれていることを聖書全体にわたって解き明かされました。

エマオに到着しました。彼らはその旅の道連れに一緒に泊まるように勧めます。夕食の折、その人がパンを取って、祈り、渡す所作を見たとき、彼らの目が開け、その人が主イエスだとわかったというのです。しかしその瞬間、主イエスの姿は見えなくなりました。彼らはふり返ってこう言うのです。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」(32節)。

 

信仰にいたる道筋

この物語は、信仰がどういうものであるかをよく語っています。一つには、それはイエス・キリストのほうから近づいてくださることによって、可能になるということです。しかし知りたくもないのに、強引にわからせるというようなものではありません。そういうことをしても信仰を受け入れられるものではない。イエス・キリストがゆっくりと共に歩んでくださる。それがわかるようになるために一定の準備期間のようなものがあるのです。

二つ目としては、その出会いは、聖書と深い関係があるということです。ここで述べられる聖書とは旧約聖書のことですが、旧約聖書がすでにキリストのことを預言し、新約聖書はそれを証ししているのです。

出会いは段階的に起こります。まず、教会や聖書との出会いがあり、その上でキリストとの出会いがある。あるとき、ふっと「あっそうか」ということになる。イエス・キリストと同時代の人はともかく、それ以降のクリスチャンは、みんなそういう出会い方をしていると言えるでしょう。パウロにしてもそうでした。パウロは、よく旧約聖書を学んでいました。そしてそこで証しされているのがこのイエス・キリストだと、ぴたっとつながったのです。

三つ目は、聖書の解き明かしを聞くことは、心が静かに燃えるような経験であるということです。彼らは、その人が主イエスだとわかったときにも、きっと飛び上がるように喜んだでしょう。しかしそれと共に、「聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていた」と思い起こしたのです。

この二人の「心が燃える」経験というのは、恐らく熱狂的な燃えあがり方ではなく、静かに心が熱くなった。私は、聖霊経験とはそういうものではないかと思います。聖霊経験(体験)とは、熱狂的なことを指すことがあり、それがないと信仰が足りないのかと思われがちですが、そうでなくてよいのだと思います。

聖書の解き明かしを聞いて、心が静かに熱く燃える。そこですでに聖霊は働いています。こちらが気づかない形で、イエス・キリストは出会ってくださっているのです。そして次のさらなる出会いを準備してくださっている。それは地味な信仰生活かもしれません。しかし後で気づくのです、確かにあのとき、私の心は燃えていたと。

 

私も共に旅をする

この二人の弟子たち、一人はクレオパという名前ですが、もう一人が誰であったのかわかりません。十二弟子の一人かもしれません。ルカという説、クレオパの妻という説もあります。すべて想像です。しかし特定する必要もないでしょう。

このもう一人の名前が伏せられていることによって、私たちは、それは自分かもしれないと思うことができるのではないでしょうか。

私たちの信仰生活にも波があります。しかし主は私たちの心が燃えていたことを思い起こさせてくださって、信仰を新たにしてくださるのです。

 「あしあと」という有名な詩があります。こういう内容です。

詩人は、自分の人生をふり返り、それがなぎさに映し出されているのを見ます。どの光景にも、砂の上に二つのあしあとがありました。わたしのあしあとと主のあしあとです。ところが、人生でいちばんつらく、悲しいとき、そのあしあとは一つしかありませんでした。詩人は尋ねました。

 「『いちばんあなたを必要としたときに、/あなたが、なぜわたしを捨てられたのか、わたしにはわかりません。』/主は、ささやかれた。/「わたしの大切な子よ。……あしあとがひとつだったとき、/わたしはあなたを背負って歩いていた。」

(マーガレット・F・パワーズ作)

3月16日、若松栄町教会の片岡謁也牧師が説教されましたが、その中でこういうお話をされました。「東日本大震災が起きた直後、仙台のエマオ・センターにみんなで駆けつけた。新潟からも会津からもいろいろな物資をもって駆けつけた。大きな困難があったけれど、不思議な力で守られ、準備が整っていった。必死の思いでみんなが熱く燃えた。そのエマオへの道を、キリストが共に歩んでくださっていたと信じている。」

私たち自身のエマオへの道を、すでにキリストは共に歩んでくださっているのです。

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背後に立つ神

2014年06月27日 | 説教その他

イザヤ書53章1~5節

ヨハネによる福音書20章11~16節

2014年3月16日

 若松栄町教会牧師 片岡 謁也

 

 

3・11東日本大震災

 2011年3月11日午後2時46分、私たちには忘れられない時となりました。今までに体験したことのない大きな地震、大変なことが起きたと直感しました。事実、その瞬間には思いも寄らなかった東京電力福島第一原子力発電所の事故によって、今なお私たちが直面する課題は大きなものです。

 教会員の安否を確認できたこともあり、3月13日の礼拝後、教会のある会津若松から愛車で仙台を目指しました。私は普段、集会や会議のため週のうち2日を180キロ先の仙台で過ごします。東北自動車道は閉鎖、一般道も大渋滞だと報じられているので、大雪の峠道を北上し、山形経由で仙台に到着しました。

 仙台は異様な光景でした。愛車のヘッドライトのみを頼りに暗い街を行く。ライフラインが断たれた暗黒の世界、道を行く車両も見当たらず、人間の気配を見出すことも困難な状況のなか、途方に暮れてしまいました。そして、幾度も神に問うたのです。「なぜ……」。

 仙台市中心部にある教区センター「エマオ」は、幸いにも頑強な躯(く)体(たい)とライフラインが確保できている状況から、3月15日、「東北教区被災者支援センター」を立ち上げることを決議し、現在に至るまでその活動が展開されています。私の日常は逆転してしまいました。週の6日と12時間は仙台で、礼拝のために12時間は会津若松で…という生活が数か月続きました。エルサレムからではなく、会津若松から新潟経由で仙台のエマオに向かう車の中に、復活のイエスが共にいてくれた…と今も信じています。

 

会津放射能情報センター

 一時避難先から会津若松に帰還した連れ合いが、「放射能から子どものいのちを守る会・会津」、「会津放射能情報センター」を設立しました。

 その活動は親と子の放射能学習会、各種講演会、自治体や学校との協議、ふくしま集団疎開裁判の支援、さらに経済産業省へのデモ、無農薬野菜果物販売会、そして子ども保養プログラムなど多方面にわたります。特に母親たちの「しゃべり場」は開催頻度も高く、孤立感で喘ぐ母親たちが、市内および近隣市町村から集まりました。そこは安全な食品の情報交換、反原発運動の学習に加え、孤立感による苦しみと悲しみの吐露により「心のケア」を相互に担う場となっています。原発、放射能は人間を分断させます。さらに大自然と人間をも分裂させます。しかし、同センターはその現実に抗いながら、孤立した人と人とを出会わせ、分断された関係を繋ぎ合わせようと挑んでいます。

 

マグダラのマリア

 今日ご一緒に読んだ聖書の箇所には、イエス・キリストの復活に関わる出来事が記されています。十字架で殺され葬られたイエスの墓へ、マグダラのマリアという女性が来ました。その時そこにあるはずのイエスの亡骸はなかった、と聖書は伝えています。それを見て弟子たちはイエスの復活を信じ、仲間の所へと帰って行きます。しかし、「マリアは墓の外に立って泣いていた」。

 マリアは「罪の女」とされていた女性です。もちろん男性優位社会の中で強者の側から一方的に貼られたレッテルですが、自分のことを責め続け後悔に支配されたマリア。彼女はイエスとの出会いを通して「罪の女」という縛りから解き放たれました。こんな自分をかけがえのない存在として受け止め愛してくれるイエスに着いて行こう。イエスとの出会いから新しい人生が始まりました。

 最後には十字架で殺されたイエス。けれども悲しむマリアにはイエスとの数々の思い出と、その亡骸が残されている。イエスの遺体に触れ労ることを通して自分なりの「葬りの営み」を重ねていこう、いつの日かきっと慰められる時が来る……そんな思いを抱いたことでしょう。しかし、そのような思いが打ち砕かれ、絶望の淵で泣いていた独りぼっちのマリアの姿を聖書は記しています。

 

いつの世までもあなたと共に

 泣くマリアの背後に復活したイエスが立っていました。マリアは「それがイエスだとは分からなかった」と聖書は伝えています。マリアはイエスの後ろから着いて行く女性でした。自分の前を行くイエスの背中にすがり、自分の先にいるイエスを見つめ新しい人生をかみしめていた女性です。今、その彼女の背後に復活のイエスが立っているのです。 

 ここで描かれているのは、自分の前を行き、早くこちらへおいで、と手招きする神ではありません。天上高く、雲の上から人間を見下ろす神ではありません。復活の神イエスはマリアの背後に立ち、マリアの背中を抱きしめる神です。そのような神の姿を聖書は示しているのです。

 悲しみと痛み、寂しさと辛さ、そして狼狽と不安の中に置かれるこの私の背後に立ち、独りぼっちだと泣く私の背中を抱きしめ、共にいてくれる神。それが復活のイエス・キリストなのです。

 3・11東日本大震災から3年経ちました。今なお、私たちとこの国の直面する課題は大きく重いです。今この時も孤立感と不安で嘆き泣いているたくさんの人びとがいます。けれども。けれども、この私の背後に立ち、背後から抱きしめ寄り添っていてくれるイエスの姿を思い描きながら、「いつの世までもあなたと共にいる」というその宣言を生きてゆきたいのです。

 

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まさかわたしのことでは

2014年06月20日 | 説教その他

詩編41編10節

マタイによる福音書26章14~25節

               2014年3月30日

           牧師 松本 敏之

 

(1)神学生交流プログラム

 私は、3月27日から29日まで、日本クリスチャン・アカデミーの神学生交流プログラムに、企画委員として参加しました。会場は、練馬区上石神井にあるカトリックの「イエズス会無原罪聖母修道院(東京黙想の家)」でありました。

 神学生交流プログラムというのは、さまざまな神学校に学んでいる神学生たちが神学校の枠を超えて、他の神学校の学生たちと交流するという企画です。約10の神学校に「それぞれの神学校から二人ずつ送ってください」と呼びかけ、7つの神学校から13名の神学生が集まりました。それに私たち企画委員が5人、講師の青野太潮先生(元西南学院教授の新約学者)と校長の関田寛雄先生の総勢20名でありました。

 日本基督教団の神学校が多数派ですが、聖公会、ルーテル、バプテストの西南学院からも参加者がありました。

 実はこうしたプログラムが1960年代にも行われていました(インターセミナリー、通称インセミ)が、教団紛争などのために、中断してしまいました。クリスチャン・アカデミーでは、ぜひ現代の<インセミ>を行おうということで、2009年にこの第1回を開き、それ以降(東日本大震災のあった2011年を除いて)、毎年3月に開き、今年で第5回目となりました。

「違った者が直接出会い、寝食を共にしつつ、じっくりと対話をする。」実はこのことは日本クリスチャン・アカデミーの母体となった、ドイツのアカデミー運動の理念でもありました。アカデミー運動とは、第二次世界大戦への反省と懺悔の中から生まれ、対話を通して、異なる立場の人々の相互理解を進める社会教育事業を展開する、キリスト教精神に基づいた運動です。その精神は日本にも受け継がれ、1957年から「はなしあいの運動」として根を下ろしました。以来、NCC、YMCAなどのキリスト教諸団体と協力しながら、正義と平和を目指す働きを担っています。一方、諸宗教との交流を重んじ、相互の違いを尊重し、協働できる場を見いだすプログラムを行ってきました。この神学生交流プログラムも、そういうクリスチャン・アカデミーならではの活動だと思います。

参加した神学生たちには、とても有意義な三日間であったようです。寝食を共にしつつ、共に学び、これまで間接的にしか知らなかった他の神学校の話を聞いたりして交わりを深めました。昨日のまとめの会では、ここに新しい一つの神学校ができたようだという声もありました。

 

(2)違った者が一つの輪の中に

 違った者が一つに呼び集められる、というのは、最初の12人の弟子の顔ぶれからしてそうでありました(マタイ10:1~4)。ここには、有名なペトロ、その兄弟アンデレ、またヤコブとヨハネの兄弟、さらにあの疑い深いトマスも登場します。ここにしか登場しない、名前しかわからない人物もいます。その12人の中で、肩書が出ている人が二人だけあります。それは徴税人マタイと熱心党員シモンです。この二人を並べてみると、改めて、主イエスの弟子選びというのは、すごいことであったと思います。というのは、徴税人と熱心党員というのは、全く相いれない水と油のような存在であったからです。

 徴税人は、ユダヤを占領していたローマに納める税金を徴収し、しかもローマの権力を背に、自分の取り分を上乗せして、何倍ものお金を巻き上げていたと言われます。ですから、ユダヤ人たちは、徴税人を、罪人と並べて称し、仲間の血を売って生きているとみなしていました。

 一方、熱心党というのは、ローマ帝国の支配に対して、武力をもってしてでも対抗し、いつかローマの権力を追い出してやると、意気込んでいたグループです。熱心党の人々は、神のお遣わしになるダビデの子がやって来たら、イスラエルの解放のために、命や財産を差し出す覚悟さえ持っていました。ですから、熱心党の人にとっては、徴税人などは絶対に赦せない存在であったことでしょう。

しかし私は、このイエス・キリストの弟子選びそのものが、すでに和解の福音、平和の福音を語っていると思うのです。違った者、敵対している者が、共にイエス・キリストの弟子として生きる。これはなかなか容易なことではありません。悔い改めを必要とすることです。

またそこに、後にイエス・キリストを裏切り、売り渡すことになるイスカリオテのユダが加わっていることも、考えさせられます。

 

(3)ユダと私たち

イスカリオテのユダについて語るとき、どうしようもなく心が重くなります。ユダはイエス・キリストによって十二弟子の一人に選ばれながら、主イエスをわずか銀貨30枚で売り渡してしまいます。

 どうしてユダは主イエスを裏切ってしまったのでしょうか。ユダも最初は主イエスを来るべきメシアとして迎え入れたけれども、だんだん自分の期待通りのメシア、救い主ではないということが見えてきて、裏切られたという思いが募り、期待が憎しみに変わっていったのでしょうか。

 イエス・キリストが、食事の席上で、「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」(21節)と言われると、12人の「弟子たちは非常に心を痛めて、『主よ、まさかわたしのことでは』と代わる代わる言い始め」(22節)ました。これは、みんな心のどこかで、「自分も、もしかすると、主イエスを裏切るかもしれない」と思っていたことの表れです。だれも主イエスを裏切らないという確信をもつことができなかったのです。ユダは、とんでもない人間であったというのではなく、弟子たちの中にもユダ的要素はあったし、私たちのうちにも、<ユダ>は潜んでいるのです。

 もしもこの礼拝の場で、「あなたがたのうちの誰かが、私を裏切ろうとしている」と言われれば、いかがでしょうか。誰しも身に覚えのあることとして不安になるのではないでしょうか。「いや私は絶対にそういうことはない」と思う人もあるかもしれませんが、個人的確信というのは、あまり当てになりません。このすぐ後、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」(33節)と言い切ったペトロでさえも、結局はすぐにつまずいてしまいました。このとき直接、裏切って、売り渡すのはユダですけれども、その他の弟子たちも主イエスをおいて、みんな逃げ去ってしまいました。そういう意味では、他の弟子たちも多かれ少なかれ、主イエスを裏切ったといえるとでしょう。

 

(4)ユダのためにも祈るイエス

 それにしても、どうしてユダは弟子に加えられたのでしょうか。主イエスは12人を選ばれたとき、後にそうなるということを見抜くことができなかったのでしょうか。そうだとすれば、主イエスに先を見抜く力がなかった(見る目がなかった)ということになるでしょう。あるいは、そうなるかもれないと、うすうす感じつつ、いずれ自分が訓練してやろうと思いながら、弟子になさったのでしょうか。そうだとすれば、やはり弟子教育に失敗したと言わなければならないでしょう。そうではなく、私は、主イエスは、こうなることをすべて見越した上で、イスカリオテのユダを弟子の一人に加えられたのだろうと思います。つまりユダのような人間も、主イエスの弟子として行動を共にし、弟子たちの輪の中に加えられることが、み心であったということです。特にこの主イエスの地上における最後の夜の食事に、ユダが加わっていることは重要です。食事だけではありません。主の晩餐、最後の晩餐、言いかえれば、最初の聖餐式にユダもあずかっているのです。

ヨハネ福音書では、洗足、つまり、主イエスが弟子たちの前にかがみこんで、弟子たちの足をひとつひとつお洗いになったことが記されています(ヨハネ13章)。このとき、主イエスはイスカリオテのユダの足も洗われました。そのために、ユダもこの弟子の輪の中に加えられたのです。私は、そのことの意義は大きいと思います。

 ユダの物語を心に留めるときに、私たちの最も暗い闇の部分を見せつけられるような思いがいたしますが、その暗闇が濃ければ濃いほど、そこに現れ出る恵みの光も大きいのです。

 イエス・キリストは、このユダのためにもパンを裂き、葡萄酒を用意し、このユダのためにも身をかがめて足を洗われました。さらに突っ込んで言えば、このユダのためにも祈り、このユダのためにも十字架で死なれた。私は、このユダも確かに受け入れられていたからこそ、私も洩れていないと、信じることができます。ユダも弟子たちの輪の中に加えられていたからこそ、私もこの輪の中にいると、確信できるのです。

 

(5)驚くべき主の恵み

 主イエスは、「人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった」(24節)と言われました。事実、イスカリオテのユダは、裏切ったそのすぐ後で、「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」(マタイ27:4)と後悔し、結局自死してしまいました(マタイ27:5)。しかし、この予言のような主イエスの言葉は、大きな嘆きであって、決して呪いではないと思います。

 私は、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)という主イエスの十字架上の祈りから、ユダが洩れると考えることはできません。ユダも本当は自分のしていることの罪深さを知らなかったのです。だからこそ、後悔をして自死してしまったのでしょう。私は、主イエスはこのユダのためにも、いやこうしたユダのような人間のためにこそ、両手を広げて十字架にかかって死なれたと信じるのです。イエス・キリストは限定された人のために死なれたのではないと思います。そして、主イエスがすべてを捧げて十字架上で祈られたこの祈りがむなしく終わる(聞き届けられない)ということを想像することはできません。私はこの主イエスのなさった、桁違いの圧倒的な恵みのみ業を深く心に留めるときに、身震いする思いがいたします。

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)。実は、この言葉は、もともとルカ福音書にはなかったかもしれないという疑問符がついている聖句でありますが、たとえ、イエス・キリストがこの言葉を語られなかったとしても、イエス・キリストの生涯全体と十字架がそのことを指し示していると思うのです。その前で、私たちはただ畏れをもって、「アーメン」というより他ありません。いやいくらイエス・キリストの祈りでもユダの罪まではカバーしきれないと思うことのほうが不信仰であるように思います。

 

(6)万人救済説か

 「それでは、すべての人が救われるのか。そうだとすれば、私たちの信仰など関係なくなってしまうのではないか」と思う人もあるかもしれません。「すべての人が救われる」という考えを万人救済説と言います。確かに聖書は、「すべての人が救われる」とは言っていません。そういう可能性もあることを暗示しながら、その直前で踏みとどまっています。カール・バルトは、私が今述べたようなことを、『教会教義学』の「神の恵みの教説」のイスカリオテのユダについての注解という形で述べています。それは長い注で、日本語では、その注だけで1冊の新書本になっています。

それは確かに万人救済説をほうふつとさせるものです。あるとき、ある人が「バルト先生、あなたの言っていることは、万人救済説ではありませんか」と質問をし、それに対して、バルトは、こういう答えをしたそうです。「万人救済説ではありません。万人救済説は、神の裁きの厳粛さをないがしろにし、人間の傲慢につながる。そして私たちの決断をあいまいにしてしまう恐れがある。しかし万人救済説でないこともありません。」微妙な答えです。そちらを指し示しながら、その手前で留まっている。「すべての人が救われる」というのは、私たち人間が語れる言葉ではないということです。

 実は、私は神学生交流プログラムの礼拝でも、同じ箇所で説教をしました。そうすると、礼拝後に講師の青野太潮先生が、私に「ちょうどバルトが語ったのと同じようなドイツのことわざがあるのですよ」と教えてくださいました。それは、「万人救済説を否定するほど愚かであってはならない。しかし万人救済説を声高に叫ぶほど馬鹿であってはならない」というのだそうです。面白い、しかも意義深い言葉であると思いました。

 私たちは、「主イエスは、ユダをも弟子の輪の中に入れ、ユダの足をも洗い、ユダのためにも命をかけて祈り、ユダのためにも死なれた。」そこで踏みとどまるべきだと思います。そこから先は、神様の領域です。しかしある意味でそれで十分だと思います。私たちは、「よき神様が最もよい道を備えてくださる」と信じることが許されているからです。

 イエス・キリストは、私たちがどちらを向いていようと、私たちがイエス・キリストを裏切ろうと、私たちのほうを向いて待ち、祈っておられる。そういう方であるからこそ、そういう圧倒的な恵みを見せてくださる方であるからこそ、どんな生き方をしてもよいのだと居直るのではなく、逆に、この方のほうを向いて生きていきたいと思うのです。

 

 

 

 

日本キリスト教団 経堂緑岡教会

〒156-0052 世田谷区経堂1-30-21

Tel:03-3428-4067 Fax:03-3428-3377

http://www.km-church.or.jp/

(その他の説教もご覧になれます)

 

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神に導かれる教会(年間標語による説教)

2014年06月06日 | 説教その他

エレミヤ書31章10~17節

ガラテヤの信徒への手紙5章16~25節

2014年5月25日 

     牧師 松本 敏之

 

(1)牧師交代期にあたり

 今年度、私たちは、「神に導かれる教会」という年間標語を掲げました。すでに臨時教会総会で決定されていますので、多くの方がご承知のように、私は2015年3月をもって、経堂緑岡教会の主任牧師を辞することになっています(鹿児島加治屋町教会へ転任)。今年度は教会員の皆さんにとっても、私にとっても、とりわけ大事な1年であります。不安を覚える方もあるかもしれません。

 当たり前のことですが、教会の主は神様であり、イエス・キリストであります。しかし牧師が長く在任すると、「何々牧師の教会」というふうになってしまいがちです。それはそれでよい面もあります。教会はその間に安定した歩みをすることができるでしょう。ただ、ともすると教会員のほうも安心して、さまざまなことを牧師に任せっきり、あるいは牧師の家族に任せっきりということも起きてきかねません。牧師のほうでも、教会が自分のものであるかのように勘違いしてふるまうことも起きてきかねません。しかし教会は神のものであり、イエス・キリストのものです。私たちは、時折、意識的に、そのことに立ち帰らなければならないのだと思います。そのことは教会員の方々にとっては「そうだ。自分たちがしっかりしなければ」という自覚を促すきっかけにもなるでしょうし、同時に、「この先、どうなるのだろうか」という不安を取り除いてくれることにもなるのではないでしょうか。

 将来への漠然とした不安というのは、実は牧師も同じです。自分の歩む道、主の召しと信じて出発をすることへの不安があります。本当にこの道でよかったのだろうか。同時に、この教会を誰か別の牧師に託していかなければならないという不安もあります。しかし、「教会の主は神であり、イエス・キリストである」ということ、同時に「自分の人生の主も神であり、イエス・キリストである」ということに立ち帰る時に、安心感も与えられます。「それは神が責任をもってくださること、私は、自分に与えられた範囲でその責任を果たせばよい」ということです。それは管理人の責任のようなものです。そうした大きな安心感の中でこそ、逆に責任を引き受けることができるのだと思います。次の牧師の招聘委員会の方々も、きっとそういう思いではないでしょうか。その意味で、「神に導かれる教会」という年間標語は、今年度の私たちにふさわしい言葉であると思います。

 

(2)元の文脈を離れて読む

 さてその標語にあわせて、例年のように、旧約と新約から年間聖書の言葉を選びました。旧約からはエレミヤ書31章17節。「あなたの未来には希望がある、と主は言われる」というものです。心に響く言葉です。聖書の言葉というのは、その言葉が書かれた文脈を離れて、その言葉だけが浮き上がってくるということもあります。そうした読み方も間違ってはいません。その典型が、『日々の聖句』という書物です。毎日旧約と新約の二つの短い聖句が選ばれています。文脈を全く無視したものです。ローズンゲンというのが原題ですが、くじ引きという意味の言葉です。ドイツのヘルンフート兄弟団という教会が毎年、くじをして、旧約の言葉を選び、それに則して、ふさわしい新約の言葉を選んだものです。もちろん祈りをもってそれをしています。何百年も前から続いている。今年の版は284版(284年目)ということです。一日一日、聖書の言葉が、その元来の文脈を離れて、すっと入りこんでくる。神がその言葉を通じて、直接、語りかけてくる。今生きておられる神様が、昔書かれた言葉を用いて、今生きている私に語りかけてくるのです。そういうことは大事であると思います。

 ディートリヒ・ボンヘッファーも、そういう経験をした人でした。彼は、1930年代、ドイツにおいてナチスにくみしない告白教会運動というのを展開するのですが、その運動にも挫折してしまいます。その後、かつての留学先、アメリカ、ニューヨークのユニオン神学校時代の友人たちのお膳立てにより、亡命のチャンスを与えられて、1939年初夏、渡米しました。しかし、アメリカに着いた途端に、彼はドイツを出国したことを後悔し始めるのです。彼は毎日、ローズンゲンをよく読みました。そして6月26日、彼は、その日のローズンゲンで、「冬になる前に急いできてほしい」(二テモテ4:21、口語訳参照)という言葉と出合うのです。彼は、その時のことをこう記しています。「この言葉が一日中、私の頭にこびりついて離れなかった。それは、戦場から休暇で帰ってきた兵士が、自分を待っていたすべてのものをふり棄てて、また戦場に引き戻されるときのようなものだ。……『冬になる前に急いできてほしい』……これをもし私が自分に言われたことだととらえても、それは聖書の乱用ではない」(宮田光雄『ボンへッファーを読む』岩波書店)。

 

 「あなたの未来には希望がある、と主は言われる」。これは、口語訳から新共同訳になって、心に飛び込んでくるようになった言葉の一つではないでしょうか。これを教会に置き換えて読むならば、「あなたがたの教会の未来には希望がある」と神様は語りかけてくださっているのだと思います。

 

(3)エレミヤ書31章の文脈で

もちろん元の文脈の中で読むということも大事なことです。たとえば日本基督教団の聖書日課に即して(「信徒の友」の短いメッセージを読みながら)、聖書を読むというのはそういうことでしょう。私たちはその両方をしていくことで、聖書の言葉が立体的になって、自分のものになってくるのではないでしょうか。

エレミヤ書31章は、紀元前6世紀頃に書かれた言葉です。この時代、エルサレムはバビロニア帝国の侵略を受け、エルサレム神殿は崩壊しました。そして国の主だった人々はバビロニアの首都バビロンへ連れて行かれました。バビロン捕囚と呼ばれます。15節にこういう言葉があります。

 

「主はこう言われる。

ラマで声が聞こえる。

苦悩に満ちて嘆き、泣く声が。

ラケルが息子たちのゆえに泣いている。

彼女は慰めを拒む

息子たちはもういないのだから。」

 

ラマというのは、後のベツレヘムか、その近くであると言われます。それはエルサレムからバビロンへ向かう途上にある町でした。さかのぼれば、創世記に登場するヤコブの妻ラケルの墓があるところでした。ラケルの息子たちというのは、直接的にはエジプトに連れ去られたヨセフとその弟ベニヤミンでありますが、ラケルはイスラエル民族の母のような存在ですから、イスラエル民族全体を指しているとも言えるでしょう。バビロン捕囚の時代に、都から捕虜として連れて行かれる息子たちのことを嘆く母親の嘆きを、ラケルの嘆きに重ね合わせたのでした。

 エレミヤは国が危機に瀕した時には厳しい言葉を語りましたが、滅んでしまったあとは、一転して慰めに満ちた言葉を語り始めるのです。

 

「主はこう言われる。

泣きやむがよい。

目から涙をぬぐいなさい。

あなたの苦しみは報いられる、

と主は言われる。

息子たちは敵の国から帰って来る。

あなたの未来には希望がある、

と主は言われる。

息子たちは自分の国に帰って来る。」

(エレミヤ31:16~17)

そしてやがてその約束は実現します。

 

(4)旧約聖書、新約聖書の語源

 エレミヤが語った神の約束の言葉はそれだけではありませんでした。このエレミヤ書31章の続きを読んでみますと、後半に驚くべき言葉があるのです。それはイスラエル民族への約束を超えて、全人類への約束とでも言うべき言葉です。

 「見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない」(エレミヤ31:31~32)。

 実は、この言葉が、「旧約聖書」「新約聖書」という呼び名の由来です。この「新しい契約を結ぶ日が来る」という約束はイエス・キリストにおいて実現したとするのがキリスト教であります。その言葉の先に、こういう言葉があります。

「来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる」(同31:33)。

 かつての律法はモーセを通して石の板に記されましたが(出エジプト24:12、同34:1)、今度は、胸の中に授け、心に記すというのです。もっと直接的です。そして神と民が一体であるような、そういう時代が来ると言いました。エレミヤがどういうことを考えていたかは別として、キリスト教では、その言葉の彼方にイエス・キリストを見るのです。そういう約束の言葉、慰めの言葉を、エレミヤは語りました。未来志向です。悲しみの真っただ中で、希望を語った。それがエレミヤです。私たちも、その同じ神の約束のもとにあるということを心に留めたいと思います。「あなたの未来には希望がある、と主は言われる」

 

(5)霊の導き

さて新約聖書のほうは、ガラテヤの信徒への手紙5章25節の言葉です。

「わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう。」

 この言葉も、パウロが語った文脈を離れて、それだけで私たちの心に響いてくる言葉です。「霊の導き」という言葉に違和感を覚える方もあるかもしれません。しかし聖書でいう「霊」とは、変なふうに、あるいは気味の悪いほうへ私たちを誘導するものではなく、イエス・キリストの霊です。そして神の霊です。今、生きて働いている神、今生きて働いているイエス・キリストのことを霊と呼びます。ですから「霊に導かれる」というのは、内容的に言えば、「神に導かれる」「イエス・キリストに導かれる」と同じことになります。

 ガラテヤの信徒への手紙は、前半では「何を信じるのか」という教義が述べられ、後半では「いかに生きるべきか」という倫理が述べられています。普通、倫理と言えば、「これをしなさい」とか、「これをしてはいけない」ということになりがちですが、パウロはこの倫理を、「自由」から始めます。パウロは、今日の言葉の直前で、こう述べています。

「兄弟たち、あなたがたは自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。」(ガラテヤ5:13)。

 私たちは、信仰によって自由を得たのだけれども、自由と放縦を取り違えてはいけない。むしろその自由を、よいことのため、人を生かすために用いなさいというのです。そしてこう続けます。

「わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません」(同5:16)。

 

(6)何を選択して生きるか

人気を博したハリー・ポッター・シリーズで、含蓄のある言葉が幾つかありましたが、第2巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』の終わり近く、すでに戦いを終えたハリー・ポッターに対して、ホグワーツ校のアルバス・ダンブルドア校長が語った、次の言葉も印象的なものでした。

「ハリー、自分がほんとうに何者かを示すのは、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかということなんじゃよ」(489頁)。

 巨大な敵であるヴォルデモートは、大きな魔法の力を持っています。彼はその魔法の力を用いて、人々を恐怖の底へ陥れます。一方、そのヴォルデモートが唯一恐れていると言われるのがダンブルドア校長でありました。しかしダンブルドアは、その自分の力を、自分の欲望のためや自分を誇示するためには用いず、人々やハリーなど自分の生徒たちを守るため、あるいは正義が貫かれるために用いるのです。ハリーもまた、大きな力を秘めていました。だからこそ、ダンブルドアはハリーに、そのように言ったのでしょう。

さてパウロは、あなたがたは霊に導かれて生きるならば、神様の望まれる生き方をすることができるということを、言葉を変えながら語りました。そして「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」(同5:22)と言いました。そのような実をもたらしているかどうかが、「霊の導き」に従っているかどうかの目安になるとも言えるでしょう。

私たちも、この神の霊に導かれる歩みをし、愛をもって仕え合う教会を形成していきましょう。

 

 

 

 

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