経堂緑岡教会  説教ブログ

松本牧師説教、その他の牧師の説教、松本牧師の説教以外のもの。

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自立

2013年04月26日 | 創世記
創世記による説教(46)
創世記27章46節~28章22節 
フィリピの信徒への手紙2章6~11節
   2012年5月13日
     牧師 松本 敏之

(1)挿入された二つのエピソード
 今日読んでいただいた最初の部分、27章46節から28章9節には、二つのエピソードが記されています。一つ目はヤコブの出発をイサクにも認めてもらうべく、リベカがイサクに話をするというエピソードです(27:46~28:5)。リベカは、
「エサウは、この土地の娘と結婚してしまったけれども(26:34~35)、ヤコブにはそうして欲しくない」と告げます。
これはかつて、イサクの結婚に際してアブラハムが求めたことでもありましたので、イサクもそれを認めざるを得なかったということかもしれません。ヤコブの嫁探しの旅ということで、イサクはヤコブを祝福して送り出すことになります。
 もう一つは、28章6節以下で、エサウの妻がこの土地の女性だとイサクが気に入らないらしいということで、もうひとり同族の女性(イサクの異母兄弟イシュマエルの娘)を、エサウがめとるという話ですが、どうも前後の関係とあまりつながりません。
この二つのエピソードはヤコブの逃亡の理由を、ヤコブが兄をだましたということに限定させたくないために、挿入されたものであろうと言われます(P資料)。
ここではその土地の人との結婚を嫌うという話になっていますが、その背景には実際の結婚というより、他民族の文化との混淆・融合を嫌ったということがあるようです。
またかつてのイサクの嫁選びと重ね合わせて、ヤコブの出発の理由の一つとして、ヤコブの嫁探しと関係させようとしたのでしょう。

(2)走り抜くヤコブ
そういうことを心に留めながら、本筋としては28章10節以下の「ヤコブの夢」というところに耳を傾けていきましょう。
このところは、直接的には、27章45節に続くものです。兄エサウは弟ヤコブにだまされたと知って怒り、いつか弟を殺してやると決意するのですが、母リベカがそれを察知して、ヤコブに早く逃げなさいと送り出すのです。
ヤコブはベエル・シェバからできるだけ遠くまで走り抜きました。ベエル・シェバから今回の舞台の「とある場所」(後のベテル)まで、約90キロもあるそうですから(マラソンの42.195キロの2倍以上)、一日で走るのは難しい距離です。何日も昼となく夜となく走ってきたのでしょう。獣や強盗に襲われる可能性もあります。たとえ宿があったとしても、かえって人目につく(エサウに見つかる)よりは野宿のほうがいいと思ったかもしれません。ここまでたどり着き、力尽きたのでしょう。そこで石を枕に野宿します。先ほど歌った讃美歌434「主よ、みもとに近づかん」も、この後で歌う讃美歌466「山路こえて」もこのエピソードに基づいたものです。
ヤコブはどんな思いで眠ったことでしょう。野宿も初めてであったかもしれません。父や兄をだまし通して得た祝福も、こんな野原では何の役にも立ちません。まだ何も手にしていません。これから先もどうなるか全くわかりません。非常に心細い思いであったことでしょう。
ヤコブは、これまではただ母の言う通りのことをしていればよかった。母のほうも、「あなたはただ私の言う通りにしていればいいのよ」と言ったかもしれません。そういう意味では、彼はまだ本当には自立していませんでした。マザコン(マザー・コンプレックス)のような男です。ファーザー・コンプレックスもありました。
 今日の物語は、そのヤコブの自立の第一歩の物語でもあります。これまで父の家で守られて育ち、「アブラハム、イサクの神」という「家の神」を漠然と信じていたでしょうが、本当の信仰にはいたっていませんでした。

(3)天から地に向かう階段
 ヤコブはその夜、不思議な夢を見ました。「先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた」(12節)。
 これは口語訳聖書では「ヤコブの梯子」と訳されていましたが、いわゆる梯子ではなく、傾斜路(高い塔の神殿のようなもの)が地上から天にそびえているようなものです。不思議な情景です。
この夢を見たヤコブの深層心理を分析すれば、それはそれでいろいろなことが言えるでしょう。しかし聖書が語るのは、そういう心理分析よりも、神がこの夢をヤコブに見せられたということ、夢を通して神がヤコブに出会われたということです。
天と地を結ぶ道は、地上から何かを積み上げていくことによって作ることはできません。それをしようとして崩されたのがバベルの塔でした(創世記11章)。いや崩されなくても、私たちは地上から天にいたることができません。言葉を変えれば、人間は神になることはできないし、自力で神のところに行くことはできないのです。
天と地が結びつくとすれば、それは一方的に天が雲の窓をあけるようにして、天から地上に道がつけられることによってのみです。ヤコブはそういう情景を見たのではないでしょうか。
そこを「神の御使いたちがそれを上ったり下ったりして」(12節)いました。
 天に属する者が、天から地上に届いた階段を上り下りすることによって地上に「天の門」(17節)が開いたのです。
私たちは、主の祈りにおいて、「み心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」と祈ります。すでに天においては成就しているみ心が地においても実現するように、み使いが行き来しているのです。

(4)キリストにおいて起きたこと
 この「天から地上に至る道」はやがてイエス・キリストによってもっと確かなものとされることになります。新約聖書はまさにそのことを語るのです。今日はフィリピの信徒への手紙の「キリスト賛歌」と呼ばれるところを読んでいただきました。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました」(フィリピ2:6~9)。
イエス・キリストは、天のふるさとから地上に降りて来られました(クリスマス)。全き人として歩まれ、十字架の死の後、陰府までくだられました(使徒信条)。しかしそこから復活し、さらに天に昇られました。そしてまた来るべき日に地上に来られます。この天と地を行き来される方のゆえに、天と地は一つなのです。
そして私たちもこの方によってつけられた道を通って、天のふるさとへ帰ることがゆるされるのです。そのことを信じるがゆえに、私たちは先に天に召された兄弟姉妹のことを思うときにも慰めが与えられます。

(5)神の三つの約束
その情景に続いて、神はヤコブに語りかけます。
「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である」(13節)。
神は、ご自分が誰であるかを告げ、こう続けられました。
「あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。」(14節)。
これはかつてアブラハムに語られた言葉の延長線上にあります(創世記13:14~16)。それを、あなたは受け継ぐのだ、と言わたのです。そしてさらにこう言われました。
 「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない」(15節)。
 ここに三つの約束があります。一つ目は、「あなたと共にいる」ということ、二つ目は「あなたを守る」ということ、そして三つ目は、「あなたを必ず連れ帰る」ということです。これが、ヤコブが神から聞いた、祝福ということの具体的な形でした。
 ヤコブは、この後、非常に大きな苦労をすることになります。それは20年にも及ぶ寄留生活になるのですが、この神さまの言葉をずっと心に留めて、その期間を生き抜いてきたのだろうと思うのです。

(6)神との真の出会い
 彼は、父イサクからその神について聞いていました。何よりその神の祝福を奪い取るようにして受けたばかりです(27:28)。しかしヤコブは、まだその神と本当には出会っていませんでした。それは自分の「家の神」であると思っていました。その神と、家から遠く離れたところ、まさかこんな所に神さまがいるはずがないと思うような地の果てのようなところで出会うのです。いや、その神が彼を追いかけて来たのです。罰するためにではなく、祝福を与え、彼がどこへ行こうとも、共にいて、彼を守るという約束を告げるために。
 ヤコブはベエル・シェバから遠く離れた野原で、思いもよらず、「アブラハムの神、イサクの神」に出会うのです。ヤコブは恐れおののいてこう言いました。
「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった」(16節)。
そして祭壇を築いて神を礼拝しました。彼は夢の中で、神さまと出会いましたが、目覚めた状態で神さまを礼拝しました。ここからヤコブの本当の自立が始まっていきます。この不思議な経験が、その後の困難な歩みを支える信仰の原点になったのだと思います。
私はこの話は、少し日本に来たブラジル日系二世、三世の物語に似たところがあると思いました。ヤコブの母リベカは花嫁移民ですから移住者一世です。父イサクは移住者一世アブラハムの息子ですから二世です。ということは、ヤコブは(エサウも)母方から言えば二世、父方から言えば三世ということになります。こういう人たちを、ブラジル日系人たちは、冗談交じりに「二世半」と言います。
ブラジル日系人にとって、キリスト教は、国中の人が信じている、いわば〈家〉の宗教です。その中の何人かは、ブラジルにいた頃は、教会にも行っていなかったのに、日本でブラジル人の教会に通うようになり、それが彼らの寄留生活を支える力の源となっています。
ブラジル日系二世、三世、そして二世半の人たちも、まさかこんなところに神さまがいるはずはないと思うような地の果ての日本で、自分の故郷で聞き知っていた神さまと新たな出会いをしているのです。
「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった」(16節)。

(7)天の門
「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ」(17節)。
この「神の家」というのがベテルという言葉であり、その後、そこはベテルと呼ばれるようになりました。「天の門」というのは、地上にあって、天国とつながっているところと言えるでしょう。
昨日、松本純一さんの納骨式をしましたが、私は、そこで、「お墓というのはどういうところだろう。何のためにお墓参りをするのだろう」と問いかけ、「お墓は天を見上げる場所だ。そこが天とつながっていることを確認するためにお墓参りをするのだ」という話をしました。
お墓には、その人の最後の形がそこに納められ、そこには名前が刻まれます。しかしその人自身はいつまでもそこにいるわけではありません。そこは天へと通じるエレベーターの入り口のようなものです。
今日の言葉で言えば、まさに「天の門だ」ということができるでしょう。その情景をヤコブは夢で見、それを出来事としてはっきり示してくださったのがイエス・キリストという方であると思います。
さてヤコブは、そこに記念碑を立て、礼拝をしました。そして請願を立てます。
ヤコブは「神がわたしと共におられ、わたしが歩むこの旅路を守り、食べ物、着る物を与え、無事に父の家に帰らせてくださり、主がわたしの神となられるなら」(20~21節)と言います。これは、15~17節の祝福を繰り返したような言葉です。共にいてくださること、守ってくださること、そして連れ帰ってくださることです。
もしもそういうふうに神がしてくださるなら、「わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます」(22節)と誓います。
自分がそれをすることによって、自分を認めて欲しいということではないでしょう。神さまの祝福を確認しながら、自分もそれに応えていきますという、ヤコブの信仰の言葉と言えるのではないでしょうか。
私たちもイエス・キリストを通してヤコブと同じ祝福を受けていることを感謝しつつ、それに応える誠実な歩みをしたいと思います。





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計略

2013年04月26日 | 創世記
創世記による説教(45)
創世記27章1~45節
ガラテヤの信徒への手紙3章13~14節
  2012年3月18日
     牧師 松本 敏之

(1)イサクとエサウ
 この27章は五つの場面からなるサスペンス・ドラマのようです。場面を確認しながら、物語を追ってみたいと思います。
 まず、第一場は1~4節。登場人物はイサクとその長男エサウです。アブラハムの息子であるイサクも年をとって、目がかすんできました。彼自身、自分ももう先が長くないであろうということがわかっています。そこで長男であるエサウを呼んで、最後の祝福を与えようとしました。これはひとつの儀式のようなものであったのでしょう。イサクはエサウに「今すぐに狩りをして獲物を取って来て、それでおいしい料理を作ってくれ。死ぬ前にそれを食べて、わたし自身の祝福をお前に与えたい」と言いました。それに応えてエサウは野に出ていきました。

(2)リベカとヤコブ
 第二場は5~17節。登場人物は、イサクの妻リベカと次男のヤコブです。リベカは先ほどのイサクとエサウの話を盗み聞きしました。彼女は長男エサウをあまり好きではありません。27章の始まる直前のところに、こういう言葉がありました。
「エサウは40歳のときヘト人ベエリの娘ユディトとヘト人エロンの娘バセマトを妻として迎えた。彼女たちは、イサクとリベカにとって悩みの種となった」(26:34~35)。
 恐らく、イサクと嫁たちの関係よりもリベカと嫁たちの関係のほうが難しかったのでしょう。イサクの悩みは、むしろその調停であったのではないかと思います。自分たちの伝統になじまない現地出身の嫁たちと、家系の伝統を守っていくためにわざわざ遠い所から連れて来られた妻(花嫁移民)のリベカ。何をするにも、衝突したのではないでしょうか。リベカは強いタイプの女性です。一方、イサクは26章の物語で見てきたように、柔和で、自分の意見を強く主張することはせず、相手の言うことを全面的に受け入れるようなタイプです。家庭の中では、このリベカがかなりの発言権を持っていたと思われます。
エサウを祝福するにあたっても、イサクはリベカに相談すれば、リベカに押し切られてしまうと思ったのかもしれません。「自分はエサウを祝福してやりたい。」それで、そっとエサウだけを呼んで、大事なことを行おうとしたということも考えられます。
ところがリベカは、ちゃんと話を聞いているのです。こういうのを「地獄耳」と言います。
さあ大変です。「お父さんがわたしのきらいなエサウを祝福しようとしている。」急いで、ヤコブを呼んで言いました。
「お前がその前にお父さんのところへ行って、お前が祝福してもらうのです。」
おろおろするヤコブを目の前にして、母リベカは落ち着いて言うのです。「心配しなくてもいいのよ。お前は何もかもお母さんの言うとおりにすればいいの。家畜の群れからよく肥えた子山羊を2匹取って来なさい。わたしが、それでお父さんの好きなおいしい料理を作ってあげましょう。わたしはお父さんの好みの味をよく知っているんだから。お父さんは召しあがって、亡くなる前にお前を祝福してくださるでしょう。」
それでもまだヤコブは不安です。「でも、エサウ兄さんはとても毛深いのに、わたしの肌は滑らかです。お父さんがわたしに触れば、だましているのがばれてしまいます。そうしたら、わたしは祝福どころか、呪いを受けてしまいます。」「大丈夫。そのときには、あなたに代わって、わたしが呪いを受けます。お前にはお母さんがついている。安心して、堂々とやりなさい。」

(3)イサクとヤコブ
第三場は18~29節。登場人物はイサクとヤコブです。ヤコブは母リベカに言われたとおり、料理をもってイサクのところへ来ました。「わたしのお父さん。」これは本当です。まだだましていません。
次の瞬間、イサクが言いました。「わたしはここにいる。誰だ、お前は。」ヤコブはどきっとしたに違いありません。しかし父をだまして、こう言いました。「長男のエサウです。お父さんの言われたとおりにしてきました。」イサクはまた言いました。「わたしの子よ、どうしてまた、こんなに早くしとめられたのか」(20節)。
ここでまたどきっとします。しかし今度は神さまを持ち出して言うのです。「あなたの神、主がわたしのために計らってくださったからです」(20節)。
欺瞞に満ちた言葉です。しかも、そこに神の名(主=ヤハウェ)を持ち出すとは! イサクは、この答えをまだ全面的に信用してはいません。「近寄りなさい。わたしの子に触って、本当にお前が息子のエサウかどうか、確かめたい」(21節)。ヤコブは三度目、どきっとしたことでしょう。ヤコブは進み出ました。
ヤコブは母リベカの知恵による「毛皮作戦」(16節)で、無事にこの三つ目の関門もパスするのです。「声はヤコブの声だが、腕はエサウの腕だ」(22節)。
それにしても動物の毛皮と人間の毛深い腕の違いもわからないというのは、よほどもうろくしていたか、よほどのお人好しか。イサクはまんまとだまされるのです。
ヤコブは問いかけます。「お前は本当にわたしの子エサウなのだな」(24節)。だまそうとしている人間に向かっていくら聞いても無駄であるのに、それでも確信を得ようとします。ヤコブは答えました。「もちろんです。」そしてイサクは差し出された料理を食べて、祝福します。
「……どうか、神が
天の露と地の産み出す豊かなもの
穀物とぶどう酒を
お前に与えてくださるように……」
(26~28節)。

(4)再びイサクとエサウ
第四場は30~40節です。登場人物は第一場と同じイサクとエサウです。ヤコブと入れ違いにエサウが入ってきました。もしも第二場と第三場がなければ、これが第二場となるはずでした。エサウは言いました。「ただ今。お父さんの好きな料理を作ってきました。さあ食べてください。そしてわたしを祝福してください。」イサクはまだきょとんとしています。「お前は誰なのか。」「お父さん、何を寝ぼけたことを言っているのですか。わたしですよ、わたし。あなたの息子エサウです。」
この瞬間イサクはだまされたと悟るのです。そして体を震わせて言いました。「では、あれは、一体誰だったのだ。さっき獲物を取ってわたしのところに持って来たのは。実は、お前が来る前にわたしはみんな食べて、彼を祝福してしまった。だから、彼が祝福されたものになっている」(33節)。
エサウは怒り狂います。「彼をヤコブとは、よくも名付けたものだ。これで二度も、わたしの足を引っ張り(アーカブ)欺いた。あのときはわたしの長子の権利を奪い、今度はわたしの祝福を奪ってしまった」(36節)。
「あのとき」(25:31~33)は、エサウのほうにも責任がありました。騙したとはいえ、エサウも承認済みのことでした。認めながらひっかけられたのです。しかし今度は違います。出し抜かれたのです。「お父さんは、わたしのために祝福を残しておいてくれなかったのですか。」
エサウには祝福というものが一体どういう性格のものであるのかわかっていません。ただイサクのほうでも祝福しようとするのですが、祝福の言葉になりません。「ああ/地の産み出す豊かなものから遠く離れた所/この後お前はそこに住む/天の露からも遠く隔てられて」(39節)。ただ最後にこうつけ加えられています。「いつの日にかお前は反抗を企て/自分の首から軛を振り落とす」(40節)。私は、この言葉の中にかすかに終末論的な希望の光が垣間見えているように思います。

(5)再びリベカとヤコブ
そして第五場です。41~45節。エサウは弟ヤコブが憎くてたまりません。「父の喪の日も遠くない。そのときがきたら、必ず弟のヤコブを殺してやる」(40節)。エサウはそれを心の中で言ったのですが、心の中の言葉まで、リベカには聞こえてしまう。恐ろしい地獄耳です。そしてヤコブを呼び寄せて言いました。
「大変です。エサウ兄さんがお前を殺して恨みを晴らそうとしています。わたしの子よ。今、わたしの言うことをよく聞き、急いでハランに、わたしの兄ラバンの所へ逃げて行きなさい」(42~43節)。
結局、この時がリベカと愛する息子ヤコブの最後の別れとなりました。「しばらくしたら呼び寄せる」と言っていますが、結局、帰ってこられるのは20年も先になってしまいます。
最後に「一日のうちにお前たち二人を失うことなど、どうしてできましょう」(45節)という不思議な言葉を語っています。
「二人失う」というのは誰のことを指しているのか。ふたつの解釈があるようです。ひとつはイサクとヤコブです。エサウは、イサクが死んだ時にヤコブを殺す、と言っていますのでイサクが死んだときに、ヤコブも死ぬということになります。もう一つはヤコブとエサウです。エサウがヤコブを殺すと、エサウも殺人罪に問われて死刑になってしまうということでしょう。

(6)人の思惑と神の計画
さてこの物語は一体私たちに何を告げようとしているのでしょうか。私たちは何を聞きとればいいのでしょうか。はたしてメッセージを聞くことができるのでしょうか。ここに記されていることは、よくわかる話です。私たちの世界でもしばしば起きていることです。結局、正直な人間がだまされてずる賢い人間が得をして祝福を受ける。私たちは、聖書では、やはり正しい正直者が報われると言って欲しいと思うのですが、聖書の中でも、この世でのことと同じことが起きている。
ただ、ずる賢い人間が結局は得をするのだとか、祝福を得るためには、少々ずるいことをしてもいいとかいうふうに読まないほうがいいと思います。人をだまして、人を出し抜いていこうとすること、それは罪です。そのことで私たちは、自分の悪い行動を正当化することはできません。
しかし神さまの計画は、私たちの罪の現実を貫いて、それを用いながら進行していくのです。少なくとも神が知らないまま、ことが進んでいくことはありません。
イサクがヤコブに「どうしてこんなに早くしとめられたのか」と問うたのに対し、ヤコブは「あなたの神、主がわたしのために計らってくださったからです」(20節)と答えました。
よくも抜け抜けと言えたものだと思います。しかし不思議なことに、神を冒涜し、父を欺くこのヤコブの言葉が、ヤコブの意図を超えたところで、真理を指し示しています。そこには、ヤコブですら気づいていない神の「計らい」が確かにあったのです。
イエス・キリストの逮捕、裁判、十字架において起きたのも、まさにそういうことでした。それは、すべて人間的な思惑の中で進んでいきます。人間の罪というものをまざまざと見せつけられるような出来事です。イエス・キリストはその犠牲となって十字架にかけられて死んでいくのです。あの時も神が持ち出されて(マタイ26:63等)、「この男はとんでもない男だ」と断罪されていきました。しかしそこで神の御旨が成就していくのです。
リベカはヤコブに代わって呪いを受けてもいいと言いましたが(13節)、イエス・キリストは、実際に私たちの呪いを一身に受けて十字架にかかってくださいました。
「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。『木にかけられた者は皆呪われている』と書いてあるからです」(ガラテヤ3:13)。

(7)神の介入を悟るイサク
さてイサクは自分がだまされた時に、激しく体を震わせて言いました。「では、あれは、一体誰だったのだ」(33節)。
この時、イサクが激しく体を震わせたのは、何に対してであったのでしょうか。ヤコブとリベカにだまされたことに対してでしょうか。そういうこともあったでしょう。しかしそれを超えたところで、彼は、このとき、神が介入されたこと、人間の思いを超えた力が働いたことを悟ったのではないでしょうか。エサウが怒りに打ち震え、ヤコブとリベカがしめしめと思っている、まさにその瞬間に、ただ一人イサクは聖なるものに触れているのです。
ここでヤコブは選ばれて祝福を受け、神さまの計画を実現していく器とされます。しかしそれはこの世的な意味で幸せな人生、楽な人生を送るということを意味していません。むしろその神さまの計画を担っていくために、とても大きな苦労をさせられていく。逃げ出したくなるようなことを担っていくということが、聖書でいう選びということです。
私たちの歴史も、人間的な駆け引きが折り重なって作られていくように見えます。しかしその思いを巻き込み、それを貫いて、神の思いが実現していくのです。最後に箴言の言葉を紹介しましょう。
「人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する」(19:21)。





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柔和

2013年04月26日 | 創世記
創世記による説教(44)
創世記26章1~34節
マタイによる福音書5章5、9節
   2012年2月12日
    牧師 松本 敏之

(1)影の薄い存在、イサク
創世記はアブラハムとヤコブ、そしてその息子のヨセフについては多くの物語を記していますが、イサクについてはこの26章がほとんど唯一の物語です。その他のところにもイサクは登場しますが、いつも二次的な役割です。父アブラハムの息子としてのイサク、ヤコブとエサウの父としてのイサク、リベカの夫としてのイサクという具合です。イサクは、アブラハムからヨセフにいたる、いわゆる族長物語の中でも、おもしろみのないキャラクターであるかもしれません。父親のアブラハムは、ただ神の命令に促されて出発し、信仰の生涯を貫いた人でした。イサクの双子の息子であるエサウもヤコブも、対立する強烈な個性をそれぞれに持っています。イサクの妻であったリベカもまた個性があります。強い女という感じがします。こういう人々に取り囲まれて、イサクはその中でどちらかと言えば、影の薄い存在です。二代目的人物の典型です。お人よしで、温和な人物です。妻や息子にさえ、いいように騙される。しかしこのようなイサクを通しても、いやこういうイサクであるからこそ、聞こえてくる福音があると思います。

(2)アブラハムのゆえに
「アブラハムの時代にあった飢饉とは別に、この地方にまた飢饉があったので、イサクはゲラルにいるペリシテ人の王アビメレクのところへ行った。」(1節)。
イサクもアブラハムと同じように飢饉に遭い、アブラハムと同じように、エジプトに逃れようとするのですが(12章後半参照)、イサクの場合には、神さまが事前にそれを妨げられました。
「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。あなたがこの土地に寄留するならば、わたしはあなたと共にいてあなたを祝福し、これらの土地をすべてあなたとその子孫に与え、あなたの父アブラハムに誓ったわたしの誓いを成就する。わたしはあなたの子孫を天の星のように増やし、これらの土地をすべてあなたの子孫に与える。……アブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めや命令、掟や教えを守ったからである」(2~5節)。
イサクは祝福を受けることにおいても、偉大な父親の影を引きずっています。あなたの父アブラハムに約束したから、あなたを祝福する。あなたの父アブラハムが私に従ったから、あなたを祝福する。そう何度も言われて、イサクは父親コンプレックスをもっていたかもしれません。
子どもが成長する時、特に男の子にとって、父親というのはどこかで乗り越えていかなければならない存在でしょう。それは父親よりも偉くなるということではなく、そのようにして自分のアイデンティティー(自分が他の誰でもなく自分自身であること)を確立していくのです。そうした時に父親が大きな存在であればあるほど、その影も大きい。イサクも偉大な父親を持って、そこから抜け出るのに、人一倍の苦労をしたのではないかと思います。
イサクには、この神さまの声の中の「アブラハムのゆえに」という言葉が大きく聞こえたことでしょう。しかしこの中で一番大切な言葉は、「わたしはあなたと共にいてあなたを祝福する」(3節)という言葉です。24節にもう一度、神さまの言葉が出てきますが、ここでも最も大切なことは「わが僕アブラハムのゆえに」ではなく、「わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福する」という言葉です。
信仰というものは、財産や土地のように親から子へと相続することはできません。どんなに信仰深い環境の中で育っても、最後には一人一人が神さまと出会うしかないものです。これは、本質的には、親が信仰を持っていない人の場合も同じです。私たちの信仰は、「誰かのおかげ」です。それは友人かもしれないし、教会の牧師かもしれない。子どもかもしれない。しかしそうした経験を経ながら、信仰は神様から新しく奇跡としていただくものなのです。
イサクの場合にも、彼が祝福されたのは、確かに父アブラハムのゆえでありますが、彼自身がそれを乗り越えて、神から直接、「わたしはあなたを祝福する」という言葉を聞く必要があったのです。

(3)祝福されたイサク
イサクはエジプトへは行かず、ゲラルに留まりましたが、そこで彼は父アブラハムと同じ過ちを犯します。妻(彼の場合にはリベカ)があまりにも美しかったので、そのために自分が殺されることを恐れて、妻を妹だと偽るのです。このモチーフは、12章と20章にも出てきました。
ここでも、神はことが重大になる前に介入してストップされます。そしてかえってゲラルの王であるアビメレクを通して、イサクとリベカは保護されるのです。
「この人、またはその妻に危害を加える者は、必ず死刑に処せられる」(11節)。
イサクはこうした出来事を通して、「神さまが共にいて、守ってくださる。そして祝福してくださる」ということを実感していったことでしょう。12節以下を見ますと、この後祝福が非常に大きくなったことが記されています。
しかし物語はそれでハッピーエンドにはなりません。それは私たちの人生と同じです。連鎖的に次のステップへとつながっています。人間というのは大きな祝福を受けると、あたかも自分が偉くなったかのように錯覚して、かえってダメになってしまうことがしばしばあります。例えば、実力が伴っていない芸術家がマスコミから持ちあげられると、それがかえってその人の才能をつぶしてしまうということをよく聞きます。この時のイサクにも多分にその可能性がありました。ゲラルの王から保護されて(同時に神さまの守りを受けて)、丁重に扱われ、しかも1年のうちに大資産家になる。父親も偉大な人物である。どんどん高慢になっていく条件がそろっています。

(4)意地悪をされても
しかし神さまは、イサクが高慢にならないように、新たな試練を用意しておられました。彼はアブラハムほど偉大な人物ではなかったかもしれませんが、彼の受けた試練、誘惑は決して小さくはありませんでした。
まず人々のねたみを買うのです。「井戸をめぐる争い」という部分です(15~25節)。その土地の人々、ペリシテ人たちは、イサクの最大の弱点である場所をねらいました。水を抑えるという仕方で、彼に自分が何者であるか、つまり寄留者であるということを思い知らせようとしました。
「ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた」(15節)。
徹底的な意地悪をされたのです。彼らにしてみれば、自分たちが受けるべき祝福を全部イサクに持っていかれているという思いがあったのでしょう。しかしここでイサクは争わないのです。埋められてはまた別の井戸を掘り返す。神がまたそこを祝福する。またその井戸も埋められるということを繰り返します。「売られたケンカは買う」という判断をしてもおかしくない場面ですが、それをしません。表向きは意気地なしのように見えますが、そこには信仰と忍耐があったのでしょう。そしてアビメレクをして次のように言わせるのです。
「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい」(16節)。ここでもイサクは争わずに、その提案を受け入れて出ていくのです。ゲラルの谷に天幕を張って住みました。テント生活です。そこにもアブラハム時代に掘られた井戸がいくつかありました。それも埋められてしまいました。イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けました(18節)。そういうことがいつまでも続くので、ゲラルの人たちは別の戦法に出ます。井戸を埋めてしまうのではなく、その井戸を取り上げるのです。イサクの僕たちが掘った井戸からは水が豊かに湧き出るので、もったいないと思ったのかもしれません。イサクはその井戸を「エセク(争い)」と名付けました。しかし彼のほうは争おうとはせず、もう一つ別の井戸を掘ります。そこでも争いが生じたので、今度は「シトナ(敵意)」と名付けました。仕方なくそこも去り、別の広い場所に井戸を掘りました。そこではもはや争いは起こりませんでした。徹底して譲歩し、退いて行くのです。そして最後に到達したのは、ベエル・シェバというところでした(ヘブロンの南西約45㎞)。

(5)和平を申し出るアビメレク
 さて最後の段落ですが、とうとうアビメレクのほうからイサクのところへやってきて和平を申し入れるのです。イサクは言いました。「あなたたちは、わたしを憎んで追い出したのに、なぜここに来たのですか」(27節)。
彼らは答えます。「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。以前、我々はあなたに何ら危害を加えず、むしろあなたのためになるよう計り、あなたを無事に送り出しました。そのようにあなたも、我々にいかなる害も与えないでください。あなたは確かに、主に祝福された方です」(26~29節)。
 イサクは、これまで一度も危害を加えようとしたことがないにもかかわらず、「敵に回すとこわい」と恐れられたのです。そしてイサクは、彼らのために祝宴を催し、共に飲み食いいたしました。翌朝、互いに誓いを交わした後、イサクは彼らを送り出し、彼らは安らかに去っていきました。

(6)徹底した平和主義
 さて、イサクという人物像に改めて注目したいと思います。私は、イサクは影の薄い人だと申し上げましたが、考えてみれば、これはこれで、かなり強い個性ではないかという気がします。徹底した平和主義です。自衛すらしていない。神が守ってくださるという信仰があったからではないでしょうか。あるいは、そのような経験をしながら、イサクの生まれつきの控えめな性格は、信仰を内に秘めた「柔和さ」へと練り上げられていったのではないでしょうか。ペリシテ人は、イサクのものを力で奪おうとしましたが、イサクはこれと争わず、徹底して与え、譲歩し、後退する。最後には、相手のほうから和平を申し出てくるのです。
 これは、イエス・キリストの「柔和な人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」という言葉を思い起こさせるものだと思います。矢内原忠雄も、『聖書講義/創世記』の中で、次のように語っています。
「『柔和なる者は地を嗣ぐ』というイエスの言葉を、文字どおりに証明した者はイサクである。少年の時、己を焚(や)くべく薪を背負い、父に伴われて黙々とモリヤの山に登って行った彼の姿に、十字架を負うてゴルゴタの丘に登り給うたイエスの預表がある。実に『屠り場にひかるる羔羊(こひつじ)の如く、毛をきる者の前にもだす羊の如く』(イザヤ書五三の七)という預言を彷彿せしめる者は、イエスを別としてはわがイサクである。イサクは英邁ではなかった。手腕に乏しくあった。彼は平凡な人であった。しかし彼の従順にして柔和であり、己が利を争わざる無抵抗の信仰態度は、やはり旧約一等星のひとつたるを失わない。少なくとも私はイサクの柔和と平凡を愛し、彼の信仰生涯に言い難き親しみを感ずる者である。」(原文は旧仮名遣い)
矢内原忠雄は、長男に「伊作」と名付けましたが、そこにはこのような思いがあったのかと思いました。

(7)試練に磨かれた徳
ローマの信徒への手紙の中に、「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」(ローマ5:3~4)という言葉があります。「練達」という言葉はわかりにくい言葉です。口語訳聖書でも「練達」でしたし、もっとさかのぼれば、文語訳聖書でも「練達」でしたが、どうも私にはぴんと来ません。「練達」という言葉は、修業や経験を積むことによって熟練していくことを思い浮かべてしまいます。しかしこの言葉(元のギリシア語はドキメー)で、パウロが言おうとしていたものは、修業や経験で到達するようなものではなかったでしょう。迫害や苦難に出遭ってもくずおれるのでも、やり返したり、自暴自棄になったりするのでもなく、信仰により耐え抜くことによって与えられる賜物です。フランシスコ会訳聖書では「試練に磨かれた徳」と訳されていました。美しい訳であると思います。何か真珠貝が苦しみながら美しい真珠を生み出していく姿を思い浮かべます。「神に嘉(よみ)せられる品性」(柳生直行訳)という訳もありました。
 イサクの柔和な性格も、そのようにして信仰によって与えられた賜物ではなかったかでしょうか。どんなに迫害されても、意地悪されても、それを忍耐し、その忍耐が柔和さという徳を生み出し、それがイサクの個性になっていったのではないかと思うのです。それは矢内原忠雄が言うように、イエス・キリストの「柔和な人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」という言葉を証しした姿であり、さらに「平和を実現する人々は幸いである。その人々は神の子と呼ばれる。」という言葉をも指し示していると思います。






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逆転

2013年04月26日 | 創世記

創世記による説教(43)

創世記25章19~34節

マタイによる福音書20章15~16節

   2012年1月15日

    牧師 松本 敏之

 

(1)水平の問題

 アブラハム物語を読み終えて、今日からいわゆるヤコブ物語に入ります。アブラハム物語は、神に対する「信仰」、神からの「約束」、神との「契約」、あるいは「祝福」の継承という世代間の関係、後継ぎの確保といった縦軸の問題が大きなテーマでした。それに対してヤコブ物語は、同世代の中で争う、いわば「水平」の問題に関心が強いようです。何よりもヤコブとエサウの争い、ヤコブと叔父ラバンとの駆け引き、そしてやがて妻となるレアとラケルという姉妹の関係もあります。アブラハムの物語に比べて、非常に人間くさい、いわば俗っぽい物語です。人間味がぷんぷんしている。 

逆に言えば、話としては面白いのですが、なかなかメッセージを聞きとるのが難しい面もあります。

 

(2)不妊から出産へ

 物語は、イサクの系図ということから始まります。これは25章の前半(12~16節)において、アブラハムの一人目の息子イシュマエルの系図を語ったことを受けているのでしょう。

 「アブラハムの息子イサクの系図は次のとおりである。アブラハムにはイサクが生まれた。イサクは、リベカと結婚したとき40歳であった。リベカは、パダン・アラムのアラム人ベトエルの娘で、アラム人ラバンの妹であった。イサクは、妻に子供ができなかったので、妻のために主に祈った。その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった」(19~21節)。

 このイサクとリベカについても、アブラハムとサラがそうであったように、不妊ということから始まります。まさに、この人こそアブラハムの約束を受け継ぐのにふさわしい女性として、遠くふるさとのパダン・アラムから連れて来られたリベカでありましたが、肝心のその祝福を受け継ぐべき子どもが与えられないまま、時を過ごすことになりました。イサクはリベカのために祈り、その祈りを主が聞かれて、リベカは双子の子どもを授かるのです。「リベカが二人を産んだとき、イサクは60歳であった」(26節)と記されていますので、このイサクとリベカ夫婦は、約20年間、子どもを待ち続けた、ということになります。

子どもを授かるのは当たり前のことではなく、神がかかわられることだということを両親に悟らせ、その子が神の祝福を担う大切な器となるということを示されたのでしょう。命の主は、神なのです。

 私たちの命もそうでしょう。私たちがこの世に生まれてきたのは偶然ではなく、親が勝手に決めたのでもなく、最初に神さまのみ心があった。神さまのみ心のない命というものは存在しません。

医学が発達した現代においては、一昔前であれば死なざるを得なかった子どもも、障がいをもった形で生まれて育つようになってきています。今日私たちは、命の意味、尊厳、貴さについて、過去のどの時代よりも鋭い形で問われていると言えるでしょう。そういうこと、私たちの命に尊厳があるということは、科学では答えは出てきません。特に生命科学が発達した中でこそ、生命倫理、命についての深い考察が問われてくるのではないでしょうか。聖書は、どんな人であろうと、どんな子どもであろうと、その命の初めには神さまのみ心があると告げるものです。

イサクの祈りが主に聞き届けられて、妻リベカは身ごもります。そこに与えられた子どもは双子でありました。今日でも、子どもが授かることを願って治療したら、逆に、双子あるいは三つ子を授かったということをしばしば聞きますので、このあたりはちょっと現代的な感じがします。しかもこの双子は全く似ていませんでしたので、不妊治療した場合と同じく、きっと二卵性双生児であったのでしょう。

 

(3)後にいる者が先になる

 授かった双子はリベカのおなかの中ですでに争いを始めていたというのです。

「ところが、胎内で子供たちが押し合うので、リベカは、『これでは、わたしはどうなるのでしょう』と言って、主の御心を尋ねるために出かけた」(22節)。

すると、主は、こう答えられました。

「二つの国民があなたの胎内に宿っており

二つの民があなたの腹の内で分かれ争っている。

一つの民が他の民より強くなり

兄が弟に仕えるようになる」(23節)。

 後の双子の兄弟の関係を予言しているのでしょう。それをどう受け止めればいいのか、複雑な面もありますが、ここでは単純に、この世的に優先権をもつ順序(生まれ合わせ)が、必ずしもそのままずっと続くわけではないということを聞きとりたいと思います。逆に言えば、優先権をもたない者がそのままで終わるわけでもない、ということです。くつがえし、逆転が起こるのです。聖書は、たくさんの逆転について語っています。

 これまでの創世記の物語で言えば、4章のカインとアベルの兄弟がすでにそうでありました。聖書における「弟」というのは、自分自身の側には何も権利をもたないものと言えるでしょう。それは「寡婦」「孤児」「寄留者」にもあてはまるでしょう(申命記10:18等)。新約聖書では、「徴税人」や「娼婦」「罪人」を数えることができるでしょう。「はっきり言っておく。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」(マタイ21:31)と語られます。

マリアの賛歌にも「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」(ルカ1:51~53)とあります。

そういう逆転について聖書は語るのです。「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」(マタイ20:16)のです。

しかしこの逆転は必ずしも信仰のゆえにということでもありません。ここでは、特にヤコブのほうが倫理的、信仰的に優れていたために、逆に言えばエサウに何か問題があったために、劣っていたために、逆転が起きたというふうに語ってはいないことも注意しておかなければならないでしょう。神がそのように定めておられるとしか言いようのない、私たちの目には隠されたことがあると、思わざるを得ません。

「こうしてエサウは、長子の権利を軽んじた」(34節)とあります。これがエサウの非と言えば非なのかもしれませんが、それを利用するヤコブのほうがもっとひどいという気もします。

またこの逆転は、一回限りのことではないということも踏まえておく必要があるでしょう。特にクリスチャンは、注意しなければならないと思います。「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」のです。

 

(4)名前

さて、この双子の名前についてですが、兄のほうは、「赤くて、全身が毛皮の衣のようであった」ので、エサウ(毛深い)と名付けられました(25節)。またエサウはエドム人の祖となったとされますが、それが「赤い」(アドム)と語呂合わせに、また彼らの土地となったセイルが「毛皮」(セアル)と語呂合わせになっています。「赤いもの」(アドム)というのは30節にも出てきます。

 一方、弟については、こう記されます。「その後で弟が出てきたが、その手がエサウのかかと(アケブ)をつかんでいたので、ヤコブと名付けた」(26節)。

ヤコブという名前について、後にエサウは、「彼をヤコブとは、よくも名付けたものだ。これで二度も、わたしの足を引っ張り(アーカブ)欺いた」(27:36)と言うことになります。当のヤコブにとっても、あまりうれしくない名前であったのではないでしょうか。ずっと先ですが、やがて彼はその名前のコンプレックスから解放されることになります(32:28~29)。しかし元来、ヤコブという名前には、「神は守ってくださるように」という意味もあることを忘れてはならないでしょう。

 さて、この双子の二人は、やがて成長し、エサウは巧みな狩人、野の人となりました。ヤコブは穏やかな人で天幕の周りで働く人となりました(27節)。今ふうの言葉で言えば、エサウは肉食系男子、ヤコブは草食系男子という感じでしょうか。エサウは父イサクのお気に入り、ヤコブは母リベカのお気に入りです。

 ある日のこと、ヤコブが煮物をしていると、エサウが疲れきって野原から帰ってきました。そして「おなかがペコペコだ、何か食わしてくれ」と頼みます。ヤコブのほうはなかなかずる賢い。「まず、お兄さんの長子の権利を譲ってください」と言います。エサウは「ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい」と言って、煮物のほうを選ぶのです。ヤコブは「では、今すぐ誓ってください」と言います。入念です。そしてエサウが誓うと、ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を与えました。(肉ではなく、野菜の煮物だったのでしょうか。)

 

(5)選び

しかしどうも、この世的な考えに慣れた私たちには、まだしっくりこないということがあります。それは、私たちの世界には、神さまのご用を果たすために、特別に選ばれる人がいるということです。創世記の原初の物語では、ノアがそうでした。アブラハムもそうでした。その後の歴史で言うと、モーセがそうです。そしてサムエルがそうでしたし、ダビデもそうでしょう。そして預言者たち、イザヤ、エレミヤ、みんなそうです。新約聖書で言えば、洗礼者ヨハネ、弟子たち、そして使徒パウロ。それぞれに、神さまから特別に選ばれた人々でした。パウロはこう言っています。

「しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が……」(ガラテヤ1:15)。

 パウロは、神は、自分が生まれる前から選んで、恵みによって召し出してくださったと語るのです。

 私は、ヤコブもそういう系譜に連なる一人であると思います。ヤコブもなぜかはわからないけれども、神さまのご用を果たすために召された人物です。そのことはヤコブがエサウよりも優れているということではありません。どちらかと言えば、エサウのほうが好人物のように思えます。しかし神さまはこのヤコブのほうを選ばれるのです。どうしてかわからない。物語はヤコブを中心に、進んでいきます。ただし一つ言えることは、ヤコブはそのまますんなりと受け入れられた訳ではありません。これから先、誰よりも大きな苦労をさせられ、人間として鍛えられ、練り上げられていくことになります。

 この「選び」は、この世的な意味で「得をする」というようなことではありません。むしろ誰よりも大変なことを背負わされることもあります。人目には、あの人は神から見放されたと思える形を通して、神さまはその人を選んでいかれるということのほうが多いのではないかと思います。他でもないイエス・キリストご自身がそのように選ばれた人でした。選ばれた人であると同時に捨てられた人でした。「木にかけられた者は皆呪われている」という形で選ばれていくのです(ガラテヤ3:13)。この逆説の中に、選びということの奥義があるのではないかと思います。

 

(6)賜物

そのことは、何か特別に大きな選びということではなくても(どこからが特別というふうに線はひけませんが)、私たち一人一人もそのようにして神さまのご用を果たすために選ばれ、この世に派遣されているということも心に留めたいと思います。

とりわけ大きな使命ととりわけ大きな賜物をいただいている人もありますが、一人一人が自分に与えられた賜物を通して神さまに仕えていく。それが私たちの人生の意義であろうと思います。その賜物は、一人一人みんな違います。しかしその賜物が一体何のために与えられているかを考えていく時に有意義であると思います。つまり私たちが自分の人生を飾るためにそれを用いるのか、それとも神さまの大きな計画の中でそれを用いるために与えられていると考えるかで、生き方が変わってくるのではないでしょうか。

第一ペトロの中にこういう言葉があります。「あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。……それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光をお受けになるためです」(一ペトロ4:10~11)。

 

(7)棄却

 選びについて語る時に、滅びに定められている人もいるのではないかという疑問を持ち、不安になる人があるかもしれませんが、私は滅びに定められている人はいないと思います。しかしそれでも不安な人があるとすれば、その滅びはすべてイエス・キリストが引き受けてくださっているということを、心に留めていただきたいと思います。そのイエス・キリストがおられる限り、そのよき意志を信じて、前を向き、上を向いて生きていくことができるのではないでしょうか。

  

 

 

日本キリスト教団 経堂緑岡教会

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創世記12章~25章18節

2013年04月25日 | 創世記12章~25章18節

創世記12章~25章18節は、『神に導かれる人生』(キリスト新聞社)として、
刊行されていますので、そちらをご覧ください。

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創世記1章~11章

2013年04月25日 | 創世記1章~11章

創世記1章~11章は、『神の美しい世界』(キリスト新聞社)として
刊行されていますので、そちらをご覧ください。

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大いなる審判

2013年04月19日 | 説教その他
出エジプト記6章2~13節
マタイ福音書27章11~26節
2013年3月24日
 牧師 松本 敏之

(1)棕櫚の主日
 本日は、棕櫚の主日であります。棕櫚の主日とは、イースターの前の日曜日で、この日から受難週が始まります。棕櫚の主日という名前の由来は、招詞で読んでいただいたヨハネ福音書12章13節にあります。
「その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。」
この「なつめやし」というのが、以前の口語訳聖書では、「しゅろ」と訳されていました。聖書から「しゅろ」という言葉が消えてしまったので、「棕櫚の主日」も「なつめやしの主日」にしたほうがよいのでしょうか(!?)。
ちなみに、岩波書店訳のヨハネ福音書でも、「なつめやし」と訳されているのですが、この巻(『ヨハネ文書』)の後ろに付いています用語解説には、こう記されています。「なつめやし-しゅろと訳されることもある。甘い実のなる木でエリコなどに繁生。12章13節では、人々がその枝を持ってイエスを迎えたといわれる。……ヴェスパシアヌスの貨幣、バル・コクのシェケル貨などにも刻まれており、勝利の象徴であるらしい。」

(2)マカバイ記一(旧約聖書続編)
この「勝利の象徴」としての「しゅろの枝」というのは、旧約聖書続編の「マカバイ記一」と呼ばれる書物にも出てきます。「旧約聖書続編」というのは、カトリックでは、正典あるいは第二正典とされますが、プロテスタント教会では、正典ではなく、外典とされるものです。エキュメニカル(超教派)・バイブルである新共同訳聖書では、これをどう呼ぶかが大きな課題でしたが、(第二)正典とすれば、プロテスタントから異議が出ますし、外典とすれば、カトリックから異議が出ます。落としどころが「続編」という言葉であったのでしょう。「正典に含まれる」とも取れますし、「正典とは別」とも取れます。
 さて中身ですが、そのマカバイ記一13章51節に、こういう言葉があります。
「第171年の第二の月の23日に、シモンとその民は、歓喜に満ちてしゅろの枝をかざし、竪琴、シンバル、十二絃を鳴らし、賛美の歌をうたいつつ要塞に入った。イスラエルから大敵が根絶されたからである。」(こちらはまだ、「しゅろ」という言葉を残しています)
 これは、紀元前2世紀頃のヘレニズム世界において、信仰が脅かされる危機の中でその外敵との戦いに勝利した時の記述です。細かい部分ではいろいろ問題もありますが、今日はしゅろの枝をかざして賛美したということだけにしておきましょう。ヨハネ福音書12章の記事は、どうもこの話を下敷きにしているように思われます。
 ちなみに、ヘンデル作曲の「マカベウスのユダ」(ユダス・マカベウス)というオラトリオがありますが、この曲は、マカバイ記一に基づいたオラトリオであり、その中の一つは、「勝利の歌」です。表彰式の時にしばしば流れる歌ですが、これは以前の讃美歌第一編では、歌詞を変えて、130番「よろこべや、たたえよや、シオンの娘、主の民よ」として収められていました。その3節が、このしゅろの主日を歌ったものでした。
「むかえよや、さかえの主、
ホサナ、ホサナ、ダビデの子。
平和の御座、ゆるぎなく、
めぐみの御代かぎりなし。
むかえよや、さかえの主、
ホサナ、ホサナ、ダビデの子。」

(3)敗北という形を通しての勝利
 しかし福音書を読み進めていきますと、イエス・キリストは、この時、大いなる歓喜をもって人々に迎えられながら、その数日後には、彼らから拒否され、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫ばれ、ののしられることになります。それでは、この勝利の入場行進は、意味がなかったのでしょうか。私は、そうではないと思います。イエス・キリストは、確かに十字架について死ななければならなかった。それは敗北のように見えます。いや敗北と言ってもいいかもしれませんが、その敗北という形を取らざるを得なかった神の道、それをくぐり抜けての勝利を、前もって象徴的に指し示しているのではないかと思います。

(4)出エジプトの出来事
今日は、出エジプト記の6章とマタイ福音書27章を読んでいただきました。全く関係のないように見える二つの記事ですが、この二つの記事を結ぶキーワードは、「大いなる審判」「さばき」ということです。
 出エジプト記6章は、神様がモーセをリーダーとして立てて、エジプトに遣わし、ファラオとの交渉にあたらせた直後の話です。ファラオは、モーセの「奴隷たちに休みを与えよ」という言葉を聞き、一層頑なになります。
「彼らは怠け者なのだ。だから、自分たちの神に犠牲をささげに行かせてくれなどと叫ぶのだ。この者たちは、仕事をきつくすれば、偽りの言葉に心を寄せることはなくなるだろう。」(出5章8~9節)
奴隷たちは、モーセとアロンに文句を言い(同21節)、モーセはそれを神に訴えました(同22~23節)。
 そこで神が口を開かれます。
 「わたしは主である。わたしはエジプトの重労働の下からあなたたちを導き出し、奴隷の身分から救い出す。腕を伸ばし、大いなる審判によってあなたたちを贖う。そして、わたしはあなたたちをわたしの民とし、わたしはあなたたちの神となる。」(同6章6~7節)。
ここに記される「大いなる審判」とは、何を指しているのでしょうか。
この後、ファラオはすぐに、イスラエルの人々、奴隷たちを解放したわけではありません。神様はモーセを通して、次々と災いを起こします。そのたびに、ファラオは「わかった。もう勘弁してくれ。解放してやるから、この災いを止めてくれ」と言います。それでも翌日になると、「やっぱり昨日の言葉は取り消しだ」ということになる。何と、全部で10の災いがあるのです。その10と言う数字は、十戒と並行しているとも言われます。
「大いなる審判」という言葉は、7章4節に、もう一度出てきます。
「ファラオはあなたたちの言うことを聞かない。わたしはエジプトに手を下し、大いなる審判によって、わたしの部隊、わたしの民イスラエルの人々をエジプトの国から導き出す。」
 このところから、それは直接的には、最後の災いの出来事を指していることがわかります。それは、エジプト中の長子(最初に生まれた男の子、あるいは雄の家畜)が死んでしまうという災いでした。(出12章29~30節)。
 
(5)過越祭と受難の出来事
主なる神は、モーセに対して、あらかじめこう言っておられました。
「今月の10日、人はそれぞれ父の家ごとに、すなわち家族ごとに小羊を一匹用意しなければならない。……その血を取って、小羊を食べる家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る」(出12章3~7節)。
「その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。わたしは主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。……代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない」(同12~14節)。
 これが過越祭と呼ばれる祭りの由来です
この出来事が「大いなる審判」と呼ばれるのは、ただエジプトで起きた災いが大きかったからでしょうか。私はそうではないだろうと思うのです。そこには神様の大いなる計画があった。つまり救いの計画をも含んでいるからこそ、「大いなる審判」と呼ばれるのではないでしょうか。不思議な形で、イスラエルの民が救われることになる。そこではイスラエルの民に罪があったかどうかは、関係がないようです。彼らが救いに入れられたのは、彼らが善行をしたからではありませんでした。ただただ、主なる神がみ心に留められたから、救いの中に入れられた。そのようにして奴隷状態から救い出してくださった。「大いなる審判」とは、そのことをも指しているのではないかと思います。「大いなる審判によって、あなたたちを裁く」、というのではなくて、「大いなる審判によって、あなたたちを贖う」と記されていることも、それを指し示しているようです。「贖う」というのは、もともと「取り戻す」「買い戻す」というような意味で、やがては「贖罪」ということにつながっていきます。
 さてちょうどこの過越祭の折りに、イエス・キリストの裁判があり、その翌日、十字架にかかるという受難の出来事があったということを、あわせて心に留めたいと思います。それは偶然のように見えますが、そこにはやはり神様のご計画があったのでしょう。この時に、み子イエス・キリストを十字架にかけるということ、そのようにして、神ご自身が用意された小羊の犠牲の血によって、私たちから災いを過ぎ越してくださるということです。それゆえに、洗礼者ヨハネは、イエス・キリストを指して、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」(ヨハネ1:29)と呼びました。ラテン語のミサで、「アニュス・デイ」(アグヌス・デイ)というのがありますが、それは、まさに「神の小羊」ということです。一回限りで永遠に有効な犠牲、繰り返される必要のない犠牲です(ヘブライ10章11~18節参照)。

(6)バラバ・イエスとの取り替え
新約聖書は、ピラトによるイエス・キリストの裁判の記事を読んでいただきました。この裁判も、「大いなる審判」であったと言えようかと思います。ここで起きていることは、奇妙なことです。神の子であるイエス・キリストが、人の手によって裁かれている。そしてその裁判もでっち上げのひどいものでありました。しかし、それが粛々と進められる。イエス・キリストも、一切自己弁護されません。口を開いて自己弁護したらよさそうな場面ではそれをせず(マタイ27章14節)、何も言わないほうが無難な場面では、「その通り」と口を開いて証言されるのです(同27章11節)。
 それによって何が起こったのか。本来、罪を犯し、有罪の判決を受けるはずの男、バラバ・イエスが赦され、解放されるのです。バラバ・イエスとキリスト・イエスの間で不思議な取り替えが起きました。
死刑になるはずの人間バラバは、目の前に現れたその男のために、突然釈放されることになった。彼自身のうちには何も赦される理由はなかった。
私たちの存在も、このバラバに似ているのではないでしょうか。「私」とキリスト・イエスの間で不思議な取り替えが起こるのです。無罪であったはずのキリストが有罪の判決を受け、有罪であるはずの私が無罪の判決を受ける。私自身のうちには、何もその理由はない。キリストが私の罪を引き受け、私がキリストの義をいただくのです。

(7)最後の審判
私は、この「大いなる審判」は、同時に、終わりの日の裁き、最後の審判をも指し示していると思います。私たちすべての者は、その裁きの場に立たなければならない。そこでは、私たちは誰も無罪ではあり得ません。有罪の宣告を受ける。しかし有罪の宣告を受けながら、無罪の判決を受ける。頭の先からつま先まで有罪である私たちは、神のみ前で、申し開きもできない。しかし、そこで私たちは、頭の先からつま先まで、清い者として無罪の判決を受ける。私たちの清さの故ではありません。イエス・キリストの清さの故です。そこで災いを過ぎ越してくださる方が私の傍らに立ってくださる。判事としてではなく、弁護士として。本来、裁判官、裁判長の座におられるべきお方がその場を離れて、私の隣に立ってくださり、私の代わりに弁護してくださる。そして私の代わりにその罪を負ってくださる。キリスト教では、そのイエス・キリストの業を贖罪と呼んでいます。聖書が示す最後の審判とは、そのようなものです。
今日は歌いませんでしたが、受難節の間、先週まで毎週、『讃美歌21』の305番を礼拝の初めに歌ってきました。
「イェスの担った十字架は 
いのちの木となり 良い実を結ぶ。
キリエ・エレイソン、死のとりこから
よみがえらせてください。」
4節は、以下のように歌います。
「さばきの日にも み恵みで
  救いをくださる 神をたたえよう。
キリエ・エレイソン、死のとりこから
よみがえらせてください。」

この「さばきの日にも」というのは、最後の審判のことを歌っているのでしょう。そのところにおいても、いやそのところにおいてこそ、「み恵みで、救いをくださる神」であります。そのために十字架があったのです。
改めてそのことを心に刻み、私たちも、それにふさわしい歩みをしましょう。特に、この週、受難週であります。それにふさわしく私たちを整え、祈りと献身と感謝を新たにいたしましょう。





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主にある共同体

2013年04月19日 | 説教その他
 イザヤ書49章14~21節
使徒言行録4章32~37節
  2013年2月3日
牧師 松本 敏之

(1)原始キリスト教共産主義
 使徒言行録4章32節以下には、初代キリスト教会に集った人々の生活が記されています。「信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売って、代金を持ち寄り、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである」(34~35節)。
 ここに記されている生活形態は、原始キリスト教共産主義とも呼ばれます。私たちは、「共産主義」と聞くだけで、反キリスト教思想というふうに思ってしまうかもしれません。特にアメリカ合衆国ではそのような傾向が強いです。1960年代以降、反共主義の嵐が吹き荒れました。それが東側世界攻撃の思想的支柱となり、ラテンアメリカの軍事政権の後ろ盾にもなりました。
 しかし、実は共産主義の本家本元は聖書であるということを思い起こしたいと思います。もちろんそれはマルクス・レーニン主義のことではありません。
 先週のキリスト教文化講座で、ニーチェとマルクスを取り扱いました。この二人は、それぞれ、キリスト教界に大変インパクトのある言葉をのこしています。それはニーチェの「神は死んだ」、マルクスの「宗教は阿片だ」という言葉です。これらは、両方とも、反キリスト教の言葉のように聞こえます(事実、そのように取り扱われてきました)が、19世紀に語られたこれらの言葉と思想は20世紀のキリスト教に多大な影響を与えました。その意味で、逆説的にキリスト教界に対して非常に大きな貢献をしたと言えるでしょう。

(2)「神は死んだ」
 ニーチェの「神は死んだ」という言葉は、『悦ばしき知識』という本の中に出てきます。「街の往来で『狂人』が叫ぶ。『神は死んだ。死んだままだ。そして我々が神を殺したのだ』」というのです。しかしそれはニーチェが神を殺したというよりは、それまで暗黙の前提となっていた神、信じれば恵みを与えてくれるような、いわば「機械仕掛けの神」はいないのだということを、事実として示したとも言えるでしょう。
しかし私たちの本当の信仰は、そこから始まるのです。神は私たちの予期しないところにおられ、絶えず新しく働きかけるお方です。そこで私たちの傲慢を打ち砕き、信仰を新たにされるのです。
 先週の講座では、川端純四郎氏の新刊『3・11後を生きるキリスト教-ブルトマン、マルクス、バッハから学んだこと』を紹介しました。その本の中で、川端氏は、ボンヘッファーの有名な言葉、「神の前で、神と共に、神なしに生きる」という言葉を取り上げ、「3・11後、私たちに求められるのは、まさにそういう信仰だ」と語っています。つまり「神がいるならば、こんなことが起こるはずがない」というような神についての先入観をすべて捨て去り(神なしに)、それでいて、神の前で、神と共に生きるという信仰です。それはさかのぼれば、ニーチェの「神は死んだ」という言葉につながるものでしょう。

(3)「宗教は阿片だ」
 さて、もうひとつの「宗教は阿片だ」という言葉は、マルクスの『ヘーゲル法哲学批判序説』という書物に出てきます。マルクスの宗教理解で注目すべきことは、個人の信仰の自由と政教分離の主張でした。彼は、キリスト教会をブルジョア階級による抑圧装置とみなして、国家による宗教の強制や国家と教会の癒着を批判いたしました。
ちなみに「阿片」というのは、当時は「麻薬」というより、「鎮痛剤」として用いられていました。それは私たちの感覚を麻痺させるものです。宗教にはそういう性格があるということでしょう。私は、これは結構、当たっているのではないかという気がします。つまり「あの世はいいものだから、今は耐えろ」ということです。これは絶対に悪いというものではないかもしれません。病気の治療にも鎮痛剤は必要です。しかし、それが社会に反映されると、改革を妨げる機能を果たすことがある。マルクスはそれを指摘したのです。私たちは、この批判を謙虚に聞かなければならなでしょう。
 ただしマルクス・レーニン主義のように、「だから宗教はだめだ」というのではなく、 私たちの場合には、むしろ聖書そのものはどう言っているのかということを見直すことにより、自分たちの信仰のあり方を問い、阿片的ではない信仰へと進んでいかなければならないと思います。これらの言葉、思想をチャレンジとして受けとめて、それに応えられるような信仰に成長していくことが求められるのでしょう。20世紀後半は、「神は死んだ」ということと「宗教は阿片だ」ということに正面から向き合い、それをどう乗り越えていくかということを模索してきた時代であったと言えるでしょう。それは今も続いていることです。

(4)自発的にものを持ち寄った理由
 さて、この使徒言行録の「原始キリスト教共産主義」生活で、確認しなければならないのは、これはひとつのイデオロギーではないということです。上からの強制ではなく、各人の自由意思でお互いのすべてのものを持ち寄ったのです。これが近代の共産主義と決定的に違うところです。上から強制されたものはいずれゆがんだ形となっていきます。誰かがそれを支配することから、特定の人に権力が集中し、腐敗していく。そして自由主義経済よりももっと激しい富の集中が起きてくるものです。
ここで原始キリスト教会の人々が、これは自分のものだと主張することもなく、自分のものを持ち寄ることができたのはどうしてでしょうか。ここには、いくつかの大事なポイントがあったと思います。
一つ目は、教会は一つの主の体であるという理解があったことを忘れてはならないでしょう。一人一人はその肢(えだ)です。誰かが痛むことは体の一部が痛むことであり、放っておけなかったのでしょう(一コリント12章12節以下参照)。
二つ目は、自分のものは実はすべて神からいただいたものであり、キリストのものであるという自覚。だから所有権を主張しないのです。申命記8章18節以下にこういう言葉があります。「あなたは、『自分の力と手の働きで、この富を築いた』などと考えてはならない。むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである」。
 こうした理解は、私たちが献金ということを考える時にも、大事なことを示唆してくれると思います。
三つ目は、神様が恵みとしてその共同体を集められるということです。今日はイザヤ書49章の言葉を読んでいただきました。これは、バビロン捕囚から帰ってきて、そこに共同体ができるというビジョンを語ったものです。
「目を上げて、見渡すがよい。彼らはすべて集められ、あなたのもとに来る。わたしは生きている、と主は言われる。……あなたが失ったと思った子らは、再びあなたの耳に言うであろう、場所が狭すぎます、住む所を与えてください、と」(イザヤ49:18~20)。
 これは住宅事情の大変さを語っているように聞こえるかもしれませんが、そうではなく、逆に、それほど多くの人々が帰ってくる。いなくなった子どもたちも帰ってくる、という恵みを言い表しているのです。
 主にある共同体も、そのように神によって導かれ、恵みを受ける共同体なのです。
四つ目は、この共同体は、イエスの復活を証ししていたということです。そのイエス・キリストを証しする時に、私たちはそれにふさわしい者とならざるを得ない。そのところで、私たちが一人占めしていたら、新しくなったということの証しにならないでしょう。イエス・キリストを証しする時に、それが自然にできたということです。

(5)最初の知識人クリスチャン
ここにバルナバ(「慰めの子」の意)が登場します。彼はレビ族の人であったと言われます。ということは最初に、この群れに加わった知識人なのかもしれません。ペトロを初めとする直弟子たちは、だれもきちんとした教育を受けていませんでしたから。バルナバはレビ族出身の教育を受けた人として、そして他の人よりも多分持てるものも多かったことでしょう。彼は、喜んで、ここに自分のものを提供したというのです。レビ族は、元来、土地を持たなかったはずではないかと思われる方もあるかもしれませんが、この時代はそうでもなかったようです。バルナバは、その財産を手放す自由さ、心の広さを持ち、教育を受けていない人々の間にあっても、傲慢になることなく、喜んで自分にできる貢献をしていったのです。主にある共同体はそのような人々をも巻き込んでいった。神様はそのような人々、お金も教育もある人を、そのように共同体に不思議な形で送りこまれるのです。

(6)現代のクリスチャンはどうか
さて現代のクリスチャンは、それと比べてどうでしょうか。マルクスが批判したことはあたっているのではないかと思わされます。マルクスが見た現実というのは、貧しい人が貧しいまま取り置かれている社会でした。それは、その上にいる誰かがその貧しい人が、本来受ける権利のあるものを横取りしているからだということでした。その責任の一端は宗教にあると、鋭く批判したのです。そのような社会は、初代教会の目指したものと違うものでしょう。そしてそうした富が偏った社会はイエス・キリストも、神様も望まれる社会ではないでしょう。教会は、そういうことに無関心であれば、まさに阿片的な教会ということになるでしょう。
これは、今日の解放の神学の出発点になった問いでもありました。ブラジルの軍政時代、解放の神学の母体となったキリスト教基礎共同体をリードしたドン・エルデル・カマラという大司教がいました。彼は興味深い言葉を語っています。
「自分が、貧しい人々にただ奉仕していた時、人は私のことをサント(聖人)と呼んだ。しかし、どうしてこれほどの貧しさが存在するのかということを考え始めると、人は私のことをコムニスタ(共産主義者)と呼ぶようになった。」そこには、もちろん非難の意味が込められています。しかしながら、分かち合う社会を何らかの形で築いていこうとする時に、そういうふうにならざるを得なかったということを、言っているのだと思います。

(7)川端純四郎氏の経験から
 先週の文化講座で、川端純四郎氏の本を紹介したということを申し上げましたが、そこで読んだ言葉を、最後に皆さんとも分かち合いたいと思います。
 川端さんは、牧師の子どもとして教会で生まれ、賛美歌を子守歌として育ち、東北大学で宗教哲学を学んだ後、1960年、ドイツへ留学されました。お金がないので、貨物船で1か月かけて行きました。
 「神戸からジェノバまでの船旅です。その時見たものが、私の人生を変えたのだと思います。アジアの飢えと貧困という厳しい現実にぶつかりました。港、港で本当に骨と皮とに痩せこけた、裸足でボロボロの服を着た子どもたちが集まってきました。ほとんどが捨てられた混血児たちです。……船に帰っても眠れません。明日もあの子どもたちに会う。どうするか。私が考えたことは、『神様を信じなさい。そうすれば救われます』と言えるか、ということでした。言えるわけがありません。飢えて捨てられた孤児たちに、こちらは着るものを着て、食うものを食っておいて、『神様を信じなさい。そうすれば救われます』などとは、口が裂けても言えないと思いました。私は25歳でした。牧師館に生まれて、キリスト教しか知らずに育って、キリスト教の学問をして、これからさらにドイツにキリスト教の勉強をしに行くというのに、おまえのキリスト教とは何なのか、25年間お前が信じてきたキリスト教とは、飢えた子どもたちに言えないようなキリスト教なのか。それが私の考えたことでした。もし言えるとしたら、ただ一つしかない。ここで船を降りて、服を脱いで、子どもたちに分けて、食っているものも分けて、一緒に暮らす、それなら言える。言えるとしたらそれしかありません。言えるではないか、と自分に言い聞かせました。では船を降りるか。くやしいけれど、降りる勇気がありませんでした……。しかし船を降りないのだとしたら、せめて世の中に飢えた子どもなんか生まれないような社会を作るために、自分で何かしなければいけないのではないか。ただ自分の魂の中だけに閉じこもっていていいのか。これが、私がヨーロッパへ行く一ヵ月の旅で考えたことでした」(上掲書16~19頁)
 川端さんは、そこで神学の傍ら、経済学を学び始めました。「マルクスを読んで目が覚めるような想いをしました」と述べます。その内容を全部、引用することはできませんが、彼は、マルクスに対して、ある批判を加えつつ(人間に対する理解の違い)、「マルクスとの出会いは、私の信仰を『歴史的社会的』現実の中での信仰へと生まれ変わらせてくれました」と結んでいます。
 彼の言葉は、とても大事な問題を提起していると思います。私たちのキリスト教が現代社会にあって、どういう証しができるのかが問われている。「み国を来らせたまえ」という祈りに通じるものでしょう。そのみ国建設のために働けるような信仰をもつクリスチャンでありたいと思います。








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知られざる神に

2013年04月19日 | 説教その他
エゼキエル書18章25~32節
使徒言行録17章22~34節
2013年1月20日
牧師 松本 敏之

(1)キリスト教一致祈祷週間
本日は午後3時から世田谷地区キリスト教一致祈祷会が、カトリック赤堤教会にて行われます。今回も、私が準備委員代表を仰せつかり、他の委員の方々と共に準備をすすめてまいりました。
キリスト教一致祈祷週間は、北半球では、伝統的に1月18日から25日に行われます。1908年に、カトリックのポール・ワトソン神父によって「教会一致のための八日間の祈り」が提案され、実施されたことを起源としているようですが、1964年、カトリックの第二バチカン公会議において、「エキュメニカル教令」というものが公布され、そこで「エキュメニカルな運動の精神とキリスト教一致祈祷週間の遵守を促進すること」が強調されて以来、特にそれが大事なことであると認識されるようになってきました。
プロテスタント側でもそれを受けて、1966年世界教会協議会(WCC)の信仰職制委員会が、カトリックのキリスト教一致推進秘書局(現教皇庁キリスト教一致推進評議会)と一緒に、祈祷週間テキストについて公式な準備を開始しました。1968年に第1回教会一致祈祷週間が実施され、今年は第46回となります。
今年は、インドの教会やインドのダリット(不可触選民)の人々を心に留めるテキストなっています。ダリットはインドの人口の16.2%にのぼり(1億6千万人)、その内の9%はキリスト者だそうです。
私たちは、基本的にこのインドを覚える世界共通のテキストをもとに、世田谷地区独自の式文を作成しました。特に、最後のところで、東日本大震災のことを心に留める祈りなどを挿入しました。

(2)エキュメニクス
 そもそもエキュメニカル(名詞はエキュメニクス)という言葉に聞きなれない方もあるかもしれません。「エキュメニカル運動」というのは、狭義では、キリスト教が教派を超えて一つになる運動ということを指しています。プロテスタントの中でもいろいろ分かれているけれども一つになろうという、プロテスタント内のエキュメニカル運動もあります。
 エキュメニクスという言葉は、「世界」を意味するギリシア語のオイクーメネーという言葉に由来します。新約聖書の時代、それは、地中海世界全体を指していました。それがアメリカ大陸が視野に入ってくると大西洋世界となり、やがてアジアも視野に入れて地球全体へと広がっていきました。
 さらに、オイクーメネーを、もうひとつさかのぼるならば、これは「家」を意味するオイコスというギリシア語から来ています。ちなみに、このオイコスという言葉から生まれた重要な言葉が、他に二つあります。ひとつはエコロジーという言葉です。「エコロジー」は、「オイコス」プラス「ロゴス」(論理、言葉)です。「ロゴス」は聖書では大事な言葉ですが、「(地球という)家について深く考えること」がエコロジーです。今では、環境について考えるという意味で使われています。もうひとつはエコノミーという言葉です(家計、経済)。「エコノミー」は「オイコス」(家)プラス「ノモス」ですが、この「ノモス」も聖書では大事な言葉で、律法という意味です。「家の律法」とは、家をどうやってやりくりするかということ(家計)、それをもっと大きなレベルで考えると、経済になるのでしょう。しかしこれらは、この世界は一つの家である、という考えに関係していると思います。

(3)ブラジルのエキュメニカル運動
 さて、この運動、北半球では1月、という言い方をしましたが、ブラジルなど南半球では、この時期は夏休みの真っただ中で、教会もお休みモードになってしまいます。そこでブラジルではペンテコステ前の1週間を、キリスト教一致祈祷週としていました。私も、赤道直下のオリンダにいた時に、レシフェ・オリンダ地区のキリスト教一致祈祷会に、メソジスト教会代表の委員としてかかわりました。しかも私がいることで、日本基督教団もかかわっているという大げさな宣伝もできました。
皆さん、意外に思われるかもしれませんが、ブラジルのような国では、エキュメニカル運動はなかなか難しいものです。日本では、すべてのクリスチャンを併せても1%(それ以下?)ですので、カトリックでもプロテスタントでも同じクリスチャンであるという意識が強いのではないでしょうか。しかしブラジルではほとんどの人がクリスチャンですので、その違いがアイデンティティーとして強調されることになります。プロテスタントであるということは、「カトリックではない」ということです。共にクリスチャンであること、同じイエス・キリストを礼拝しているということを忘れ、さまざまな対立があります。しかし、だからこそ、エキュメニカル活動の重要性もあると言えるでしょう。

(4)アレオパゴスの説教
 今日、私たちに与えられた使徒言行録のテキストは、使徒パウロの「アレオパゴスの説教」として、知られるものです。それがなされたのは、パウロの伝道旅行(宣教旅行)の途中、ギリシアの文化都市アテネでのことでした。
 このテキストは、エキュメニカルということを考える時に、いろいろなことを考えさせてくれるものです。こう始まります。
 「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます」(22節)。そういうふうにギリシアの人たちを立てるのです。違ったところに立っている人と議論をする時に、相手の人を認めることから始めるのは大事なことです。
「道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう」(23節)。
 この「知られざる神に」というのは有名な言葉です。私たちが日本でキリスト教の宣教をする時にも、同じような語り方をするかもしれません。私たちは聖書の神様を知らなくても、自然に神様を求めている心があり、何かに向かって拝んでいる。それが何かということについて、聖書は答えてくれるのだ、というふうな言い方をすることはよくあるのではないでしょうか。ギリシアの人たちの中にもある心、それは神様につながっているのだと語るのです。
 「皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』『我らもその子孫である』と、言っているとおりです」(28節)。
 この最初の『我らは神の中に生き、動き、存在する』というのは、紀元前6世紀のエピメニデースという人の言葉のようです。『我らもその子孫である』のほうは、紀元前3世紀のキリキアのアラートスの作、『パイノメナ』という書物からの引用だそうです。こういうふうにギリシアの教養がある人たちが知っていることを、パウロが引用するのは、まさに、パウロの教養の豊かさを示すものと言えようかと思います。パウロはギリシアの人たちと共通の土俵に立ちながら、イエス・キリストの福音を伝えようとしたということができるかと思います。
 
(5)桁違いのスケールの神様
パウロの説教から、いくつか大事なことを拾い上げてみましょう。まず「知られざれる神」と呼んでいるその神は、天地の主であり、人間が造った神殿にはお住みにならないということ(24節)。とにかく桁違いに大きいのです。そしてその神は、「すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださる」(25節)方であり、さらに「すべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界を決められる」(26節)方でもあります。つまり、神様はこの世界を造っただけではなくて、支配し、今も生きて見守っておられる方だということを強調します。
しかし最後に、イエス・キリストに触れます。「神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです」(31節)。
 ギリシアの人と同じ土俵に立って、思想的に神について述べながら、最後のところで、イエス・キリストの復活について語った。ギリシアの人々は、途中までは、「なかなかいいことを言うなあ。私たちの信仰にも近い」と思っていたでしょう。しかし、「復活」のことを聞くと、ある人たちはあざ笑い、別のある人たちは「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」(32節)と言って、去っていきました。
 このギリシアの教養のある人たちの反応は、現代人、特に日本の現代人に通じるものがあるように思います。「聖書にはいいことも書いてあるけれども、イエス・キリストの話、特に死者の復活になると、受け入れられない」という人が多いのではないでしょうか。

(6)「自分は知っている」と思わないこと
キリスト教にとって、このこと(復活)はどうしても譲れない生命線であると思いますが、もう一つ、別の視点から、考えてみることも有意義かと思います。
それは、聖書の神は、実は私たちクリスチャンにとっても「知られざる神」ではないかということです。パウロの語り口は、「あなたたちは知らないけれども、私は知っている。それを教えてあげよう」というものです。キリスト教は、このスタンスで20世紀の前半までやってきました。しかし私たちは、果たして自分たちは真理を知っていて、クリスチャン以外の人はそれを知らないという姿勢でよいのか。そこで本当に共に生きる、神の家としての世界を作っていくことができるのだろうかということです。20世紀の後半になって、そのことが問われ始めたと言えるでしょう。
それまでのキリスト教は、イエス・キリストだけが唯一の救いの名前であるということを強調して、自分たちはその真理を知っており、それを知らない人に告げるということが宣教の中心的課題でした。しかしそうした姿勢が事実として植民地主義と表裏一体となっており、それを正当化する働きを担ってしまっていたことに気づいたのです。その反省を踏まえて、神様の声は別のところからも聞こえて来るのではないかということ、他の宗教にも真理があることを認め、諸宗教との対話ということが、キリスト教界の、特にWCCの一つの大きな課題になってきています。
私は、こういうコンテクストから、「知られざる神に」ということも改めて受けとめてみますと、実は私たち自身、クリスチャン自身が知っていると思っている神様も、私たちの思い込みではないか。神様は実はもっと別の形で、私たちに新しく触れようとしているのではないか、と思いました。「これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです」(27節)とあります。ということは逆に言えば、その人たちから、私たちが学ぶということもある。神の真理を、思いもよらぬところから聞くこともあるということではないでしょうか。「知られざる神に」というのは、私たち自身にもあてはまることでしょう。私たちが知っていると思っている神は、実は小さ過ぎるかもしれません。実際の神は、もっと大きくて「神殿」には入りきらないお方です。

(7)「もしも私が神さまと話したければ」
今日の説教準備をしていて、ブラジルのポピュラー音楽で、ジルベルト・ジルの「もしも私が神さまと話したければ」(Gilberto Gil, “Se eu quiser falar com Deus”)という曲のことを思い起こしました。こういう歌詞です。
「もしも私が神さまと話したければ
ひとりにならなければならない
明かりを消さなければならない
声をひそめて
心を安らかにしなければならない
(中略)
もしも私が神さまと話したければ
冒険をしなければならない
命綱なしに
天にのぼらなければならない
さよならを言わなければならない
後ろを振り返らず背を向けて
その先には何もない道を決然と
進んでいかなければならない
その先には何もない、何も、何も、
何も、何も、何も、何も、何も、
何も、何も、何も、何も、何もない
私が出会えると思っていたものは」
(日本語訳:松本 敏之)

せっかく神様と話したければ、こうしなければならないと言いながら、その先には何もないと言うのです。しかしその歌の最後に含みがあります。「私が出会えると思っていたものは」。この歌は一見、神の存在を否定しているように見えて、実は必ずしもそうではないと思うのです。私たちが出会えると思っていた神様はいない、ということです。それはむしろ新たな出会い、私たちには知られざる神が思わぬ形で出会ってくださるということを、予感させてくれるのではないでしょうか。
 神は、どこまで行っても知りつくすことのできないお方です。私たちが柔軟になることによって、神様の声を思わぬところから聞くこと、新たな出会いがあることを思います。神様は、私たちにいつも新しく出会ってくださるお方であります。



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恵みによって強くなる

2013年04月19日 | 説教その他
歴代誌下6章12~21節
テモテへの手紙二2章1~13節
 2013年1月13日
牧師 松本 敏之

(1)体罰によって強くなれるか
 私たちは、この度成人式を迎えられる方々を心に留め、本日、そのお祝いをいたします。教会員で、成人式を迎えられるのは、八田康二朗君と松本寛之君の二人です。教会員のお嬢さんである中島恵さんも、今年成人式を迎えられますので、この礼拝にお招きしました。皆さんが一人の大人として、歩み始めるにあたって、私は「キリスト・イエスにおける恵みによって強くなってほしい」という言葉を贈りたいと思います。これは先ほど、読んでいただきましたテモテへの手紙二の2章1節によるものです。次のような言葉です。「そこで、わたしの子よ、あなたはキリスト・イエスにおける恵みによって強くなりなさい。」
 昨年12月23日、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部主将の2年生の男子生徒が顧問の男性教諭から体罰を受けた翌日に自殺するという事件がありました。その後の学校の対応を含めて、連日、このニュースについて報道がなされています。昨日の朝刊には、大阪市教育委員会が、11日に顧問の男性教諭に対する聞き取り調査の結果の全容を明らかにしたということが出ていました。教諭は、男子生徒に対して、「12月22日(自殺前日)の練習試合中、コートで平手でほおを4、5回たたき、頭を4、5回、平手、指先でなぐった」と説明し、そのうえで、「強いクラブにするには体罰は必要。気持ちを発奮させたいがためにそうした」とのことでした。言い換えれば、「体罰によって強くなることをめざした」ということでしょう。果たして、体罰によって強くなれるのでしょうか。
 朝日新聞は、この記事の隣に、元プロ野球投手の桑田真澄さんの興味深い取材記事を掲載していました。彼は早稲田大学大学院にいた2009年に、論文執筆のために、プロ野球選手と東京六大学の野球部員の計550人にアンケート調査をしたそうです。その結果、体罰については「指導者から受けた」は中学で45%、高校で46%。「先輩から受けた」は中学で36%、高校で51%であったとのこと。私は、この数字の大きさに驚きました。しかし桑田さんがそれに対して、「意外に少ないな」とコメントしていることに、さらに驚かされました。
そこからわかることは、桜宮高校教諭の体罰は決して例外的指導ではなかった、ということです。桑田さん自身は、そうした考えを否定して、こう述べていました。「私は、体罰は必要ないと考えています。『絶対に仕返しをされない』という上下関係の構図で起きるのが体罰です。指導者が怠けている証拠でもあります。暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。……昔はそれが正しいと思われていました。……今はコミュニケーションを大事にした新たな指導法が、多くの本でも紹介されています。」

(2)桜美林高校での礼拝経験
私は、数年前、桜美林高校の礼拝に招かれて説教したことがあります。桜美林高校は、かつて(1976年)高校野球の夏の全国大会で優勝したことでも有名です。
その礼拝で、興味深い経験をしました。30人くらいの男子生徒が最前列で、讃美歌を大声で歌っているのです。本田栄一校長は、壇上の私に、小声で、「あれは野球部員です。うちの学校では野球部員全員が聖歌隊。練習の終わりに、みんなで翌日の礼拝の讃美歌を歌うのが伝統です」と語られました。私は、いろいろな高校の礼拝に招かれて説教をしますが、学校によっては、生徒が全く讃美歌を歌わない学校もあります。ところが桜美林高校では、野球部員が腕を後ろに組み、声を張り上げて、「しずーけきーいのーりのー、ときーはいーとたーのしー」と歌っている。全然、「しずけきいのりのとき」ではないのですが、すがすがしくて気持ちがよかったのを覚えています。
私は、今回の体罰事件で体罰常態化の実態を知って、改めて思いました。讃美歌を共に歌うことで、体罰ではない指導の仕方をしようとしたのかもしれない。(まさか讃美歌を歌わないからと言って、「もっと大声で歌え」と殴られるということはないと思いますが。)
讃美歌を歌っていると、普段は歌詞の意味など考えなくても、ふとその言葉が自分に語りかけてくるということもあるのではないでしょうか。それで慰められたり、反省させられたり。それこそ「恵みによって強くなる」ということではないでしょうか。

(3)イエス・キリストに目を向ける
さて、このテモテへの手紙二ですが、これは、使徒パウロから同労者であり弟子でもあるテモテへという形になっていますが、実際には、パウロより少し後の時代の人が、テモテに手紙を送るという形式で書いたものだと言われます。この箇所は、「キリスト・イエスの恵みによって強くなりなさい」という言葉で始まりましたが、その恵みの源であるイエス・キリストに目を向けさせようとします。「イエス・キリストのことを思い起こしなさい。……この方は、ダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです」(8節)。そして「次の言葉は真実です」と言いながら、恐らく当時歌われていたであろう讃美歌を引用するのです。
「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる。
耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。
キリストを否むなら、キリストもわたしたちを否まれる。」(11~12節)
ここで三つの事柄が「何々なら何々」という形で歌われます。しかし内容的には、三つともかなり違うことです。

(4)キリストと共に生きる
一つ目の「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる」というのは、洗礼のことを想定しているようです。パウロが書いたローマの信徒への手紙にこういう言葉があります。
「わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、……わたしたちも新しい命に生きるためなのです。……わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。」(ローマ6:4~9)
これは、死後の世界というよりは私たちの生き方のことでしょう。私たちはキリストの十字架と共に古い自分に死に、キリストにつながる時に、新しい命につながって生きるのだということです。これがキリスト・イエスの恵みの根幹にあることです。

(5)キリストと共に支配する
この讃美歌は、こう続きます。
「耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。」
これはちょっとわかりにくいかもしれません。私は、こう読みました。まずキリスト御自身は、すべてのことを耐え忍ばれた方です。苦しみ・試練を受けてもそれに耐え、ののしられ、あざけられてもそれに耐えられました。そしてその忍耐によって、すべてを克服し、勝利されました。
「支配する」とは「何を」でしょうか。それは何よりも自分自身だと思います。そして自分を陥れようとする力。サタンの力、と言ってもいいかもしれません。キリスト以外の何者にも支配されないようになるということです。だから、キリストと共に私たちも、苦難、困難に耐え忍ぶようにと。
何か苦しいこと、困難なことに遭う時に、皆さんも決してひとりぼっちではないことを思い起こしていただきたいのです。キリストが共におられる。辛いことの中には、いじめもあるかもしれない。いやがらせもあるかもしれない。リストラもあるかもしれない。「追い出し部屋」もあるかもしれない。しかしそれらの向こうには必ず、希望がある。より明るい未来がある。復活があるということです。
信仰をもつということは、別の言い方をすれば、未来を信じることができるということです。「未来を信じる」というのは、信仰をもたない人でも語る言葉でしょう。特に今は、東日本大震災以降の流行語のようになっています。しかしそこでは何を根拠に言っているでしょうか。未来を信じたいというこちら側の気持ちではないでしょうか。人間の意志、人間の力、それを信じるということでしょう。私もそれは賛成です。でもどうして、そう言えるのか。信仰をもたない人には、それ以上の根拠はないのではないでしょうか。しかし聖書を信じる人は違います。どうして、そのように人間を信じることができるのか。それは、それをそのようなものとして造った神様がおられるからです。そしてイエス・キリストがそのしるしとなられたからです。イエス・キリストはすでに困難に打ち勝っておられる。そして私たちはそのイエス・キリストにつらなることによって、やがて来る明るい未来を信じることができる。
少し難しい言葉で言えば、それを終末論的生き方と言います。キリス教の終末観は、暗い破滅的なものではありません。今は悪い時代でも、辛い時代でも、やがてそれを乗り越えられるということを知っているということです。

(6)ノルマンディー上陸作戦
日本キリスト教団出版局の「信仰生活の手引き」というシリーズが刊行中です。これまで、『伝道』、『聖書』、『教会』と3冊が出版されました。『伝道』は、深井智朗牧師によるものですが、この中に、先ほど私が述べたようなことを説明するおもしろいたとえがありました。それはオスカー・クルマンという人の「ノルマンディー上陸作戦」(第二次世界大戦末期の連合軍による作戦)のたとえです。クルマンは、それをキリストの出来事にたとえるのです。
イエス・キリストがこの地上に来られ、十字架の贖いの死を遂げられ、復活されたことによって、「既に」神の国、神の支配は始まっている。しかしこの地上においては、なお神に敵対する勢力との戦いが続いています。その意味では、「未だ」神の支配は完成していないという面があります。私たちの現実は、まさにそう映るでしょう。私たちは、この「既に」と「未だ」の間の時に生きているのです。神の国は近づき、神の支配は既に始まっている。しかし、未だ完成されていない。勝敗はすでについているのですが、まだ小さな戦いが残っている。
それは、ノルマンディー上陸作戦のDデイ(ディシジョン・デイ)とVデイ(ヴィクトリー・デイ)のようなものだ。キリストが来られた日がDデイで、やがて来る日がVデイです。Dデイを支えに、Vデイを見据えながら、絶望せずに、今の困難を耐え抜くのです。まだ完全に得てはいないけれども、既に勝利を見ているのです。

(7)キリストは常に真実であられる
さて三つ目は、「キリストを否むなら、キリストもわたしたちを否まれる」というものです。これもイエス・キリストの言葉に基づくものです。たとえば、マタイ10章32~33節にこういう言葉があります。
「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」
これは、私たちの信仰生活の実態を表現している言葉として受けとめれば、よくわかります。キリストはいつも私たちに働きかけているのですが、私たちがそれを拒んでいれば、キリストの力は働きません。それを受け入れる時に、その力が働く。その恵みが私たちを支えるのです。
しかし私は、これは究極の言葉ではなく、究極の一つ手前の真実ではないかと思います。つまり永遠の裁きについて語っているのではないと、私は思うのです。この讃美歌は、最後に驚くべき言葉を語ります。これが究極の真実です。
「わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。
 キリストは御自身を否むことができないからである」(13節)。
これは、一見、その手前のフレーズと矛盾するような言葉に見えます。しかし矛盾ではなく、両方とも本当のことでしょう。ただし究極の真実が一つ手前の真実を超えるのです。
私たちがキリストを受け入れようと否もうと、キリストは真実であり続けられる。なぜなら、キリストは御自身を否むことができないから。
キリストの本性をひと言で表現するならば、「愛」と「真実」ということになろうかと思います。キリストがその本性を貫こうとすれば、いくら相手が不誠実であるからと言って、同じように不誠実になることができない。それでは本性に反することになってしまう。だから真実であり続けるというのです。それがこのところの中心的メッセージです。
私たちは、そのようなキリストの本性を知る時に、その深い恵みが自分の人生にも及んでいることを知り、それによって、私たちは本当に強くなれるのだと思います。それによって、さまざまなものに打ち勝ち、他のものに支配されない人生を歩むことができるのだと思います。特にこの度、成人となられる方々、それを知ることによってこそ、本当の強さを身に付け、大人としての歩みを踏み出していただきたいと思います。





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