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山田太一の物象化論 1 愛していようがいまがいが

2024-12-11 21:13:47 | 社会科学・哲学

 

吉岡「一年半経てば、死んだ人間を忘れっちまうのが当たり前か?」

陽平「そうは言わないけどね、死んだ人にこだわって身を滅ぼすのも情けない話じゃないですか」

吉岡「死んだ人間を忘れないというのもな、私は能力の問題だと思っている。人格の問題だと思っている・・・くだらん人間は誰かが目先からいなくなるとすぐ忘れてしまう」

陽平「しかし司令補は忘れないっていう自慢話ですか?」

吉岡「人を愛することも能力なんだ」

陽平「いきなり何の話ですか?」

吉岡「短い間、誰かに夢中になるということは誰にでもある。しかし、長く一人の人間を愛し続けるということは放っといてできることではない。能力の問題だ。人格の問題だ。くだらん人間  は長く 人間を愛し続けるということができない」

陽平「当てこすりに聞こえなくもないけど」

吉岡「私は当てこすりなど言わん。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  死んでいく人間に『お前のことを忘れない。お前を忘れてケロリと生きることはありえない』と言いながら俺は何度もケロリとして生きてきた。・・・またぞろケロリと生きたくないのだ」(男たちの旅路 第4部)

 私たちが異性に対し恋愛感情を抱き、さらにそれが愛情へと発展することはあることだ。しかし、いつのまにか、その感情が薄れ、枯れてしまうこともまたあることだ。努力しても、いかんともなしがたく関係が悪化し、破綻することもある。

 親友だと思っていた友人と、ちょっとした食い違いが発生し、言い合いのケンカになった。とくに、SNSで一時の感情が昂ぶり、最後はお互い口汚く、罵倒しあい、絶交となる、などということはよくある話だ。関係の薄っぺらさが露呈してしまう瞬間だ。しかし、私たちはそのことに気づかない。そのまま、関係は消滅していく。こんなことも日常的にあふれていないだろうか。まさに、

「長く一人の人間を愛し続けるということは放っといてできることでは」なく、能力の問題であり、人格の問題

なのかもしれない。
 しかし、こうは考えられないだろうか。人格がいかに高潔だろうが、能力がどれだけ高かろうと、それをあざ笑うように、何かの力が、私たちから愛情を奪い、そして、その自覚さえも奪うことがあるのではないか。だから、この引用の吉岡に山田太一はこう言わせているのではないか。

「死んでいく人間に『お前のことを忘れない。お前を忘れてケロリと生きることはありえない』と言いながら俺は何度もケロリとして生きてきた。」

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