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「適材適所」ということ。

2018年01月28日 07時14分50秒 | お仕事
人事において「適材適所」は常に「難しい」が「目指さなければならないもの」だと思う。

「ヒト」という経営資源は限られているので、
「うーん、ピッタリではないけど、成長するだろうから、この人を当てはめよう」
或いは
「現時点では、この人では難しいけど、とりあえず少し職務を減らしたうえで当てはめよう、
 成長したらまた職務を与えよう」
といった形で、人事を行っていく。

しかし見込み違いは常にあり得るから、
その場合は再度異動して、次のチャンスを狙ってもらう。
その繰り返しだと思う。

この「見込み違い」は人事権者の責任だし、
問題があった時は「適材適所だと思ったが、間違いだった」と言うことになる。
ここで「適材適所だ」と言い続けると、
その人事権者自身が「本当に、人事権者として適所にあるのか?」という疑問を抱かせることになるし、
さらに上位の人事権者から「見込み違いだった」と異動を命じられることになる。

首相が(もし本気で)国税庁長官や暴言を吐いた内閣府副大臣を
「適材適所だ」と思っているのだとしたら、
首相自身が「人事権者として、適所にいるのか?」疑わしいのでは?
さらに上位の人事権者、主権者として、
国民が「見込み違い」である、と考えて辞職を命じるべきでは?

そう考えると、
「適材適所」と強弁するのはけっこうリスキーであり、
「見込み違いだった」と反省する方が良いと思うのだけど。
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