丹波かたくり・達身寺・コスモス

◆◆最新情報をお届けします◆◆ ------ by清住村おこし&達身寺観光グループ

コスモス発芽テスト

2014-08-30 00:00:00 | コスモス畑

7/17 朝、播種(種を蒔きました)

2日後の 7/19
 

3日後の 7/20
 

4日後の 7/21
 

5日後の 7/22
 

8日後の 7/25
 

13日後の 7/30
 

H24,H25 それぞれ採種した年(秋、ここ清住コスモス畑で)
勝手に推論、コスモス種子発芽率=0.8x0.7の年数乗
1年 0.8x1=0.8 (80%)
2年 0.8x0.7=0.56 (60%)
3年 0.8x0.7x0.7=0.39 (40%)
4年 0.8x0.7x0.7x0.7=0.27 (30%)
5年 0.8x0.7x0.7x0.7x0.7=0.19 (20%)

26日後の 8/12
 

7/16 に播種した田んぼ(32a)が小鳥「マヒワ」に種を食べられてしまいました。
梅雨が明けて、八枚、播種のやり直しです。

 

マヒワ(真鶸):食性は植物食で、果実(ダケカンバ、ハンノキなど)、種子、芽などを食べる。
マヒワ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%92%E3%83%AF

7/29 砕土、播種、谷上げ、をやり直しました。今度は覆土しました。
 

7/26 今年のコスモス畑の95%分を砕土、播種、覆土、谷上げ
7/30 今年はコスモス畑全部を谷上げと人力排水溝完了

8/12 順調に育ってます
 

8/30
 

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寺の雑学

2014-08-29 00:00:00 | 雑学

---独断と偏見の編集:酒友 ---

■年回忌
1周忌,3回忌,7,13,17,25,33,50,100,150,200,250,300,350,400,450,500回忌、と
この後も、50年ごとに続くらしい

年回表---300回忌まで
http://www.rinku.zaq.ne.jp/joukokuji/nenkaihyou.htm
忌日・年忌法要計算---100回忌まで
http://cgi5.synapse.ne.jp/~todoroki/cgi-bin/houyou/ki.cgi

江戸時代
元和1615-1624 寛永1624-1645 正保1645-1648 慶安1648-1652 承応1652-1655 明暦1655-1658 万治1658-1661
寛文1661-1673 延宝1673-1681 天和1681-1684 貞享1684-1688 元禄1688-1704 宝永1704-1711 正徳1711-1716
享保1716-1736 元文1736-1741 寛保1741-1744 延享1744-1748 寛延1748-1751 宝暦1751-1764 明和1764-1772
安永1772-1781 天明1781-1789 寛政1789-1801 享和1801-1804 文化1804-1818 文政1818-1831 天保1831-1845
弘化1845-1848 嘉永1848-1855 安政1855-1860 万延1860-1861 文久1861-1864 元治1864-1865 慶応1865-1868

明治以降
明治1868-1912 大正1912-1926 昭和1926-1989 平成1989-

■弔い上げ(とむらいあげ)
お亡くなりになられた命日から32年目の三十三回忌、もしくは49年目の五十回忌をもって
最期の年忌法要にすることを言います。
ただ、亡くなってから49年も経つとお顔を見たこともないご家族も多く、
最近では三十三回忌をもって弔い上げにする場合が多いようです。
この弔い上げには、この法要をもって代々に渡るご先祖様と一緒となり、山と里を
行き来しながら、私たちの安全と繁栄を見守ってくれる意味があると言われています。
現代においては、弔い上げの法要だからといって盛大にせず、通常の法要と同じ規模で
納める場合が多いです。
菩提寺には弔い上げ法要であることは伝え、ご先祖様になる故人に
最後のご供養となる大切な勤めと考えます。
冠婚葬祭 日本の風習最新ニュース | 弔い上げ(とむらいあげ)
http://nichirei-news.jp/sai/tomurai-age.html

弔い上げの意味(弔い上げとは)
弔い上げとは、年忌の最後を指して言います。一般的には三十三回忌や五十回忌が
これにあたりますが、十七回忌、百回忌などを節目に弔い上げとすることもあります。
弔い上げをもって、それ以降の仏事は行わず、年忌法要は終了ということになります。
弔い上げの実際
神道では、三十三回忌には荒御魂が祖霊となると考え、弔い上げとなります。
仏教では三十三回忌には、どんな罪を犯した故人でも、極楽浄土へ行けるようになり、
祖先となるという考え方を取ります(※宗派によって異なります)。
故人を知る人がいなくなったタイミングで弔い上げとするケースも増えています。
一般的には仏壇にある戒名の刻まれた位牌を片づけ、先祖代々の位牌に合祀します。
弔い上げとはなんですか?弔い上げの意味 | 葬儀と葬儀後の疑問解決サイト---
http://en-park.net/words/6751

弔い上げとはなんのこと?
故人の霊を弔うために決められた年数により年忌法要が行われますが、三十三回忌または
五十回忌を最後として、これ以上年忌を行わないことを弔い上げといいます。
地域によっては、五十回忌の際、墓石を倒して、無縁仏にするというところもありますが、
これは極端な例としても、仏壇から、位牌を片付け、以後は先祖の霊として祀るという
ところもあります。
仏教では、亡くなって33年経つとどんな罪を犯した人でも、無罪放免となって極楽浄土
に行けるという考え方がありますが、このことから、亡くなった人は、
個性を失いご先祖様として信奉されるようになります。
このため弔い上げをした場合は、今後年忌法要はしないのでお寺に永代供養をお願いする
ことになります。永代供養をする場合はお寺に永代供養料を収めます。
弔い上げを重く見るか、軽く見るかは、その家の判断で、こうしなければいけないという
決まりはありません。
弔い上げとはなんのこと?|墓石ナビ
http://boseki-info.jp/contents/hoyo/tomurai.html

■墓参りの疑問と意義
お盆にはご先祖の霊は我が家に戻っているから、お墓は空っぽ!だからお盆に墓参りに
行っても意味が無いと、誰が云い出したのか、
お盆の行事は、一般的には13日にご先祖さまの霊を家に迎え入れ(迎え火)16日に
送り(送り火)出します。
お盆の期間にお墓参りしても本当に無意味なのでしょうか。墓は空っぽだそうですから!
多くの方はお墓に、ご先祖さまが宿っていると思われているようですが、そうではない。
 ◆お墓と墓参りの意義
墓石は単なる祈念碑ではありません。
「さとり(悟り)の境地を象徴的に表現している「塔」なのです。
「悟りの世界」仏教の教えを具象化したものなのです。
お墓(塔)を建てると云うことは、正に仏様を建立することと同意義なのです。ですから、
お墓参りをすると云うことは仏様を礼拝することと、全く同じことなのです。
仏さまを礼拝するその善根、功徳を自分だけに独占するのではなく回向して、
故人(先祖)の善根・功徳といたします。これが「追善」です。
墓参りは基本的に、いつ行ってもよろしいのです。墓参りに良い日などはないのです。
しかし、現世に暮らし生活に追われていますと、どうしても故人(先祖)への追善で
あるとか、感謝の心を忘れがちになってしまいます。それを思い出すためにも、祥月命日
、春秋のお彼岸、お盆など特別な日のお墓参りが決まって行ったのだと思われます。

お墓参りの時期について お盆 墓参り(お供え・迎え火・作法)
http://obonnohakamairi.seesaa.net/article/123038773.html

■晋山式(しんざんしき)
1、晋山式
晋山式というのは、各寺院において新たに住職となった僧(この方を、「新命方丈」とも
いいます。「方丈」とは住職の居室のことで、転じて、その居室にいる人という意味で、
住職を方丈とも呼びます)が、その寺院に晋む(=進む)ことです。
禅宗寺院は多く山間部にあって山号(=○○山)を持ち、そして、寺院を山ともいうため、
「山に晋む式」と書いて「晋山式」としています。
簡単にいえば、住職交代式ということです。
元々は、「乗り込み晋山」といって、外部から招聘されて、その日当日に初めて各寺院に
入ることをいいましたが、最近では、大概、副住職や徒弟として、その寺院に住んでいな
がら準備を進めて、その山内で内移りをする略法を採っています。
2、晋山開堂
各寺院は、当該地域社会の平和と発展を祈るための活動がなされます。そのため、
新命方丈は、晋山と同時に本堂を広く開放し、皆様方の信仰、修養の道場とする旨を宣言
し、実際に、本堂(法堂)中央にある須弥壇上に登り、まず祈りを捧げる言葉や、報恩の
言葉を、香を焚きながらお唱えし(これを香語といいます)、その式に参加している大勢
の僧侶達と大問答を展開して、寺院開山以来の厳しい修行の型を示すものです。

晋山式 | 曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ
http://www.sotozen-net.or.jp/ceremony/special/shinsanshiki

■曹洞宗とは
曹洞宗は、禅の教えをよりどころに生きることを目指す坐禅をその教えの根本とし、
只管打坐(しかんたざ)すなわち「ただひたすらに坐る」ことがその基本的姿勢です。
お釈迦さまをご本尊としてあおぎ、大本山永平寺をお開きになられた道元さまと
大本山總持寺をお開きになられた瑩山さまを両祖として敬い、この「一仏両祖」の教えに
照らされた信心の日常をつとめ、やすらかなる心で生きることを目指すのです。
宗名
 曹洞宗(そうとうしゅう)※「そうどうしゅう」と読む人がいますが、間違いです。
両大本山
 ・永平寺(えいへいじ) 福井県吉田郡永平寺町志比
 ・總持寺(そうじじ)  神奈川県横浜市鶴見区鶴見
ご本尊
 釈迦牟尼佛(しゃかむにぶつ) お釈迦さまのことです。

曹洞宗とは|曹洞宗について|曹洞宗近畿管区教化センター
http://www.soto-kinki.net/about/

■寺ナビ〈寺院検索〉(地域寺院リスト)兵庫県 丹波市 (52ヶ寺)

寺ナビ(地域寺院リスト)|寺ナビ〈寺院検索〉|曹洞宗近畿管区教化センター
http://www.soto-kinki.net/teranavi/area_list.php?id=28223

■お墓参りの時期
お墓参りには決まった時期があるわけではなく、いつ行っても構わないのですが、
主なお墓参りの時期には以下のようなものがあります。

お墓参りをする主な時期(仏教の場合)
 ◆命日のお墓参り 故人が亡くなった日を命日と言います。
一周忌以降は、亡くなった日と同月同日を「祥月命日(しょうつきめいにち)」と呼び、
毎月の同日を「月命日(つきめいにち)」と言います。
 ◆お盆のお墓参り
現在のお盆では、死者が年に一度帰って来るという信仰に基づいた儀式が各地に残って
います。「精霊流し」を行なう地域や「灯篭流し」を行なう地域もあります。
お盆の時期は地方によって異なりますが、7月または8月の13日から4日間に僧侶を呼び
初盆・新盆の法要をするほか、お墓参りが行なわれます。
その他に迎え火、送り火を炊く風習があります。 
 ◆お彼岸のお墓参り
(春のお彼岸=春分の日を中日とし前後3日を合わせた7日間)
(秋のお彼岸=秋分の日を中日とし前後3日を合わせた7日間)
仏教では生死の境目にある海(または河)の向こう岸を「彼岸(ひがん)」と呼び、
春と秋のお彼岸の頃に彼岸会(ひがんえ)という法要をしたり、墓参りをしたりします。

お墓参り》花・お盆・初盆/服装/作法仕方/時期時間/意味/お彼岸/春分/年末
http://www.jp-guide.net/manner/ha/hakamairi.html

■卯月の墓参り
卯月八日(うづきようか)とは、旧暦4月8日(現5月8日)に行われた各種の民間の行事のこと。
 ▼ 5月 7日 花祭り 19:30-- / 翌日 8日 8:00-- (達身寺行事より)
花祭り(はなまつり) 釈迦の誕生日を祝う祭り、灌仏会(かんぶつえ)の別名。
西日本では卯月年忌と称される先祖の墓参り、先祖の為の施餓鬼などが行われた。
卯月八日 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%AF%E6%9C%88%E5%85%AB%E6%97%A5
地域や人によっては「春のお彼岸」に行けないので卯月に墓参りをするらしい。
花折始め(花祭の日に---山からとった花々を、家の庭先などに立てたりする風習)

■年末年始の墓参り
正月は、彼岸や盆と異なり、仏教上では供養をする時期と特に定められてはいません。
しかし、檀家としてお寺との付き合いの深い家や地方の場合は、お寺への年始の挨拶と
ともに先祖のお墓参りもごく当たり前に行われています。
意外に多いお正月の墓参り。昔も今も先祖への想いは変わらず|---
http://www.ohnoya.co.jp/company/news/2002/000304.shtml
地域や家族によっては、年末にお墓の掃除をして、お花を供えて新年を迎えるところも
あります。
お墓参りのタイミングに決まりはありませんが、年末には一年が無事に終わることへの
感謝、年始には新しい年の挨拶ができるといいですね。
お正月にお墓参りしてもいいの? | 葬儀と葬儀後の疑問解決サイト---
http://en-park.net/books/7922

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仏像 とは(仏像入門)

2014-08-24 16:02:05 | 雑学

---独断と偏見の編集:酒友 ---

■ぶつぞう発見
平山郁夫シルクロード美術館 | 八ヶ岳高原 http://www.silkroad-museum.jp/
での、ジュニア版鑑賞ガイドシートの一部を紹介します。

 

 

 

■仏像とはなにか?
もともとは仏教を始めた釈迦の姿のことです。
 今から約2500百年前,釈迦はさまざまな修行ののち,悟りを開いてブッダ(Buddha)に
なりました。ブッダとは「悟りを開いた人」という意味です。
菩薩とは?
 しかし,仏像が作られるとほとんど同時に,釈迦が悟りを得る前(出家<家を出て修行
すること>する前)の姿もたくさん作られたのです。悟りを得るために修行している人を
「菩薩(ぼさつ)」といいます。
仏像の基礎知識 1
http://www.evam.ne.jp/evam/evam/faq/basic/icon/butuzo01.html

■仏像の起源
釈迦は実在した人物であるから、釈迦如来像は人間の姿をしているのは分かるが、
阿弥陀如来像や大日如来像など仏像はどうして人間の姿をしているのか。
 釈迦は出家して剃髪していたはずなのに、なぜ、釈迦如来像は有髪でしかもパンチ
パーマなのか。 その他、なぜ、頭が二重になっているのか、どうして耳が大きいのか。
これらの疑問をガンダーラ(パキスタン北部)、マトゥラー(インド北部)にて仏像が
誕生した経緯を通じて解説する。
仏像の起源
http://daishinji.net/essay/origin_buddha_image.shtml

■【永久保存版!やさしい仏像入門・基本知識】
《仏像は4種類ある!》
仏像は大きく分けて以下の4種類。これはもう仏像鑑賞の基本中の基本なので、---
・如来(にょらい)
悟りを得た者。ブッダともいう。服は布きれ1枚。手塚マンガの影響でブッダ=釈迦と
考えている人が多い。確かに釈迦はブッダだが、あくまでも大勢いるブッダの中の一人で
あり、釈迦だけがブッダではない。
・菩薩(ぼさつ)
ただいま修行中!出家前の王子時代の釈迦がモデルなので、胸飾りやブレスレットを身に
付けている。他者を救う“行”をしているので、すぐ助けに行けるよう基本的に立ち姿で
表され、瞑想には入らない。坐ったり瞑想していては素早く動けないからだ。
・明王(みょうおう)
修行する者を煩悩から守る仏。真言宗だけに登場する。
・天部(てんぶ)
魔物から仏界&仏法を守るガードマン。元ヒンズー教の神々。

仏たちの上下関係はこんな感じ→
如来(悟り済)>菩薩(修行中)>明王(民衆を守る)>天部(仏界を守る)

《如来&菩薩について》
如来は4種類に大別できる。菩薩の種類は数え切れない。一体の如来像と2体の菩薩像が
トリオになって“三尊”と呼ばれる。
●釈迦如来~悟りを開かせてくれる。
●阿弥陀如来~極楽へ往生させてくれる。
●薬師如来~左手に薬壺(やっこ)を持っており、身体と心の病気を癒してくれる。
●大日如来~密教(真言宗)にのみ登場する特殊な如来で最高仏。
●弥勒(みろく)菩薩…釈迦の次に如来になることが約束されている人物

《さらに覚えておきたい4つのポイント》
●日本美術史上最高の彫刻家、運慶
ちょうど源平の合戦の時代、つまり貴族社会から武家社会へ移行する激動の時代を生きた。
運慶の仏像が、単に格調高いだけでなく、非常にワイルドなのは乱世を反映したゆえだ。

仏像入門ガイド
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/butuzou3.htm
傑作仏像写真館
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/butuzou2.htm

■日本美術史上最高の彫刻家、運慶と丹波講師快慶との関係
快慶は生没年とも不明であるが、寿永二年(1183)に運慶が自ら発願し写経をした法華経
(運慶願経)の結縁者(けちえんしゃ)の一人として快慶の名が見える。また、運慶が没
した貞応二年(1223)十二月に醍醐寺閻魔堂(えんまどう)の諸像の制作に従事している
ことから、ほぼ運慶と同年代に活躍した仏師で、運慶の父康慶の弟子と考えられている。
 快慶は多くの仏像に署名を残しており、日本彫刻史を通じて最も遺品にめぐまれた仏師
の一人である。
 初めは、丹波講師、次は越後法橋と号したが、のち東大寺の復興事業に活躍した南無阿
弥陀仏俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん)に帰依し、自ら安阿弥陀仏(あんなみ
だつ)と称した。「巧匠安阿弥陀仏」(「安」は梵字)また晩年には、「功匠法眼快慶」
と署名した遺品が多い。
同じ慶派の中にあって、運慶が活動的にして剛毅な表現を得意としたのに対して、快慶は
その初期の醍醐寺三宝院の弥勒像以来、一貫して静止的な優美で温和なものを重視した典
型的な形式を創始し、運慶とはまた違った鎌倉新様式を作り出し後世まで大きな影響を及
ぼした。
 東寺の文献たる長谷寺再興縁起に「仏師法眼快慶安阿弥陀仏と号す、当世殆ど肩を並ぶ
もの無き人なり」云々と記されているのは決して過言ではない

快慶
http://kanagawabunnkaken.web.fc2.com/index.files/kihon/bushi/kaikei1.html

■毘沙門天(勝負事の神様)(びしゃもんてん)
七福神のひとり、勝負事の神様、毘沙門天です。
左手に宝塔、右手に三叉戟(先が三つになった槍)を持つ姿が一般的です。 

・毘沙門天(武道成就・降魔厄除・家内安全・夫婦和合)の神様
毘沙門天は、仏教四天王の一仏で多聞天とも言われ、日本では毘沙門天と呼ばれ、
智恵と勇気の守り神。
もとは古代インドの神話の神であり、インドの財宝福徳を司り、ヒマラヤの北方の山中に
住んでインドの北を守る善神とされています。
毘沙門天は七福神の中でただ一人、甲冑に身を包んで厳しい顔をし、右手に槍、左手に
宝塔を持っています。戦いの神で、悪霊を退散させ財宝をさずけるといわれ、鎮護国家の
神と信仰され福を与える神様です。
毘沙門天を信仰すると十種の福を得るとされ、その中には無尽の福・長命の福・勝軍の
福・愛敬の福などがあります。
仏教に取り入れられてからは、善根を積む人々に福を授け、仏法を守護する四天王の一人
として北方防備の任を担い、四天王中、最強の力を誇るとされました。 

七福神の家(恵比須・大黒天・弁才天・毘沙門天・布袋尊・寿老人・福禄寿)
http://7fukujin.macanow.com/
毘沙門天ご利益(武道成就・降魔厄除・家内安全・夫婦和合の神様)七福神
http://7fukujin.macanow.com/bisyamonten.html
 

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達身寺行事

2014-08-19 00:00:00 | 行事日程

---独断と偏見の編集:酒友 ---

■達身寺行事
▼ 1月 3日 毘沙門祭り  5:00--- 受付6:00--14:00--(以後、本堂にて) 福火,甘酒
毘沙門天(びしゃもんてん)とは、仏教における天部の仏神で、
持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神である。
庶民における毘沙門信仰の発祥は平安時代の鞍馬寺である。
鞍馬は古くから市が栄え、自然と鞍馬寺の毘沙門天の本来の神格である財福の神という
面が強まり、また9世紀頃からは無病息災の神という一面が加わる。
福の神としての毘沙門天は中世を通じて恵比寿・大黒にならぶ人気を誇るようになる。
室町時代末期には日本独自の信仰として七福神の一尊とされ、
江戸時代以降は特に勝負事に利益ありとして崇められる。

兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)と呼ばれる特殊な像容がある。
金鎖甲という鎖を編んで作った鎧を着し、腕には海老籠手と呼ぶ防具を着け筒状の宝冠を
被る。持物は左手に宝塔、右手に宝棒または戟で、見るからに異国風の像である。
「兜跋」とは西域兜跋国、即ち現在のトゥルファンとする説が一般的で、ここに
毘沙門天がこの姿で現れたという伝説に基づく。---Wikipedia

  
達身寺 - Mobilopplastninger | Facebook
https://nb-no.facebook.com/tasshinnji/photos/a.224126954410466.1073741845.193618644127964/259504657539362/?type=1

▼ 3月15日 涅槃会 17:00--/19:30--
涅槃会(ねはんえ)は、涅槃講や涅槃忌とも称し、陰暦2月15日、釈迦の入滅の日に、
日本や中国などで勤修される、釈迦の遺徳追慕と報恩のための法要である。
涅槃とは、ニルヴァーナの訳語であり、迷妄のなくなった心の境地を指す言葉であったが、
この場合には、釈迦が亡くなったという意味で用いられている。---Wikipedia

------写真予定------

▼ 4月20日 大般若会 10:30--
大般若会(だいはんにゃえ)
『摩訶般若波羅蜜多経(大般若経)』の経文を読む(=転読)ことにより、その功徳を
もって、世界の平和や参列者の平安などをご祈祷申し上げる法会のこと。
修正会とも呼ばれたが、現行『行持軌範』では「転読大般若」という名前で立項している。

『大般若経』は、『摩訶般若波羅蜜多経』が本来の名前で、『西遊記』にも出てくること
で有名な三蔵法師玄奘(602~664)が、最晩年になってから4年余りの年月をかけて配下
の訳経僧たちとともに翻訳した、あらゆる仏典の中で最大規模を誇る経典。
字数は約500万字、全部で600巻となる。内容は、大乗仏教の空思想にもとづいた仏陀の
説法を記録したものであり、同経中、全部で十六会において釈尊が説かれている。
大般若会 - つらつら日暮らしWiki〈曹洞宗関連用語集〉
http://seesaawiki.jp/w/turatura/d/%C2%E7%C8%CC%BC%E3%B2%F1

『大般若波羅蜜多経』(だいはんにゃはらみったきょう)とは、唐代の玄奘三蔵が
大乗仏教の基礎的教義が書かれている長短様々な「般若経典」を集大成した経典。
通称は『大般若経』(だいはんにゃきょう)で、『般若経』と略称することもある。
全16部(会)600巻に及ぶ膨大な経典群である。---Wikipedia

▼ 5月 7日 花祭り 19:30-- / 翌日 8日 5:00受付--(12:00)
花祭り(はなまつり) 釈迦の誕生日を祝う祭り、灌仏会(かんぶつえ)の別名。
日本では、様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作って、その中に灌仏桶を置き、
甘茶を満たす。誕生仏の像をその中央に安置し、柄杓で像に甘茶をかけて祝う。
甘茶をかけるのは、釈迦の誕生時、産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を
注いだとの伝説に由来する。
俗に言う「花まつり」の名称は、明治時代にグレゴリオ暦が導入され、灌仏会の日付の
読み替えが行われた後の4月8日が、関東地方以西で桜が満開になる頃である事から、
浄土真宗の僧・安藤嶺丸が提唱した。それ以来、宗派を問わず灌仏会の代名詞として
用いられている。---Wikipedia

  
花御堂(はなみどう)
花まつり - 丹波かたくり・達身寺・コスモス
http://blog.goo.ne.jp/kiyozumi-tashinji/e/6d1e5cabaf817dab52864975a3007b06
達身寺 - 今日は、花まつりです。沢山の花がお祝いをしています。
https://www.facebook.com/tasshinnji/posts/306400482849779

▼ 8月 9日 お千日さん 19:30--
千日まいり、この日にお参りすると千日分のご利益を観音様より授かるといわれる。
千日まいり(葛井寺)この日に参拝すれば4万6千日お参りしたのと同じご利益があると。
一般に千日まいりとは、千日の間続けて神社・仏閣に参詣祈願することをいうが、
特定の日に参詣すれば千日お参りした功徳があるという千日まいりもある。
四天王寺の千日まいりも観音菩薩の功徳日として8月9日と10日の両日おまいりすれば
千日の功徳にあずかるというものである。

▼ 8月12日,13日 棚経 7:00--
寺から各檀家へ、盆のお参りに行く事を「棚経(たなぎょう)」と言います。
棚経と言うのは、昔は、
家の門先/玄関先に棚を作り、その上に「コモとか筵」を敷いて、仏壇から位牌を出し、
全部移し精霊棚を仏壇とは別に設え、そこにいろいろなお供え物をして、ご先祖をお祀り
して、置いていたのです。家に上ることなく門先/玄関先で、寺がお経を唱えて、次々に
門先から門先に「略施餓鬼」(盆特有のお経)をして廻ったことから、出来た言葉です。
現在ではそのようなお祀りの仕方は、不可能ですので、仏壇に直接飾りし、仏壇の前で、
盆のお経を唱えます。---阿字池の睡蓮 

▽盆とは(参孝)
一般的に「お盆とは、年に一度祖先の霊が私たちのもとに帰ってくる期間」とされる。
 8月13日 「迎え火(午前)」・お墓参り 「迎え火(夕方)」
 8月16日 「送り火」 例)京都の大文字焼き(京都五山の送り火、午後8時頃点火)

▼ 8月18日 施食会(せじきえ)(施餓鬼(せがき)) 14:30--15:00--
施餓鬼(せがき)とは、仏教における法会の名称である。または、施餓鬼会(せがきえ)
日本におけるお盆の場合、お精霊さまと呼ばれる各家の祖霊が、一年に一度、家の仏壇に
還ってくるものとして、盆の期間中、盆供として毎日供物を供える。それと同時に、
無縁仏となり、成仏できずに俗世をさまよう餓鬼にも施餓鬼棚、餓鬼棚や精霊馬を
設ける風習がある。
曹洞宗においては、俗に盂蘭盆会施餓鬼と言っているが、施す者と施される者の間に
尊卑貴賤の差があると、厳に戒むべきものだとして、「施餓鬼会」を「施食会」
(せじきえ)と改めて呼称している。---Wikipedia

 

▼ 8月23日変動(直近の土曜日) 二十三夜さん 18:00--
二十三夜(にじゅうさんや) 
旧暦23日の夜,すなわち二十三夜に飲食をともにしながら月の出を待つことをいう。
三夜様とも三夜供養ともいい,月待行事のなかでも最も盛んに行われた。--- Kotobank

月待行事とは、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、
「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月を拝み、悪霊を
追い払うという宗教行事である。
文献史料からは室町時代から確認され、江戸時代の文化・文政のころ全国的に流行した。
特に普及したのが二十三夜に集まる二十三夜行事で、二十三夜講に集まった人々の建てた
二十三夜塔は全国の路傍などに広くみられる。---Wikipedia

二十三夜供養塔
特定の月齢の夜に集まって忌みごもりをして日の出を拝むという、日待ち、月待ちと
いう行事がありました。月ということからか、女性のみの講が多かったということです。
月齢23日の月の出は、日没と夜明けまでの丁度中間になりますから、深夜過ぎまで
月を待っていたことになります。
二十三夜供養塔
http://homepage2.nifty.com/shonanwind/data/23ya.html

▼11月初め~11月下旬 丹波もみじめぐり
  

▼12月 8日 成道会 19:30--
成道会(じょうどうえ)とは、釈迦の降魔成道(悟りを開いた事)を記念して行われる
法要(行事)のことである。
日本では、釈迦は臘月(旧暦12月)の8日に降魔成道したと伝承されているので、
成道会を臘八会(ろうはちえ)とも称し、この日に法要が行われる。---Wikipedia

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達身寺の蓮

2014-08-07 08:48:00 | 達身寺
もう終わりに近づいて来たと思っていたら、また咲き始めました。
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