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節分について

2014年02月03日 22時27分17秒 | 伝承・伝説



節分(せつぶん/せちぶん)は、雑節の一つで、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことをいいます。

節分とは「季節を分ける」ことをも意味しております。

江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。
この場合、節切月日の大晦日にあたります。
本項目では、立春の前日の節分、およびその日に行われる伝統的な行事について述べることに致します。

大寒の最後の日であるため、寒さはこの日がピークです。

一般的には「福は内、鬼は外」と声を出しながら福豆(炒り大豆)を撒いて、
年齢の数だけ(もしくは1つ多く)豆を食べる厄除けを行います。

また、邪気除けの柊鰯などを飾ります。
これらは、地方や神社などによって異なります。

概要
季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、
それを追い払うための悪霊ばらい行事が執り行われております。

節分の行事は宮中での年中行事であり、
延喜式』
彩色した土で作成した牛と童子の人形を大内裏の各門に飾られておりました。
「土牛童子」ともいわれ、大寒の日の前夜の夜半に立てられ、
立春の日の前夜の夜半に撤去されました。
『延喜式』によれば、土偶(土人形の意)も土牛も、各門での大きさは同じで、
土偶は高さ2尺で、方1尺5寸・厚さ2寸の板に立てる。
土牛は高さ2尺・長さ3尺で、長さ3尺5寸・広さ1尺5寸・厚さ2寸の板に立てる。

陽明門および待賢門には、青色のものを、
美福門および朱雀門には、赤色のものを、
郁芳門、皇嘉門、殷富門および達智門には、黄色のものを、
藻壁門および談天門には、白色のものを、
安嘉門および偉鑒門には、黒色のものを、立てる。

『公事根源』
十二月には、
「青色は春の色ひんかしにたつ赤色は夏のいろ南にたつ白色は秋のいろ西にたつ黒色は冬の色北にたつ四方の門にまた黄色の土牛をたてくはふるは中央土のいろなり木火金水は土ははなれぬ理有」とあります。
これは、平安時代頃から行われている「追儺」から生まれました。

『続日本紀』
慶雲三年十二月の条によると706年にこの追儀が始まり
(「是年天下諸国疫疾百姓多死始作土牛大儺」とある)、
室町時代に使用されていた「桃の枝」への信仰にかわって、
炒った豆で鬼を追い払う行事となって行ったとあります。

『臥雲日件録(瑞渓周鳳)』
1447年に「鬼外福内」を唱えたと記されております。
近代、上記の宮中行事が庶民に採り入れられたころから、
節分当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したもの(柊鰯)を
戸口に立てておいたり、寺社で豆撒きをしたりするようになりました。

日付
節分の日付は現在は毎年2月3日ですが、これは1985年から2024年ごろまでに限ったことであり、常にそうではありません。
1984年までは、4年に1度の閏年に2月4日でした。
2025年から(2021年からになる可能性あり)は閏年の翌年に2月2日になります。
グレゴリオ暦での最初の節分となった1873年から22世紀初頭までの具体的な日付は表のようになります(重複している年はどちらの欄を使っても正しい日付が出る)。

節分の日付は数十年のスケールで徐々に前倒しになってきますが、4で割り切れても閏年とならない1900年、2100年、2200年……の翌年に1日遅れて帳消しとなります。

節分は立春の前日であり、立春は太陽黄経が315度となる日です。
このように、間接的に天体の運行に基づいているので、日付は年によって異なり、
また未来の日付は軌道計算に基づく予測しかできない。
なお厳密には、基準とする標準時によっても節分の日付は異なるが、
日本以外では節分を祝う風習がないので、
旧正月のように国による日付の違いが話題となることは少ないです。

豆まき
・邪気を追い払う為に、節分には古くから豆撒きの行事が執り行われております。
・宇多天皇の時代に、鞍馬山の鬼が出て来て都を荒らすのを、祈祷をし鬼の穴を封じて、
三石三升の炒り豆(大豆)で鬼の目を打ちつぶし、災厄を逃れたという故事伝説が始まりと言われております。
・豆は、「穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている」という信仰、または語呂合わせで「魔目(豆・まめ)」を鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがあります。

・豆を撒き、撒かれた豆を自分の年齢(数え年)の数だけ食べます。
・また、自分の年の数の1つ多く食べると、体が丈夫になり、風邪をひかないという習わしがあるところもあります。
・初期においては豆は後方に撒くこともあったと言われております。

豆撒きの仕方
・豆を撒く際には掛け声をかけます。
1447年の「臥雲日件録」には「散熬豆因唱鬼外福内」とあるように、
掛け声は通常「鬼は外、福は内」です。

しかし、地域や神社によってバリエーションがあります。

・鬼を祭神または神の使いとしている神社、また方避けの寺社では「鬼は外」ではなく「鬼も内(鬼は内)」としております。

・新宗教の大本は鬼神を「艮の金神(国常立尊)」と解釈してやりますので、同じく「鬼は内」とします。

・家庭内での豆まきに於いても、「鬼」の付く姓(比較的少数だが「鬼塚」、「鬼頭」など)の家庭もしくは鬼が付く地名の地域では「鬼は内」の掛け声が多いといいます。
大名九鬼家の領地でも、藩主に敬意を表して「鬼は内」としております。

・使用する豆は、お祓いを行った炒った大豆(炒り豆)です。
・豆を神棚に供えてから撒く地方もあります。
・炒り豆を使用するのは、節分は旧年の厄災を負って払い捨てられるものである為、
撒いた豆から芽が出ては不都合であったためであるといわれております。
・北海道・東北・北陸・南九州の家庭では 落花生を撒く場合もあるが、
これは「落花生は大豆より拾い易く地面に落ちても実が汚れない」という合理性から
独自の豆撒きとなりました。

※かつては、豆のほかに、米、麦、かちぐり、炭なども使用されたといわれております。
豆撒きとなったのは、五穀の中でも収穫量も多く、鬼を追い払うときにぶつかって立てる音や粒の大きさが適当だったからとする説もあるが定かではありません。

近代の傾向
・節分の時期になりますと、多くのスーパーマーケットでは節分にちなんだコーナーが設けられ、その中で福豆(ふくまめ)として売られております。
厚紙に印刷された鬼の面が豆のおまけについている事があり、
父親などがそれをかぶって鬼の役を演じて豆撒きを盛り上げる。
しかし、元来は家長たる父親あるいは年男が豆を撒き鬼を追い払うものでありました。
豆のおまけとしてお多福の面がついてくることもあります。

・小学校では5年生が年男・年女にあたる。
そのため、5年生が中心となって豆まきの行事を行っているところも多い。
神社仏閣と幼稚園・保育園が連携している所では園児が巫女や稚児として出る所もあります。
相撲力士を招いて(醜・しこ・四股を踏む事により、凶悪な鬼を踏みつけ鎮める悪魔祓いをする)豆撒きをする社寺もあります。

節分お化け
お化けと呼ばれる事もあります。

一説では、当初は子供の様な格好をしたことから「お坊髪」と呼ばれ、
それが「お化け」になったともされております。

厄払いの為に、節分の日に普段と違う服装で社寺参拝を行われ、いつもと違う扮装をすれば、魔を追い払うことが出来る、と信じられたことから始まったものです。

東京の浅草、京都の花街、大阪の北新地などでは、芸者(舞妓、芸妓)やホステスが、節分の前後に通常の芸妓衣装ではない、様々な扮装を致します。

恵方巻き
大阪を中心とした恵方巻に関しては、当該記事を参照の事。

日本の節分祭・節分会

神社では節分祭、寺院では節分会(せつぶんえ)といいます。

神社
五條天神社(東京都台東区)- うけらの神事。大儺の儀式が催行される
浜松八幡宮[6](浜松市) - 2日の夕刻に追儺式を行い、3日には豆まきを行う
稲荷鬼王神社(東京都新宿区) - 「福は内、鬼は内」
鬼鎮神社(埼玉県嵐山町) - 「福は内、鬼は内、悪魔は外」
三峯神社(埼玉県秩父市) - ごもっとも神事
箱根神社(神奈川県箱根町) - 厚化粧の少女の巫女たちが水上スキーの鬼に豆を撒く
吉田神社(京都市左京区) - 室町時代より続く伝統行事であり、古式に則った追儺式が行われます。
八坂神社(京都市東山区) - 舞妓の豆撒き
大原神社(京都府福知山市三和町) - 「鬼は内、福は外」
日吉大社(滋賀県大津市) - 破魔矢を射る「放射の儀」
長田神社(神戸市長田区) - 七匹の鬼が、松明で種々の災を焼き尽くし太刀で不吉を切り捨て、踊ります。
吉備津神社(岡山県岡山市) - 豆まきのあと焚き火を囲んでほら吹き大会-ほら吹き神事
防府天満宮(山口県防府市) - 神くじにより御神幸祭の神牛役を定めるという牛替神事
須佐神社(島根県出雲市) - 蘇民将来の説話にちなんで茅の輪くぐりや神楽の奉納があります。

寺院
浅草寺(東京都台東区) - 浅草観音の前には鬼はいないとされるため「福は内」のみ、浅草に縁のある落語家・演歌歌手などが参加します。
池上本門寺(東京都大田区) - 境内に鬼子母神を祀るので「福は内」のみ、力道山の墓所があるため格闘技関係者(プロレスラー・プロボクサー)などが出仕します。
中尊寺(岩手県平泉町) - 相撲力士を迎え、厄男厄女による厄払い招福を祈ります。
龍光寺(群馬県富岡市) - 園児が厚化粧、裃を着て登場(稚児行列)
總願寺(埼玉県加須市) - 大たいまつの赤鬼、力士、稚児行列
成田山新勝寺(千葉県成田市) - 不動明王の前には鬼はいないとされるため「福は内」のみ。
報恩寺(千葉県長南町) - 「福は内、鬼も内、鬼の目玉ぶっ飛ばせ!!」
最乗寺(神奈川県南足柄市) - 舞妓の豆撒き
成田山福井別院(福井県坂井市) - 舞妓の豆撒き
大須観音(名古屋市中区) - 鬼の面を寺宝としているため「福は内」のみ
廬山寺(京都市上京区) - 三色の鬼が舞い踊る
金峯山寺(奈良県吉野町) - 「福は内、鬼も内」

その他
鬼恋節分祭(群馬県藤岡市) - 「福は内、鬼は内」! 鬼呼び豆まき。合併で消滅した鬼石町の名にちなむ。
鬼岩福鬼まつり(岐阜県御嵩町) - 「鬼は内」

参考文献
丸山照雄 『現代人の宗教3 金光と大本 教典その心と読み方』 御茶の水書房、1986年7月。ISBN 4-275-00686-0。
“「節分」”. ことばの宝船. NHK アナウンスルーム (2013年1月29日). 2013年1月30日閲覧。

節分の由来
 2月3日は「節分(せつぶん)」
節分とは本来、「季節を分ける」つまり季節が移り変わる節日を指し、
立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日に、
1年に4回あったものでした。
ところが、日本では立春は1年のはじまりとして、
とくに尊ばれたため、次第に節分といえば春の節分のみを指すようになっていった。

立春を1年のはじまりである新年と考えれば、節分は大晦日(おおみそか)にあたります。
平安時代の宮中では、大晦日に陰陽師らによって旧年の厄や災難を祓い清める「追儺(ついな)」の行事が行われていました。
室町時代以降は豆をまいて悪鬼を追い出す行事へと発展し、民間にも定着していきました。

京都ではこの時期、表鬼門にあたる「吉田神社」と裏鬼門にあたる「壬生寺(みぶでら)」の節分祭がことに有名で、厄除節分会の期間中は大勢の人でごったがえします。

豆まきの由来  
節分には豆をまきますが、これは中国の習俗が伝わったものとされています。
豆は「魔滅(まめ)」に通じ、無病息災を祈る意味があります。
昔、京都の鞍馬に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけたところ、鬼を退治できたという話が残っており、「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ)」に通じるということです。

豆まきは一般的に、一家の主人あるいは「年男」(その年の干支生まれの人)が豆をまくものとされていますが、家庭によっては家族全員で、というところも多いようです。家族は自分の数え年の数だけ豆を食べると病気にならず健康でいられると言われています。

 ただ、豆まきに使う豆は炒った豆でなくてはなりません。なぜなら、生の豆を使うと拾い忘れた豆から芽が出てしまうと縁起が悪いからです。「炒る」は「射る」にも通じ、また、鬼や大豆は陰陽五行説(「木」「火」「土」「金」「水」の五行)の「金」にあたり、この「金」の作用を滅するといわれる「火」で大豆を炒ることで、鬼を封じ込めるという意味があります。そして最後は、豆を人間が食べてしまうことにより、鬼を退治した、ということになるわけです。

鬼門と鬼のパンツの由来
 鬼がトラのパンツをはくわけは、「鬼門」に由来するそうです。
「鬼門」は鬼の出入りする方角で「北東」とされ、
この方角は十二支にあてはめると「丑」「寅」の方角(うしとら)にあたります。
そのため、古来鬼は「牛(丑)」の角(つの)をもった姿で、「虎(寅)」のパンツを身に付けているとされているそうですよ。       

節分の和菓子
 節分にちなんだ和菓子もたくさんあります。
例えば、おめでたい吉祥豆や福豆などです。
また節分の茶会などには、節分の上生菓子や干菓子なども出ています。

 これらの和菓子は茶道だけでなく、コーヒーや紅茶に合わせてもオシャレです。

日本の歳時記を普段の生活の中に、取り入れてみるのも楽しいです。

節分の行事の目的
もともとは中国から伝えられた習俗です。
春を迎えるにあたって邪気や災難を払い、新しい年の福善を願うものです。
春を呼ぶ行事でもあります。

豆まき
豆まきでは年男(その年のえとの生まれの男性)または一家の主人が「福は内、鬼は外」といいながら煎った大豆をまき、みんな自分の年の数だけ豆を食べる(または歳の数+1を食べる)と1年病気にならないと言われています。

豆をまくのは何故か
穀物や、果実には「邪気を払う霊力」があると考えられており、豆を蒔くことで豆の霊力により邪気を払い、福を呼び込むと考えたといわれています。

イワシの頭は何故か
「鰯(いわし)の頭も信心」などといわれる鰯の頭を焼いて、ヒイラギの枝に刺し、家の入り口に差す風習があります。これも節分の日。
これは鰯の頭の悪臭で、邪気が家に入るのを防ぐという意味があります。
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ウィキペディア 他より
必要に応じて加筆・訂正致します。
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