たつのこ半畳記 350

書院建立、四季折々の様子を伝えるときどき日記。
平成23年に開創350年を迎えた起雲山大龍寺のブログです。

★映画「四万十」をみて

2018年03月06日 | まなび
3月上旬、新宿で映画「四万十」を見てきました。
きっかけは岩崎順子さんと溝渕雅幸監督のアフタートークがあるからでした。







この映画はドキュメント作品で、
高知県の四万十川の岸辺で診療所を営む小笠原先生を追ったものです。
小笠原先生は診療所での診察とともに在宅医療に取り組み、
避けて通ることが出来ない看取りにも立ち会っている先生です。
いのちのあり方、しまい方を考えさせられる作品でした。
 
 
中でも、自分が誤解していたことは“看取る”ということでした。
「息を引き取るその場、その瞬間に立ち会う」ことだと思っていましたが、
生から死へとシフトしていく人生の最期の一時期を共に歩んでいくこと、
緩やかに穏やかにその時を送る人の伴走者になるということ、
それが“看取る”ということだとハッキリわかりました。

 
 
(映画の内容に触れます。)

先生は、ある患者さんの訪問診療を続けていましたが、
もういよいよ死が近いという時、ご家族に「点滴を外しましょう」と言います。

そして家族は一瞬の間を置いて肯きます。

先生も、本人も、家族も、死の前ではもう誰も無力。
「抗って死を遠ざけるのではなく、どのように受け入れ迎えるか」
「そして、その時は今だよ」と、それを静かに先生は伝えます。

ずっと伴走者であった先生は、理屈は言いません。

背景に浮かぶのは四万十川の滔々とした流れです。
川の流れは遡らないという当たり前の姿も重ねて見えてきます。



 


 
上映後、岩崎さんと監督の掛け合い。
岩崎さんの体験談は前に聴かせていただいていましたが、
映画を見た後だと、新鮮な気持ちで、初めてお聞きするかのように心ゆすぶられました。
看取りは、亡くなりゆく人のためだけにあるのではなく、
命を譲り受けその命と共にこれからも生きていく人のために、
大切な何かが行われるのだと思います。
 

 
現実的には、お寺には亡くなられた後にお知らせがあることがほとんどです。
「そろそろ亡くなりそうです」というようなお知らせがあることは稀です。

以前、法衣で病院に行って嫌な思いをしたこともあって、
そういう連絡があっても「残された時間を大切に」というお返事をしてきました。
というか、そのようなことしか言えなくなっていました。

でも、今回は、僧侶として看取りに関わることの大切さを思い出させられました。

ひと言「私に何かできる事がありますか?お見舞いに伺っても構わないですか?」
と訊ねることから、これから始めていこうと思いつつ、帰路に就きました。




     一緒に映画を見た来馬老師、岩崎さん、溝淵監督と。
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