今日はわたくしなんぞがなんか書いている場合ではないかしらね。こちらの読者は皆さんご存知でしょうけど、今日は是非ね、読んでみて頂きたい。
ぐっちー的な実感としては引用書のこの部分はまさに秀逸
「日本は明確な戦略に沿って動くというよりも、大きな衝撃を外部から受け、それに反応する形で進路が決まっていく国家なのではないか。明治維新後の歴史を見ると、そう思う」
実際企業にお勤めの方は大多数がそう思われているのではないでしょうか。
モルガンスタンレーに勤め始めた80年代後半、それまでいた商社から来た私はある意味衝撃を受ける訳です。がんじがらめの金融行政の中で、「いや、だって大蔵省がそういってますから」、「そういう仕組みですから」、という意見に対しアメリカ人のトップは「君たちがそういっている限り何事もかわらない。こちらから変えてやるという意識を持たなくてどうするのだ」。という訳です。
それまでの商社では役所の方針がまずあって、逆に言えば如何に役所の意図を汲んでスムースに仕事を運ぶか、という事が仕事のほとんどで、それができる奴が仕事の出来る奴だった。これは社内と言い換えてもいい訳ですが、まして役所と無用な摩擦を起こす奴はいらない、ということで、一方モルガンではそれはマッタク通用しなかった。大蔵省をどうやって変えるのかを考えろ、という訳です。(これをガイアツと呼ぶのならまあ、そうなんでしょうね)
もう一つ思い出すのは、当時社内で使っていた債券システムは外債用にできていて、当時はじめた円債にはまったく対応していなかったのですね。日本人はここで工夫をして、個人個人でそれこそ「カイゼン」にかかり、独自でJGBに対応するシステムをくみ上げる訳です。
しかし、やはりニューヨークから「君たちは何をやっているのか」、と咎められた。こちらは好意でやっている訳だし、外注すれば何千マンもかかるのもわかっていて、節約になるし何が悪いのか、ということになりますね。 しかし、彼らの意見は違っていたのです。
「君たち、日本人が東京ではこれが必要だと会社に認識させ続けなければいつまでたっても前に進まないし、東京が本当に必要なものは手に入らないではないか」。と来る訳です。日本の市場でJGBをやる限りにおいては今のシステムがマッタク役に立たないと、君たち日本人が発言しなければ会社の誰も認識できないではないか・・・・
いや、ごせつごもっともです。
そう思った人間が自分の意思でスタンダップしなければ長い目で見ると会社(組織)に対して損失を与えるという考え方ですね。よくも悪くも自分自身で何かを考えて変えていく経験がどうも日本人には乏しいのですよ。学校でそういう教育をしていないせいもありますがね。
かんべえ先生はそれはそれで日本人の特性だと捉えておっしゃいます。そういう意味では、日本人は組織の中では永久にリーダーシップはとれないかもしれないが、誰かをサポートする側に回ると日本或いは日本人ほど上手く働く奴はいない、と言い換えてもいいかもしれませんね。
前にも書いた「アメリカ人の上司+日本人の部下」が結構いい組み合わせなんだよ、という事がまさしく当てはまる訳です。メジャーの監督が日本でいい仕事をしているのもこのあたりに繋がる訳でして、まあ、なんか情けない気もしますが、そういう役割もありかしら、とも私は思います。
実際あるアラブの有力投資家でアメリカ人は(クリスチャンだから)嫌いだし、直接交渉もしたくないが、日本人ならいいか、ということで我々をネゴシエイターに指名してくるケースが結構あります。
「なんで日本人が間にはさまるんだ??」 とアメリカ人の友人は苦笑いをする訳ですが、「君たち過激なキリスト教信望者はイスラムでは信用されんのだよ・・・」、といいつつアラブとアメリカの間を取り持ってお金になったりする訳ですから、こういう役回りも実際ありなんでしょう。
イチローは確かに天才ですけど、メジャーで4番を打つわけではない。でもしっかりベストナインには選ばれて、すばらしい選手だと野球ファンに思われている。「日本が世界におけるイチローをめざす」、ってのもそれはそれで悪くない・・・と思います。
最後にもう一つ。
先日あるタイ政府の閣僚の方と話をする機会があってその方も実に面白いことをおっしゃってました。いわく、
「タイは自力でなんとか日本のような工業国をめざしたんだが、どうも上手くいかなかった。どれもこれも中途半端に終わる。要するに製造業というあらゆる工夫の塊のような仕事は恐らく世界中で日本が一番向いている仕事なのではないだろうかと思い至った」
そういう見方もある訳ですね、と感心した次第です。
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メダカの表現はぴったりだと思います。
同じ方向に泳いでてもイワシにはなれないのだと。
松下・ソニーetc、カリスマの陰に大番頭あり。
番頭・手代にむいてる国民性なのかも知れません。
この一文を読み、ホンダやソニーを思い起こしました。
例えばホンダ。宗一郎氏が一人で全部仕切っていたら、まあ数年で潰れていただろうと想像します。
藤沢武夫氏がいらっしゃったからこそ、バランスが取れて発展していったのではないか、と。
ぐっちーさんの書いていらっしゃる「アメリカ人の上司+日本人の部下」を「天才型(または君臨すれども統治せず型)+実務・バランス型」と読み替えると、
他に思いつくのが、、、、、
・昔の三井とか三菱とか
・地方の酒蔵のような商売(今でも続いているであろうと想像)
・小泉元首相+飯島氏
・女王蜂と働き蜂
あたりでした。
仮に、日本人全体が「サポートに回る役回りに向いている」としても、
日本という国にはリーダーが必要なわけで、、、、ああ難しい。
日本の会社だと成り立つ理論。外資には出来ない考え方。
日本の勝ち筋かもしれません。
相手の意志を汲んで、コツコツと改善していく。
宗教観も、主張も無い。
だから、いい。
ってありますね。
とはいえ、かなり前から理系離れが生じているらしいので、これからも製造業で食っていけるかわかりません。昨今、日本人に優秀な技術者の数が確保できないので外国人を雇う企業もあるとか。
食い扶持に困らないくらいに人口が減った方がいいかもしれません。しかし、外貨稼ぐ産業がないその頃にはかなーり円安になって生活水準が下がってしまうかも。
考え方でホッとさせてもらえます。
おふたりがいなければ
私のような普通の主婦では
何もわからず皆の後ろから逸れまいと
必死でついて行っていたと思いますが
今は自分の意思で(チョッとですが・笑)
動けるようになりました。
40年ちょっとしかまだ世の中を見ていないのに
生意気言わせてもらうと
日本って天才(思いつき)はいらなくって
天才の作ったものをみて
同じじゃ通用しないからもっといい物を
作ろうという風なんだなと思ってました。
自分もそうゆうとこがあるし…(笑
はっきり言ってアメリカ人の上司なんて絶対にいやですね。自分の給与や目先の利益しか考えませんから。
40歳半ばです…
さばよんじゃいました(笑
これからはsabakoに名前をかえようかしら
日本人が「お上」に従順なのも先祖からの特性で、例えば平安時代も中期になると、軍隊もなくなり、都以外には警察もなくなってしまい、此処まで行くと何処の国でも王朝交代したと思いますが、日本はそうならず、平安時代は400年続き、現代にも残る日本文化の原型の多くを生み出しました。
しかし現代では、国民が「お上」に従順であることは弊害の方が大きいと思います。
例えば、日本の官僚が机上で考えている農業政策は180度間違っていて、為に農家の疲弊、地域経済の低下(都市の負担増加)、自給率の低下、毒入り食品の増加、等々国家の基盤を揺るがす深刻な問題を引き起こしています。
日本の農業政策の根本的過誤は何れ食糧危機となって具現するでしょうが、その時、国民に餓死の危機が迫って漸く農業政策を「大規模化・産地主義」から「小規模多品種生産」へ切り替えるのでしょう。
そうならない前に、国民が質量共に「食の安全確保」について考え、行動すべきだと思います。
食料危機になれば、小金持ちの財産などアッという間に吹っ飛んでしまいますよ。
溜池通信のこの引用は秀逸と思っていたところ、取り上げられたので小生の感覚もそうずれてはいないなとわが意を強くしています。
ぐっちーさんの最後のタイのくだりに関しては、ご存知と思いますが、東大の藤本先生のご意見が有名です。日本の比較優位は現場の工場発の摺り合わせ型の産業(例自動車製造)にあるというものです。製造業でもモジュラー型(組み合わせ型)は他国に強みがあるというもので、なるほどです。
http://todai.tv/contents/kokai/fujimoto_takahiro/001/lecture.pdf
http://todai.tv/contents/kokai/fujimoto_takahiro/001/index.html
台湾の学者も、同意見です。「台湾の工業化は、日本の1.5番手で行くのが、失敗も少なく成功率も高いと」。