北村タカトシ(旧ブログ)

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仙北市・テンミリオン計画等

2012年04月25日 | 視察報告書等

20日は仙北市へ。テンミリオン計画(観光客一千万人)プロジェクト、定住対策政策について学んできました。
その後は21名の市議団で濱田謹吾少年像建立25周年記念式典へ出席。

仙北市、というか角館、と言ったほうが馴染み深いかもしれません。
大村市と姉妹都市であった角館町、水深日本一の田沢湖がある田沢湖町、西木村が平成17年9月に合併してできた市です。
合併後も角館との関係を引き継ぎ姉妹都市となっています。

人口3万人弱、財政力は0.28(0.62)、実質公債費比率20.4%(10.5%)、自主財源比率21%(50.2%)
( )は大村の数値です。かなり厳しい状況ですね。

新市名「仙北市」はまだ認知度が低いようで、観光協会名も市名は冠さず「田沢湖・角館観光連盟」としています。
現実的な方策かも。

さて何故角館が姉妹都市なのか?そのきっかけとなった濱田少年とは?

時は1868年、戊辰戦争に遡ります。結構知らない方も多いようですが角館に行って「大村から来ました」というと歓待を受けますよ。

「双葉より手くれ水くれ待つ花は君が為にぞ咲けやこの時」

角館には大村人として誇らしく思える歴史が息づいています。


さて行政視察報告、まずはテンミリオン計画プロジェクト。

仙北は観光のまち、武家屋敷や桜並木の角館、水深日本一田沢湖、田園と森林、農業の西木村、が主な観光コンテンツ。
平成21年の門脇市長マニフェストに観光の質の向上を謳い、一千万人にしようというプロジェクト。
(ちなみに大村は現在100万人)

数値的には平成15年658万がピークで減少傾向、昨年は震災で384万、一昨年22年は546万とまだまだ道半ば。
マニフェストの転換も必要なのかもしれない、という話でした。

以下メモ

・二町一村の観光施策を一体的に
・台湾韓国の観光客も震災で途切れた。これまで乳頭温泉を目的に来ていた。有能なエージェントがいるようだ
・羽田、新幹線経由。秋田空港に韓国便がある。
・国内は頭打ち。
・玉川温泉、岩盤浴で雪崩が起きた
・震災の影響はなくなって来たように感じる。
・客室数、角館は200程度、日帰りが多い、田沢湖付近で3000程
・桜での花見観光150万、経済効果は調査はしているが正確な金額は出てこない。
・田沢湖など自然観光が強かったが、近年は施設、イベント系にシフトしている。
・自然歴史をしっかり保全、最後は本物に戻るのでは、と期待している。
・近年クニマスの発見で話題に、今後に繋げたい。


ひとつ気になったのはスポーツ観光。

確実にリピーターがある、と語気も強めでした。
秋田県が担当部署を作ったそうで、連携していきたいとのこと。
その代表格が田沢湖マラソン、その数5,000。
毎年全国からの参加があるようで、リピート率の高さを肌で感じる、という事でした。
100キロマラソン、なんてのもやっているようです。

県内でもトライアスロンや、サイクルフェスタ等、ランニングイベント等、様々なイベントが見られます。
健康にも良いですし、施設を必要としないイベントもあります。

大村でも何かやれないかな。ロサモタ杯を拡大してフルマラソンにする、躍動的な姿が印象的なご当地キャラ、おむらんちゃんを使ってゆるキャラが競争する「おむRUNカップ」とかどうでしょう(笑)


次は定住対策プロジェクト

地方の共通の課題、人口減少。そこになんとか歯止めをかける為の対策です。

市内にある400弱の空き家を活用しようということで「空き家バンク」を設置。
固定資産税の納付書とともに登録を呼びかけました。24年4月現在で12件です。
空き家利用希望34名あるそうで、契約仲介等にはタッチしない、相談助言までをやるとのこと。

気になるのが不動産業者とのすみ分けですが、業者はすぐに入居できる物件のみしか扱いません。市に登録されるのは未整備の状態の家屋。

なので色々とトラブルもあるようです。市は条件や契約については介入しない、としているそうですが、行政の紹介ということでクレームが入ることもあるとか。
借りている住宅の敷地を大家が頻繁に出入りしてプライバシーが守られない等、ローカルならでは、といった所でしょうか。なかなか難しそうですね。


・定住促進奨励金

市外からの定住者呼び込み為に、5年以上の定住が条件で新築やリフォームに3年間固定資産税相当額を交付しています。
これまでに18件交付実績、減免ではなくて交付ということで宣伝効果も考えているようです。

・スローライフモニターツアー
農作業や工芸体験、トレッキング等を体験してもらい参加は3年間で57人、ツアーで定住につながったのは2名という事でした。

・ふるさとサポーター制度(予算ゼロ)

仙北のPRに個人レベルで協力してもらう。
モニターツアーの参加者や、首都圏ふるさと会の方々に桜の時期に観光ポスター郵送、行きつけの居酒屋等、生活圏内に貼っていただく。

口コミPRですが、結構効果がありそうですね。物産展のお手伝いもお願いしたりするそうです。
全国各地を歩かれている方もおり、他の観光地の情報源にもなるとのこと。


しかしどの施策も目覚ましい成果がある、とまでは言えないようです。

そもそも国内人口ピークは2007年、それから減少に転じていますからかなり解決は難しい課題だと言えるでしょう。

その後は式典や祝賀会に参列して歓待を受ける。
大村の志士達が守った角館、名物の桜はまだ咲いていませんでした。
あと10日ほど、という話。

つぼみが膨らんだ桜並木や武家屋敷の桜は壮観でしょうね。
次は桜の季節に訪れたいものです。

震災ガレキ受入れ、その他

2012年04月23日 | 大村市議会議員の日々
全員協議会が開催、新たな市政70周年記念事業が発表されました。

まずはドリーム・ベースボールが開催。日本プロ野球OBクラブ、元プロ野球選手との親善試合や野球教室が開催、8月11、12日予定。金田正一選手など13名が来訪です。
そして囲碁の7大タイトルの一つ、天元戦が開催されます。井山裕太天元が来訪されます。11月28、29日予定です。

ただ色々と日程がかぶりそう。市民ミュージカル「光る海」ともかぶっているという指摘もありました。調整が必要です。

予算は併せて360万円程度、入場料は無料です。

行政視察の報告がありました。
総務、厚生、経済文教、建設環境、広報委員会、会派それぞれからの報告。
人事評価制度を賞与に反映させている所や、議会のネット配信、ICT化を進めている先進地自治体の報告に関心を持ちました。


さて、災害廃棄物の勉強会、震災ガレキ受け入れの件です。

市の現状として受け入れはかなり難しいようです。

・現在の施設では焼却量に余裕がありません。というのも現在、焼却炉の設備更新を行っているからです。これは26年度まで続きます。

・仮に炉の補修をストップさせても、ガレキの焼却熱量の関係から単独では焼却ができず市内のごみと混ぜて燃やす事になりますが、それではセシウム等が除去できる設備がありません。

・市外から持ち込まれたゴミを焼却した後に出る焼却灰を埋め立てる場所がありません。市内の最終処分場は数年後に一杯になります。既に次の埋め立て地はほぼ確定されていますが、そこは「市内ゴミの焼却灰のみ」という条件となります。

他にも色々と説明がありましたが、現状の市内のみで処理するのは不可能、という事です。

これがトラック一杯分の受け入れならどうなのか?
大村市で焼却した灰を市外に持ち込めるとすればどうなのか?

そもそも、処理が進んでいる現時点で受け入れることが合理的なのか?

結果はでていませんが、近々に大村市としての結論を出す、という事でした。

この国難に何かしら協力したい、という市長の思いには全く異論がありません。
ただ、大村市は震災ガレキ受け入れとは別の方法で被災地支援をする事がベターでしょうね。

ちなみに県内で震災ガレキの焼却処理ができる設備を備えているのは長崎市と佐世保市のみ、ということでした。

由利本庄市・学力向上の取り組み

2012年04月21日 | 視察報告書等

連携会派の合同行政視察へ秋田県に行って来ました。

初日は由利本荘市の「学力向上の取り組みについて」

人口は8万5千人、ちょっと前の大村市ぐらいですが面積は十倍!、一市七町が合併してできた秋田県一の面積をもつ(神奈川県の半分ぐらい)広大な自治体です。選挙の時が大変そうだなあ。

財政状況はお世辞にも良いとは言えません。
実質公債費比率20.3%(大村市は10.5%)財政力0.36、自主財源比率23.5%(大村市は50.2%)。橋下市長の主張のように自主徴税権を持たされて地方交付税を廃止されたら大変なことになるでしょうね。
まあ、なんとかなるのは日本国内でも東京をはじめ数カ所しかないと思うのですが。

農業と先端技術工業を産業基盤とする地域です。TDKの本社が隣町にあり、関連企業が多いとのこと。
また豪雪地帯でもあり豪雨災害、突風被害など自然災害多い地域だそうです。ビニールハウスなどが損傷することが多いなど厳しい自然環境。東北人の粘り強さはこんなところからきているのかもしれません。

さて、由利本荘市をはじめ秋田県は学力テストが全国トップレベルの地域でもあります。その教育行政について勉強して来ました。

まずあげられたのは少子高齢化がもたらした副産物ともいえる少人数学級制度が学力向上に寄与しているのではないかということ。
先生の目が行き届く、と言ったところでしょうか。

二学期制は混在しているようで、やってはみたがメリットが少ない、という理由から三学期制に回帰しているそう。
大きな理由は節目が多いこと=子どもたちの変化、成長をこまめに見れる、というお話でした。

学力の高さのキモは家庭学習の習慣がしっかり根付いている、ということ。
そして、それを学校の先生がしっかりフォローしている。という事です。
一時間以上の家庭学習が70%以上に定着しているそうで、毎日学校でノートを集め、しっかり添削、コメントをいれて返すとか。

それが原因なのでしょうか、県内には学習塾が少なく私学が一つしかないそうです。

その他に学力対策委員会を設置、各種調査の分析や対策の検討を行ったり、任意の研修会の開催などはすべて手弁当、なんと講師もボランティア。

話を聞けば聞く程、献身的といっても良い教育現場。
秋田県の先生は大変そうだなあ、と思いましたが
「そう言われる事もあるが、これは先輩方が培って来たこと。我々にとっては当たり前のことです」
との言葉に静かな誇りを感じました。素晴らしいと思います。

ただあくまでも平均学力が高い、という事でありトップレベルの学力を持つ生徒の割合はそう高くない、ということ。
厚い中間層を形成しているが有名大学の進学数などは多くない、この辺が課題だということでした。

その他にも特色ある教育行政として、県立矢島高校、市立矢島中学校、が連携しています。体育館やグラウンドは共用、設置者は違うが同じ敷地内で生徒たちが学んでいます。ですが、いわゆるエレベーター方式ではありません。中高双方の生徒に良い影響があるとのこと。中学生アカデミーなるものを開催し、高校の先生が中学生を高校で教えているそうです。

デメリットはないのか?と訪ねましたが、特に見当たらないということでした。
中学生の親族が異性交友について心配されていたが高校生に節度が芽生えたとのことです。

図書行政にも力のいれようが伺えます。司書のほかに図書支援員を二校に一人配置、またネットワークが整備されており本を融通しあっています。
しかし支援員の待遇はあんまり良いとは言えないようで、ここにもボランティア精神が光ります。

中学校給食は全完備、調理は単独が殆どです。センター方式では面積が広いため輸送に難点があるそうです。地勢的コストと割り切るしかないみたいですね。

また教員OBを積極的に活用されているようです。
ただその弊害が若手が育たない、という事。ベテランに頼りすぎている場面もあるのでは、という事でした。

学力テストは業者に頼まず市全体で採点。図書館を本を読む場ではなく、調べ学習の場に等々、とにかく教育について多様な取り組みがなされています。

現場は多忙だが、惜しみなく働く教員がいる。意識の高さに支えられていると思う。これは、受け継がれる秋田の教員文化、誰からかやれと言われてやっているものではない。という事でした。天晴れです。

ここはオフレコで、と話された事もありました。
とにかく意気込みが伝わって来ますね。

待遇、給与うんぬんでは無い、ということで、いわば奉仕の精神だのみの感が。
ラスパイレス指数も類似団体平均を下回っている(定員管理ついては上回っていますが)
それをそのまま続けられるのか?という疑問が沸いてくるかもしれません。

しかし、待遇を良くしたからといって教育の質があがる、ということでもないでしょう。
こんな秋田の教育文化、是非とも受け継いでいってほしいものです。


メモ
県内の学力格差があまりない。
中間層が厚い、20年前の日本の姿だとの評価もある。
運動力調査では体格が良いが走力が劣っている
人口に対して生徒数が少ない、33名の小規模学級。


写真は鳥海山。その姿は雄大、うーむ登ってみたいぞ。


翌日は仙北市へ、角館を有する姉妹都市ですね。
長くなりすぎるので次のエントリーで。

ドナーになりました

2012年04月18日 | 骨髄移植レポート
骨髄バンクのコーディネーターから電話。

移植を待っている患者さんと骨髄が適合している旨は先日連絡があった。
それから最大5名までのドナーでコーディネートが同時進行。

患者さんやドナーの健康状態、提供についての意思等を鑑みながら最終の選定が行われる。その選定結果だろうという事は想像に易い。この電話は最後通牒。うわーとうとう来たか…と電話をとる。


出ると申し訳なさそうな声(に聞こえた)


「選定結果が出ました」


あれれ?
なんでそんなに申し訳ない感じなの?
もしかして俺、ハズレ?
ここまでブログに書いといて外れたじゃあカッコつかないなあ…
でも他のドナーが選定されたって患者さんが救われる事には変わりはないんだから別にいいよね・・・



「ドナーとして選定されました」

「はい・・・よよよ、宜しくお願いします」


それから最終同意の日程や病院の選定などの打ち合わせ。
なんかボーっとして聞いてました(汗)

正直なところ、もう後には引けねえ、というやせ我慢全開です。
ほとんど薬は飲まないし、病院は苦手。
全身麻酔で眠らされて挿管されてバルーン入れられるなんて考えただけでも・・・ビビりまくってますよ。トホホのホ


でも私が健康でいるだけで、

ちょっと入院するだけで、

少しばかりの痛みをこらえるだけで、患者さんが救われる。


現在、年間1,200程の移植手術が行われています。
ドナー登録者が健康でいるだけで、血液難病に生きるチャンスがもたらされている。

そんな素晴らしい事業をやっている骨髄バンク。
立ち上げたのは血液難病の患者さん自身でした。


3分割、合計24分と長めのビデオですが是非ともご覧ください。


骨髄バンクを作った大谷貴子さん-1


骨髄バンクを作った大谷貴子さん-2


骨髄バンクを作った大谷貴子さん-3




俺もグダグダいってられん。


もちっとマシな体にならんばね。


ちっごのたから

2012年04月15日 | 所属団体・地域活動など

筑後市のマニフェスト進捗状況報告会にファシリテーターとして参画してきました。

2年前の市長選挙、公開討論会でコーディネーターを務めたのがキッカケ。
任期折り返しなので検証をしたい、ということでお声がかかりました。

近しい皆さんには

「地域の問題は地域の方が一番よく知っている。選挙の際はシガラミ無しの他所者が良いが、検証は地域の方が良い」

というお話をしており、頂いたオファーもお断りを続けていました。
それは私以外のコーディネーターを増やす、と同義でもあります。ひいては公開討論会の永続性に繋がり、最大の目的である有権者の政治リテラシー向上につながる、と確信しているからです。


じゃあ何で筑後だけ?と思われるかもしれません。

筑後の公開討論会はJCのご縁が始まりですが、主催は複数団体が参画する協議会。
そして主体はJCではありません。

JC主導であればあそこの直前、そちらのブロック、地区に誰それ、と外部ネットワークや人材は豊富なのですが、このケースは当てはまらない。
渋ったのは事実ですが、検証のお世話はこれが最後、ということでお引き受けすることに。


一度大村まで足を運んでもらいヒアリング。既に資料や進行は緻密に組み立てられており、協議会ブレーンの性格が垣間見えます(笑)

そして当日、午後に筑後入りしてあちらこちらと御案内を頂きました。
2年と短いようですが、少しずつ街の姿が変わっています。
特に昨年の新幹線開業、船小屋温泉の再興事業は興味深いものでした。


写真は一面に広がる梨畑。

梨の花が満開、生産者の方々は受粉作業に大忙し。
本当に素晴らしい景色だった。これは筑後の宝ですね。
天皇賞も受賞したとかで、他にもイチゴ、ブドウ、お茶も一大産地です。

惜しむらくは、イチゴは博多あまおう、お茶は八女茶、と他所の名前が冠されている事。
ブランドの販売力は絶大、という事ですね。

近隣自治体と広域観光プロジェクトを進められており、筑後は「恋の国」なんだそうです。恋とフルーツ、スイーツなどは親和性が高いような気がします。

温泉、新幹線、フルーツ、恋、広大な公園(福岡県一広い公園が整備中)・・・イロイロやれそうだなあ、とワクワクしますね。組み合わせのイノベーションに期待したいところです。

さて本番、検証大会は人が集まらない、というのが定説なのですが、なかなかの客入り。
聞けば会長(筑後JC直前)が人知れず一人キャラバンをやってきた、とのこと。総勢90名ぐらいだったでしょうか。多いほうだと思います。

市長は県職から副市長そして担ぎ出されて一期目。いわゆる政治畑の人ではなく手堅い行政経営、マニフェストの説明も丁寧な印象でした。

なかでも最重要政策の部分については強い思いがあられたようで、作りこまれた資料の説明に時間を掛けられた。なので最後はバタバタと駆け足に。
私の時間配分に反省が残るところです。アンケートも概ね好評のようでしたし2年後の筑後がどう変わっているか楽しみですね。


公開討論会関係で、他の自治体の事を聞いたり調べたりするのはとっても勉強になります。筑後の決算、予算の説明書などは素晴らしいな、と思いました。大村市でも導入できないかな。

反省会では協議会メンバーが減った話も。
どこも同じだよなあ、何とかせんばですねえ・・・


今回筑後を回らせて頂いて、沢山の宝物に出会いました。

しかし、それを生かすも殺すも人次第。
「筑後の宝は筑後人」、ということでしょうね。


今後が楽しみなメンバーもいるようですし、既に2年後のコーディネートの予約が(これは選挙の討論会ね)


筑後の未来が楽しみです。

一次合格通知

2012年04月13日 | 骨髄移植レポート
骨髄バンクのコーディネーターから電話。
先日の血液検査の結果報告だということは明白。
「うわーとうとう来たか」とドキドキしながら電話を取る。


「検査結果、適合です。骨髄提供のコーディネートを進めても良いですか?」

「はい、どうぞ進めて下さい」と即答し電話を切る。


結構ビビっているのは事実です。
適合しなかったら、ホッとするだろうな・・・なんて思ったのも事実です。


つーか、止められっか!ここで!男だろが!


と、少々情けない自分を再発見した一次試験の合格通知でありました。


ただ、これでドナー決定ではありません。

先日の記事にも書きましたが、最大5名でコーディネートは同時進行しています。
血液検査の合格者が私だけなのか、それとも複数名いるのかは知らされませんが、確率がぐっと上がった事は確かですね。

まな板の上のコイになって二次試験の通知を待ちたいと思います。

矢でも鉄砲でも持って来やがれぃ!って感じですよ。ホントにもう。



長与町の明日

2012年04月12日 | 所属団体・地域活動など
ローカルマニフェスト型「長与町の明日を考える」公開討論会にアシスタントとして参加してきました。

神吉さんから打診があったのが3月。

3月議会や公務で動けない。日程が合えば当日サポートします、とだけお答えしておきました。

4月に入り日程が決まりましたが、なんと大村JCの例会とバッティング。
JC生まれのJC育ちの私、例会を欠席するなんてことは超ストレス・・・というかまずあり得ないのです。

しかし長与町には長崎JCのメンバーはいますが地域に根差した、といえるLOMがある地域ではありません。当日の運営スタッフも揃うかどうか、という脆弱な実行体制だ、という事をお聞きし気をもみました。


ここで長崎ブロック協議会会長の英断。


協力団体として名乗りを上げてくれました。これが私にとっては錦の御旗、例会は公務欠席扱い。

同じくしてOBから連絡を頂いたり、メンバーが動き始めました。
公開討論会開催は百戦錬磨、この国に公開討論会を根付かせたのはJCの力だ、と臆面もなく主張してきましたが、集まったメンバーの動きは相も変わらず素晴らしかった。

Dブロ長、御当地H理事長はじめ、集まった皆それぞれが自分の役割を自分で見定め、ただ淡淡、粛々とこなしていく。

事前の打ち合わせらしきものは皆無(リハーサルもできなかった)なのですが、非の打ちどころ無しの進行だったかと。

お陰で開会3時間前に「統計資料の説明よろしく、壇上でね」と炸裂する神吉キラーパスにもなんとかさばく事ができたような。

改めてJCってすげーぞ、と思いました。


さて、40年間選挙らしい選挙が無かったという長与町、公開討論会の開催ももちろん初開催。

町議会議員選挙も無投票、という話を聞いたものですから、政治への関心は低いのだろうと思っていました。ある意味幸せな地域です。
告知も徹底できていない、という話だったので、600名収容のホールは大きすぎたんじゃ・・・なんて思っていましたが杞憂に終わる。

大ホールは立ち見が出るほどの盛況。そして町民の皆さんの真剣な聞く姿勢。
私も説明だけでしたが力が入りました。素晴らしい公開討論会だったと思います。


その核となったのはだれか。


それは、JCメンバーではなく、ある長与町民です。


長与の未来を憂うその町民は、討論会をやるという決断をし、絶対にやり抜くという覚悟をしました。
40年間、選挙らしい選挙が無い地域。聞けば公開討論会など見た事も無かったそうです。あるのは絶対にやるんだ、という覚悟だけ。

相当なプレッシャーだったと思います。終了後に流れた涙が物語っていたような。
私も初めてやった時の事を思い出した。


変化を望むなら、まず自分が変わろう。
初めての事を始める為に、とにかく一歩を踏み出そう。

そんな心意気にJCメンバーが呼応し、素晴らしい討論会に繋がったのだと思います。
そして会場に集まった町民の皆さんの志も本当にありがたかった。


長与も捨てたもんじゃないねと思いました。
長与の明日は明るいね、と確信した夜でもありました。


あ、そうそう


例会は公務欠席ね!
”出席”扱いで頼むぜ!

会派報第1号を発行しました

2012年04月05日 | 大村市議会議員の日々

私の所属会派、おおむら未来の会が会派報第1号を作成、発行しました。

23年に新結成して1年間弱。様々な議会活動をしてきましたが、所属議員3名の質問内容を中心にまとめた内容としました。

下記よりダウンロードしてご覧いただけます。

おおむら未来の会・会派報第1号(pdf)


私も一年分の活動報告書を作成中です。

後援会の皆様を中心に合わせてお配りしようと思ってますが・・・

なかなか時間がとれず・・・


もう少々お時間くださいませ・・・頑張らなくちゃ!

説明、問診と採血

2012年04月03日 | 骨髄移植レポート
骨髄移植推進財団のコーディネーターと病院で面接。

健康状態や病歴、今後の流れなどの説明を受ける。
提供はあくまでも本人の意思、提供を勧めたりお願いされる、と言った事はない。

特に丁寧な説明があったのは、これまで発生した事故や後遺症の事例。
これまでに死亡事故も発生している。

海外3件、国内1件。しかし財団を通してコーディネートされたケースではゼロ
医療は日進月歩、年間1,200程度の実績があるという。

後遺症や死亡例は”超”レアケースと言っても良いだろう。
身近に提供経験者が複数居るのは心強いですね。


私が今回の体験を情報発信している旨もお尋ねする。
提供の時期と病院を公開しなければOKだとのこと。
体験談がインターネットで発信されているのは珍しくないと言う事だ。
あとは事故が起こった場合の補償制度やらなにやら。

そしてドクターの問診、採血。

最大5名までが同時に候補者となる。
私が選ばれるかどうかは分からない。

ドナーは血縁から探すのが一般的だが、血縁内の適合率は3割程度だという。
なので登録者を増やす事が患者を救うチャンスに繋がっていく。
現在は登録者も増えており、理論上は殆どの患者に適合者が見つかるという。


適合して最終同意をし、コーディネートが開始されると後戻りはできない。

途中で翻す事は患者の命に係わるからだ。


さて、私は適合するのだろうか。
体格が良いからドナーに向いてるかも、なんて話だったが。


交通費の支給があった、400円。
財団に寄付をというと、この経費も患者負担に関わるので助かる、と言う事だった。


なんでも自治体独自の助成制度を設けている所があるらしい。

ちょっと調べてみるかな。