北村タカトシ(旧ブログ)

ホームページおよびブログは http://takatosi.net へ移行しました。

さよなら2011年

2011年12月31日 | 大村市議会議員の日々
後数時間で今年も終わり。

なんか最後まで慌ただしくしてます。やっと事務所の掃除機かけが終わったくらい。
もう少し頑張って夜は富松神社へ。
毎年恒例の氏子の正月ご奉仕です。年越しソバ売ってますので是非どうぞ。


今年も色々ありました。

まずはなんといっても市議会へ送って頂いた事。
選挙は三度目になるが、これぞ”運動”という感じでした。

これまでの負けた二度の選挙とは雰囲気が確実に違った。

沢山の人が毎日のように事務所に集まってくれ、これやってみよう、あれやってみようと創造性が豊かな選挙戦。本当に楽しかったし、その結果も素晴らしいものでした。

あらためて心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
どうかこれからもみんなの力を貸して下さい。まだまだ微力ですが、与えて頂いた職責を全うし、このまちを変えていきたい、そう改めて思います。


そして妻へ詫びたい。

市長選に出馬し惨敗。時間もカネも相当消耗した。
そして、散々言われたし書かれた。
離れて暮らしているといっても私以上に辛かったろうと思う。

(繰り返しになるが、私がカネを掴まされてなんだかんだと吹聴する阿●がいるようだし、怪文書をばら撒く馬■がいる。特に震災直後の選挙だったにも関わらずだ。人間性を疑うし、そんな暇とカネがあるなら東北に送れ。その民度の低さが現状を招いていることに早めに気付かれたい。市長にはいずれ成る)

そんな事もあって、年当初は一休みして、市議選には出ないよ、としていたのを翻した。
当初は許してくれなかったが、選挙戦に入ると大阪から仕事の合間をぬって日帰り、とんぼ返りを繰り返し一緒に戦ってくれた。

ごめんなさい。そして本当にありがとう。


議員になってからは、怒涛の毎日。

これまでの日常に議員活動がプラスされてくると相当ヘビーな毎日でした。
ワラジを何足も履きすぎだと自分でも思う。


「戦略とは捨てること」

社業も割り振りを進めて少々落ち着いてきた感じです。

今年は国(独法)への借金を地元の銀行で借り換えた。
金利とリスクを考えれば迷うところだった。
しかし補助金を申請しなくて済むし、資金が地域に還流する。
一番大きかったのは事務量が軽減することかも。

あるプロジェクトが終わればもう少し余裕が出るかもです。

当然ですが公務最優先、ご無沙汰ばかりで失礼が多いと思います。
賜ったご厚情、しっかり市民の為に働いてお返しさせて頂きます。


まだ現役しよっとや?と先輩方からは驚かれるJC。

今年は経験もあるスキルが高い委員長だったので完全放任状態。
それでも頑張ってくれました。ありがとう。

来年は夏越まつり担当なんだよなあ・・・
新人を預かるわけだし今年みたいにはいけないかも。
まつりでやり残したことをしっかり全うしたいです。

そして来年なんと地区顧問を仰せつかる。
本年は地区長を輩出した大村JC、ご恩返しの一助にもにもなれば・・・との思いで受けましたが、正直やれるのかどうか不安でした。
しかし2008年に同じ釜の飯を食った仲間が多くてホッとする。
議会公務優先なので、ご迷惑をかける事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願いします。


もう一つは東日本震災。

私が携わった復興支援の報告は コチラ で。

来年も数回赴く予定。 
あの老夫婦はお元気だろうか。
息の長い支援を続けていきたいものです。


初心忘するるべからず

この言葉を己に言い聞かせ、新しい年も全力で働きます。
新年の抱負と目標は次のエントリーで。

それではそろそろ時間切れ。どうぞ良いお年をお迎え下さい。

新しい年が貴方にとって幸多い年になりますように。

自立支援協議会&ブランド化委員会

2011年12月29日 | 大村市議会議員の日々
一週間ぶりの更新、ブログは完全に滞ってます。失礼しました。

フェイスブックは頻繁に更新してます。
ツイッターはフェイスブックと連動させてますね。

フェイスブックは基本顔だし、実名登録です。
匿名性が低くて顔が見える交流なので楽しいですよ。お友達リクエスト待ってます。

さて、数日経ちますが自立支援協議会&ブランド化委員会に出席してきました。

まずは先日開催された就労支援研修、(有)エス・ケイ・フーズ、中村氏の講演会、そして障害福祉サービス事業説明会の報告。

どちらも別件で参加が叶わず。聞けば充実した内容だったそうで参加できずに残念です。
中村氏の講演会には同友会関係でチラシをお渡しした方のご出席があったとのこと。ありがとうございました。

中村氏は長崎の同友会に入会されたとのこと。先日は佐世保支部でも講演されていますし、大村支部でもお願いしたいところですね。

事業説明会は開催時期や駐車場の問題などが上がっていました。
今後も継続していくとの事です。

長崎県は障がい者雇用率が全国5位との報道があったようでそのコピーを頂きました。
先般も一般質問で取り上げたところ。大村市もカウント方法を改めたところで頑張って欲しいですね。

しかし行政や公共機関だけでは限界があります。中村氏のように民間の企業に広がっていかなければいけない。

先日の日経新聞ではハローワークとの連携が効果を上げている、との報道がありました。県内でも既に連携しているとのこと。今後は就労支援者同志のヨコの繋がりを構築したいというお話でした。同志が集まって連携すればより成果が得られるかもしれませんね(^O^)



写真は頂いたCD(クリックで拡大)

大村の子どもたちが東日本大震災への支援として作成した応援メッセージソングです。
早速宮城県からお礼の連絡があったそうです。

音楽は人を勇気づけたり癒したりしてくれますね。私も元はバンドマン、5年ぶりにギターの弦を変えてみました。たま~に練習しています。

大村室内合奏団が東北講演を計画中です。この歌を作った子ども達も一緒にどうでしょうか。色々制約もありそうだけど、素晴らしい旅になるんじゃないかな。


そのまま障がい者商品ブランド化委員会が開催。
私は青年会議所からの出向となります。



これはWEBサイトなどで使うロゴ(クリックで拡大)
色目がちょっと変わります。

前回もアップしましたが、新しい公共事業のプレゼンで一位通過の事業。
従来の”施す”といったイメージの福祉を障がい者が生産した商品販売を通して変えよう、という動きです。


既に商品は沢山ラインナップがあるんですが、会議で貰ったチラシご紹介。



コチラは大村パールハイムさんが販売する商品です
(クリックで拡大ね)

県工業技術センターの雲仙市の化粧品メーカーがコラボ開発した商品です。
ツバキ油と真珠の成分でお肌つやつやになるそうですよ。
パールハイムの利用者が真珠層を削って粉末にする作業をされています。



コチラはブランド化事業のキャラクターでもあるにゃんだーファイブの焼き物
(クリックね)
三彩の里さんが作成されています。

型抜きをして焼き上げるそうですが、その型を見せて頂きました(右後ろにちょびっと写ってるやつ)
複雑な曲線で構成されています。見えないところに職人の技が光ってますね。


このブランド化事業では開発する新商品のアイディアを募集します。

来年4月から募集をかける予定、コンテスト形式です。
主婦目線、学生目線、こんなのあったら良いな!という思いつきを具現化しますよ。ドシドシお寄せ下さいね。


障がいが有る無しに関わらず、社会に参画し、生産し、価値を生み、経済活動に貢献する。これぞ社会のバリアフリー。ノーマライゼーションそのもの。

その一助となる取り組み、試行錯誤があって当たり前の試みです。
ジックリ腰を据えていきたいですね。


今年も後二日となりました。
事務所の掃除は・・・諦めました。家の掃除ぐらいは何とかやりたいもの。

ブログももう一本更新・・・できるかな?

平成23年12月議会報告

2011年12月22日 | 大村市議会議員の日々
12月議会が閉会しました。
フェイスブック・ツイッターでは逐次その内容を発信していましたが、ブログではまとめてご報告。

今議会の議案は43件、補正予算に反対者が出ましたが、すべて原案可決です。
その中からピックアップ。

・「長崎がんばらんば国体」に向けて任期付の職員採用。
来年1月より10人程度募集、期間は最長27年3月末です。

・副市長の2人制導入。

他市でも導入が進んでますし、一定の成果が上がっているようです。
人件費は現在の副市長報酬(年俸、退職金共に1千万超)を見直し、部長職を減らしたりして対応する、とのこと。
総額でみると団塊退職者が出ますので不補充等で5億円ほどの削減となるようです。
誰が?というのが気になるところですが、公募や女性登用ではない、とのこと。既に決まってるような気がしますね。人事はトップの専決事項であってもいいのかも、と思ってたりします。

・指定管理者の指定が認定(25施設)。

利用者満足度を上げる為、利用者アンケート等の対応状況の開示を求めました。
初の賛成討論なるものを試みたのですが、冒頭に是非の立場を示すのがルールという事を知らずに発言後に再確認されてしまいました(汗)
そもそも委員長が同会派なので事前に委員会審議をお願いしておくのがスマート、というアドバイスを頂く。勉強になりました。

・工事請負契約の変更契約の専決処分

校舎の改築ですが、入札が終わってから変更工事が生じた、という事です。
他の議員からは、別枠で発注するべきでは?こんな事が続けば入札の意味が無くなる。という発言が。工事の絡みで別部分の削減などをされていたようですが、あまり褒められたもんではありませんよね。

・小中学校における暑さ対策、すべての普通教室と特別支援学級に扇風機を設置。
婦人議会でも取り上げられてましたね。

・市制施行70周年記念事業の一環で、大村の水ペットボトル、原動機付自転車のご当地ナンバープレートの作製。

ペットボトルは大村の水道水です。記念式典等に使うとの事。

ナンバープレートは発表のとおりこのデザイン。



ナンバーは選択制か?と質問しましたが、原付に新たに発行されるナンバーは全てこれになるとのこと。バイクを趣味、としている人には好き嫌いがありそうですね。
大村市をPRする為、という事でしたが、原付では行動範囲も限られるでしょう。他の議員からはPRならば車のナンバーにすべき、という発言がありましたが私もそう思います。でも車は陸運局の管轄になりますから市独自では無理なんですよね。地域愛を深める為、という観点ぐらいがしっくり来るのでは。

・市庁舎や公園等トイレのオストメイト対応トイレへの改修(7か所)

・三浦幼稚園が廃園
園児がいない状況が続いていました。地域のコミセン的な施設(三浦かんさく会館)に生まれ変わるんだとか。

・所属の建設環境委員会では、補正予算に反対者。
駅前再開発におけるアパート解体工事の予算が繰越になってますが、それが発注金額を類推させるのでは?ということで反対者がでました。当局も説明を重ねましたが議論は平行線。どうも反対の根拠がちぐはぐみたいですね。ちなみに私は説明で納得、賛成です。

・議会運営委員会では、委員会視察のフィードバック、情報公開関係について提案。
私の伝え方が良くなかったのこともあって、提案が会派持ち帰りになっており(その前に議運でどんな手法が良いか議論をしてもらおうと思っていたのです)提案への反対意見が。後日ペーパーで出して広報グループに送ってもらう事になりました。
議会には検証グループが3つあり、委員会構成をまたいだ組織となっています。議運で提案された件が担当グループ送られて戻ってくるという話になるんでしょうが、なんだかヤヤコシイなあ・・・と。改めて事務局がホワイトボードで議会の構成を説明してくれました。


・三回目となる一般質問

1.コンベンション誘致事業の推進について

財政が厳しいなかでFIBAにつぎ込んだ1億を未来への投資にしなくてはなりません。今後の戦略について質問。各種大会の更なる誘致運動に向けて事務局サービスの提案を行いました。
提案についての明確な答弁はありませんでしたが、誘致専門チームの創設を検討する、との答弁を頂きました。

2.障がい者雇用について

障がい者雇用法定雇用率というものがあります。いわゆる大企業は社員の2.1%を目標に障がい者雇用を進めなければなりません。大村市も同様、現況は2.91%とクリアしています。
しかしこのカウント方法、「障がい者雇用を広げていく」という観点から見ればちょっと問題があるのかな、と思います。
それは市の職員に採用されてから途中で障がいを追った人数がカウントされているのです。
そもそも採用時には障がいが無かったわけで、そのカウントを除くと0.92%とクリアしていません。
「障がい者雇用を広げていく」という観点に立って、採用時点でのカウントをクリアして頂きたいと思います。
また、先進的な他市の取り組み(障がい者多数雇用事業所からの物品優先調達・独自の助成金)について取り上げ、大村市独自の施策を求めました。今後研究してみたい、という事です。

後日、障がい者採用を前倒しで進める検討をしている、というお話を頂きました。一つの成果ですね。

3.病児病後児保育について

本市の現況、今後の計画について質問、小児科併設型は現在1カ所ですが、それを3カ所に増やす計画とのことです。(新聞報道もされましたね)
加えて、独自に看護師を雇用して行っているところもあります。小児科併設が一番安心ですが、それを全市的に補完できるような体制が欲しいところ。
いつも通っている保育園でも見てもらえる、という体制作りの為に何らかの支援が出来ないか要望しました。明確な答弁は得られませんでしたが、今後も注視していきたいと思います。

4.下水道事業について

設備の更新や耐震化について質問。整備着手が早かっただけあってかなり老朽化が進んでいる部分もあるようです。生活インフラの重要性は普段は意識する事はなかなかありません。しかし一旦毀損すると、市民生活に重大な影響があります。
先般気仙沼を視察しましたが、排水インフラが壊滅し汚水がそこかしこに淀んでいました。またゲリラ豪雨も頻発していますし、不明水(配管のズレなどから地下水が管路に流れ込む)が発見されているそうです。調査や維持管理、更新を進めるように要望しました。

5.情報の管理について

データ・サーバーの保守管理について質問。陸前高田では大切な市民データが消失しました。今後バックアップやクラウド化を進めていく、との事でした。

6.議会答弁事項の進捗状況について

時間が読めずに、結構飛ばしてしまいました。今すぐできるバリアフリーということで「耳マーク」の設置を提案。全ての窓口に設置する、との答弁を頂きました。



翌日に早速案内書に設置されてました(^O^)うーんスピーディ

質問には内容を盛り込み過ぎて時間が足りなかった事が反省点です。
また、言葉遣いなど色々とご意見、ご感想も頂きました。ありがとうございます。
更なるパワーアップ目指して頑張りますので今後ともご意見ご指導お願いします。

動画は コチラ でご覧下さい。


閉会後の全員協議会では6案件が発表。

なかでも行政外部評価がやっとのことで上がってきました。
5年以上前から取り組んできたマニフェスト運動が一歩前進です。嬉しい(^O^)

これについては色々とご意見も頂きました。その他にも水道料金の10%値上げなど。
長くなりすぎるので別エントリーにて。

最後に、都市計画マスタープラン案が発表されました。
今後20年間、大村市のまちづくりはこのプランに沿って進められる重要な計画です。

パブリックコメントの募集

市民の意見を募集していますのでどしどしご意見お寄せください!

締め切りは24年1月23日、みんなで未来の大村づくりといきましょう。

特別室長報告

2011年12月16日 | 原稿等
本年は組織開発委員会を担当させて頂く特別室長を拝命いたしました。特別ってなにが特別なの?という話も時折ありましたが、そこは歴代理事長、歴代ブロック会長への配慮という事でしょう。基本時にそのような役職をこなすと、LOMでは隠居というパターンが多いのですが、私の理事長時代、ブロック会長時代とお支え頂いた赤水理事長よりのお達しですのでお断りする理由はありません。青年会議所は義理と人情、返事の言葉は「ハイorYES」であります(泣)

春、思い出深いのは3月11日、東日本大震災における我が担当委員会、LOMを始めとした青年会議所の行動であります。自然の猛威に蹂躙される祖国の大地を見るにつけ「何かをやらなければ」という思いに突き動かされ、即座に街頭募金運動を開始。募金箱や横断幕を作成しつつ13日より許可申請等を開始、15日より街頭に立ちました。我々の行動原理は理事会の承認可決を原則としていますが、この時ばかりは即断即決即行動。多くのメンバーが高瀬委員長のセッティングした募金運動に参加して、大村市民の皆さまのお心を頂戴するにつけ、時折涙が頬を伝ったことを思い出します。その他にも被災地支援物資の収集、ブロック会長同期会の報告を求めない送金運動、被災地のお茶購入等々、皆さんのご支援に心から感謝しております。今般は起業家が多い青年会議所の特質を活かし、被災者の就職支援運動を継続的に続けているとのことです。

夏、青年会議所の夏は夏越まつりであります。15年目にして初の設営部会担当者に登用されました。まつりについては担当三役や担当理事も歴任しておりますのでここ数年は神事を極めてひっそり卒業・・・と目論んでおりましたがなんと人使いの荒い事でしょう。実は全く段取りが分かっておらず素人も良いところ。しかしそこは15年目のふてぶてしさ全開であります。あれやっといてこれやっといてとスルーパスを連発。しかしツメが甘すぎ佐藤事務局長に叱責を受ける毎日。冷や汗をひた隠しながらなんとか設営をやり抜けました。皆さんの寛大なお心とご協力に心から感謝。やはり「夏越はどうにかなる」とほくそ笑えんだのが運のツキでしょうか。来年は再び担当室長に登用されました。私自身まつりについてはやり残したことがあります。それを片づけるまでは私のまつり人生は終わらないのかと遠い目をしながら夏越夢通りを眺める毎日であります。

秋、フンドシ一丁で高瀬委員長と共に研修事業現調査の為に滝に打たれました。禅寺で座禅を組んだり火を起こしたり竹を切りだしたり。一泊型の研修は昔はよくやっておりましたが近年開催されていなかったのでなかなか楽しかったです。ああもう時間がありません。実は遅れに遅れ今日書いているのです。私事ですが4月には自身の選挙を抱えており、完全ほったらかしの超放任主義でありました。そんな担当室長にも係わらずスクスクと育ってくれた高瀬委員長、それを支えてくれた委員会メンバーに感謝を申し上げ報告とさせていただきます。


来年も空気は読まない特別室長 北村貴寿

日本JC 日本の未来選択委員会・出向者報告

2011年12月15日 | 原稿等
本年は九州地区協議会会長を輩出するというLOMの歴史始まって以来の誉れの年でありました。私もブロック会長職をはじめとして、本会の運動に深くかかわった身であります。本会の運動は一言でいえば「激烈」

担いの重い役職になればなるほど、様々な、そして大きな犠牲を払いつつ「青年会議所の国づくり」に身を賭さねばなりません。そんな覚悟をした時君を支えなければならない。そして「青年会議所の国づくり」という運動に触れるチャンスを多くのメンバーに楽しんでほしい、という思いから「私の担当委員会メンバーは全員セク出向すべし」という通達を出しました。

するとどうでしょう「担当室長は出向どうするんですか?大人の背中運動を忘れてませんよね?私達に背中を見せてくださいよ、どうなんだよオラー」と高瀬委員長が冷たい目でつぶやくではありませんか。
その視線に耐えることができず「そんなら俺の生きざま見とけ!オラー」ということで半ばやけくそで本会出向となりました。

私が出向した日本の未来選択委員会、通称「みらせん」の担いは、本年4月の地方統一選挙を主眼に置いたマニフェスト型の公開討論会の開催を更に推進すること。そして本年より全国の立候補予定者による政見放送を動画配信する、という二本柱です。

九州地区内からの出向は私一人、ということで九州地区全域を担当、まずは京都会議です。全国で行われる選挙において公開討論会の開催を企画しているLOMの相談窓口を担当。4月の選挙では長崎県内で行われる首長選挙の動画撮影を担当しました。活動の中心となった県内では当該LOMの協力を得て、佐世保市長選挙、そして長崎市長選挙の動画配信が実現いたしました。

特に某市長選挙の動画撮影と配信は思い出深いものでした。とある候補者からは撮影のドタキャンをくらったり。とある候補者からは「納得のいくまで」ということで10回以上も撮り直して事務所に拘束されたり。取った動画の拡張子を変える為に再生中のモニターをビデオで撮りなおすという荒技のためにN専務を拘束したり。告示ギリギリにアップできたはよいものの候補者の名前が間違っていたり。

私事ですが4月は自分自身の選挙を抱えながらの活動でありました。候補者の名前修正というトラブル発覚は自分の選挙の出陣式の朝。なかなか連絡が取れない担当メンバーに街宣中の選挙カーから電話を入れまくり、告示後の文書図画変更に「修正だから問題ない修正だから」と言い聞かせつつ変更する綱渡り。兎に角死に物狂いの紆余曲折な4月でありました。

サマーコンファレンスでは「日本の未来選択フォーラム」に参画、パネリストに楽天の小澤氏、ドットジェイピーの佐藤氏、公開討論会コーディネーター養成マシーンの池田氏をお招きしネットやスマートフォンを活用した新しい民主主義の手法をメンバーと共に学びました。

青年会議所が係わって開催された公開討論会は全国で2,000回を超え、選挙の標準装備になりました。外注ばかりだったコーディネーターもLOM間で人材交流が行われメンバーやOBが務めるなど新しい流れも出てきました。2003年から始まり、黎明期の運動から関わった身としては当時の苦労が笑い話のようです。末席ではありますが、青年会議所による「新しい民主主義による国づくり」運動の推進に係われたことは、JAYCEE15年目といえども様々な発見があり、知見と友情を深める事が出来ました。

最後に急遽の出向となり、あわただしいエントリー事務の労をとってくれた事務方の皆さん、そして本会の民主主義推進運動にお力を賜った全ての皆さんに感謝申し上げ報告とさせて頂きます。ありがとうございました。


日本の未来選択委員会 委員 北村貴寿

祖国の再建から再生へ(第一稿)

2011年12月10日 | 原稿等
祖国の再建から再生へ

~東日本大震災における復興ボランティア活動に参加して~

 7月14・15日の二日間、長崎ブロック協議会主催の震災復興ボランティア活動に参加いたしました。初日はレンタカーで仙台市を視察いたしました。市街地には殆ど震災の爪あとは見られないのですが、高速道路の高架を潜り抜けると景色が一変します。いたるところにがれきが散乱し飴のようにねじ曲がった電車や車が田畑に突き刺さっています。津波にさらわれたのでしょう、基礎だけが残った墓地のような住宅街、窓ガラスが全て無くなっている老人ホームや小学校、鼻をつく独特の臭気とハエの大群。聞けば高速道の高架が防波堤の役割を果たし、市内の被害は少なかったのだという事でした。報道で知りえてはいたものの、現地に立つと改めて自然の脅威と震災の規模に言葉を失いました。

 翌日は宮城県亘理郡山元町の社会福祉協議会でボランティア登録を行いました。事前の打ち合わせでは先日も津波注意報が出たとのことで緊急時の避難について指導があり緊張感を持ちながら作業に入りました。私達の支援内容は重機などが入らない個人宅の復旧作業です。海岸から三キロ離れているという老夫婦のお宅は1階が津波の被害を受けられており、敷地内のガレキと土砂を撤去する作業に取り掛かりました。

 7月の盛暑、快晴。34度での屋外作業では汗が滝のように流れ落ちます。社協から渡されたクーラーボックスには水と梅干しが用意されていました。韓国からの支援物資なのでしょうか、中にはハングル語のペットボトルなども見られました。水分補給を頻繁に行いながらスコップで土砂を掘り起こす作業を続けます。表面は乾いていますが、掘り返すと湿っており海のヘドロと同じ悪臭がします。掘り起こした土砂とガレキを土のうに入れて一か所に集める単純な作業なのですがなかなか思うように進みません。30代の男性8名で作業しているのですが、改めて人間の力は無力だと痛感します。撤去するガレキや土砂の中には農作業用品の残骸が多いのですが、たまに台所用品や本、写真が出てきます。私たちが発見した写真にはクリスマスパーティーでしょうか、サンタ帽をかぶり楽しそうなようすの男の子が写っていました。写真はボランティアセンターへ持ち帰り、再生されて持ち主に渡るよう展示されるそうです。

 作業の合間にお話をお伺いすると水道が使えるようになったのは1か月前、電気はまだ来ていないということで避難所暮らしが続いている。夜は避難所、日中は自宅に来てボランティアの方々と復旧作業を続けているということでした。私達の復旧支援は一瞬でしかありません。しかし、被災者はこの現状に毎日向き合っていられると思うと、胸が痛みます。しかし「皆さんに助けられて本当にありがたい」と繰り返し述べられます。その表情からは悲痛さは感じられませんでしたが大変な艱難辛苦に遭われてのこと。その辛さや悲しみは想像を絶します。社協のスタッフに現況を聞きましたが、土日はボランティアも多いそうですが、平日が少ないとのこと。これから夏休みに入るので学生のボランティアが増えることを期待しているとのことでした。

 短い間でしたが現地で復旧作業にかかわる事ができ、改めて命とは、私達の使命とは何なのかを考えさせられました。

昭和24年、大東亜戦争において国土を蹂躙された我々の先輩方は「新日本の再建は我々青年の仕事である」と高らかに宣言し「祖国の再建」を使命とする青年会議所を興されました。そして本年3月11日、戦後の国難とよばれる東日本大震災が発生、自然の猛威によって故郷や尊い生命が失われ、日本全土が悲しみに打ちひしがれたのは言うまでもありません。

この国に生きる青年として我々は今何をなすべきか。

それは「祖国の再生」です。

我々日本人は自然の脅威に臆することなく、その力をしなやかに受け止めながら国民の絆を紡ぎ合わせ、復興という希望の灯を燈しあい、行動を興さなければなりません。青年会議所はもとより、我が国全ての青年の仕事は「祖国の再生」なのです。

また、震災よりの復興は無論のこと、経済の停滞や超高齢化社会の到来など様々な課題を抱え、国力が失われつつあると言われています。しかし、私達には必ずできる。戦後の荒廃した我が国を「JAPAN AS NO.1」と言わしめるまでの経済大国へと成長させた英知と勇気、情熱を再び興せば、気高き日本を、凛然とした日本を創造することが必ずできる。明るい豊なまちを再生する事が必ずできるのです。

私事ではありますが、11月末に陸前高田市、気仙沼市を訪れました。震災の爪後はまだ生々しく残り、復興への道のりはまだ遠いと改めて感じましたし、当地の副市長は全国報道が少なくなっていることを懸念されていました。

東北は厳しい寒さに包まれています。私達は祖国再生への熱を冷ますわけには行きません。彼の地に思いをはせると共に、大村市民の皆様に継続的な復興支援を頂きますようお願いを申しあげ報告とさせていただきます。

文責 特別室長 北村貴寿

議員期末手当

2011年12月09日 | 政治資金収支報告
本日議員期末手当を頂きました。



(クリックで拡大)

夏は任期の関係で数万円でしたが今回は満額(たぶん)手取りで464,100を頂きました。
民間企業のように業績とは連動しませんし、経済情勢を鑑みれば高い方ではないでしょうか。

私の政治活動が頂く金額に見合っているのかどうかは次の選挙で審判を頂くことになります。

議会に送り込んで頂き、皆様の税金を対価として頂いている以上、歳費以上の活動をしなければと改めて思います。

ありがとうございました。

イノベーションとは何か

2011年12月04日 | 本や音楽、講演などなど

イノベーションとは何か
池田 信夫

シュンペーターが元祖とされる「イノベーション」
「革新」という意味で使われたりしますが、「新機軸」「新結合」「創造的破壊」等々によって社会を大きく変化させることが本来の意味だとされています。

言葉の誕生はそこそこ古く、シュンペーターの1911年「経済発展の理論」からですから100年前。歴代ブロック会長の某先輩も理事長所信の中にお使いでした。

私も5年ほど前、落選した初めての選挙の時から「政治をイノベーション!」というスローガンに使わせて頂いてました。当時は「何それ?」「意味わからん」「日本人なら日本語で」というご意見?を多数いただきました。

ただ当時から言葉の響きが良いのでしょうか、子どもたちには人気だったとか(苦笑)

落選してからしばらく経って企業がテレビCMなんかに使いだしてからは「CMで使われてたね」なんてコメントも頂いたり。

去年からは同様の意味を仲間が考えてくれた「おおむら維新」としています。デザイナーの配慮でイノベーションの英文が控えめに入ってます(感謝)。

たまに大阪と何か関係が?と聞かれますがパクリではありません。私のほうが若干早かった(笑)


さて本書、正直なところ期待ハズレ、というか「タイトル負け」と言ってもいいのかも。

タイトルから期待するのは「イノベーションの定義」だが、のっけから「定義できない」としてある。

本書はイノベーションが起こった成功例と、失敗例の事後的な分析が羅列してある。また経済学の古典や行動経済学、ゲーム理論、認知科学といった部分にも及んでいる。

が、網羅的すぎて広く浅く、といった印象。

本書イントロにも
”「イノベーションの何とか」というビジネス書が沢山あるが、その殆どが過去の成功体験を列挙して結果を述べたものだ”
という切り捨てが期待を煽るが本書もその類に入るだろう。
様々な事象や理論からイノベーションの定義を打ち立てていく、という内容を期待していたのでチョットがっかりかも。

氏の著書やブログには知的興奮が多かった。それに比べて退屈な印象です。
読むのにも時間が取れない、という事もあったが、面白くない(失礼)なのであまり手が出ず、いつも以上に時間が掛かってしまった。

SBI大学での講義を中心に編集されたもの、ということでコマ切れ感にちょっと納得です。
とはいえ、コマ切れなりに美味しいところもありましたのでご紹介。


・柱となる10の仮説
1、技術革新はイノベーションの必要条件ではない。
優れた技術がダメな経営で成功する事はまずないが、平凡な技術が優れた経営で成功する事は多い。重要なのはビジネスモデル。

2、イノベーションは新しいフレーミング。
顧客の要望を聞いてもイノベーションは生まれない。重要なのは仮説を立て市場の見方(フレーミング)を変えること。

3、イノベーションに成功するかは分からない。しかし失敗には法則がある。

・失敗の法則
大勢の合意。
最新のハードを開発し、これまで不可能だった新しい技術を実現。
NTTや日立など多くの大企業が参入し大規模な実証実験を行う。
政府が「研究会」「推進協議会」をつくり補助金を出す。
日経新聞が特集を組み、野村総研が「10年後には○○兆円の市場になる」と予測

・失敗しないための条件
要素技術はありふれたものでサービスも既にあるがうまくいってない。
独立系企業がオーナーの思い込みで開発ししきなり商品化。
企業が一つだけなので標準化が不要、すぐに実装。
政府が関心を持たない。
最初はほとんど話題にならないので市場を独占し事実上の標準となる。
空気を読まない。

4、プラットフォーム競争で勝つのは安くてよい商品とは限らない。
5、「ものづくり」にこだわる限りイノベーションは生まれない。
6、イノベーションにはオーナー企業が有利。
7、知的財産権強化はイノベーションを阻害する。
8、銀行の融資によってイノベーションは生まれない。
9、政府はイノベーションを生み出すことはできないが阻害する効果は大きい。
10、過剰なコンセンサスを断ち切ることが重要。組織ガバナンスを高めること。


既存の常識に依存した市場予測ほど当てにならないものはない。その有名な例としては、次のようなものがある:

アメリカでは電話が必要かもしれないが、イギリスでは必要ない。当地には多くの郵便配達夫がいる。
イギリス郵便公社の主任技師(1878)

馬車は確立したビジネスだが、自動車は珍しいだけ。こんな一時の流行に投資すべきではない。
ヘンリー・フォードの弁護士(1905)

無線で音楽を流す箱には商業的価値はない。誰に向けて出されるわけでもないメッセージに金を払う客がいるのかね?
NBCの創立者デヴィッド・サーノフの顧問(1920)

俳優がしゃべるのをいったい誰が聞きたいんだ?
ワーナーブラザーズ創立者ハリー・ワーナー(1927)

コンピュータの世界市場は、5台ぐらいはあるかもしれないと思う。
IBM会長トマス・ワトソン(1943)

テレビの流行は6ヶ月以上は続かないだろう。人々は毎晩、木の箱を見るのに飽きるだろう。
20世紀フォックスのプロデューサー(1946)

こんなおもちゃに用はない。だいたい君らは大学も落第してるじゃないか。
スティーブ・ジョブズとウォズニアクのパソコンを拒否したヒューレット・パッカード(1975)

家庭でコンピュータを使いたい人がいると考える理由がない。
DEC創立者ケン・オルセン(1977)


これらは前に一度紹介しましたね。

停滞にあえぐ日本経済への処方箋も巻末にありますがキレが悪い。

政治の貧困が現状を招いているというのは一般論でしょう。氏の一貫した主張である「労働市場の流動化」は政治的に困難、と諦めながらもこれは見新しい事ではなく、高度経済成長の初期には見られたとの分析。

最後はデジタル世代のSNSによって生まれる新結合がイノベーションを起こすことに期待したい、って相当肩スカシでした。


ティーブ・ジョブズの独裁者ぶりや孫正義のまぐれ当り(失礼)、任天堂の話なんかは面白かったです。ただしオマケみたいなもの。他にも詳しい山ほど本が出てますのでそちらが良いかも。氏の次回作に期待です。


”むずかしいのは新しいアイディアを開発する事より、古いアイディアから逃れることである”

ジョン・メイナード・ケインズ

平成23年12月議会スタート、一般質問のお知らせ

2011年12月01日 | 大村市議会議員の日々
市議という職責を与えて頂き3度目の議会、12月議会が開会です。
11月30日に質問通告が締め切り&順番の抽選。

抽選はくじ引きなのですが、たまたま自分で自分のクジを引く事に。

なんと9月に続きまたまたトップバッターです。

ということで12月7日、10時に登壇します。
通告した質問内容は以下の通り。

1.コンベンション誘致事業の推進について
(1)FIBAアジア女子バスケットボール大会が本市にもたらした波及効果について
(2)今後のコンベンション誘致の事業戦略について
2.障がい者雇用について
(1)本市の障がい者雇用の現状について
(2)障がい者の雇用支援策について
3.病児病後児保育について
(1)本市の現況について
(2)今後の計画について
4.下水道事業について
(1)設備の整備・更新の計画について
(2)不明水について
5.情報の管理について
  データ・サーバーの保守管理について
6.議会答弁事項の進捗状況について
(1)マニフェストサイクルの推進について
(2)福祉避難所の設置状況について
(3)公共施設バリアフリー化の進捗状況について
(4)中小企業振興基本条例について
(5)ICT政策(ツイッターでの情報発信)について


現在担当課のヒアリング&議論の組み立て準備に追われています。

傍聴席は常時開放出入り自由、ケーブルテレビ、FMおおむらは生放送。どうぞご注目下さい。

他の議員についてはコチラをどうぞ。

議会運営委員会では、先日の行政視察で学んだ内容を大村市議会にフィードバックできないか提案させていただきました。
議長より時間をかけて視察内容を検証してみよう、というコメントを頂く。嬉しいですね。

臨時会では人事院勧告による行政職の給与カットが賛成多数(反対アリ)で可決されました。
民間と比べてどうなのか、という話もあります。しかし、さらなる痛みや増税は避けて通れないでしょう。

であるならば、政治家も痛みを分かち合うべきだと思います。