北村タカトシ(旧ブログ)

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経営の行動指針―土光語録

2011年01月29日 | 本や音楽、講演などなど

経営の行動指針―土光語録
土光 敏夫 (著)

とある社長より頂いた本。

さて「土光臨調」をご存じでしょうか?

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第二次臨時行政調査会は、1981年に発足し、鈴木善幸内閣が掲げた「増税なき財政再建」を達成すべく、行財政改革についての審議を行った。会長を務めた土光敏夫の名前から「土光臨調」とも呼ばれる。
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土光会長はIHI、東芝の社長、経団連会長を歴任した叩き上げの財界人。そしてその質素倹約の徹底ぶりで知られています。

押しも押されぬ財界人となり得た多額の収入のほとんどを学校に寄付、つぎはぎの帽子、作業用ベルト代りに使い古しのネクタイ、質素な食事、経団連会長になってもバス通勤、その倹約の徹底ぶりに周りが大変だったとか。

その土光会長が東芝時代に社内報で発した言葉を100の短編にまとめてあります。
初版は昭和45年と私の生まれる前。古い本ですが経営についての気づきがそこかしこにちりばめられています。

己を律し一心に仕事に打ち込むたその背中を見せることによって組織を動かしたリーダー像が垣間見えるような。


お気に入りは「真のリーダーは火種のような人でなければならない」という一遍。

結びにはこうあります。

誰にでも火種はある。
しかしなかなかうまく火がつかない。
火がついたとしても貰い火では駄目だ。
自分の火種には自分で火をつけよ。
それが出来ないようではリーダーなど覚束ない。

みそぎ

2011年01月20日 | 所属団体・地域活動など
私、富松神社の氏子青年会に所属してます。

大みそかの正月奉仕やら節分祭、夏越、おくんちと年間を通して行われるさまざまな神事に奉仕をさせていただいておりますが、その仲間からのお勧めで、橘神社の寒中みそぎに参加してきました。

千々石の橘神社、日本一の大門松で知っている方も多いかもしれません。ギネスにも認定されたそうです。

深夜4時に富松神社を出発、一時間強で到着。すでにテレビの取材班が陣取ってました。
毎年大寒の日に行われるこの荒行、毎年ローカルニュースで流れてるんだとか。

ご存知の方も多いと思いますが橘神社は地元出身で日露戦争に従軍、旅順の戦いで戦没した橘周太陸軍中佐を祀った神社です。県内では二番目に正月参拝が多いとか(1番はお諏訪さんですね)

6年目という仲間からは体調を整えて臨むこと、前日酒は飲まないで、と脅されて?おりましたので、お呼ばれはノンアルコールで頑張るも睡眠が取れずほとんど徹夜でした。

社務所の入口には甲冑が鎮座してお出迎え、眠い目を覚ましてくれます。軍神を祀るだけあって猛々しさが漂いますね。

救急救命士にメディカルチェックを受け書類にサイン。何があっても文句言いません、という誓約書です。男女合わせて30名ほどが集まっていましたが、血圧が高い方が居たようで3名にストップがかかってました。傍らのAEDが緊張感を煽ります。

写真は古式ゆかしいみそぎの正装。クラシックパンツなるものが鉢巻とともに配られました。鉢巻きに願を書いて臨むんだとか。
とにかく一心に祈ることで寒さに耐え抜くことが出来るそうです。

神事のレクチャーを一通り受け、草鞋をはいていざ出陣。

松明を掲げて声を上げながら川岸に降り、精神集中の所作「鳥船行事・振魂」を繰り返します。これが結構な運動で、準備運動がわりになるそうです。

そして入水

太鼓が打ち鳴らされる中「エイヤァァーッ!」と気合を入れながら松明とライトに照らされた川の中を進みます。


寒いというより・・・痛い。


深くなっているところまで進むと、再び掛け声とともに胸まで入水。
宮司が祝詞を奏上する間、手を合わせ願を掛けて耐え抜きます。
滝の中に軍神が見えたような。


5分程で祝詞が終わり、川から上がります。
さっそくタオルにくるまって・・・と行きたいところですが神事はまだまだ続きます。

川岸で所作を繰り返した後、掛け声とともに御社まで走り全員で参拝。これもウォームアップなんでしょうね。全員で輪になり一本締めでようやくみそぎ完了。
社務所ではお粥とおでんがふるまわれました。冷え切った体がじわじわ温まって最高でした。


初めて参加した寒中みそぎ。

川の中では精神集中できている(というかトランス状態?)のであまり辛さは感じませんでした。一番つらかったのは川から上がってからですね。なにか現世に戻ったようで寒さと痛みが襲ってきます。

ただ何やらスッキリしたような気が。
みそぎ、だけに精神がリセットされるのかもしれません。

今年は例年より気温・水温ともに低かったそうです。
でも、もう二度と行きたくない、とまでは思いませんでした。
何事もやってみなきゃあ分からない、ですね(笑)


6年続けている仲間からはこれでやっと1年が始まるのだとか。
ともかくこの神事は橘神社の氏子の皆さんや地域の皆さんがいないと成り立ちません。

お世話を頂いた皆さんに心から感謝。
ありがとうございました。

世代間格差ってなんだ

2011年01月11日 | 本や音楽、講演などなど

世代間格差ってなんだ
~若者はなぜ損をするのか?~

高橋 亮平 (著), 小黒 一正 (著), 城 繁幸 (著)

「格差社会」なんて言葉がよく使われるようになりました。
(ちなみに間違っても小泉・竹中構造改革が格差社会をつくりだした、なんていう左派お得意のロジックに乗ってはいけません。誰かのせいにしたいのは分かりますが、ジニ計数を見て議論しましょう)

そして最近耳にするようになった「世代間格差」
私も先の市長選には世代間格差を自治体独自で手当てする「世代別減税」という政策を打ち出したりしてました。

この本では、雇用、社会保障、政治という三面から三者が世代間格差をとらえ、その解消につながる政策を「ワカモノ・マニフェスト」として発表しています。

雇用については流動化、同一労働同一賃金、等々の主張については異論無し。(ちなみに共産社民系の主張と勘違いしないように。ただし自民の石原幹事長も勘違いしてたらしい)

当ブログでも紹介した城氏の 「たった1%の賃下げが99%を幸せにする」 がコンパクトにまとめられています。

社会保障については小黒氏が年金・介護・医療の人生後半の社会保障格差の解消について。鈴木氏の 「だまされないための年金・医療・介護入門」 からの引用や似通った政策が打ちだされている。

ここでも現在の賦課方式から事前積立方式への移行が打ちだされている。
私も当初は賛成していたのだが、その政治的なハードル、40~60代のさらなる負担増を考えればかなり無理があるのかも知れない。高橋洋一氏の主張、賦課方式修正の方が現実味あり。
社会保障を政争の具にせず、国家の維持という議論を行う機関として「世代間公平委員会」の設置を、としているが、その人選が問題になる。政治任用は避けられないのでは。

章は前後するが、人生前半の社会保障(教育・子育て)と政治参画の格差については高橋氏。
子ども手当の理念は良いが方法が不味い、という主張には異論無し。財源が借金だから子どもが親に頼みもしない負債を背負わされているようなもんだ。そして現金が本当に子どもの為に使われるのか?という話。

ただしOECD諸国のなかで教育費の私費負担割合が4番目に高く、公的教育費がGDP比で2番目に低いという現実を忘れてはならない。

国の行く末を案じるなら、教育を強くすることこそそその礎になると思う。
もっと若い世代に厚い手当てをするべきなのだ。
(お金だけ、ちゅーことじゃありませんよ)

しかし、日本はなぜそうならないのか?

それを世代間の政治参画格差の面から論じてある。
ようは若い人は投票に行かない。そして人口が少ない。高齢者は投票に行く、そして人口が多い。おのずと著者いうところの「シルバーデモクラシー」、団塊の世代向けの政策になってしまうのだ。

私も介護を生業としているので大きな口は叩けませんが、社会保障を財源から本気で考えなければ国力を落とす元になってしまうと思います。

ただ、緩やかな衰退社会、ジャパン・シンドロームなんて言われているが、これも避けることのできない「変化」なのかもしれない。戦後の経済復興・発展という過去から脱却し、文化と精神の国づくりが必要なのかもしれない。

これまでの政治は活性化や発展を訴えることが常套であった。
そこから抜け出すのも新しい課題かも知れませんね。


この本は三人の共著ですが、1973年生まれ、74年生まれ、76年生まれと同世代の論客。我々世代の声も大いに政治にぶつけていきたいものですね。

巻末には各政党のマニフェストを3人が若者の視点で評価しています。
その切り捨てぐあいといったらもう・・・政治家が気の毒になってくる。

内容はこれまで読んだものと被っていましたが、コンパクトで軽く読めるのでお勧めの一冊です。

タイムカプセル開封

2011年01月04日 | 所属団体・地域活動など

約1年間をかけて準備をしてきたタイムカプセルの開封&合同同窓会がとうとう本番を迎えた。当日はペアで司会を務める。ええしゃべり倒しましたとも。ラメラメの衣装もまあまあ受けてたかな。

参加者数からみても気合の入っているのはやはり1期生。全体では200名となったが、その半分は1期生、残りの半分ずつが2期生、3期生だった。

タイムカプセルには当時の新聞やPTA広報紙、当時のワインなども(これが結構飲めました)そしてそれぞれの作文。


25年前の私がそこに。


私はなぜ織田信長が桶狭間の戦いで詠んだ敦盛を原稿用紙一杯に書き込んだのか。

当時の事を思い出そうとしてみたが、あんまり昔の事を覚えていない。
そのころは家も荒れていたし複雑だった。よく母が泣いていた。
楽しい思い出は友人達とのものばかりだった。
軽めの家出もしたし自分はこの世にいなくてもいい、なんて考えてたこともあった。

たぶん思春期の私は死生観を模索していたんだろう。
フィロソフィー(哲学)を身につけたかったと言えばカッコよすぎ。
精一杯生きよう、と背伸びしてたんだと思う。

惜しむらく、というか恥ずかしいのは、漢字、というか歌そのものの間違い。だいたい下天の肉ってどんな肉なんだよ(大笑)

正確には
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」
ですね。

最後には歴史の一切にって・・・たぶん一切れ(ひときれ)と書きたかったんだと思います。もしかして肉とかけてんのか。

既にご逝去された初代校長の25年後の私たちに宛てたメッセージは含蓄のあるものだった。この目で25年後の大中を見たかった、という一文にはホロリ。

私の至らなさから連絡が回り切っていない事にお詫び。マジで申し訳ない。
シナリオを書いたのも前夜で睡眠不足。会費チェックの時はウトウトしてしまったし3次会では眠りこんでしまった(許せ●泉)

しかし参加してくれたみんなが来てよかった、楽しかったと言ってくれた。
私自身も本当に楽しかったし嬉しいものです。準備したかいがありました。
つくづくJCでの経験が役立ってるなあ、とも。

二次会のセッティングはしていなかったが、各学年で自然発生的に始まっていた。
中学時代はあんまり話せなかった同級生とも話が弾んだ。
変わっていなかったり変わり果てていたり。
全国各地に散らばっていて、なかにはフランスに住んでるという人も。
ちなみに某同級生にトイレでシメられた恨み事を言ってみたが全く覚えていなかった。やった方は覚えていないんだって(笑)

そして本当に多くの同級生が私を支持してくれていた。
それは恩師やPTAの中にも。本当にありがたいことです。

参加が十分とはいえず25年前の作文が沢山残っている。
また集まろう、という声も多かった。
また同窓会をやろうと思いました。

25年前の同窓の縁がひとつでも多く紡がれますように。