北村タカトシ(旧ブログ)

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情報にはコストがかかる

2010年10月27日 | 本や音楽、講演などなど
中小企業家同友会の経営フォーラムに参加。JCいうところのブロック大会です。
私は一兵卒スタッフですのでお気楽(失礼)

「経営の勉強」に軸足を置くこの会。
今回も良い学びの機会となりました。

分科会では大村支部の会員が経営報告。
以前お聞きした内容からバージョンアップされていました。
大きな目標を掲げる=ビジョンを示すということは大事だなあ、と改めて。

その後のグループ討議は内容の濃いものになりました。
90分でしたがもう少し時間を掛けたかった。
苦言・諫言こそ大事にしなくては。
会社が伸びない、社員が育たない、すべては経営者の責任。
”真の”社員満足を上げることが必要だ。

記念講演は立教大学の山口義行教授。
聴衆をひきつけ、巻き込んでいく素晴らしい講演だった。
弁が立つ、とはこういうことか。
内容はリーマンショック、グローバル経済の詳細から経済動向を読み解く話。
中小企業に必要な三つの力「読む、つなぐ、問う力」の話とさまざまなエピソード。

日本が「ものづくり」で優位を保っていた時代は終わった。今残っているのは「ホスピタリティ=サービス業」だという。

それを生み出すのは文化と道徳教育だと思う。果たしてこの国の道徳教育は復権するのだろうか。技術開発・研究だって源にあるのは教育だ。

学問には好奇心、探究心、向上心。
道徳には利他の心。それらを育てる為にも教育にこそコストを掛けるべき。
70億掛けてボート場立て替える前にやることがあるんじゃないかねぇ。

とにかく「問う」ことからはじめてみようと、懇親会で資金が円に一時的に避難している
だけでは?と尋ねてみたが横槍が入り答えを聞けず。
中小企業の為のセミナーを主宰されており興味深い話も多かった。結構宣伝くさかったけどそこがオチになってて面白い(笑)

ネットでタダで拾える情報は所詮タダで誰でも知っている。
優位性がある情報や学びの機会にはコストがかかると思ったほうが良い。
関西弁の爆裂税理士も同じことを言ってたっけな。

氏のセミナーは年会費24,000円。
入会しようかと思ったが講演の中で日経新聞・竹中批判が数回。
共産系?というアンテナが働いたので検索。



・・・○経ですか・・・


まずは本でも買ってみようか。
リバタリアンなもんで偏見すみません。

自治体を民間が運営する都市

2010年10月24日 | 本や音楽、講演などなど

自治体を民間が運営する都市
米国サンディ・スプリングスの衝撃

オリバー・W. ポーター (著), サム田渕 (監修), Oliver W. Porter (原著), 東洋大学PPP研究センター (翻訳), 根本 祐二


英訳本が部数を伸ばすのは翻訳者の手腕に掛かっているといってもいいが、残念ながら読みやすいとはいえない。
テーマも非常にマニアックだし、勉強のために読む本だろう。
読了まで時間がかかったし、何度も読み返し線だらけになった。
おいそれとはお勧めできる本ではないが面白かった。

アメリカはジョージア州に2005年に誕生した新しい市「サンディ・スプリングス」
その誕生から画期的な行政運営、PPP=パブリック、プライベート、パートナーシップについて論じてある。

この市は人口9万人、現状の行政サービスに満足できない住民が完全なるボランタリーで新しい市を立ち上げ、その行政運営を民間企業に一括委託している。

それまで行政サービスの主体はジョージア州フルトン郡(市より一つ上の行政機構)が担っており、公務員が居なかったわけではない。

しかし住民の現状に対する不満と強烈な自治意識が新しい市を誕生させた。
その経緯は効率的かつ刺激的で革新的。誰もが「そんなことは不可能だ」という事をやってのけたのだ。なんて凄い冒険なんだろう。

行政効率を上げる為に合併を勧める我が国の発想とはま逆を行くが、そこに民間の力を注ぎ込むことによって、納税者にとって効率的な行政サービスを実現し、それを他の自治体へも波及しつつあり、広域なスケールメリットが生まれている。

・市長の給与は年250万
・市議は年150万(アメリカではパートタイムであたりまえ)
・治安以外の公共サービスを全て民間企業に委託している。
・公共サービスにインセンティブをしっかりと「これまでの行政が1億掛けてやっていたサービスを。民間企業なら7000万でできる。ならば8000万で提供し、1000万の利益を企業が取るのは正しい」
・市の職員は民間企業の職員となる。給与に差が付き失職する可能性がある。
・市の幹部の仕事は付託された税による公共サービスの効果と効率を最大化することであって、公務員に職を提供することではない。


最大のリスクはこの企業の倒産だが、それについても予防線は張ってある。
すこし脆弱かなあ、とも思うが、新しい市を立ち上げることが出来た住民達には大したことが無いのかもしれない。
新しい市が設立される時点では、企業にとっても行政サービスの一括委託は前例のないビジネスだった。市と企業が日進月歩でこの新しい試みを醸成させてきたといえる。
それは独占状態にもなったのだが、同じサービスを行う企業も出現した。
選択肢が増えて競争がもたらされる事によって、さらに効率性が上がると同時に公共サービス継続性のセーフティネットにもなる。

巻末には日本での可能性について具体例を挙げてあります。
アメリカと日本の行政は違う。その違いを踏まえて、日本で進みつつある民間委託、移譲、などが比較されている。

この冒険を成功させる為に必要なのは何だろう。

大局を見失わない政治。
既得権益の打破に躊躇しない強烈なリーダーシップ。
変化と進化を厭わない住民だろうか。


帯には「母屋はお粥で離れはすき焼き」の塩爺の写真が。
東洋大学の総長やってんですねぇ

雇用規制は何を生むのか

2010年10月19日 | 仕事関係
少々前の話になるが、労働局より正社員化推進プランナーの訪問を受けた。

「パートタイマーを正社員に」という指導(よりも軽い・・・勧告レベル?)がメイン
後は雇用契約や書類のチェックなどを受けたりる。

ただ様々な職種に関係する法令を 担当者が網羅しているわけではなく、逆に介護関係の制度について質問されたり、キャリアパス制度のコピーを求められたりする。
いわゆる「お上」的な態度ではなく、あくまでもお知らせだったり、使えるような制度の話だったり。

パートを正社員にする、という話をすると聞こえは良い。
しかし扶養や子育て、介護の為に短時間労働を希望している者もいる。

そして最終的にはその原資はどこから?誰が稼ぐのか?という話になる。
社民党の党職員でさえ整理解雇される時代だ。


雇用規制を強めても失業率を上げるだけ、という主張は取り上げられつつあるようだ。
先日の国会中継でも総理が共産党議員の質問に「北欧企業はレイオフも簡単にやる」なんて発言してた。

企業の最大の目的は「存続」だ。
存続する為には、利益の最大化を主眼に置くのは当然だろう。
高い人件費に実効税率40%以上の法人税、おまけに解雇規制が強まる国から企業が逃げ出すのは必然だし、外資からもますます見限られるだろう。

国を捨てるような企業へは不買運動を起こすべきなどという方は、身の回りから外国製品を全て廃してからどうぞ。メイド・イン・チャイナの衣類を身につけているということは、円を売っているという事を忘れるべきでない。
経済成長と規制緩和と、再チャレンジできるセーフティネットがこの国には必要だ。

担当者は現場の声が届かない机上で法制が整備されている、というような不満?愚痴?のようなものをこぼしていた。


その後は同友会の役員会。
26日は経営フォーラムが開催されます(JCではブロック大会と同じようなものですね)
学びの機会が沢山ありそうです。

グループ討議の発表者にまたまたご指名を頂く。
新入りですので返事はハイorイエスです。

おくんち

2010年10月18日 | 所属団体・地域活動など

日曜日は朝から夕方まで富松神社のおくんちに奉仕活動

氏青で焼き鳥を担当。
当日は色々と市内行事が重なっており、お客が少ないのではと心配していましたが、1000本完売で良かったです。

先輩が焼き芋マシーンなるものを導入。ちょっと欲しいぞアレは。

神輿のお上りお下り、奉納相撲、奉納演芸、秋晴れの賑やかな一日でした。

やっぱり自分でやってみたい。

2010年10月17日 | 所属団体・地域活動など
理事予定者会議、委員会メンバー構成会議、いわゆるドラフトが終わりました。
今年は調整無しのくじ引き導入。

初めて委員長をした年のこと、獲得したメンバーを調整移動されて三役に食ってかかった事がある身としては、本年の方法は委員長の意思を尊重する実に良い方法なのではないかと思います。

1回目ということで居酒屋へ。
久しぶりに外で飲みました。


翌日はY事務局員の送別会。
入院、療養の為に退職したスタッフも顔を出してくれて嬉しかった。
短い期間だったけど、本当にありがとう。
終わってそのまま本年度の委員会へ。コチラも久しぶり。
しかし使い物にならずスイマセンでした・・・


バイブズミーティングで走り抜けるバイカー達を見ていたら、バイカー魂がむらむらと。
不調で倉庫に入れっぱなしだったバイクを「プロに任せて治す!走るぞ!」と宣言しましたが・・・やっぱり自分でいじりたい。

とりあえず、配線関係から手をつけました。
使わなくなったジッポライターを流用してスイッチボックスを手作り。
ミニスイッチを仕込もう・・・としたら、ネジ締めすぎて壊した(泣)

キャブ関係までやってダメなら店に出します・・・

大村湾の再生

2010年10月14日 | 所属団体・地域活動など

大村JCの環境セミナーに参加してきました。
内容は大村水産塾の松尾氏による講話と質疑。
弔問があり終盤での参加だったのだが、質疑は興味深かった。

閉鎖性海域の弊害、海水が入れ替わりにくい為に水質・環境が悪化する。
その解消に運河を作れば良いんじゃないか?と私も思ったことがある。
30年前から同じような事が考えられていたとのこと。
いい公共事業にもなるんじゃないか。しかしカネが掛かりすぎるかな。
劇的に大村湾の環境が変化するだろうし、反対も多いだろう。

現状の環境を回復させる為には、ヘドロの浚渫、もしくは砂で埋めてしまうとのことだったが、それでもかなりの費用が掛かる。
生活・農業排水についても大村市だけがやっても効果は少ないだろう。
環・大村湾自治体協議会でやらなければいけない事だ。

先の選挙で「大村湾を活かしたまちづくり」を訴えた。
大村湾の水質は良好でないとしても、もっと海と触れ合う場所を作ることが、環境保全意識の向上につながるのではないかと思う。

ピースラリーをやっている諫早市の結の浜は人工ビーチですが、かなりの賑わい。
私たちの街にも美しいビーチが欲しいところ。長崎空港の離発着を眺めながら海水浴なんて楽しそうです。


質疑最後の質問

「私達に何か出来ることは?」

これが出て良かった。

まちづくり団体を標榜するJCとして、変革の能動者たらんとする青年として、常に必要な意識だと思いますね。

戦いを終えて

2010年10月10日 | 選挙戦記

悔いはないか?と聞かれれば「ああすれば、こうしておけば」と色々と反省することは沢山ある。
最低得票数にも届かなかったので供託金も没収、公費支給もナシ。
組織無し、シガラミ無しで戦い抜いたものの、やはり選挙には組織が必要なのだということも痛感した。

なぜ出るの?

「勝てない選挙に出る=裏がある」という穿った思考に縛られる人々はそんな質問を繰り返す。それについて改めて。

ツイッターなどで出馬をつぶやいた頃は「ひょっとしたら奇跡が起きるかも」という、甘い願望のようなものがあったのも事実だ。革命を夢見る青二才といったところか。本気で勝てるかもしれないと思っていた。

ただ時間が流れ、情勢がはっきりしてゆくにしたがって「これは勝てない」と感じたことも事実。止めたほうが良いのか、と何度も心折れそうになった。


それでも私を立ち続けさせたのは信念だと言うほか無い。


私はこのまちを変えたかった。

今のままでは、今の政治では駄目だと思っている。
バラマキ、シガラミ、政争にがんじがらめのこの街は大きな可能性を秘めているにも係わらず、変化の兆しはない。

この戦い、たとえ勝てなくとも、一石を投じる事は出来るのではないか。
その波紋が広がれば、このまちに変化が起こるのではないか。


そして今日まで、友情に支えられながら、すがりながらこの戦いを続けてきた。
結果は思ったよりも厳しかった。
負け戦だとは判っていたが、結果が出るとやはり落ち込む。


私は「これまでの政治では、二人では駄目だ」という選択肢を示したつもりだ。

私以外の二人の政策に大きな違いも無いという声も頂いたし、マニフェストへの評価は高かったようだ。
3,236人の有権者がそんな選択をした。
全体から見て多い数字とは言えないのかもしれないが本当にありがたいことだ。

私自身の存在や理念、政策を知っていただくことが出来なかったのは私の力不足。
根拠は無かったがもう少し戦えるだろうと自分を過信していたのも事実。

投票率は60.85%、前回は57.36%だったので若干上がった。喜ばしいことではある。

ただし若年層の投票率は先般の知事選と比べれば下がった。

20代 42.00%→39.49%
30代 49.85%→48.38%
40代 59.82%→59.64%

この数字が意味しているのは何なのだろう。


以下はバカバカしいと思っていたが、支持者の皆さんには知っていただきたいので二点ほど。


・私は某陣営に頼まれて出馬した。

有権者をバカにするのもいい加減にしてはどうか。政争、政局まみれの思考から脱却しない限り、この街の政治に変化は起きない。
私はこれまでの政治ではこの街は良くならない、他の二人では駄目だ、という決意と厳しい戦いを覚悟で出馬した。
そして、二人ではなく、私を選んだ有権者が3236人居たというだけの事だ。
それにそんな恥ずかしい事をする様な生き方は選ばない。


・私はカネがある、選挙は道楽。

道楽で選挙はやれない。一度やってみれば判ることだ。
実質的な経営者だが事業の借金もある。それ以外に収入があるわけでもないし、そんな事を言う皆さんが想像しているような環境ではない。
ただ、妻は自立しているし子どもがいない。そんなアドバンテージはあると思う。
だからこそこんな挑戦が出来た。だから私は恵まれていると思っている。
今回の挑戦も貯金と借金での挑戦だった。
民主主義にはコストがかかる。しかし、だからと言って、カネを掛けた選挙は止めたほうが良いと思う。
それがシガラミとなり政治を見失う。掛けない方法を模索するべきだ。
会計報告もブログでさせて頂く事になると思うが、かなりコストを絞った戦いだった。



今回の挑戦を理想主義だと一笑されるかもしれない。

しかし理想を失った政治が現実を作り出していることを忘れるべきでない。
そんなに私は丸くない。
ただし、理想や信念だけでは政治は動かせないことは痛感している。

世界に変化を起すには、理想と信念と、戦う組織が必要なのだろう。


写真の積み上がったハガキは大阪に居る妻から毎日送られてきたもの。
私が弱気になっていた頃、そんな話をしたころから届くようになった。
灯のともっていない自宅に帰る毎日、ポストを覗くのが楽しみだった。
理子、ありがとう。


私を裏から表から支えてくれた全ての人々に心から感謝いたします。
多くの人を巻き込んだにも係わらず結果を出すことが出来なかった。
本当に申し訳ないと思っています。

ただ、本当に厳しい戦いでしたが、私なりの方法でやり抜けたこと、信念を貫けたことをせめてもの救いとしたい。


今後はどうするの?と良く聞かれますが、今は白紙とさせて頂きたい。

この経験が私の人生の糧となるのは間違いがありません。

本当にありがとうございました。



最終日

2010年10月09日 | 選挙戦記

最終日ということもあり、8時~20時のフルタイムで街宣カーを回す。
初っ端から雨だったが自転車でスタート。
すぐに下着までずぶ濡れになる。

五島からの助っ人を送り届け事務所に退避。
着替えて街宣カーに乗り換え、弊社の近隣で街頭を入れる。

暫くすると雨が上がった。
土曜なので休日の友人達が集まってくれていたのを尻目に自転車に乗り換え再スタート。
自転車に乗りながら街頭をあちらこちらで繰り返す。
反応は良い。これが結果に繋がるのだろうか。
グローブが破れてしまった。

再開発の見直しを訴えているアーケードや漁協などを回り街頭を入れる。
反応は厳しいだろうと思っていたが意外に暖かかった。

夕闇になり自転車を降りる。そして街宣カーで地元を回り。
玄関先からご支援を頂く。硬い握手に涙が。

選挙にはマイク収めというセレモニーがあることを初めて知った。
ラスト5分、これまでの思いを語らせて頂きながら最後のお願い。
皆の前で涙でグズグズになってしまった。

それから小さな反省会。断酒を解く。
明日の予想や未来のまちづくりについてあれやこれや。

奇跡は起きるべくして起こる。
経験豊かなウグイスによれば反応は凄く良かったですよ、とのこと。

私は奇跡を起こす事が出来たのだろうか。


喉がつぶれてしまった。
明日全てが解る。

六日目

2010年10月08日 | 選挙戦記

朝6時集合、部隊前にて朝の挨拶を。
効果も疑問だったし人員に余裕も無かったのでやるつもりは無かったが、友人からの勧めと五島からの心強い助っ人も来てくれたので二人で立つ。
判りきっていたことだが、場所取りと数では完敗。

自転車を一日休んで手首の痛みも引いたので、今日は朝、夕の2回乗る。
やはり自転車乗ってる時、街ゆく反応は良い。

しかし向かい風あり、微妙な上りあり、汗だくになってホトホト疲れる。
街宣カーを引っ張っているので、交通の妨げにならない様に気も配らなければならない。
もっとトレーニングが必要だ。

妻も空港からそのまま事務所に入ってくれた。
自転車に乗っていないときは、街宣カー&街頭演説を繰り返す。
住宅街に向かって誰かが聞いている筈だと思い、青空に吼える。

「貴方の話を聞いてみたかった」

とわざわざ家から出てきて耳を傾けてくれる事も数回。
私のマニフェストの評価が高かったらしい。
本当に嬉しいことだ。

作業中のみかん畑に飛び込んでいけば「まだ甘くないけど」とみかんを頂く
農村部でも一定の認知はあるようだ(票に繋がるかは分からないが)

今日はトラブルが沢山。
街頭をやっていたら他陣営がすぐ傍で個人演説会の準備を始めたり、住宅街で吼えていれば、うるさいと苦情を言われたり。
よくよく見てみれば他陣営のポスターが掲示してある家の前だった。
他にもイロイロあった。

今日は五島からの助っ人と朝から晩まで1日中一緒だった。
彼の男気にどうやって報いれば良いのだろうか。

あと1日。

五日目

2010年10月07日 | 選挙戦記

今日はウグイス一人がプロフェッショナル。
キラーワード(殺し文句ね)が次々と。

田園地帯に行けば

「実り多き秋、実り多き大村を北村は実現します」

稲刈り中の方に握手を求めて駆け寄れば

「息子と思って使ってください、育ててください」

団地前での街頭後では

「これまでの政治よりこれからの男!」

うーんスゴイ・・・。唸りっぱなしです。

当確伝説のウグイスなんてのもいるらしいですね。
選挙は毎日あるわけじゃありませんので、普段は店員さんだそうです。
しかし役者やなあ。
私たちが票を拾う、という言葉を使われていましたが、何となく分かる気がします。

昨日手首を傷めていたので今日は自転車お休み。
終日街宣カーに。
日焼け止めを何度も塗っていたのですが顔はクッキリ逆パンダ。

夜は人が集まってきて賑わった。
なんと五島から助っ人が。私の戦いの為に泊り込みで手伝ってくれるという。
この戦いの為に五島と大村を3往復もしてくれる。

この友情にどうやって報いれば良いのか。とにかくありがたいことだ。
嬉しい激励メールを幾つも頂く。

握手を求めれば、漬物をもらったり、飴玉をもらったり。
今日も走り回った。

いよいよあと二日。

四日目

2010年10月06日 | 選挙戦記

四日目、選挙戦も折り返し地点。

今日がケーブルの取材、朝から打ち合わせなどをやっていたら携帯を忘れたことに気づいた。途中ではぐれたりもする。
新聞の取材も入っていたのだが、時間を勘違いしており合流できず。申し訳なかった。
なんか朝から不協和音な予感。

自転車で回っている途中、ギャップを拾って転倒しそうになった。
間一髪で体勢を立て直す。しかし手首を傷めたようだ。

事務所に戻ると

「今回の選挙には行くまいと思っていたが、選挙公報をみて貴方の事を知った。貴方を支持する」

そんな電話が入ったと言う。

その方によると、二人の政策資料などは手元に届いたが、私のものは無かったという。
選挙に殊更カネを掛けるのは良くないと思う。
しかし、政策や政見が知りたいと言う人間に届けるにはコストが掛かる。

他の両陣営は確認団体の街宣カーを回している。
2台の選挙カーを回しているようなもんだ。確認団体の車からは連呼は禁じられている筈なのだが両陣営お構いなし。

連呼ではどうにもならんだろう、と思っていた。
しかし車の流れに乗って移動する時は「名前が聞こえた」位の効果しか望めないので連呼するしかない、とのアドバイスも。


ネット選挙が開放、尚且つ世代別の情報格差が無くなれば良いんだろうが、選挙はエモーショナルなもの。それだけではないんでしょうね。
テレビやラジオが地方政治にもっと時間を割いてくれれば良いのかも。


今日は還暦過ぎの親戚に街宣カーに乗って貰う。
叔母さんの元気に負けそう(笑)


あと3日。

三日目

2010年10月06日 | 選挙戦記

ケーブルテレビの取材を今日だと勘違いしていた。
今日は快晴、なので自転車で出発。

そして今日はじめてプロのウグイスさんの協力を得る。
初めての経験だったのだが・・・これがスゴイ!

前回の市議選に続き、シロート集団での選挙戦を続けてきたのだが、レベルの違いが分かる。
素人なりの初々しさもあってたまに爆笑しながらの街宣活動だったのだが、ウグイスさんのお陰で一気に戦闘モード。
私ものせられて力が入ってしまう。

選挙戦とは無関係の有権者にとっては、あまり変りの無い雑音(失礼)かもしれないが、私や運動員にとっては格段にテンションが上がる。
聞けばマダマダ駆け出しなんだとか。いや~恐れ入りました。

気温が上がって来たので自転車は終了、街宣カーに乗りこみ一日助手席から風に吹かれる。
途中数箇所で街頭演説。昨日に比べて気持ちのいいこと。
顔が真っ赤になってしまった。

不在の間、事務所に変な電話が入っているという。

「○○候補の応援に○○が来たが、いくら払ってるんだ?」

・・・自分でその候補に聞けって。


また政策に関する問い合わせも。

「市役所職員の給与は下げないのか?」

・・・景気の低迷、人事院勧告の動向もあり公約としなくとも今後下がる傾向のは確実だろう。それに士気に直結する事なので、上げ下げの公約は無い。但し市民生活が豊かさを失いつつある、財政再建の掛け声の下に負担を求めてきたのも事実。なのでまずは政治家が身を切る覚悟を示す。その上で組合とも相談させて頂く。


「上がってばっかりの公共施設の利用料を下げないのか?」

・・・一旦上げたものを下げるのは財源の捻出が必要だ。事業仕分けでそこまで確保出来るかわからないので保留(というか下げるのは難しいだろう)。市民の皆さんにご負担をお願いしてきた訳だから、先ずは政治家も身を切る姿勢を表わす事でご了承頂きたい。



そんな内容で1時間ぐらい粘るという。
ウチはファックス兼用で1回線しかないので、その間は電話が不通。
勘弁して欲しい。

やはり二回線ぐらいは必要なのか。


選挙公報が入っていた。
市内全所帯に配布されているはずだ。
見やすさやでは私が一番だと自画自賛。友情に感謝。

友人から提案が。
物量・人員共に厳しい条件の中だが、何とかやってみよう。

明日で選挙戦も折り返し。
元気に自転車から頑張ろう。

二日目

2010年10月05日 | 選挙戦記

二日目

雨。自転車は危険だろうということで中止。
今日は終日街宣カーに乗車する。

昼で京都から駆けつけてくれた弟が離脱。
ちょっと寂しかったりする。

民放の取材が一本、雨の街頭や街宣カーからのアピールを収めて貰う。
びしょ濡れになって、体も冷えてしまった。

運動員の交代や取材等でチョコチョコ事務所に戻っていたので、タイミングよく嬉しい来客と会うことができた。遠方から本当にありがたい事だ。感謝。

私の選挙チームの運動員は殆どがボランティア。
なので最初はたどたどしい口調だが、1時間もすると上達してくるので面白い。
意外に経験者もいたりして楽しい街宣だ。

ケーブルテレビの工事が完了。ちょっと賑やかになった。

日が暮れると共に雨脚が強くなる。今日は早めに切り上げた。
とにかく睡眠だというアドバイスで早めに寝ることにする。

明日は天候も回復するらしい。
一日自転車を休んだお陰でお尻も回復(笑)

明日は乗れるかな。

市長戦記・初日

2010年10月05日 | 選挙戦記

このカテゴリーを更新するのは3年ぶり。
市長選挙期間の記録を7日間記す。

初日は秋晴れ。
出陣式を気持ちのいい天気で迎えることが出来た。
皆知った顔での短いセレモニー。
緊張していたのか、メガネを外したまま喋ってしまった。
花束を頂き華やかになった。

急遽の街宣カー乗車依頼にも対応してくれる友人がいるのは私の財産。
(というか私の我侭に仕方ねえなあ、という気持ちに甘えてばかり)

しかし正直なところ準備は後手後手だった。
皆の友情に支えられて今日を迎えたのだが、戦う為の組織の必要性を痛感する。
それを確立できなかったのは自分の甘さだ。

大勢の皆さんに見送られ自転車でスタート。
他の二人との違い、ということでのパフォーマンス。

期間中、支持者を集める集会はやらない。
とにかく浮動票目当ての露出する、目立つという事に絞った選挙戦。
自転車のせいか反応も良かったと思う。
半分以上冷やかしなんだろうが嬉しいものです。
途中ポスター掲示板の一番乗りが数箇所あって嬉しかったり。

他候補の出陣式を横目で見る。
街宣カーは複数台の数珠繋ぎ。
物量の違いをまざまざと見せ付けられた感が。
まあ同じ土俵で戦う必要も無い。

今日一番のトラブルは街宣カー。
7つ道具をもって警察署に行くのを忘れていたとのこと。
目隠しを張り直して警察に行くことになった。
準備不足、確認不足が露呈した格好だ。


なんやかんやで初日が終了。

午前中は自転車漕ぎまくり、午後から街宣カーに乗り込んで手を振りまくり。
結構体力を消耗した。
スラックスの下にはサイクリングパンツを履いているのだが、おケツが痛い(涙)


しかし初日のヤマは何とか越えれた、様な気がする。


あと6日。

お詫び

2010年10月04日 | 選挙戦記
公職選挙法により当落に関する御礼等が表明できません。
どうかお察しくださいますようにお願いします。

私なりのやり方で全力を尽くしましたが、大変厳しい結果となりました。
自身の力不足を痛感する次第です。

私に貴重な一票を託してくださった3235名の皆様、本当に申し訳ありませんでした。
心よりお詫び申し上げます。