北村タカトシ(旧ブログ)

ホームページおよびブログは http://takatosi.net へ移行しました。

ツイッターも

2010年05月28日 | 政治や思想
ネット選挙を解禁しても、ツイッターは許さなかった日本政治の限界

なんかもーガックリきましたが、これが現状なのでしょうね。
ブログがよくてツイッターがダメなのか理解できない。
なりすましがどうのこうの言ってますが、ネットの匿名性なんて調べ上げれば無いに等しいんですから厳罰化すれば良いことでしょう。


大村でネット選挙はまだ早い、ツイッターは浸透していない。


そんな声は良く耳にします。
ツイッターのユーザー数はまだまだ少ないのが現状でしょうね。

そこを肯定した上でツイッターも使っていきます。


ツイッターにはハッシュタグという便利な機能があります。
頭に「#」をつけてテーマを設定するんですが、無数につぶやかれる発言に「付箋」をつけてまとめて見るような機能。
テーマに沿ったつぶやきが見れて面白いですよ。


i-padのことが気になるなー  #ipad

エクスペリアってどうなの? #Xperia

ツイッターで朝のご挨拶 ♯ohayo

などなど、気になることを検索してみると面白いですよ。
ちなみにタグは英字のみです。


私の政策をつぶやくハッシュタグは ♯takafesto


ご意見などもお待ちしてます!

もちろん仔細にまとめたものをペーパーでも発表する予定です。
これはウェブ戦略の一環と言うことですね。


・・・またカタカナが多いと怒られそう(笑)

二重になるのか

2010年05月22日 | 仕事関係
午前中は海上自衛隊の開隊式典、招待状とパスを忘れてしまいお手数を掛けてしまった。
下り坂な天気予報の為か式典は格納庫の中。
恒例のファンシードリルもお見事でした。

午後から長崎市内へ。
県社協の評議会へ出席してきました。
冒頭では新しい公共円卓会議の話題などが
この時期の会議は事業報告と決算なので結構なボリューム。

なので研修事業の開催場所について離島開催は増えたのか?とピンポイント質疑
資料では昨年に比べて増えている様子は見られない。

経費の面でも難しい所だが出前口座が好評だったので、今後善処していきたい、との話だった。


集まりやすさを考えればどうしても長崎市内が多くなる。
であるなら、各市に社協はあるのだから、財源移乗してそれぞれがやっても良いのかもしれない。
県社協としての存在意義がないと二重行政という話も出てくるのではないか。

離島の人間は毎回経費をかけてやって来る。
ならばこちらからも行く機会を増やすのがフェアなのではないか。
今年は60研修中、離島開催は2件だけでした。

ただ、どちらかといえば地域分権・財源移譲・委託等を進め、県単位では連絡調整やスケールメリットを活かせる業務を担うべきであろうと思っています。


弊社も21年度の事業報告書が仕上がりました。
監査してもらわなきゃ

介護の仕事とは何ぞや

2010年05月21日 | 仕事関係

2ヶ月に一度の在宅ケアセミナー。今回は理学療法士による講演。
内容はトランスファーテクニック=被介護者の移乗を介護者共にいかにストレス無くやるかの技術論でした。

被介護者の残存機能を活かしつつ行う重心の移動や、在宅介護に応用できるように家庭のゴミ袋なんかをつかっての方法等、とっても勉強になりました。
最後はディスカッション的になったが、改めて考えさせられる内容でした。


廃用症候群、いわゆる寝たきりの被介護者の体重は30~40キロ前後が一般的。

だから介助者がちょっと力を入れれば移動が出来る。
しかし同時に腰痛のリスクと戦いながらになってしまう。

今講演の内容のように、被介護者の残存機能を活かしつつ、意思疎通を図りながらテコの原理を応用した重心移動、トランスファーツールによる移乗方法を取れば、ストレス無く移動ができる。良いこと尽くめだ。


しかしこの方法「時間」がかかるのだ。


介護者は時間に追われていることが多い。
なので少々無理をしても腰痛ベルト等を着用しながら仕事を片付ける。


そう仕事、介護を”片付ける”のだ。


ともすれば、それは介護者の都合で介護を行うということになるのかも知れない。

当たり前の事だが、被介護者はそれぞれ一人一人に人生がある。
介護者はその一時に携わっているに過ぎない。移乗の介護を必要とするような被介護者にも、元気な時があり急性期があり回復期がある。

介護者はどの時点を向いて仕事するのか。

片マヒの被介護者の状態だけを見て”入浴させるだけ”介護サービスを”提供することだけ”が仕事ならば介護者に人格など不要だろう。
技術だけあれば誰でも良い、極端に言えば介護ロボットでいい。


しかし介護者は人の人生に携わる、人生を閉じようとしているひと時に携わる仕事だ。

介護者としての誇りを持つならば、それは一人一人の人生に寄り添うように、共に生きなければならないのではないか。

その人に残された機能を引き出し、活かしながら”自分で出来る喜び”を見つける。そのサポートをするのが介護者なのではないか。


それは効率性だけで計れるものではない。
時間がかかるのだ。


介護の仕事は忙しいよね。
でも、忙しさに負けないようにしよう。
人の晩年に携わっていることをを忘れないようにしようね。

シャイな講師から進行が引き出したメッセージ。私にはそう聞こえた。
介護の仕事とは何ぞや、と考えさせられる素晴らしいセミナーだった。


終了後は同友会に合流、例会では北松浦JCのきのこ屋さんの報告だった。
失礼して申し訳ないっす。

そのせいか最近ブログが面白くないとブーイングを(笑)
スランプ気味っすかね・・・


ツイッターで新たな出会いがあるかも、面白いものです。

明かりが見えたような

2010年05月19日 | DAYS
博多に行ってました。
戦いに備えての戦略&政策立案

長時間にわたりご指南を頂く。
JCのご縁で推進ネットに係わらせて頂きましたが本当に心強いです。

GW明けからといううもの思考の迷路、長考に入っていたような気がしますが、なんとなく光明が見えてきたような気がします。

違いが大切なんですよね。違いが。
さあ今日も頑張ろう。

日経新聞会長講演会

2010年05月15日 | 本や音楽、講演などなど
大村市主催の講演会に参加してきました。
演台は「沸騰するアジア経済と日本、そして大村」
正直なところ目新しい話はなかった。
半分政局の話と日本の財政の話、そしてアジアの力を呼び込む為の提案。

大村への具体的な内容としては、
・語学教育交流
・メディカルツーリズム
ぐらいだったろうか。

質疑ではインフラの整備などが。

アジアの力を呼び込む為にはインフラの整備が不可欠。
地勢的に近いといっても福岡空国の優位性はちっとやそっとじゃ覆らないだろう。
高速で1時間チョットだし移動手段を観光バス等に頼るのだろうから、博多、ハウステンボス、佐世保、長崎、島原、フェリーで熊本、というところだろうか。
アジアからの観光客を大村に呼び込むのは難しいような気もします。
観光都市としては難しい、ならばビジネス交流都市としての確立が出来ないだろうか。
もしくは各種コンベンション都市としての機能を強化したいところ。

アジア向けの観光客を滞留させる為に大村湾を活用したレジャーに力を入れていた事があるという事だった。これはまだ諦めるのは早いような気がする。
これはアジア向けばかりではなく、国内を向いてもいいと思います。

アジアはバブル経済だと言われているが、簡単に弾けるようなものではないような気がする。広がらない国内需要頼みよりは夢がありますね。


日経新聞電子版リンクポリシーの件を聞いてみたかったが控えました(冗談です)


懇親会では結構面白い話があったとのこと。
講演会ではマスコミも入っているから、ということでセーブされたんでしょうね。
それから弔問、そして事務局へ。

皆さん領土問題の署名をお願いします・・・

走りたいのは山々なんですが

2010年05月12日 | バイク&自転車&長崎ピースラリー

彼の地の友人からミーティングの案内が届く。

「春夏秋冬・夏の陣」

昨年は初回ということもあってクラブアニバーサリーランとあわせて参加した。
とても雰囲気の良い、アットホームなミーティングで楽しかった。


うう・・・行きたい・・・


しかしどうも無理っぽいです。
長崎よりご盛会をお祈りしております。

クラブメンバーに呼びかけてみよう。

元気をもらう

2010年05月11日 | 所属団体・地域活動など
JC例会、オブザーバー例会ということで賑やかでした。

S委員長ならではの進行でしたが、直前会長の講演には気づきが沢山ありました。
特に「自信と過信」のくだりは良かった。
自分の言葉で語られるので頭に入りやすいです。私は紋切り型になってしまいがちなのでとても参考になりました。

私も退会しようと思ったこともありましたし、JCに逃げているな、と自覚することもありました。スリープまでには至りませんでしたが

しかし私はこの団体で育てて貰ったと思っています。
成長するチャンスを与えて貰ったと言うべきか。
掛け値なしの議論や事業を通して、人として、企業人として、色々なハードルを与えてくれる。そして、それを乗り越えるのは一人ではないところに素晴らしさがある。

政治の道を志したのもJCが気づきを与えてくれたから。
まちづくり運動を標榜してきたのですから、政治という強制力を伴うまちづくりから逃げるわけにはいきません。

兎に角昨日の例会では元気を貰った。
テンション下がり気味だっただけにありがたかったです。

さて、やることが山積みだ。

芽が増えた

2010年05月07日 | 政治や思想

これまでの手法の学びや現状の分析そして諫言。
悔やまれるは自分の考えをもう少し話した方が良かったか。観念的な話に終ってしまった。

「具体性が無い」
「青年の主張のようだった」
「変えて、そしてどうしたいのかが分からない」
「そんな話は私でもできる」

との評。

実際に地域をこう変えたいということを語るまでには至らなかった。


「ビジョン」を伝わるように語るにはどうすれば良いだろう。

政策を羅列したペーパーを読んだだけでは伝わるものではない、というのは明らか。
それは枝葉の部分だから、その根にある理念を語りつつ具体的な話をすること。
そして自分の言葉で語りかけること。
もっと練り上げなければなりません。

ひまわりの種の芽が増えていました。

GW

2010年05月06日 | DAYS
GW、妻との思いつき旅行を楽しみました。

予定は温泉のみだったのですが足を伸ばして金沢、朋友のアトリエへ。
突然の訪問にも快く案内をしてくれた。感謝

高校を卒業して故郷を離れ、金沢で加賀友禅絵師として、そして二児の父として頑張っている。この経済状況の中、加賀友禅の需要は推して知るべし。
偉いなあ、俺もまだまだだなあと思いました。

あとは金沢の物見遊山、京都で観劇。
秋の戦いを控えて何やってんだと思いながらも、月に一度の通い夫。時が近づけば大阪にはいけなくなるだろうから、と自己弁護。

夫婦水入らず楽しい時間を過ごしました。
戦いの資金の話以外は(爆)

移動のお供は先生から頂いた長編「竜馬がゆく」
2巻までしか読めなかった。


さてスイッチを切り替えよう。

今日から新しい事がはじまる。

資本主義と自由

2010年05月02日 | 本や音楽、講演などなど

資本主義と自由
ミルトン・フリードマン (著)

リバタリアズム(自由主義)の古典、1962年の出版ながら読まれ続ける名著。
文体にちょっと古めかしい感があるが、政治的自由、経済的自由とは何かと考える時に多様な気付きをもたらしてくれる。

巻末の解説にもあるとおり60年代に発されたとは思えず、現代の経済問題を論じているような内容だった。
帯には「世界の構造改革のバイブル」とあるように、現代でも耳にする政治課題、小さな政府、教育バウチャー、民営化や負の所得税、機会の平等等についても論じてある。
一過性の主張ではなく”長期的に成り立つ”論理であり、今なお先進国の金融政策に影響力を持つ論理だとのこと。
ただ60年代から同じ問題を繰り返しているのか、とも思ってしまった。

市場主義者(万能論者ではない)で政府(というか権力)は限りなく小さくあるべき、という自由主義に貫かれるその理論は単純明快で親しみやすい。
数値的なデータなどで論じているのではなく、思考の転換から論じられているので「なるほど!」と得心するくだりが多かった。そりゃーヘ理屈だろうと思えるものもあるのだがよくよく考えてみると・・・自分の思考の狭さが判る。

・企業の使命は利益追求、社会的責任など無い
・医師免許は医療の質を落としコスト高に繋がっている。
・社会保障・年金政策・公営住宅は不要

などと活力を失った現代の日本には受け入れ難いであろう主張も読み進むにつれ納得してしまう。

ただ全てを鵜呑みには出来ないようにも思う。
社会保障サービスから鑑みれば、市場に任せる事によりその費用は増大する。

寄らばなんとやらではないが、自由を脅かす原因は善意に内在しているからだ。
市場の法則によりメリットとコストが調整されるまでには時間がかかり、混乱や不満が渦巻くだろう。

しかし、それを是とするのも自由主義の強みかもしれないし、人を惹きつける思想なのだろう。

著者も自身の主張がいつの時代も正しいとは限らないとも言っているので一概には語れないだろう。


自由とは何か?

それは自らの自由を守る代わりに相手の自由を守るという事だ。
そして干渉と温情を排し、機会の平等を重んじる事。

発表当時は先進的過ぎて過激、と受け取られたようだ。
出版当時の大ベストセラーになりながらも、主流だったケインズ派やマスコミに黙殺されるほどであったという。


違和感のある主張もあるのだが、自由の松明を引き継がせんとするミルトン・フリードマンの魂、いわばアニマル・スピリットには学ぶべき所が多いと思い、時間を十分にとって読み返したいと思える一冊です。