北村タカトシ(旧ブログ)

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お線香

2004年08月23日 | 所属団体・地域活動など
昨日、専務が決定した。
まつりの副理事長も決定した。

とにかくヘビーな役割だ。
なんといっても仕事と家を空けることが格段に多くなる。
俺はまだ家庭もないし、きままな一人暮らしだ。
(カヤクカエッテキテ~w)

受けてくれた両名にも感謝したいが、それにもまして両奥方様にも大感謝。

専務奥様
「うじうじなやんどらんで、もう決めてるんでしょ、返事してきたら!いまさらいいパパなんて期待してないけん」

まつり副理事長奥様
「貴寿くんが理事長やろ?そらせんばたい」

涙がちょちょぎれます。
絶対に裏切れない人が沢山できます。
とりあえず沖縄土産もって俺の挨拶にいかねば・・・

ああ、まじで、うれしい

本当に6月から理事長予定者となって、ブロック事業をかかえながらの組閣だった。

昨日まで、本当に真っ暗闇のなかを泳いでいるようだった。
行く先は何にも見えないんだが、手足を動かして泳いでいないと溺れてしまう・・・そんな毎日だった。

受けてくれた人に本当に感謝したい。
俺はイレギュラーな存在で、前例が無い理事長だ。
最年少、立候補、信任投票、現状否定の所信表明
腫れ物に触るような人もいる。

でも、それでも助けてくれる仲間がいた

一銭にもならない、
リスクを背負うことが多くなる、
金を使う、
俺を含めてそんな役職だ。

俺を見てきてくれた人が助けてくれたんだと思う。
それは自分が間違ってなかったことだろう
そして、いい人に出会った、ということだろう。

久しぶりに仏壇にお線香をあげた。

どっちかというと俺は神教だが、このさいなんでもよし

ありがとう、合掌

ヘブン

2004年08月16日 | バイク&自転車&長崎ピースラリー
5日間だけの研修生が帰っていった。

武蔵野音大のミュージシャン志望、
最近では大学を卒業するのに介護体験が要るらしい。

(余談だが、何故これほどまでに介護体験を教育に持ち込むのだろう?心の教育問題だけでなく、超高齢化社会を見据えた官僚が破綻しかねない社会保障をみすえて、介護に対する抵抗感を早いうちから拭い去っておく、との施策があるのでは?というのは深読みだろうか?)

学生さんらしく、活き活きとして、感動屋さんで、5日間だけなのだがすっかり溶け込んでしまった。
最終日には別れを惜しみ、感動して涙を誘っていた。

これはある種の才能だ。同調する才能、感動する才能。
ナチュラルに人を感情に入り込み、揺さぶっていく。
本当にいい娘だ。彼女は成功するだろう。

絶望を味わって、挫けなければ。

若さ特有の希望に満ち溢れた”学生ノリ”

そういうふうに眺めるようになったのは、いつの日からだろう・・・すこし口惜しい。


お盆が終わった。

毎度毎度のことだが、結構なスケジュールだった。
阿蘇バイクヘブンでは雷をバックに雨にぬれながらライブ。
下は泥だというのに、結構な人間が踊り狂ってくれていた。
すこしはしゃぎすぎて首が痛い。

疲れているし、高揚もしているんだが、あくまでも”ショー”だ。冷静なところを残しとかなければならない。

最近そんなことが上手くいくようになった。
冷静なもう一人の自分、ってやつだ。

まあ、そんなこんなでも終わった時はぐったりしている。
小一時間ほど身動きが取れない。年だなあ。
体から湯気が上がっている。8月、それも雨なのにね。

で、変わらぬ面子と、焼肉、酒、世間話。

あんまり面白くない。

やっぱバイクで来なくちゃダメなんだ。

ミーティング(宴会)は夜だけの話、
それはツーリングの延長にあるもので、
どんなランだったから、トラブルがあったか、そんな酒の肴がないと話も弾まないし、いまいちしっくりこない。

やっぱバイクでないと

風を全身で受けて走らないと、

俺様のチョッパーでないと、ダメだなあ・・・

すこしの休みが終わり
(といっても疲れにいったようなもんだが)
また、果てしない日常が始まる。

人事は今一歩踏み出せない。
まさに閉塞状態だ。
仕事にもノリが無い。
何とかやり過ごしてる感じ。

だめだねえ

もうチョットマシな日記が掛けるように、頑張らねば。

100年

2004年08月06日 | 所属団体・地域活動など
続くと老舗、と長崎では言う。

25年目の夏越祭りが終わった。
来年は実行委員長をやる予定だから、また違った視点で祭りを眺めることができた。

金が集まらない
子どもが多い
どこでも同窓会状態
時間的な縛りで踊り連が乱れる
1週間仕事をしないメンバー
顔も見ないメンバー

いろんな問題点があるが、3日目の全ての撤収が終わり
2時ごろから飲みだすビールの美味さは毎年のことだ。
これぞ街づくり、だ。

26年目の祭りを創ることになる。

いま25歳の人は生まれながらにある祭りなんだ。

これは大村の文化です。それを歴史にしなければいけない。
そして100年、200年、続く祭りにしなくちゃいけない。

ぶち上げた。

何の為に?
誰のために?

まったくわからない。

自分の為だということは分かってる。

ただ、命を燃やしたいんだ。
生きてる、その証が欲しいんだ。

あと何年生きれるだろう。
あと何年社会参加できるだろう。

万物は流転する。
それは自然の摂理。

いろんなものが生まれて消えていく。

せめて、生きている間ぐらい、変わらないものが見てみたい。

自分で創るしかないんだ。