北村タカトシ(旧ブログ)

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祖国の再建から再生へ(第一稿)

2011年12月10日 | 原稿等
祖国の再建から再生へ

~東日本大震災における復興ボランティア活動に参加して~

 7月14・15日の二日間、長崎ブロック協議会主催の震災復興ボランティア活動に参加いたしました。初日はレンタカーで仙台市を視察いたしました。市街地には殆ど震災の爪あとは見られないのですが、高速道路の高架を潜り抜けると景色が一変します。いたるところにがれきが散乱し飴のようにねじ曲がった電車や車が田畑に突き刺さっています。津波にさらわれたのでしょう、基礎だけが残った墓地のような住宅街、窓ガラスが全て無くなっている老人ホームや小学校、鼻をつく独特の臭気とハエの大群。聞けば高速道の高架が防波堤の役割を果たし、市内の被害は少なかったのだという事でした。報道で知りえてはいたものの、現地に立つと改めて自然の脅威と震災の規模に言葉を失いました。

 翌日は宮城県亘理郡山元町の社会福祉協議会でボランティア登録を行いました。事前の打ち合わせでは先日も津波注意報が出たとのことで緊急時の避難について指導があり緊張感を持ちながら作業に入りました。私達の支援内容は重機などが入らない個人宅の復旧作業です。海岸から三キロ離れているという老夫婦のお宅は1階が津波の被害を受けられており、敷地内のガレキと土砂を撤去する作業に取り掛かりました。

 7月の盛暑、快晴。34度での屋外作業では汗が滝のように流れ落ちます。社協から渡されたクーラーボックスには水と梅干しが用意されていました。韓国からの支援物資なのでしょうか、中にはハングル語のペットボトルなども見られました。水分補給を頻繁に行いながらスコップで土砂を掘り起こす作業を続けます。表面は乾いていますが、掘り返すと湿っており海のヘドロと同じ悪臭がします。掘り起こした土砂とガレキを土のうに入れて一か所に集める単純な作業なのですがなかなか思うように進みません。30代の男性8名で作業しているのですが、改めて人間の力は無力だと痛感します。撤去するガレキや土砂の中には農作業用品の残骸が多いのですが、たまに台所用品や本、写真が出てきます。私たちが発見した写真にはクリスマスパーティーでしょうか、サンタ帽をかぶり楽しそうなようすの男の子が写っていました。写真はボランティアセンターへ持ち帰り、再生されて持ち主に渡るよう展示されるそうです。

 作業の合間にお話をお伺いすると水道が使えるようになったのは1か月前、電気はまだ来ていないということで避難所暮らしが続いている。夜は避難所、日中は自宅に来てボランティアの方々と復旧作業を続けているということでした。私達の復旧支援は一瞬でしかありません。しかし、被災者はこの現状に毎日向き合っていられると思うと、胸が痛みます。しかし「皆さんに助けられて本当にありがたい」と繰り返し述べられます。その表情からは悲痛さは感じられませんでしたが大変な艱難辛苦に遭われてのこと。その辛さや悲しみは想像を絶します。社協のスタッフに現況を聞きましたが、土日はボランティアも多いそうですが、平日が少ないとのこと。これから夏休みに入るので学生のボランティアが増えることを期待しているとのことでした。

 短い間でしたが現地で復旧作業にかかわる事ができ、改めて命とは、私達の使命とは何なのかを考えさせられました。

昭和24年、大東亜戦争において国土を蹂躙された我々の先輩方は「新日本の再建は我々青年の仕事である」と高らかに宣言し「祖国の再建」を使命とする青年会議所を興されました。そして本年3月11日、戦後の国難とよばれる東日本大震災が発生、自然の猛威によって故郷や尊い生命が失われ、日本全土が悲しみに打ちひしがれたのは言うまでもありません。

この国に生きる青年として我々は今何をなすべきか。

それは「祖国の再生」です。

我々日本人は自然の脅威に臆することなく、その力をしなやかに受け止めながら国民の絆を紡ぎ合わせ、復興という希望の灯を燈しあい、行動を興さなければなりません。青年会議所はもとより、我が国全ての青年の仕事は「祖国の再生」なのです。

また、震災よりの復興は無論のこと、経済の停滞や超高齢化社会の到来など様々な課題を抱え、国力が失われつつあると言われています。しかし、私達には必ずできる。戦後の荒廃した我が国を「JAPAN AS NO.1」と言わしめるまでの経済大国へと成長させた英知と勇気、情熱を再び興せば、気高き日本を、凛然とした日本を創造することが必ずできる。明るい豊なまちを再生する事が必ずできるのです。

私事ではありますが、11月末に陸前高田市、気仙沼市を訪れました。震災の爪後はまだ生々しく残り、復興への道のりはまだ遠いと改めて感じましたし、当地の副市長は全国報道が少なくなっていることを懸念されていました。

東北は厳しい寒さに包まれています。私達は祖国再生への熱を冷ますわけには行きません。彼の地に思いをはせると共に、大村市民の皆様に継続的な復興支援を頂きますようお願いを申しあげ報告とさせていただきます。

文責 特別室長 北村貴寿