北村タカトシ(旧ブログ)

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GL育成塾卒塾式と日本JC卒業式

2013年10月09日 | 所属団体・地域活動など


全国大会行ってきました。

初日は最後の?京都文化を堪能。
翌日は薬師寺でGL育成塾卒塾式。

なんと櫻井塾頭が体調不良。最後にご挨拶ができず残念でした。

卒塾講義は我が敬愛する田久保先生。
聖徳太子の時代から元寇、ペリー、日露、大東亜戦争と日本が国家間の緊張を経て成長してきたという内容の講義。贐の言葉は塾生三原則というべきもの。

「良書を読む習慣」「人と人の繋がり」「志高く」

そしてなんと最優秀塾生賞を賜る。

90分40コマの講義を長崎から。正直大変でした。
しかし入塾は私のJCライフ集大成というべきもの。
旅は恥のかき捨てとばかり声を張り上げ、時には的外れな質疑も。
もうすこし考えて言えば良かったダメだし。
ブロックやLOMも講義の為に失礼する事が多かった。
傍若無人に益々磨きがかかる私を温かい目で見守って頂いた皆さんのお蔭。
この誇りを忘れることなく、更に精進いたします。

第三期の開塾は確定しています。
今期塾生100名の内、卒塾できたのは42名という厳しさ。
費用もそれなりにかかりますし(すべて私費です。誤解なきよう)決して易いと言える塾ではありませんが、向学の志を満たすことを保証。我こそは、いざ。

そして日本JC卒業式。世界遺産・東大寺を貸し切っての卒業式は本当に感動的でした。

奈良JCが主管エントリーして、幾度となく落選。
その間、不条理な決定もあったように感じます。
しかし腐ることなく、負けても負けても這い上がってきた奈良JC。
その「ど根性」に相応しい私のJCライフの中でも最高の大会でした。
ただしエンタメ除く(失礼、個人の感覚です・・・)

全国の同志5,182名が卒業。卒業生スピーチでは入会当時から17年の思い出が走馬灯のように駆け巡り思わず涙。

懇親会では伊丹JCさんにおんぶにだっこ。
古い友人の顔が見れたので共に卒業できる嬉しさもひとしお。
毎年の事で恐縮です。ありがとうございました。

翌日は奈良を散策、東山魁夷に心が安らぐ。まほろばバザールにも参加者多し。70%の降水確率にもかかわらず一滴も降らなかった。奈良JCの思いが通じたんだろうな。
長崎に帰り着いてからも締めまで設営いただき感謝、感謝です。


私にとって日本JCとは何だったか。
それは「新しい扉」だったと言えます。

最初にそれに触れたのは2005年、理事長を拝命した年です。
それまでもブロック出向などはしていましたが、長崎県内の活動どまり。

理事長として総会の議決を行使したり、会頭選挙も開催されましたから投票も。
LOMの代表として出ている、という意識を持ちました。

それまで「日本JC何するものぞ」なんていうアレルギー意識もあったのですが、ローカルだけではなく、国全体に視点を置き、JC運動を展開することの意義や素晴らしさに触れた年でもありました。

その思いをさらに強くしたのが2008年ブロック会長を拝命した年。

「LOMと日本は両輪」全国津々浦々の同志たちがまちづくりの為に汗をかく
その輝きを共有し、国づくりを推し進める。その目線の先にあるのは我々の綱領「明るい豊かな社会を築き上げる」ほかならない。

特に私が力を入れたのはマニフェスト型公開討論会運動。
2003年に始まったこの運動、今では開催するのが当たり前。全国での標準装備となりました。
黎明期の開催にはかなり苦労しましたが、今ではメンバーがコーディネートを務めるまでになった。
静かに、そして着実に国づくりが成しえた好例です。

色々な運動を見てきましたが、センセーショナルなものは長続きせず、徐々に綻びも目につくようになることが多いように感じています。

私がお支えした会頭は強いトップダウンではなく、意識の共有に腐心されていたように感じます。
地域それぞれの多様な運動が展開されている中にも連携した運動が織り交ざり百花繚乱。
長崎ブロックの事業や大会もバラエティに富んでいました。
全国の同志たちと肩を組みつつ東奔西走した一年。
大変だった、でも楽しかった。忘れえぬ思い出です。

地域の運動は日本の運動と両輪。
しっかりと向き合い歩調を合わせてこそ前進できる。
これも青年会議所の強みの一つ。
まちづくりは国づくりなんだなあ、と実感した一年でありました。

その後は九州地区の運動や日本JCに微力ながら携わる。

私の意識を大村から全国へ開いてくれた新しい扉
それが私の日本JCだったような気がしています。

残り2か月ばかりのJCライフでLOMも卒業。
LOMでやり残したことはありません。

しかし伝えきれなかった事はあると思います。
それを伝える事が最後のミッション。


もうちょっと頑張ります。

まつり雑感

2012年08月10日 | 所属団体・地域活動など
33年目の夏越まつりが終わりました。今年も皆さんに感謝。

色々と雑感を書きとめておこうと思います。
異論反論あるでしょうが独り言ですのでスルーしてくださいな。


・人事

私が夏越まつりの担当室長を引き受けたのは明確な目的があったし、それが条件だった。

それは実行委員長職を青年会議所理事長に戻す、という事。


やってみなきゃ分からない事がある。

2007年、歴代の理事長が務めてきた実行委員長職(勿論私も務めた)を外部団体の長に振り向けた。

その事務を執ったのは当年のまつり担当理事であるこの私。
先輩方から異論が噴出した人事だったが、当時の理事長と共にやり抜いた。

それから数年。

その変革が目指していたものは達成されなかった(他団体との連携やまつり母体の移管)
それどころかまつりへの熱を徐々に失わせる状況となった。

もっとも人事だけやって、後の改革を続けなかった、という見方もできる。


誤解を恐れずに言えば、青年会議所がメインでやってるまつりです。夏越まつりは。

その青年会議所が「まつりの核」となる覚悟を持ってないと他を巻き込む事なんてできない。

夏越は大村の文化だ。100年続くまつりにしよう。といい出したのは私です。
その為にはまつりバカが100人必要ってことに改めて気付かされました。


実行委員長職はタイミングの良さも手伝って目論みどおり理事長が就任。
会長職もドタバタしたが、とりあえず棚上げ。

兎に角、最大の目的は達成された。本年のまつりに悔いなしです。


後進の皆さんへ。

大変な事も、辛い事もあるだろう。
だけどまつりを愛して欲しい。
まつりはまちづくり、人づくりそのものだ。

まつりに携わっている事を奢るのではなく、静かな誇りとしてください。


・打ち上げ

十数年続いた3日深夜の打ち上げを4日へ延期。
これには結構悩んだ。

昨年設営部会を担当した事が発端。

3日にある程度の撤収、1時頃までゴミ拾いをやる。
それが終わって飲む酒は、まつりの高揚感も手伝って素晴らしく旨い。
感きわまってスピーチする担当者の涙、涙で飲む酒は最高。
そんな宴も毎年だいたい3時ごろに終わります。

そして4時間後、7時から撤収作業が始まるのです。


大変な準備、3日間のまつり、解放の酒、睡眠不足、酷暑の作業。


そして飲酒運転や事故のリスク。


おまけに自衛隊、行政職員、ボランティアといった外部にお手伝いを頂くにも関わらず、実行委員会のメンバーが集合時間に集まらない。

設営部会だった去年は4時間後の事を考えると楽しさも半分。


なので撤去を終えて、全員がゆっくり飲める4日の夜、としました。

まつりの美酒は1日置いたぐらいでは味は落ちない。
それどころかゆっくりじっくり担当者の話が聞けて、ますます酒が旨かった。

異論もあるでしょうが、打ち上げは4日の夜にやってよかった、と思います。


今年は昨年の3倍以上のメンバーが朝から撤収に来てくれました。
私がこれまで携わった中では史上最速の撤収作業でしたよ。


・コストカッター

赤字決算を受け、予算全体の見直し、コストカットを断行。

昨年の担当者に赤字決算をしっかり出せ、といったのは私。
(費用の年度配分をいじるか貯金に手を付ければ目立たないようには出来る)

そして、それを理由にさせて頂いた事は心苦しく思っています。


年々予算規模は縮小(現在一般会計1500万、最盛期の半分です)何かを削らなければならない。

ただそんな中でも「今年のカラー」を出す為には幾らかは仕方ないか、と思っていた。
昔の話だが、私も光るラインアートを導入させて貰ったり、良い思い出があった。

今年のまつり担当者は初の理事職。
彼が考える「今年のまつり」を実現させてあげたかった。

彼が考えてきたのは神事関係の大型構造物。

結構かかるかな・・・と思っていたのだが、安全性を鑑みて断念。費用計上も見送り。

しかし、これで吹っ切れた。

外部や内部問わず予算要求にはNO連発。
お断りした発注先にも心苦しい説明を。

そんな中、実費のみで設営物のリニューアルをしてもらったり、ラジオで取り上げて頂いたり。

心から感謝しています。ありがとうございます。



赤字を取り戻す!と大見えきった寄付金850万の予算立て。
資金部会の皆さんにはご苦労をかけました。

まつりをやるには金がいる。なので6月例会からスタートだとハッパをかける。
準備室のアピールにもこだわった。

部会の目標額は800万。

当日御礼の芳名チラシを出す、ということで締め切りを早めに設定。
ちょっと心配だったが見事に達成してくれた。

当日芳名チラシを出せた事は、私の携わった中でも記憶にない。
資金部会をはじめ、仕事の合間を縫って市内を駆け回ってくれた皆に感謝です。


ただ(震災の起こった昨年は別にして)例年850万の寄付収入を見込んで立てていた予算は見直しを迫られる。

これからも厳しい運営が続くのは変わりないだろう。


・まるなげ

組織の見直しで広報部会を必殺丸投げ。M曰く「無理すぎ」

I君すまん!反省してます・・・

子ども提灯は市街地の再開発を理由に子ども絵馬へ変更。
これで子ども達の絵を踏みつけてゴミに出す撤収作業が無くなったので嬉しいです。

ポスター、ロゴマークコンテスト等を目論んだが失敗。
こいつも丸投げしすぎで手が回らなかった。やはり早めの取り組みが必要だ。

ウチワは新進気鋭の書道家に協力を頂き好評だった。センスは価格が問題。ロットが低いとどうしても単価が上がるんだよね・・・


・先輩

お手伝い、ご芳志、ありがとうございました。
私の現役中にまつりはあと1回。

先輩方のようなお手伝いができると良いなと思いました。

・涙


はじめてあんな涙を見た。
でも次の日には毎年見る涙に変わっていたのでホッとした。

ただ考えなければならない事がある。

彼を自己嫌悪に陥れるような組織になっていないだろうか。

彼に謝罪させたのは私達のせいではなかったか。

私も含めて。


まつりは一人でやるものではない。

彼に謝罪させるような空気が流れる組織で、その後を繋ぎたくなるだろうか。
彼が届かない所が沢山ある。それをチームでカバーする。そんな組織でなければならない。

おまえは33人のうちの一人だ。自信をもて。


写真は鹿島おどりのウチワ。

毎年鹿島JCからも夏越総踊りに参加してくれます。
今年は担当なので久しぶりに行って踊ってきました。

夏越総踊りのモチーフとなったまつりです。
水害被災者の鎮魂を目的に鹿島JCが始め、来年は50周年だとか。

外部団体との運営分担がうまく機能しており、当日は鹿島JCメンバーも踊っている。
数年前までは、夏越まつりもJC踊り連があり、卒業生中心に踊っていました。飛び入りなんかもそこで受けてたっけな。


今日の例会後はJC内部の反省会。しっかり議論して欲しいと思います。

34年目のまつりに向けて。

変わらないために、変わる。

2012年07月26日 | 所属団体・地域活動など
今日は夏越まつりの成功祈願、そして部会間の最終ミーティング。

夏越まつりは大村市が主催している、と思われている方も多いようです。会長は市長となっていますので無理もないのかも。

実質は実行委員会を組織する大村JCが主体となりボランティアで運営、そこに自衛隊や市の職員有志、JCOBや関係者の皆さんのご協力を頂き、成り立っているまつりなのです。

そして、その運営資金もほぼ全てが市民のご寄付によって賄われています。


資金集めが一段落しました。

今年もまつりの為に皆様の浄財をお預け頂いた事に心から感謝いたします。

そして、資金部会の皆さん本当にお疲れ様&ありがとう。連日の資金回りやメンバーへのお願い、みな仕事を放り出しての活動には心より敬意を払いますし、この厳しい経済情勢の中、昨年を上回る素晴らしい成果だったと思います。


しかし悲しいかな厳しい現実、目標額には届きませんでした。


昨年は大震災の事もありかなり苦しい運営でした。
備品の入れ替えもあり100万円弱の赤字。そんな中、私は一昨年の金額を目標設定し、昨年出した赤字を吸収する!と大見えを切りましたが、その実現は難しそうです。

昨年はレアケース、ひょっとすれば目標を上回れるかもしれない。
達成できればこれまで通りに運営できる・・・と淡い期待を抱いていましたが、現実は厳しかった。

各部会に緊縮予算のお願いをしており、費用計上を見送った部分もありました。
心苦しい説明をするのは辛いものです。

33年に渡るまつりの決算を紐解けば、華やかな時代もありましたが、近年は縮小傾向。その流れはおそらく止まらないでしょう。

ここを削り、あそこを削り・・・といった対処療法には限界も感じます。思い切ったやり方が必要なのかも。


私は23歳でJC入会以来、このまつりに携わってきました。ありがたいことに実行委員長もやらせて頂きました。思えば入会したキッカケもこのまつりです。

100年続くまつりにしよう、と言いだしたのは何時の頃だったか。

私の弟などはまつりがある時期に帰郷します。
生まれながらにしてある故郷のまつり。
おおむらの夏の風物詩となっているのは間違い無い。


変わらない為に、変わらなければならない。

私はまつりを作った世代ではありませんが、まつりを守ってきたという自負はあります。
続ける為の悩みや苦しみ、そんな世代が負った務めなのかもしれません。


このまつりをやり続け、後世に引き継がなければならない。

このまつりを続けていること。

それを奢るのではなく、静かな誇りとしながら、明日に向かおう。


みんな、がんばろーぜ!

ちっごのたから

2012年04月15日 | 所属団体・地域活動など

筑後市のマニフェスト進捗状況報告会にファシリテーターとして参画してきました。

2年前の市長選挙、公開討論会でコーディネーターを務めたのがキッカケ。
任期折り返しなので検証をしたい、ということでお声がかかりました。

近しい皆さんには

「地域の問題は地域の方が一番よく知っている。選挙の際はシガラミ無しの他所者が良いが、検証は地域の方が良い」

というお話をしており、頂いたオファーもお断りを続けていました。
それは私以外のコーディネーターを増やす、と同義でもあります。ひいては公開討論会の永続性に繋がり、最大の目的である有権者の政治リテラシー向上につながる、と確信しているからです。


じゃあ何で筑後だけ?と思われるかもしれません。

筑後の公開討論会はJCのご縁が始まりですが、主催は複数団体が参画する協議会。
そして主体はJCではありません。

JC主導であればあそこの直前、そちらのブロック、地区に誰それ、と外部ネットワークや人材は豊富なのですが、このケースは当てはまらない。
渋ったのは事実ですが、検証のお世話はこれが最後、ということでお引き受けすることに。


一度大村まで足を運んでもらいヒアリング。既に資料や進行は緻密に組み立てられており、協議会ブレーンの性格が垣間見えます(笑)

そして当日、午後に筑後入りしてあちらこちらと御案内を頂きました。
2年と短いようですが、少しずつ街の姿が変わっています。
特に昨年の新幹線開業、船小屋温泉の再興事業は興味深いものでした。


写真は一面に広がる梨畑。

梨の花が満開、生産者の方々は受粉作業に大忙し。
本当に素晴らしい景色だった。これは筑後の宝ですね。
天皇賞も受賞したとかで、他にもイチゴ、ブドウ、お茶も一大産地です。

惜しむらくは、イチゴは博多あまおう、お茶は八女茶、と他所の名前が冠されている事。
ブランドの販売力は絶大、という事ですね。

近隣自治体と広域観光プロジェクトを進められており、筑後は「恋の国」なんだそうです。恋とフルーツ、スイーツなどは親和性が高いような気がします。

温泉、新幹線、フルーツ、恋、広大な公園(福岡県一広い公園が整備中)・・・イロイロやれそうだなあ、とワクワクしますね。組み合わせのイノベーションに期待したいところです。

さて本番、検証大会は人が集まらない、というのが定説なのですが、なかなかの客入り。
聞けば会長(筑後JC直前)が人知れず一人キャラバンをやってきた、とのこと。総勢90名ぐらいだったでしょうか。多いほうだと思います。

市長は県職から副市長そして担ぎ出されて一期目。いわゆる政治畑の人ではなく手堅い行政経営、マニフェストの説明も丁寧な印象でした。

なかでも最重要政策の部分については強い思いがあられたようで、作りこまれた資料の説明に時間を掛けられた。なので最後はバタバタと駆け足に。
私の時間配分に反省が残るところです。アンケートも概ね好評のようでしたし2年後の筑後がどう変わっているか楽しみですね。


公開討論会関係で、他の自治体の事を聞いたり調べたりするのはとっても勉強になります。筑後の決算、予算の説明書などは素晴らしいな、と思いました。大村市でも導入できないかな。

反省会では協議会メンバーが減った話も。
どこも同じだよなあ、何とかせんばですねえ・・・


今回筑後を回らせて頂いて、沢山の宝物に出会いました。

しかし、それを生かすも殺すも人次第。
「筑後の宝は筑後人」、ということでしょうね。


今後が楽しみなメンバーもいるようですし、既に2年後のコーディネートの予約が(これは選挙の討論会ね)


筑後の未来が楽しみです。

長与町の明日

2012年04月12日 | 所属団体・地域活動など
ローカルマニフェスト型「長与町の明日を考える」公開討論会にアシスタントとして参加してきました。

神吉さんから打診があったのが3月。

3月議会や公務で動けない。日程が合えば当日サポートします、とだけお答えしておきました。

4月に入り日程が決まりましたが、なんと大村JCの例会とバッティング。
JC生まれのJC育ちの私、例会を欠席するなんてことは超ストレス・・・というかまずあり得ないのです。

しかし長与町には長崎JCのメンバーはいますが地域に根差した、といえるLOMがある地域ではありません。当日の運営スタッフも揃うかどうか、という脆弱な実行体制だ、という事をお聞きし気をもみました。


ここで長崎ブロック協議会会長の英断。


協力団体として名乗りを上げてくれました。これが私にとっては錦の御旗、例会は公務欠席扱い。

同じくしてOBから連絡を頂いたり、メンバーが動き始めました。
公開討論会開催は百戦錬磨、この国に公開討論会を根付かせたのはJCの力だ、と臆面もなく主張してきましたが、集まったメンバーの動きは相も変わらず素晴らしかった。

Dブロ長、御当地H理事長はじめ、集まった皆それぞれが自分の役割を自分で見定め、ただ淡淡、粛々とこなしていく。

事前の打ち合わせらしきものは皆無(リハーサルもできなかった)なのですが、非の打ちどころ無しの進行だったかと。

お陰で開会3時間前に「統計資料の説明よろしく、壇上でね」と炸裂する神吉キラーパスにもなんとかさばく事ができたような。

改めてJCってすげーぞ、と思いました。


さて、40年間選挙らしい選挙が無かったという長与町、公開討論会の開催ももちろん初開催。

町議会議員選挙も無投票、という話を聞いたものですから、政治への関心は低いのだろうと思っていました。ある意味幸せな地域です。
告知も徹底できていない、という話だったので、600名収容のホールは大きすぎたんじゃ・・・なんて思っていましたが杞憂に終わる。

大ホールは立ち見が出るほどの盛況。そして町民の皆さんの真剣な聞く姿勢。
私も説明だけでしたが力が入りました。素晴らしい公開討論会だったと思います。


その核となったのはだれか。


それは、JCメンバーではなく、ある長与町民です。


長与の未来を憂うその町民は、討論会をやるという決断をし、絶対にやり抜くという覚悟をしました。
40年間、選挙らしい選挙が無い地域。聞けば公開討論会など見た事も無かったそうです。あるのは絶対にやるんだ、という覚悟だけ。

相当なプレッシャーだったと思います。終了後に流れた涙が物語っていたような。
私も初めてやった時の事を思い出した。


変化を望むなら、まず自分が変わろう。
初めての事を始める為に、とにかく一歩を踏み出そう。

そんな心意気にJCメンバーが呼応し、素晴らしい討論会に繋がったのだと思います。
そして会場に集まった町民の皆さんの志も本当にありがたかった。


長与も捨てたもんじゃないねと思いました。
長与の明日は明るいね、と確信した夜でもありました。


あ、そうそう


例会は公務欠席ね!
”出席”扱いで頼むぜ!

まつりにおもう

2011年08月05日 | 所属団体・地域活動など
夏越まつりの裏方を担うJCに入って15年。今年も無事に終わりました。
この祭りには様々な担当部会があります。


・資金部会

何をやるにも資金が必要。市が税金でやってる祭、と思ってる方が未だにいますが間違い。殆どが寄付金で賄われています。その規模は経済と連動しますので、予算規模は年々縮小。なので、これまでどおり、とはいかない部分が沢山あります。

資金が潤沢で華やかかりしころもありましたが、今では子どもたちに配るお菓子の仕入れ値を1円単位で交渉するメンバーもいるほど。

JC直前理事長(前年度の理事長&実行委員長)が責任者となりますので、私も1年だけ担当した事があります。


・催物部会

「催し物は祭りの華」といわれていました。複数年携わっていましたね。自分がバンドをやっていましたのでミュージックフェスタに入れ込んでいました。

今ではお任せになっていますが、応募用紙を作って審査会をやったり、ステージを市内高校生のアートワークで飾ったり、自分で出たり、バンドさんと喧嘩してしまったり(反省)
楽しい部会でしたが当日の忙しさは結構なもんでした。


・広報・事業部会

ここにも複数年。まつりのPRを担当します。ポスター作りやメディア出演。
ミス大村を連れてのテレビ局周りは楽しゅうございました(笑)

なかでも光るロープをつかってのモニュメント作成は思い出深い。
今では444号沿いのイルミネーションが有名ですよね。

夏越まつりでは市内各所に横断幕などを張るのですが、普通じゃ面白くない。
どうせなら、誰もが見つめてしまうようなでっかい看板を作りたい、それも光るやつ。と思いつく。ひと月前に。

JCメンバーに提案すると時間が無いけどやってみよう、ということで突貫事業。デザインを起こしたり設置場所を借りるための難題をみんなで解決したりでめでたくバカでかい光る看板を国道沿いに設置する事が出来ました。

しかし担当を外れた事もあってか2年で露と消える(涙)


事業部会も併設だったんで、宴席を狙ってTシャツ販売キャラバンなぞをやってましたんね。



・交通渉外部会

かなり地味、でもこの部会が機能しないとまつり場が出来ません。
1年だけ担当。JCがペーパーレス会議に移行する時期だったので、様々な渉外文書をデジタル化して一つのファイルに集約した。今でもこれがベースになってるはず。

レンガ通りの一方通行の由来が分かったり、それを解決しようとしたが玉砕したりしたっけな。


・神事部会

近年連続で務めました。

夏越まつりは神事を核としたお祭りです。

その昔は火切りの儀があったり臼島からのろしを上げたりしてました。現在はどちらもやってませんね。臼島の草刈りは蛇が出ると脅されて怖かったです。
のろしを上げるときはもの凄い火の勢いで死ぬかと思いました。

神道は日本古来の文化、いわゆる宗教とは異なります(諸説ありますが)
私は国体の源だと考えてます。

そんなご縁もあって氏子になったりしました。

JCも後2年ですので、神事を極めてひっそりと卒業、OBになっても少しぐらいは手伝おうかな・・・なんて考えてましたが甘かった(笑)


・設営部会

15年目にして初の設営部会配属、それも責任者に。

長年やってても現場で汗をかくことと、段取りをする事は全く違います。
知らない事が多数あるもんでミスが多かったし、初の業者が入ったりトイレを設置したりで右往左往。

あれもやってない、これも抜けてる、で良くなじられました(泣)

まあしかし設営から撤去までけが人もなく完了。結果オーライってことで。

倉庫がクタクタの段ボールで埋まるのは気分が宜しくない、祭りに対する愛情が感じられない、ということで提灯コンテナを導入。
初年度なので勝手が違い、コンテナが足りないぞ!ということで急きょ段ボールを取りに行ってもらったが、終わってみれば空のコンテナが多数出た。まあ初めてなんで仕方なし。あとは「スワ式」を浸透させればバッチリですよ。

来年も担当したらもうちょっとましになるかもですね。


今年の個人的反省。

・怒鳴ってしまった。もう少しソフトに。
・お任せしすぎ。チェックをするのが責任者。




・・・え?出店部会?


(T_T)

東北から横浜、そして夏越まつりの準備

2011年07月23日 | 所属団体・地域活動など
復興支援ボランティアからそのまま横浜入り。
サマーコンファレンスに参加してきました。

日本の未来選択委員会が「日本の未来選択フォーラム」を主催しますので末端メンバーとしてお手伝い。
大村JCのメンバーやブロック会長にもご参加頂きありがとうございました。

パネリストは楽天の小澤氏、ドットジェイピーの佐藤氏、私も受講した公開討論会コーディネーター養成マシーン(笑)の池田氏です。

個人的には小澤氏のコメントが面白かった。
世代間対立アジテーターという感じでしたが、対立構造になってしまうのは事実でしょう。

若い世代が政治に関心を持つためには「憤り」も一つのエンジンかもしれませんね。
アジテーターには楽天?小澤氏?がバックアップするそうですよ(笑)

インターネット投票の可能性に関しての話もありました。選択肢を増やす、という事には賛成ですが、その前の問題かもしれませんね。

メインフォーラムは、北海道は高橋知事、東京都の猪瀬副知事、女優・紺野美紗子さんによるパネルディスカッション。

個人的には高橋知事だったかな。政治家っぽさ全開、歴代会頭のお姉さまとは露知らず。
猪瀬副知事は政治家というより、作家ですね。脈絡の無さが気になりました。

紺野さんは・・・この二人とは馴染まないのかも。九州大会では単独での講演があります。


横浜から戻った翌日は登山セミナー

郡岳に登りながら、その途中で新・仮入会メンバーがJCの講釈を受ける、という今までにない手法のセミナー。運動不足を痛感しました。

郡岳は野岳湖から往復3時間程。お手軽ですが山頂からの眺めと爽快感はかなりのもの。
始めて登りましたが楽しかったです。


それから22日まで毎日毎日おおむら夏越まつりの準備に追われました。

なんせ15年選手ながら設営部会は初配属、そしてなんと責任者。なんか怒られるのが仕事になっているような・・・恨むぜオイ。

しかし何も分かりませんと開き直ると皆さんからお助けを頂きます。

そんなこんなで22日の大型設営はなんとかクリア、駅前一帯に提灯の花が咲き大やぐらが立ちました。本当に感謝、感謝です。


間にオクトパルスで提灯マンに変身の夏越まつりのPR収録。
二年ぶりの収録でした。実はちょっと恥ずかしかったのです。
しかし、そんな事はみじんも感じさせないハイテンションで頑張っている私をご覧ください。

議会では市政研究会、地場企業振興調査委員会。
在宅ケアセミナーにも参加してきました。

その報告は別のエントリーで。

心ひとつに

2011年07月16日 | 所属団体・地域活動など

6時起床、ホテルの朝食会場には高校球児だろうか、坊主頭の学生が沢山で元気が良い。

ホテル内では調理ができないのか弁当が支給される。味噌汁は粉末タイプをポットのお湯で溶いて頂く。壁にはクラックが入っていた。

朝食を済ませて8人乗りのレンタカーに8人乗車。宮城県亘理郡は山元町の社会福祉協議会へ向かう。

高速道路は通行できるがところどころ段差がひどく車が跳ねる。これも地震の爪跡。
車窓から瓦が落ちた民家やアスファルトの亀裂が見てとれる。


社協のボランティアセンターへ到着。自衛隊の指揮所にもなっていた。

打ち合わせと注意事項など。
先日も津波注意報が出たとのことで緊急時の避難についても注意される。
まだまだ地震は終息していないようだ。

軽トラックと竹ぼうきやスコップ、土のう袋を与えられ被災されたYさん宅へ。

支援内容は個人宅の復旧作業。

海岸から三キロ離れてるというお宅は1階が津波の被害を受けられた。
自宅内は清掃が一段落しており、敷地内のガレキと土砂を撤去する仕事だ。

空港から安全靴、作業ツナギと気合が入っているのは島原JC、H理事長。復興支援ボランティアは二回目だとのこと。
ゴーグルを装備され、使い捨てのマスクなどを人数分用意されていた。
有り難く頂くことに。助かりました。

前回参加された工程は5日間、テント暮らしで食事はカップラーメンだったという。お疲れ様です。


天気は快晴、34度での屋外作業、汗が滝のように流れ落ちる。

センターから渡されたクーラーボックスには水と梅干しが用意されていた。
中にはハングル語のペットボトルが。韓国からの支援物資なのだろう。


水道が使えるようになったのは1か月前、電気はまだ来ていない。

なのでYさんは避難所暮らし。日中は自宅に来てボランティアの方々と復旧作業をやるのだという。

一階は床が開けられ、石灰が撒いてある。道路にはトラックが消毒液を撒きながら走っている。これらは防疫の為だろう。


私達の復旧支援は一瞬でしかない。

しかしYさんはこの現状に毎日向き合っていられると思うと、胸が痛む。

「皆さんに助けられて本当にありがたい」と感謝の言葉を沢山頂く。その表情からは悲痛さは感じられなかったが大変な艱難辛苦に遭われてのこと。その辛さや悲しみは想像を絶する。


水分補給と休憩を頻繁に取りながら作業を続ける。

スコップで土砂を掘り起こす。表面は乾いてるのだが、掘り返すと湿っており海のヘドロと同じ悪臭がする。

土砂とガレキを土のうに入れて一か所に集める。


これだけの単純な作業なのだが、なかなか進まない。

30代の男8人がかかっているのだが、改めて人間の力は無力だと痛感する。重機は足りないようだ。


撤去するガレキや土砂の中には農作業用品の残骸が多い。
そしてたまに台所用品や本、写真が出てくる。

写真はボランティアセンターへ持ち帰る。そのまま「思い出かえし隊」へ送られ、再生されて持ち主に渡るよう展示されるそうだ。


コンビニおにぎりで昼食とって昼休憩。午後の作業は移動の為に早めに切り上げた。

Y夫妻とともに記念写真を撮ってセンターへ戻る。
お礼だとジュースを頂いた。


センターのスタッフに現況を聞く。

土日はボランティアも多いそうだが、平日が少ないという。これから夏休みに入るので学生のボランティが増えることを期待しているそうだ。

被災者宅の内部復旧作業はやや目処が付いたらしい。これからは側溝などの周辺の生活インフラ復旧にかかり、避難所から自宅へ帰還する為の整備を進めたい、という事だった。

「心をひとつに」とプリントされたTシャツを求め、センターを跡にする。
人数分のおにぎりを頂いた。とっても美味しかったです。


短い間だったが、復旧作業にかかわる事が出来て本当に良かったです。
私の個人的な感想だが、復興へ向けての希望を感じることができた。


復興作業はどうしても公共的な道路や建物が優先されてしまう。それは仕方のないことだ。
公平性を鑑みるあまり、赤十字に寄せられた義援金も被災者へは届いていないというニュースも記憶に新しいだろう。

ただ、何千、何万という世帯が被災しており、個人宅の復旧作業を思えばまだまだ道のりは遠い。


だからこそ、まだまだみんなの力が必要だ。


ビジネスホテルに泊まって観光しながら、1日だけボランティア作業、という工程でも良いのではないだろうか。

仙台では大きな祭りも開催されるし、牛タンも美味しい。なにより東北の酒も旨い。


ボランティアが迷惑になる、という時期は過ぎたようだ。テントなどを装備した自己完結型でなくても良いと思う。
(自己完結型が不要になった、という訳ではない、まだテント暮らしでのボランティアによる被災支援は続いている)


誤解を恐れずにいえば、気軽にボランティアに参加してほしい。

東日本の皆さんは、みんなの元気を待っていると思います。


心ひとつに行こうじゃないか。

仙台に来ています。

2011年07月14日 | 所属団体・地域活動など

今日から長崎ブロック協議会の復興支援ボランティアに参加。仙台に来ています。

飛行機、新幹線、レンタカーでホテルにチェックイン。
部屋のお湯が出ませんでした。

仙台市内をレンタカーで運転しましたがは震災の痕跡は極僅か。
古そうな建物のガラスや壁にクラックが入っているのを見つけるのがやっとです。


しかし、高速道の向こうは、荒野。


被災地を訪れた方々から話は色々と聞いていました。
高速道が堤防になったのだ、そこから先は景色が変わる、と。


原形をとどめていない車がそこかしこに転がっている。
瓦礫と廃車の山。
津波で根こそぎもっていかれたのだろう、松の大木が転がっている。
一階が無くなった建物。
茶色の濁った水がたまっている
窓ガラスが無い電車。
住宅地だったのだろう、基礎だけが墓地のように残されている。
ハエと悪臭。


震災から4カ月、これでもずいぶん片付いているのだと思う。


帰りしな仙台市内の繁華街で食事をしました。
街は明るく人通りも多い。復興を訴えるのぼり旗がそこかしこに。
復興作業に来ているのでしょうか作業服の一団があるいていたり。
球場ではイーグルス戦ナイターが。

明るい元気な若い女性の店員さんでした。
気仙沼の家が流されてしまったそうです。


明日から山元町へ。

ボランティア活動に参加します。

空気は読まない

2011年05月26日 | 所属団体・地域活動など
京都からもどってその足で県社会福祉協議会、評議員会へ。
事業計画、決算、人事案件の会議。
大概シャンシャンな空気が漂ってるんですが今回も発言無し、となりそうだったので広告媒体に使った雑誌ついて質問。

長崎県の福祉政策に多大な影響がある(と思う)社会福祉協議会、評議員も各界各層から選出されています。会議には行政の担当部課長も同席します。ある意味、福祉行政に特化した議会のようなものかもしれません。
権限は理事会が大きいのですが、評議員会が発言無し=県の福祉政策に無関心、という図式にもなりかねないのでは、と心配してしまいます。

とるにたらない質問でしたが何もないよりはマシか。
離島での研修開催も増やして頂いたようですし発言すれば反映される事もあるようです。

ただ、もう少し充実した会議にする為には事前に資料を用意して頂くのが良いのかもしれませんね。大村市の社協は事前送付をしてくれてますし。

県社協の事業規模は大きいですから無理もあるのかなあ・・・評議員の数が多いんですから、分担して審議すると良いのかもね。


翌日は朝から深夜までアポ多数。
溜まった仕事に一向に手が回りません。
ただ人と会って話をするのは収穫が多いですね。
夜は古い友人と。
悩み抜いて諦めたら活路が見えてくる事もあるさ。
ボチボチいこう。


選挙期間中の収支報告を提出しました。
選管にはご協力を頂き感謝です。
「今回の選挙にいくら掛かったのか?」は選挙期間を除く期間にかかる政治活動費用と密接な関係があります。近々にまとめて報告します。


25日、午前中は島原市議選の激励へ。
厳しい戦いだとのことでしたが折り返し地点、頑張ってほしい。

その候補者の中に凄く個性的・・・というかふざけてる?それともかなり深いアイロニック?な候補がいて驚く。
選挙公報にはかなりシュールな詩(のようなもの)そして「偉い市議達に賛成する為頑張る」との謳い文句。
ポスターには無理やり拡大した乗馬中の写真に「伝説」とのスローガン

ある意味伝説になる、というか、もうなってるんだろうなあ・・・


夕方に戻って夏越の総会。
「空気を読まない」という点では彼と私は共通しているのかもしれませんね。今年は設営部会なんですが神事もやることになると思われます・・・って一緒にやりましょうよ、ね。頼むよ!

総会の片付け終わって移動、週末の打ち合わせ。
色々ご教示も頂く。ありがとうございます。感謝

終わって町内会へ

先日頂いていた市政相談をご検討いただく。
担当課に確認したところ町内会の役割って幅広いんですね。
住民が汗をかいて町を整備するのは良いことだと思います。


なかなかタイミングが合わない方に手紙を書いて1日が終わりました。

日曜日とはいうものの

2011年05月15日 | 所属団体・地域活動など

予定びっしり。

早朝からわんぱく相撲大会でした。
新議長が大会実行委員長、私の他に県議、市議、救護は妻を動員、学校の先生はもちろんのこと東大村小学校はセンセイ率高しでした(笑)

準備から開会式、取組が始まって暫く落ち着いたところで中座、ソフトボールクラブの練習に顔だし。

グランドは取り合いだそうで・・・公共施設の仮押さえや早期予約の為に使用できない、という相談も数件ありましたが、市民が公平にまんべんなく使用できるようにする為にはどうすれば良いのでしょうか・・・なんか良い方法ないですかね。色々調べてみようと思います。

大会に戻って撤収作業、打ち上げには参加せずに氏青の会議へ。
30周年式典の担当だったのですが、思うように動けず・・・ご好意に甘えっぱなしでスイマセン。こちらのプチ直会も早々に中座し公民館へ。

集まっているのは親世代

「溝蓋にはならず大村の市議となれ」
「市民の要望は殆ど実現しないという現実と真摯に向きあうこと」
「4年後を見定めて」

他にもいろんなご教示を頂きありがたいです。
都合4件の参加でしたが、他2件は失礼しました。

よく晴れた日曜日、よく日焼けしました。

お茶いかがですか

2011年05月11日 | 所属団体・地域活動など
といってもお茶の販売を始めたわけではありません。
宮城県からの新茶のご紹介です。



東日本大震災では多くの青年会議所の同志達が被災しました。

「奉仕」を信条の一つとしている私たち。

家族を失い、友人を失い、自分の会社まで流されながら、地域の為、この国の為に自分の事は後回し。粉骨砕身、頑張っている同志たちが沢山居ます。


その中の一人にお茶の販売を生業としている先輩がいます。


2008年、彼は東北地区の会長でした。
私は長崎ブロック協議会の会長、共に運動した1年は生涯忘れえぬ思い出です。

元気で明るい先輩、現在でも被災者支援のボランティアはもとより、お茶の生産農家を元気付けようと活動されています。

自分の会社も流されているというのに。


私たちに出来る支援は様々な形があると思います。


その中の一つ「消費を止めない」


私たちの日常の中で出来る、息の長い支援ですよね。
なかでも東日本で生産されたモノを消費すればもっと良いのでは。

ご紹介するのは高級品です(私にとっては)
ただ魂のこもったお茶であることは間違いなしです。

昨晩もご紹介させて頂きましたが、ブログでの紹介はどうだろう・・・と迷いました。
しかしそんな迷いが支援に繋がることは全くないですね。


矢部園の「一芯三葉摘み新茶」

1本箱入包装あり  120g 2,520円
FAXでのご連絡先 022-365-0636
メールでのご連絡先 cha-murie.yabe@eagle.ocn.ne.jp
電話にての問合せ先 022-364-1515


どうかご注文をお願いします。

新茶だからでしょうか。申込期限は5月15日です。
電話で確認しましたが、数の用意はできる、ということでした。


私がこちらで取りまとめて発注を・・・とも思いました。
確かに、その方が発送の手間は省けて効率が良いかもしれません。

でも、皆さんから直接ご注文してもらった方が良いと思い直しました。

小口でも沢山の注文が全国各地から来た方が、支えられている実感が大きいと思うんです。
手間がかかっても送り状をたくさん書く喜びがあると思うんです。
応援メッセージを一言入れて頂ければもっと喜ぶんじゃないかと思います。

どうか、ご注文をお願いします。


私はなるだけ東北のお酒を飲んでます。ええ昨晩も飲みましたとも(笑)


お茶の説明(以下転載)

■一芯三葉摘み新茶
静岡県牧の原の当店指定茶園で、一葉一葉を大切に摘んだ100%手摘みの新茶です。土づくりをはじめ、有機肥料にもこだわった季節限定最高品質のお茶・・・。昔ながらの製法で作り上げた茶畑の「うぶな香り」を心ゆくまでお楽しみ下さい。 

●二葉会とは?
静岡県榛原郡相良町にある、当店指定茶園の自園自制の農家の中で特に優れた技術を持つ生産者8名を選抜し、極上品の露地やぶきたの生産を目的に発足した21世紀の茶業 を担う後継者のグループ。茶園管理から施肥、加工技術に至まで研究・開発を行う。現在会長の長谷川正治氏は昭和39年生まれの47歳で、農園を継がれてまもなく静岡県青年農業士に認定され農業の発展のため活躍しております。 

●昔ながらの製法
お茶の製造にあたって一般的には、大量生産によるコスト製法であるのに対し「昔ながらの製法」では、お茶の素材が傷まない最小の量の茶葉で生産・製造致します。お茶摘みからの一貫した製造工程の中で、非常に手間のかかった製法で現在はほとんど行われておりません。

●一芯三葉摘み
一本の新芽から三本の新芽が付いているところから、丁寧に手摘みをする刈り取り方で、お茶の最高に美味しい贅沢な摘み方とされています。残念ながら、現在ではほんどの農家ではコストの問題から行われておりません。

多良岳

2011年05月09日 | 所属団体・地域活動など

登山に行ってきました。

といっても、近くまで車で行ったので山歩きしたのは正味3時間弱でしょうか。

富松神社の氏子青年部発足30周年記念事業として、特大の絵馬を背負って登山。
金泉寺に奉納してきたのです。私もちょっぴり背負いました。

今回の登山では宮司も同行、金泉寺の世話人の方々、山頂には多良岳大権現の宮司もいらっしゃり、興味深い歴史や神話をお伺いしました。

多良岳登山は3回目。以前の2回はJCでしたが、山小屋しか目に留まらず、仏がまつられているお堂があるなんて気づきませんでした。
しかし、本当に立派なお寺が再興されておりました。
金泉寺には檀家が無く、全国から浄財が寄せられたそうです。

絵馬奉納ということで本堂に入らせて作業させて頂きましたが、立派な仏像があって驚きました。特に千手観音像は国宝級だとか。一見の価値ありですよ。
写真をツイートしてますのでどうぞご覧ください。

神仏集合の興味深い山岳信仰の地。
これぞ長崎の宝かもしれませんね。

天気も良くて楽しい山歩きでした。富松禊会の会員も増えたしね(笑)


そうそう多良岳に登る時にはエビを食べちゃいけないんですって。

知ってました?

わんぱく相撲・事前練習会

2011年05月08日 | 所属団体・地域活動など

朝から東大村小学校へ。
わんぱく相撲おおむら場所の事前練習会です。

私は備品貸し出しとマワシ装着係。
JCも15年やってますとマワシが付けれるようになります(笑)

この相撲大会、市内全域に広げたいという思いもあり、土俵のある小学校を毎年巡業しています。
東大村小学校での大会は久しぶり。
当時は室内土俵もなく、土砂降りの中でテントを張ってやりました。
テントの間から落ちる雨水を逃がすため急遽簡易雨どいをつくってくるメンバーがいたり、思い出深いですね。

百人以上の子ども達がマワシ一つで相撲をとる訳ですから、必ずといっていいほど怪我も出ます。
救護はプータローのドクター(妻)を動員し万全の体制(^^)

夕方はチャリティーコンサートの準備のお手伝いなど。
当日は氏子青年会の行事があり参加できずに残念です。
順延になっている町内のペンキ塗りも不参加申し訳ない。

委員会人事の打診がありました。

まだ良く分からないので「ハイorイエス」です。







憲法タウンミーティング

2011年05月05日 | 所属団体・地域活動など

長崎ブロック協議会主催の憲法タウンミーティングに参加してきました。

担当委員長は2008の戦友。直々に動員依頼に頂いたので妻を動員(笑)

まずは行列のできる丸山参議院議員の基調講演
その後は高校生から経済団体まで取り揃えたパネルディスカッション。

とあるパネリストの外国人は差別されている・保障されていない、という発言にはちょっと違和感が。

制度としての議論と文化としての議論が混同されている、学生だからしょうがないのかな・・・と思っていたら丸山氏のやんわりとした反論は流石弁護士と思ったり。


サイン本が欲しいミーハーな私。

講演前に著書に一筆お願いしたら「ちょっと貸してくれない?講演で使うから」と取り上げられる(笑)

サイン入って返ってくるんだろうか・・・


午前中は妻と陶器市にいったり久々にちょっとお休みな1日でした。