天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

乃南アサ『鎖』は裏切らない

2017-01-28 08:45:39 | 


乃南アサの書く女刑事・音道貴子には直木賞受賞作『凍える牙』を読んだときから興味がある。
警察という男社会のさいたる場所で果敢に自己を表現しようとする気概のある女、32歳、バツイチ。
機動隊勤務から転じてはじめて組んだ滝沢刑事から「愛嬌がなく頑固で融通のきかない」といわれる音道だが、応援したくなる魅力的な存在と感じたのであった。
仕事するにはこういう女がいい、いや恋愛しても味がありそう、とわがはいは惚れこんだのであった。

『鎖』では、わがはいのように、恋愛して味がありそうと感じた星野刑事と組んだことで音道は命の危機に追い込まれる。星野は警察官としての意識が欠如しており、女としての音道に興味を持ち言い寄るが恋人のいる彼女はこれを拒絶。その腹いせに互いが単独行動を取ったことがが災いして犯人に拉致されるところとなる。

乃南アサのどの作品も<女どうしの連帯>が基調にある。
この作品もどん底での監禁した犯人の女と音道との交情をスリリングに描く。事件そのものの展開は地味だが揺れ動く心理の描写は抜群にいい。「鎖」という題名がこれを象徴する。

乃南は『凍える牙』で登場させた妻に逃げられた中年刑事滝沢を再び使う。
女の連帯を描くのがうまいが相方として次々男性刑事登場させることで男というものを見事に描き出す。
二枚目で最低の星野と皇帝ペンギンのように腹を突き出して歩く、嫌味で不潔たらしい中年の刑事滝沢。
『凍える牙』で、人を小馬鹿にして、女だというだけで、ろくに口もきいてくれなかった親父、という見せ方をした滝沢。彼が救出にきて電話で音道を勇気づける。
運ばれる担架で音道は滝沢に「滝沢さんの声を聞かなかったら。私――自分自身が警官になったことを後悔して、刑事であることも、忘れていたと思います」と礼をいう。
終盤のこのあたり男に対する渋い光を当てるのがいい。

また恋人昂一に「ああ、俺って正義の味方を抱いているわけか」と気の利いたセリフを吐かせるのもいい。
昂一の声が心地よく、その声質が「誰とも似通っていなかったことを、貴子は密かに感謝していた」というあたりに作者の、暴行を受けた者に対するのこまやかな気づかいは心を打つ。

音道貴子シリーズで『凍える牙』と双璧をなす傑作。『鎖』を読まずして乃南アサは語れないという作品であろう。

コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 年寄に無料の風呂や冬木の芽 | トップ | 東京の墓を機能させる »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2017-01-29 12:00:43
惚れたね!!

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事