杉原 桂@多摩ガーデンクリニック小児科ブログ

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日本感染症学会緊急提言 「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」

2009-09-16 | クリニック通信
うちのクリニックがこの提言どおりに行動するかどうかは別として、
学会がこのような指針をだしてくれることが非常に重要だと思っております.
負けるな!小児科学会!



日本感染症学会緊急提言 「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」(第2版)


内容
(1)再び提言を行うに当たって
(2)新型インフルエンザS-OIVは「弱毒」ではありません
(3)日本で新型インフルエンザの死亡例が少ないのには理由があります
(4)サーベイランスは確実に行う必要があります
(5)蔓延拡大期の診断のあり方を考えておくべきです
(6)タミフルやリレンザ等の抗インフルエンザ薬で早期から積極的に治療すべきです
(7)細菌性肺炎例や呼吸不全例への対処が重要です
(8)医療従事者の感染予防は臨機応変に行うべきです
(9)タミフルやリレンザに続く新規治療薬の開発促進と早期承認が望まれます
(10)全ての医療機関が新型インフルエンザ対策を行うべきです

(1)再び提言を行うに当たって

 2009年春にメキシコ共和国から始まった新型インフルエンザswine-origin influenza A(H1N1v)(以下、S-OIVと略す)に関して日本感染症学会・新型インフルエンザ対策ワーキンググループは、本年5月21日、本学会のホームページ上に「緊急提言」1)を発表いたしました。この緊急提言では、S-OIVが必ずしも軽症ではないこと、若年層に発症数が多いのには理由があること、過去の新型インフルエンザの実態から学ぶべきこと、流行初期から一般医療機関への受診者が激増すること、流行が2~3波起こること、流行が大規模となった場合の重症例には細菌性肺炎や呼吸不全例が多く予想されること、しかし今回のS-OIVはいずれ数年後には季節性インフルエンザとして定着して殆ど全ての国民が感染する確率の高いこと、などを述べ、これを受けて、流行の規模はごく初期から急速に拡大するので特定少数の発熱外来体制は現実的ではなく、全ての医療機関が新型インフルエンザ対策を行うべきこと、抗インフルエンザ薬だけでなく、抗菌薬やレスピレーター、病室を十分に確保すること、医療従事者の手洗いやうがい、抗インフルエンザ薬の使用による予防が効果的であること、なども提言いたしました。その後、この提言へは多数のご意見を賜り、国会の新型インフルエンザ対策集中審議でも引用されるなど、わが国における新型インフルエンザ対策の方向性に一定の役割を果たして参りました。また、被害が高年齢層に少なく若年層に多いことに対する解釈は、その後に報告された複数の研究2,3)によってほぼ裏付けられました。
 その後、わが国のS-OIVは関西地区を中心とする局地的な流行からくすぶり流行の形となって約2ヶ月で全国に拡大し、秋口を迎えて流行の第1波が始まるに至りました。南北アメリカなどでは春以降の流行がそのまま第1波となりましたが、わが国ではこれからの流行が本格的な第1波です。実際、本年8月以降、各種の基礎疾患を有する死亡例が見られ始め、若年層にも被害が出始めています。本委員会は、本学会としての診療ガイドラインを策定すると共に、秋以降の本格的な流行に効果的に対処する基本的な考え方を再度提言したいと思います。最も強調したいのは「可能な限り抗インフルエンザ薬を早期から投与すべきである」ことですが、前回の「緊急提言」と併せて全医療機関におけるS-OIV対策に活用されることを願います。ただし、前回をも含めてこの提言はいわば「総論」であり、具体的対策に関しては「日本感染症学会・新型インフルエンザ診療ガイドライン」4)として別途発表されていますので、併せてご活用いただきたいと思います。

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(2)新型インフルエンザS-OIVは「弱毒」ではありません

 2009年5~6月の関西地区の流行後、夏にかけて一時的に発生数が一段落したこともあってわが国ではS-OIVを楽観視するような論調も見られました。すなわち、S-OIVは「弱毒」性であって通常の季節性インフルエンザと変わらないので厳重な対応策は緩めてもよい、という意見です。しかし、S-OIV H1N1が「弱毒株」というのはウイルス学的にも誤りです。「弱毒」や「強毒」というのは鳥インフルエンザに関してのウイルス学の用語です。鳥のインフルエンザの赤血球凝集素(hemagglutinin:HA)には、抗原亜型がH1からH16まであり、そのうち、H5とH7亜型の一部のウイルスで、遺伝子内部に特徴的な配列を持つものが「強毒株」であって、それらに感染したニワトリはほとんどが死亡します。一方、その他は「弱毒株」です。しかし、ヒトのインフルエンザウイルスにはH1からH3までの3亜型が知られているだけで、ウイルス学的に「強毒株」とか「弱毒株」という区別はありません。わが国のマスメディアでは、臨床的にvirulenceが弱い、臨床的に軽いという意味で「弱毒」と言う言葉を使っているようですが、その使い方自体が誤りであるだけでなく、S-OIVの重症度は以下に示すように少なくともmoderate(中等度)であり、季節性と同じようなmild(軽度)なものではありません。近い過去に人類が経験した(当時の)新型インフルエンザであるいわゆるアジアかぜや香港かぜの出現当時と同じようなレベルの重症度であると考えなければなりません。
 本年8月以降、わが国でも各種の基礎疾患を有する感染例に死亡が見られ始め、若年層にも被害が出始めていますが、従来の季節性インフルエンザは高齢者を中心にして0.1%前後の致死率であるのに対し、今回のS-OIVは本来健康な若年者が中心でありながらWHOの発表5)では未だに1%近い致死率を示しています。メキシコや米国、最近では南米などの被害が大きく、1%をはるかに超える致死率が報告されている国もあります。このことからも、S-OIVは決して軽症とは言えません。しかも、前回の緊急提言でも述べたように本年の秋以降には大規模な発生が起こり、1~2年で全国民の50%以上が感染することも予想されているのです。「弱毒」と侮ることなく、万全の対処を準備しなければなりません。

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(3)日本で新型インフルエンザの死亡例が少ないのには理由があります

 今回のS-OIVによる死亡率には各国間で大きな差が見られます。わが国では患者数が増加しても致死率は極めて低いレベルにあります。ところが他の国々からは大きな数字が報告されており5)、欧州疾病対策センター6)も今回の実際の致死率を0.1~0.2%、WHOは0.1~0.5%と見込んでいます。これらの数字はわが国のものから見れば極めて大きな数字です。なぜこのように大きな差があるのでしょうか?後の項でも述べますが、被害の大きな国々では患者の多くが発症後1週間前後に初めて医療機関を受診しており、その前には治療を全く受けていないこと、重症例や死亡例の多くが発症後4~5日目に呼吸不全を呈していること、ウイルス性肺炎の重症化だけでなく細菌性肺炎の重症化も見られること、など診断と治療開始の遅れが見られます。一方、わが国の神戸や大阪からの報告では発症者の殆どが2~3日以内に医療機関を受診しており、ほぼ全例で直ちに抗インフルエンザ薬による効果的な治療が行われています7,8)。南米においても致死率の低いチリ5)ではわが国に近い対応が取られ、致死率が高いアルゼンチンやブラジル5)ではそのような対応が殆ど取られていなかったとも言われています。他の感染症と同様に今回のS-OIVでも早期受診、早期診断、早期治療開始が重要であり、「軽症」であると見做して受診が遅れるようなことのないようにしなければなりませんし、受診制限などは行うべきではありません。全ての医療機関が新型インフルエンザに効果的に対応することが必要です。

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(4)サーベイランスは確実に行う必要があります

 わが国ではS-OIV発生の全数把握を目指して当初からRT-PCRによる確実な診断を含む綿密な監視体制を取って参りました。神戸や大阪での流行の初期には関係者の献身的な努力によって正確な情報が得られていました。しかし、流行発生の数日後には患者数が極めて多数となって対応が困難となりました。これを受けて流行拡大期には定点医療機関によって全体の発生数を把握する体制へと切り替えられました。ところが、定点における監視体制や運用体制の設定については実際には各定点が所属する各自治体に委ねられており、しかも各自治体間で実際の運用に大きな差異が見られ、正確な発生数が確認されているとは言いがたい状況です。拡大する患者発生数に検査体制が追いつかないためですが、このサーベイランス体制を確実なものとすることが必要です。

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(5)蔓延拡大期の診断のあり方を考えておくべきです

 わが国では10年ほど前から気道検体等に含まれるインフルエンザウイルスの特異抗原を臨床の場で迅速に診断するキットが普及しています。抗インフルエンザ薬の使用と同様に日本における経験が世界で一番豊富です。しかし、感度と特異度はまだ万全とは言えず、発症初期や後期では偽陰性になりがちであることを銘記しておく必要があります。特に、今回のS-OIVでは感度が良好とは言えず、各地からの報告では50~60%の陽性率にとどまるようであり、CDCも検体中のウイルス量が少ないときは40~70%の陽性率にとどまると報告しています9)。また、これまでの季節性インフルエンザにおいても発生数が莫大になった時には迅速診断キットの入手が困難になっていましたが、本年秋以降に蔓延が高度に拡大した際には同様のことが大規模に起こることが予想されます。S-OIVと思われる患者が受診しても診断キットがない、キットがあってもなかなか陽性所見が得られない、といった事態が起こり得ますが、現在の迅速診断キットにしてもA型とB型の鑑別以上のことは行えません。キットがあってもなくても臨床現場では新型をその場で確定診断することは現在、不可能なのです。RT-PCRなどの詳細な検査はサーベイランスを正確に行うために投入すべきであって、多数受診する新型インフルエンザ疑いの患者を一般臨床で診断するための検査ではありません。臨床の場では、サーベイランスによって得られた全国の情報と地域の情報をすばやく効果的に把握しながら臨床診断を行うことが求められます。その上で、次項に述べるように新型インフルエンザと推定される患者では従来の季節性インフルエンザに対する以上の綿密な治療を行う必要があります。

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(6)タミフルやリレンザ等の抗インフルエンザ薬で早期から積極的に治療すべきです

 2009年8月21日にWHOから新型インフルエンザの治療ガイドライン10)が発表されました。そこには、軽症の若年者や健常成人ではオセルタミビル(製品名:タミフル)やザナミビル(同:リレンザ)等の抗インフルエンザ薬の投与は必ずしも必要ではない、と記載されています。先述の「弱毒」見解と相俟ってわが国でも「抗インフルエンザ薬の投与は必ずしも必要ではない」とする意見が散見されます。しかし、これは危険です。死亡者が多く出たメキシコやニューヨークの事例を直視する必要があるのです。
 メキシコ市のPerez-Padillaによれば、今回のS-OIVの流行で健常成人の重症ウイルス性肺炎の死亡例が多くみられました11)。すなわち、PCR検査でS-OIV感染が確認された入院患者18例(年齢は9ヶ月~61歳、平均38歳)中10例に基礎疾患がなく、この18例は発病後4~25日(平均6日)で入院しましたが、入院前の抗インフルエンザ薬投与例は1例もなかったとされています。18例全例がウイルス性肺炎を呈して発熱、咳、呼吸困難、LDH上昇がみられ、内12例が急性呼吸不全(ARDS)に進展してレスピレーター管理を受けましたが7例は死亡しました。彼らは平均して発病8日目にオセルタミビルを投与開始されていますが、当然のことながら遅すぎます。一方、彼らに対応した医療スタッフ22名がインフルエンザ様症状を呈しましたが、オセルタミビルが早期から投与され、重症化例は1例もみられませんでした。こうしたことから、今回のS-OIV感染では健常成人であっても重症のウイルス性肺炎を合併する可能性があるものの、抗インフルエンザ薬による早期からの治療が重要であることが示唆されます。
 また米国では、カリフォルニアにおける死亡被害は大きくはありませんでした12)が、ニューヨーク市の被害は大きかったことが報告されています13)。同市における流行は2009年5月中旬から始まり、6月末までの約6週間でほぼ終息に向かったといわれます。7月8日までに909名が入院し、年齢分布は4歳未満が208例(22.8%)、5~24歳が278例(30.6%)、25~65歳は379例(41.7%)、66歳以上は44例(4.8%)でした。通常の季節性インフルエンザに比し高齢者とその重症化例は少ないものでした。909例中225例(24.8%)がICUに入室し、内124例(13.6%)がレスピレーター管理となったものの45例(5.0%)が死亡しています。患者の75%に基礎疾患が認められ、喘息と慢性呼吸器疾患が合せて41%と多く、以下、心疾患、糖尿病等がみられた一方で、大きな危険因子のない例も20%以上みられました。メキシコ市の場合と同様、基礎疾患のない若年者に死亡例のみられることが極めて重要です。死亡した45例の年齢は2ヶ月から83歳に分布していました(中央値は44歳)。そして、この死亡例の多くは、メキシコ市の場合と同様に早期の抗インフルエンザ薬の投与を受けていなかったとされていますし、その中に妊婦も含まれています。
 以上をまとめますと、今回のS-OIVによる海外の重症化例や死亡例の多くに基礎疾患のない若年者が多く含まれていますが、妊婦の例を含めて受診の遅れがあることに加え、肺炎合併の時点まではいずれも抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず、これが重症化の最大要因と考えられます。一方、わが国の被害が少ないのは、神戸からの報告7,8)にも見られるように患者の早期受診と早期治療開始によるものと考えられ、今後の蔓延期においても可能な限り全例に対する発病早期からの抗インフルエンザ薬による治療開始が最も重要であると言えます。なお、米国で最大の医療保険であるMedicare & Medicaidは米国民の過半数をカバーしていますが、その保険収載医薬品の中にタミフルやリレンザは記載されていません。これらの抗インフルエンザ薬を投与するには大きな障壁があるわけですが、わが国の医療保険ではこれらの抗インフルエンザ薬の使用が可能です。また、抗インフルエンザ薬の内のタミフルに関しては、10歳代の患者の異常行動等に対する厚生労働省からの使用注意制限がまだ解除されていません。ただし、厚生労働省自身の見解として、副作用を説明し保護者が投与後最低2日間監視できるなら新型インフルエンザに対してタミフルを投与することは可能である、としています。わが国の最初の流行を経験した神戸においても10歳代の患者への投与が行われています7,8)。したがいまして本委員会は、妊婦、乳幼児及び10歳代の小児を含むS-OIV感染症患者へ早期から抗インフルエンザ薬を投与することを勧奨いたします。
 本年8月にWHOから発表されたS-OIVの治療ガイドライン10)で最も重要な点は、オセルタミビルの投与により、肺炎のリスクが有意に減少し、入院の必要性が減ると明確に述べられている事です。S-OIVの大流行におけるノイラミニダーゼ阻害薬の役割は、季節性インフルエンザで周知のように発熱期間の短縮ではなく、重症化、入院、死亡を防止することにあり、治療の重要性は大きいのです。
 一方、軽症の健康小児、成人では、必ずしも抗ウイルス薬による治療は必要ないとされています。主要な理由はコストです。わが国のタミフルの備蓄率は世界では第4位であり、既に5000万人分以上が確保されています。人口の40%以上です。世界の多くの国では、健康小児、成人までも治療するだけのノイラミニダーゼ阻害薬の備蓄がないので、この勧告は、ある意味で現状を追認したものです。例えば、タイのノイラミニダーゼ阻害薬の備蓄は、国民の1%を治療する量しかなく(2009年7月時点)、健康小児、成人を治療することは全く不可能です。一方、わが国における第1波では人口の20%が感染・発症すると見込まれているので、投与可能な量は既に十分確保されているのです。基礎疾患のない若年健常成人でも重症化して死亡する例が報告されている今回のS-OIVでは、S-OIV感染が少しでも疑われたら可能な限り早期から抗インフルエンザ薬を投与すべきです。そのことによって、予想されている病室の不足、レスピレーターの不足、抗菌薬の不足が少しでも解消されるはずです。なお、余裕があればその分を発展途上国に援助することも考えるべきです。
 また、抗インフルエンザ薬の備蓄と共に配布・供給・放出が速やかに行われるよう関係各機関の協力が取られることを要望します。地域によっては流行が短期間に立ち上がることが予想されますので、行政から流通機関、さらには医療機関への経由が円滑に行われるよう前もって調整が行われるよう要望致します。前回の緊急提言で紹介した「仙台方式」は開業医師を中心とする一般医家が新型インフルエンザの1次対応を全面的に行うとするものですが、この方式への参加を表明している300名以上の開業医師(仙台市医師会員の内科医・小児科医の8割以上)へは、既に本年5月下旬までに仙台市から従業員の予防用の抗インフルエンザ薬とマスクがそれぞれ30日分支給されています。大規模な流行が始まってから配布するのでは間に合わないからです。治療に用いる抗インフルエンザ薬についても全く同様であり、効果的で迅速な配布・供給・放出が行われることが期待されます。

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