三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「曹渓宗「ベトナム民間人虐殺、韓国政府は謝罪せよ」」

2018年09月14日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31591.html
「The Hankyoreh」 2018-09-10 09:47
■曹渓宗「ベトナム民間人虐殺、韓国政府は謝罪せよ」
 ベトナム仏教「ウォンオ寺」と韓国の曹渓宗、ベトナム戦争犠牲者追悼祭開く

【写真】大韓仏教曹渓宗の社会労働委員会とベトナム仏教「ウォンオ寺」が9日午後、韓国仏教歴史文化記念館で「ベトナム戦争良民犠牲者追悼祭」を開き、韓国軍によるベトナム戦争民間人犠牲者の冥福を祈り政府の公式謝罪と賠償を要求して追悼儀式を行っている=カン・チャングァン記者//ハンギョレ新聞社

 宗教界がかつての韓国軍のベトナム民間人虐殺に対する韓国政府の謝罪と賠償の要求に乗り出した。
 9日午後、ソウル鍾路区の曹溪寺「韓国仏教歴史文化記念館」には「韓国政府は公式謝罪し、真相調査および国家賠償を進行せよ」という横断幕がかけられた。この日午後3時30分から開かれた「ベトナム戦争犠牲者追悼祭」を知らせる横断幕だった。ベトナムの仏教「ウォンオ寺」と大韓仏教曹渓宗の社会労働委員会の主催で開かれたこの追悼祭は、両国の僧侶を含めて200人あまりのベトナム人留学生、労働者などが出席し、韓国軍によって犠牲となった人々の魂を悼んだ。ベトナム戦争当時、韓国軍は非武装の民間人約9000人を虐殺したものと推定される。これに対し、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が遺憾の意を伝えたが、韓国政府レベルの公式謝罪はなかった。
 追悼祭に出席した韓国の僧侶たちは、ベトナム犠牲者の極楽往生を祈願し、韓国政府の徹底した真相調査と賠償を要求した。曹渓宗社会労働委員長のヘチャン僧侶は追悼の辞で、「韓国はベトナム戦で米国の次に多くの兵力を投入した」とし、「今年は(韓国軍によって民間人135人が死亡した)『ハミ村』の良民虐殺事件50周年だ。ベトナム戦争で犠牲となった英霊と子孫たちに懺悔と謝罪の言葉を捧げる」と語った。曹渓宗社会部長のチンガク僧侶は「韓国政府は、犠牲者の死に対する徹底した真相調査とともに犠牲者遺族などを相手に丁寧な謝罪と賠償をしなければならない」と力強く語った。ベトナム仏教協会儀式部副会長のティック・プオッ・チ僧侶も「韓国の人々が犯した過ちを反省して良民の苦しみを減らすために様々な活動をしていると聞いている」とし、「仏の弟子としてつらい過去を克服し、平和で明るい未来へと共に努力したい」と話した。
 曹渓宗・社会労働委の関係者は「反省と懺悔、故人たちの極楽往生を願う気持ちを込めて追悼祭を行った」とし、「来年にはベトナム現地で民間人犠牲者のための慰霊祭を奉行する計画」だと明らかにした。

シン・ミンジョン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/861325.html
韓国語原文入力:2018-09-09 19:36


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/31341.html
「The Hankyoreh」 2018-08-13 09:16
■授業は終わっても「ベトナム記憶プロジェクト」は続く
 慶煕大学の学生たちの特別な「チームプレイ」 
 「ベトナム戦争韓国軍民間人虐殺」 
 教養課程の授業の「チームプレイ」課題は終わったが 
 被害の村を直接訪れて慰労 
 現地に追悼碑を推進…ソウルで展示会 
 「韓国政府の謝罪を必ず引き出す」

【写真】慶煕大学のク・ボンジュン、オ・ユジン、トゥビン、キム・ミンジュさん(左から)は先月15日~20日にベトナムを訪問し、ベトナム戦争当時の韓国軍民間人虐殺被害者に会った。17日、ハミ村で会った被害者ツォン・ティ・トゥさん夫婦と撮った写真=ク・ボンジュンさん提供//ハンギョレ新聞社

 慶煕大学の学生のク・ボンジュンさん(26)、オ・ユジンさん(20)、キム・ミンジュさん(19)とベトナム留学生のトゥビンさん(21)は、昨年春にある教養課程の授業を聞いて始めた「チームプレイ」の課題に1年半以上取り組んでいる。授業が終わっても彼らが終われずにいる課題は、ベトナム戦争当時の韓国軍民間人虐殺の実態を知らせ、被害者を慰労することだ。ク・ボンジュンさんは「ベトナムから留学に来たトゥビンと三人の韓国学生が意味をもってできる課題に悩んだ末、ベトナム戦争について詳しく調べることになった」とし、「課題をしながら感じた悩みとベトナムの被害者たちから直接聞いた話をもとに本を書いている」と話した。
 昨年春、ベトナム戦争に関心を持った彼らは「韓国軍民間人虐殺」という“不都合な真実”と対面した。ベトナム戦争当時、韓国軍はフォンニィ・フォンニャット村で74人、ハミ村で135人の命を奪ったと調査されたことがある。しかし、まだその真相は十分に明らかにされていない。大学入学後、日本軍「慰安婦」被害者支援活動をしてきたキム・ミンジュさんは「韓国軍の民間人虐殺の事実を知った時、大きなショックを受けた」とし、「慰安婦被害者支援活動をしながら日本に謝罪を要求してきたが、私たちも加害者であり、誰かに大きな被害を与えたという事実に気づき、ベトナムの人々に必ず謝罪の意思を伝えなければならないと考えた」と話した。
 彼らは先月15日から20日までベトナムのフォンニィ・フォンニャット村とハミ村など、被害者たちが住む地域を直接訪れた。ハミ村で会った被害者のツォン・ティ・トゥさん(80)は、1968年1月に3人の子どものうち2人を先に亡くし、自分も右足を切られる被害を受けたと打ち明けた。当時通訳をしたトゥビンさんは「私もよく知らなかった事実を、今度はじめてちゃんと知った。被害者たちの話を聞いて理解した感情をグループのメンバーにそのまま伝えるのが本当に辛かった」と話した。
 彼らは自分の活動がむしろ被害者たちの苦痛をさらに深めるのではないかと悩んだりもした。ク・ボンジュンさんは「被害者の一人が『あのことについて考えて怒って憎悪しても変わるものはなく、私だけが辛い。それで胸にしまいこんでおこうと思う』という話をした」と伝えた。「被害者たちが、自分が生きている間に謝罪を受けられるか確信を持てないので、そんなふうに言うように感じました。一人でその苦痛を耐えて解決しようとしているようで、胸が痛かった」(オ・ユジンさん)
 挫折も経験した。彼らは春にベトナムのビンホア村にある「韓国軍憎悪の碑」の横に追悼碑を立てようとした。しかしベトナム政府の反対で取り消された。ソウルのトゥクソム漢江公園と慶煕大学でベトナム民間人虐殺被害者を扱った展示会も開いたが、関心を持つ人々は多くなかった。しかし、彼らは簡単にあきらめるようすでもない。オ・ユジンさんは「同じ失敗を繰り返さないためには、私と同じ若者たちが歴史をもっとよく知らなければ」とし、今後も「ベトナムに謝罪する」方法を探し続けていくという意志を固めた。

チェ・ミニョン記者
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/857297.html
韓国語原文入力:2018-08-12 20:47
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