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長久保赤水「改正日本輿地路程全図」が示していること 2

2013年01月30日 | 個人史・地域史・世界史
 長久保赤水(1717年~1801年)の「改正日本輿地路程全図」は、長久保光明「長久保赤水の日本地図編集のあらまし」(『歴史地理学』127号、1984年)によれば、1779年から1871年までに7回出版されているようである。このうち長久保赤水の生前に発行されたのは、1779年の初版と1791年の2版である。
 「改正日本輿地路程全図」には、「竹島一云磯竹島」(現、欝陵島)と「松島」(現、独島)が記載されているが、わたしが20年あまり前に入手した1791年版では、日本は彩色されているが、竹島と松島は、朝鮮と同じく彩色されていない。1779年の初版でも同じであろう。また1811年に発行された3版でも同じであった。「改正日本輿地路程全図」の初版、2版、3版では、竹島、松島は、朝鮮とされていた。
 しかし、外務省の『竹島 竹島問題を理解するための10のポイント』にカラー写真が掲載されている「改正日本輿地路程全図」の1846年版(6版)の竹島と松島は隠岐の島と同じく黄色で着色されている。1864年に東都書肆から出版された「大日本海陸全図」は長久保赤水の「改正日本輿地路程全図」を加工したものだが、この地図の「竹島」も「マツシマ」も黄色で着色されている。
 1833年に出版された「改正日本輿地路程全図」をわたしはみていないが、「竹島」と「松島」に着色がなされたのは1830年代以後(あるいは1840年代以後)である。
 また、「鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図は多数存在します」という外務省の『竹島 竹島問題を理解するための10のポイント』の断言も虚言である。
 「海南島と独島」を主題とする2月10日の海南島近現代史研究会第11回定例研究会では、長久保赤水「改正日本輿地路程全圖」(1791年版)、林子平「三國通覧圖説 朝鮮八道之圖」(写本、1785年)、高柴英三雄「大日本國郡輿地全圖」(1849年)、秋田兼吉「最近踏査満韓西比利地圖」(1904年5月)、東洋拓殖會社「朝鮮在留内地人及東洋拓殖株式會社所有地分布圖」(1912年2月現在)などの独島にかかわる諸地図の原本を展示する(海南島近現代史研究会 第11回定例研究会については、このブログの2012年12月18日の「海南島近現代史研究会 第11回定例研究会 主題:海南島と独島(竹島)」をみてください)。
                                         佐藤正人

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1 コメント

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朝鮮側の史料がゼロ (いしゐのぞむ)
2018-06-16 06:32:56
こんにちは。無着色といふだけでは李氏朝鮮の領土になりませんね。基本的に韓國の主張は、日本側史料が不完全な部分を指摘するばかりで、李氏朝鮮に屬したことを示す史料が一つも無い。これでは面白くありませんよ。もちろん于山國及び石島は松島(竹島)ではありませんし。


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