三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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海南島文昌市文教鎭と龍楼鎮で 2

2012年08月28日 | 海南島史研究

 林鴻球さんに話を聞かせていただいたあと、日本軍の軍営があったところに案内してもらいました。
 そこは、いまは油脂公司になっていて、広い敷地に倉庫などが建っていました。敷地の真ん中あたりに当時日本軍が使っていた井戸の跡が残っていました。軍営の周囲には鉄条網がはられていたそうです。
 軍営のそばにあった「慰安所」の建物の跡は通路になっていました。

 11時過ぎに林鴻球さんと別れ、東の龍楼鎮に向かいました。
 龍楼鎮では、日本侵略期のことを知っている人に出会うことはできませんでした。
 龍楼鎮には大規模な文昌衛星発射センター(文昌衛星発射発射中心。海南航天発射場)が建設中でした。この衛星発射センター建設のために政府は6千人の住民の農地・家屋を強制的に「収容」し、地域住民が追い出したそうです。工事は2009年9月に始められ、2013年から使用する予定だとのことでした。同時に「宇宙開発テーマパーク」の建設も進められているそうです(2014年営業開始予定)。
 龍楼鎮の中心部からさらにひ東に向かい、東海岸の雲龍湾と月亮湾に近い銅鼓嶺(338メートル)に登りました。頂上付近に旧日本軍の軍用洞窟の跡がありました。
                                                      佐藤正人

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