三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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オタル港をふたたび軍港としないために 2018年

2018年01月19日 | 個人史・地域史・世界史
 1997年9月5日、アメリカ合州国の空母「インデペンデンス」がオタル港に侵入してきました。これはアメリカ合州国空母のはじめての日本の民間港への侵入でした。
 アメリカ合州国の空母がオタル港に侵入しようとしていることを知ったわたしたちは、それに反対する米空母に反対する市民の会を結成しました。8月20日から米空母に反対する市民の会は市役所正門を入ってすぐ左側の空地にゴザを敷いて座りこみを始めました。そこでは、たまたま市役所に来た人や通りがかった人たちもいっしょに座って、みんなで、戦争、戦争責任、核問題、アジア太平洋での日本の侵略の歴史、子どもたちの未来のことなどを話しあいました。
 わたしたちが座り続けた市役所まえの小さな場所は、市民が出会い、自由に語り合う市民の広場になりました。
 それから20年あまりたったことし(2018年)1月16日午後、オタル市から米空母に反対する市民の会に、
    “オタル港長(オタル海上保安部長)からオタル港湾管理者(オタル市長)に、アメリカ
    合州国の軍艦「マスティン」(USS MUSTIN。DDG89)が2月2日午前10時から7日
    午前10時まで、「親善」を目的にしてオタル港に停泊するので岸壁の手配を希望する
    という通知があった。回答期限は1月19日とされている”、
という連絡がありました。
 回答期限とされているきょう(1月19日)、米空母に反対する市民の会の会員は、改憲阻止! 労働者市民行動のなかまと共に、「マスティン」のオタル入港を許可しないことをオタル市長に要請しにオタル市役所に行きました。
 オタル市からは、市長の代わりに、勝山貴之総務部次長、中村哲也総務部課長、川原達也総務部係長が出席しました。
 話し合いのはじめに、勝山務部次長は、“昨日バース会議で検討した。商船の入港予定が決まっておらず、「マスティン」が希望している日にバース(岸壁)が空いているかどうかがはっきりしないので、回答期日の19日に希望をうけいれるかどうかの回答はしなかった。核兵器が搭載されているかどうかの回答もないので、オタル港長宛てに、期限までに「マスティン」の岸壁手配はできないと文書で伝えた”と述べました。
 わたしたちが、“オタル港長からオタル市長に「マスティン」のバース使用についての希望があったというが、オタル港長はその希望を具体的にどこからどのように受けとっているのか、そもそもその希望の主体は誰なのか”と問いました。それにたいし、中村総務部課長は、はじめは知らない、答えられないと言っていましたが、くりかえしわたしたちが問うと、“在日米国海軍司令部の希望を東京の海上保安庁が受けとり、それをオタル海上保安部長に伝えたものだと思う。それ以上のことはわからない”と話しました。
 わたしたちは、「マスティン」のオタル港へ入港希望をオタル市長が拒否することを強く要請し、アメリカ合州国軍艦のオタル港への入港を常習化させないためにオタル市が有効な方法と理論をつくりだす努力を重ねることを求めました。
 午後4時から5時過ぎまでの1時間あまりの話しあいの最後に、勝山総務部長は、わたしたちの要請を市長に伝え、必ず文書で回答すると約束しました。

 アメリカ合州国艦船は、毎年のように、オタル港に侵入しており、アメリカ合州国艦船のオタル港使用が常習化され、オタル港の再軍港化がすすめられています(このブログの2011年1月22日の「オタル市長、アメリカ合州国軍艦の入港を許可」、2011年1月26日の「アメリカ合州国軍艦の入港を許可したオタル市長に抗議」、2012年1月16日の「「マスティン」入港反対」、2012年1月17日の「すべての軍艦の入港を拒否する」、2013年1月18日の「アメリカ合州国軍将兵との友好・親善、拒否」、2013年1月28日の「アメリカ合州国海軍艦船のオタル入港容認に抗議」、2015年1月9日の「オタル港をふたたび軍港としないために」、2016年1月14日の「オタル港をふたたび軍港としないために 2016年」、2017年1月12日の「オタル港をふたたび軍港としないために 2017年」をみてください)。

 オタル市長への要請の全文は、つぎのとおりです。

                        米空母に反対する市民の会 佐藤正人

■要請■
(一)「親善」という虚偽を拒否してください
 1960年代から、アメリカ合州国の軍艦が、毎年のように、オタル港に侵入しています。
 今年も、「親善」のためと称して、アメリカ合州国海軍が、オタル港長(オタル海上保安部長)を通してオタル港湾管理者(オタル市長)に、第7艦隊所属のミサイル駆逐艦「マスティン」の2月2日午前10時から7日午前10時までのオタル入港を、1月15日に、「回答期限」を1月19日に設定して要請しています。

 「マスティン」は、昨年7月にオタル港に、「入港目的」を「親善」として侵入したばかりです。「マスティン」は2015年2月にも「親善」を目的とすると称してオタル港に侵入しています。その5か月前の2月にはイージスミサイル駆逐艦「マッキャンベル」がオタル港に侵入しています。「マスティン」は、2007年10月には函館港に、2012年2月6日には石狩湾新港に侵入しています。
 2011年2月から、アメリカ合州国海軍は、アメリカ合州国軍艦のオタル入港目的を、「通常入港」から「親善及び友好」に変え、さらに2014年7月からは、「友好」をはずして「親善」として現在に至っています。
 「マスティン」は、原子炉2基を搭載している空母「ロナルド・レーガン」を旗艦とするアメリカ合州国海軍第5空母打撃群の第15駆逐隊に属する軍艦です。
 殺人兵器である軍艦の乗組員と市民との「親善」は、軍艦の「通常入港」(軍事活動)を覆い隠そうとする虚偽のコトバです。軍艦は、観光船でも客船でも貨物船でもありません。軍艦の行動は、すべて軍事活動です。
 わたしたちは、軍艦の乗組員との「親善」を拒否します。
 アメリカ合州国軍艦の民間港への侵入は、軍事的偵察行動であり、日米新軍事同盟体制を維持・強化し、地域政府(地方自治体)や地域民衆を戦争に協力させようとするものです。
 オタル市長は、「親善」をおしつけて軍艦を侵入させてくるアメリカ合州国政府・軍の策動をはねかえし、「マスティン」のオタル港侵入を阻止してください。
 オタル港の管理権をもつオタル市長は、「マスティン」のオタル港の岸壁使用を許可しないでください。
 わたしたちは、オタル港をふたたび軍港としないために、オタル市長に、憲法と港湾法と地域政府の自治をまもろうとする姿勢を堅持し、いっさいの軍艦のオタル入港を許可しないことを要請します。
 軍艦のオタル入港を認めることは、市民の平和と地域自治の願いに反して、軍事行動に地域政府の長が協力することです。
 オタル市長は、いっさいの軍艦にたいしオタル港の岸壁使用を許可しないでください。
 昨年1月12日に、わたしたちは、オタル市長に、アメリカ合州国海軍の軍艦「マッキャンベル」のオタル港への侵入を認めないでもらいたいと要請しました。それにたいしオタル市長は、1月24日に、
    「小樽港は商業港でありますので、度重なる米国艦船の入港は、必ずしも好ましい
    ものとは考えておりません」
としつつ、
    「小樽港への入港目的につきましては、「親善」以外の目的に疑いを有してはおりま
    せん」
と文書で回答しています。こうしてオタル市長は、「親善」を目的とするアメリカ合州国の艦船を歓迎していないことを曖昧な表現で表明しています。
 歓迎しないのに、「親善」というコトバを掲げてくりかし侵入しようとしてくるアメリカ合州国艦船にオタル港の岸壁使用を許可しないでください。

(二)「核兵器廃絶平和都市宣言」を空文にしないでください
 「マスティン」は、核弾頭搭載可能なトマホーク巡航ミサイルの発射能力を持つイージスミサイル駆逐艦です。
 オタル市長は、核兵器搭載の有無の回答を、文書でアメリカ合州国政府機関から入手し、市民に公開して下さい。
 2000年に、日米政府が1960年に核兵器を積んだアメリカ合州国軍艦の日本寄港を事前協議の対象外とするという密約を結んでいたことが明らかにされました。
 アメリカ合州国第7艦隊空母「インデペンデンス」、アメリカ合州国第7艦隊旗艦「ブルーリッジ」、アメリカ合州国第7艦隊空母「キティホーク」などのアメリカ合州国軍艦のオタル港への侵入のさいにくりかえされていた「事前協議がないから、核もちこみはない」という外務省のことばは、いつわりであったことが明らかになっています。
 オタル市長は、地域政府の長として、オタル港がアメリカ合州国海軍の「港の優先使用施設」とされていることを示している外務省文書を日本政府に開示させてください。
 オタル市の1982年6月28日の「核兵器廃絶平和都市宣言」を空文化しないでください。

(三)オタル港を平和目的以外に使用させないでください
 日本の地域政府が戦争非協力・戦争反対の意思を示すことは、日本政府の戦争協力(参戦)策動を阻止するのに大きな役割を果たします。オタル市長は、地域政府の長として、戦争非協力の意思を明確に示すとともに、日本政府にたいして戦争協力(参戦)策動に反対する意思を具体的に示して下さい。
 オタル市長は、オタル港を平和目的以外に使用させないという意志を、明確に示して下さい。

(四)「戦争法」の時代を終らせる努力を地域政府の長として市民と共に!
 1945年8月以前、オタル港は日本海軍の軍港として使われていました。1950年~53年の朝鮮戦争のときにはアメリカ合州国軍の軍港として利用され、アメリカ合州国極東海軍司令官の文書指令にしたがってオタル港から海上保安庁の掃海艇が参戦しています。
 1997年9月にアメリカ合州国海軍の空母「インデペンデンス」がオタル港に入港しました。これはアメリカ合州国の空母のはじめての日本民間港への入港でした。
 21世紀にはいり、オタル港が軍港化される危機がいちだんと強くなっています。
 2016年3月29日から、「平和」をかかげる戦争法(「平和安全法制整備法」+「国際平和支援法」)が施行され、昨年(2017年)7月11日から「共謀罪法(改正組織犯罪処罰法)」が施行されています。
 戦争法公布(2015年9月30日)のころから、いちだんと自衛隊の軍事力が増強され、海上自衛隊の艦船の海外出動が激しくなってきています。アメリカ合州国海軍の軍艦との連携体制も強化され、自衛艦の「戦略的寄港」の地域も拡大しています。
 昨年7月には、自衛艦が初めてアメリカ合州国・インド・日本の海上共同訓練に正式参加しています。
 昨年末から海上自衛隊は“P3C”哨戒機と艦船を黄海におくり入れて「監視活動」を行っています。自衛艦は、黄海の軍事境界線まで北上しています。これまで自衛艦がこのような軍事行動をしたことはありませんでした。
 国民国家日本の他地域他国侵略の時代を終らせるために、戦争法の時代を終らせるために、オタル市長が市民とともに努力することを要請します。

(五)軍艦の侵入を阻止する方法を、市民と共に立案してください。
 毎年アメリカ合州国の軍艦がオタル港に侵入しようとし、侵入している問題について話し合う市民集会を主催してください。
 市民とともにアメリカ合州国の軍艦のオタル港への侵入を阻止するために、できることを急いで具体的におこなってください。
 1997年8月にアメリカ合州国の空母「インデペンデンス」がオタル港に侵入しようとした時、米空母に反対する市民の会は結成されました。その後米空母に反対する市民の会は、くりかえし山田勝麿前々オタル市長、中松義治前オタル市長にアメリカ合州国軍艦をオタル港に侵入させないことを要請してきました。しかし、この二人のオタル市長は、アメリカ合州国軍艦のオタル港侵入の常習化を阻止するために、市民と共に語りあい、市民と共に具体的な対策をあみだし、それを実践しようとしてきませんでした。
 残念なことには、2015年4月に新たに就任した森井秀明オタル市長もまた、前々任者・前任者同様、積極的に軍艦のオタル港への侵入を阻止する努力を重ねようとすることなく、これまで3度も連続的にアメリカ合州国軍艦のオタル港侵入を承認してきました。
 あらためて、森井秀明オタル市長に、オタルを再び軍港都市にしないために、市民集会を主催し、商業港であるオタル港へ軍艦の侵入を阻止する有効な具体的な方法を、市民と共に立案するように努力することを求めます。

 以上の要請に、10日後の1月29日までに、文書で回答してください。

    2018年1月19日
               米空母に反対する市民の会
               改憲阻止! 労働者市民行動
               ピリカ実(札幌圏)
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