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対「イスラエル」大使館抗議行動

2011年12月16日 | 個人史・地域史・世界史
 きょう(12月16日)、対「イスラエル」大使館抗議行動に参加しました。
 東京市ヶ谷駅の近くにある「イスラエル」大使館に対する抗議行動は、2001年9月に開始され、その後、毎月第3金曜日に、10年間かかさず続けられてきました。
 ことし8月の抗議行動のあと、毎月の抗議行動は、毎年2回(12月の第3金曜日と5月14日)とすることにしました。抗議行動開始時から中心になって運動を進めてきていたMさんがことし3月に体調を大きく崩し参加できなくなったことが、その原因のひとつです。
 抗議行動のとき、大きなパレスチナの旗が、「イスラエル」大使館前の路上に掲げられます。日本で、パレスチナの旗が掲げられる時と所は、多くありあせん。
 10年間、わたしは第3金曜日にできるだけ東京に行くようにし、抗議行動に参加してきましたが、参加者は最大時50人ほどになったことがありましたが、最近は10人に満たない日が多くなっていました。
 2008年12月~2009年1月の「イスラエル」陸海空軍のガザ空爆・侵入の時には、「イスラエル」大使館まえで抗議する運動が広がりましたが、それは持続しませんでした。
 きょう12月の第3金曜日の抗議行動は、中断後最初の抗議行動でした。
 参加者それぞれが、「イスラエル」大使館前で、自分の思いと「イスラエル」への抗議の意思を語り、全員が「シオニストはパレスチナからでて行け」、「パレスチナ人虐殺の責任をとれ」……と何度もさけびました。そのあと、「イスラエル」によって殺された人たちを追悼し花をささげました。
 http://www.mkimpo.com/palestina/
 
 つぎの対「イスラエル」抗議行動は、来年の5月14日です。
 参加してください。
 参加するかたは、2012年5月14日(月)午後6時半に JR市ヶ谷駅前にきてください。
 市ヶ谷駅前で、通行人に参加を呼びかけ、午後7時に「イスラエル」大使館前に出発します。

 1948年5月14日に「イスラエル」は「建国宣言」をおこない、「イスラエル」は、この日を祝日にしています。「イスラエル」は、祝日をユダヤ暦で決めています。普通暦2012年5月14日は、ユダヤ暦では4月15日ですが、シオニストのパレスチナ侵略イデオロギーの根拠のひとつであるユダヤ暦を承認しないので、毎年はじめの対「イスラエル」抗議行動の日を5月14日としました。
 海南島に日本軍が奇襲上陸した日から70年後の2009年2月10日に発行した『会報』第2号の発行辞で、海南島近現代史研究会はつぎのように述べています。
                                       佐藤正人

 2008年12月27日午前11時半、パレスチナのガザ市上空に侵入したイスラエル軍F16戦闘機60機は、人口密集地域にたいする無差別爆撃を開始しました。その後、イスラエル軍は、戦闘機、地対地ミサイル、無人機、軍用ヘリコプターなどで毎日爆撃を続け、建物を破壊し、パレスチナ民衆を殺傷しました。2009年1月3日午後7時半、イスラエル陸軍がガザ地域への侵入攻撃を開始しました。それから1月18日午前2時まで、イスラエル空陸海軍は、ミサイル、白リン弾、爆弾、戦車、ブルドーザー……を使って1400人を越す人びとを殺害しました。
 人びとが平和に暮らしていた海南島に日本軍が侵入したときから1945年8月なかばまでの6年半、日本政府、日本軍、日本企業は、海南島の人びとに大きな災厄をもたらし続けました。
 人びとが平和に暮らしていたパレスチナにシオニストの軍隊が侵入したのは、1948年でした。シオニストは、この年5月14日に、占領したパレスチナの大地をイスラエルと名づけました。このときから、シオニストはパレスチナ民衆に大きな災厄(ナクバ)をもたらし続けています。
 イスラエルに住むパレスチナ人以外のほとんどの「イスラエル国民」は、ガザ地域でのイスラエル軍の犯罪を支持しています。
 ほとんどの日本国民は、台湾領土化、朝鮮領土化、中国東北部・モンゴル東南部領土化……のときと同じく、海南島侵略のときにも、占領地の拡大を喜び、軍事行動を支持し、日本政府、日本軍、日本企業の侵略犯罪に加担しました。
 日本が占領していた時期(海南島民衆が日本の侵略に抗していた時期)の日本近現代史、敗戦後の日本近現代史は、同時代の海南島近現代史と重なりあっています。
 海南島近現代史は、パレスチナ近現代史と重なりあっています。
 70年まえに日本国民は、なぜ海南島侵略を阻止できなかったのかという問題は、いま、なぜシオニストのパレスチナ侵略を世界の民衆が許し続けているのかという問題とつながっているのだと思います。

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