三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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歴史認識・歴史叙述の客観性 2

2014年04月13日 | 個人史・地域史・世界史
 国民国家日本は、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、フランス、ベルギー、アメリカ合州国、ドイツ、イタリア、ロシア……とともに、膨大な侵略犯罪・国家犯罪をおこなってきた(1894~95年の日朝日清戦争と1904~05年の日ロ戦争の中間期、1900~01年の義和団戦争に参戦した侵略軍は、イギリス、ロシア、日本、フランス、アメリカ合州国、ドイツ、イタリア、オーストリア=ハンガリーの8か国の連合軍であった)。
 数世紀にわたるこれらの諸国の侵略犯罪・国家犯罪は、全容はおろか、その一部も細部にいたるまではほとんど明らかにされていない。
 日本政府は、過去も現在も、国民国家日本の侵略犯罪・国家犯罪の歴史的責任をとろうとせず、謝罪も、賠償も、責任者処罰もおこなっていない。
 それどころか、日本政府は、過去も現在も、国民国家日本の侵略犯罪・国家犯罪にかんする証拠を消去・隠蔽し、事実を抹殺しようとしてきた。また、日本政府は、侵略犯罪という歴史的事実を、侵略犯罪と認めないという新たな犯罪をも重ねてきた。
 この日本政府の犯罪に、過去も現在も、日本のマスメディアは加担してきた。
 日ロ戦争のさ中、1905年1月28日に、日本政府は閣議で突然、大韓帝国の独島を「本邦所属」として「竹島」と名付けて領土とした。1877年に、日本政府は「竹島外一島之義本邦関係無之義ト可相心得事」とする太政官指令をだし、「竹島外一島」(欝陵島と独島)は日本の領土ではないことを明示していたにもかかわらずである。
 大韓帝国の一部である独島を領土としてから5年後、1910年8月に日本政府は大韓帝国全土を領土とした。独島は、日本が最初に領土とした大韓帝国の土地である。
 しかし、日本政府は、独島を「わが国固有の領土である」と主張し、その日本政府の主張に屈服した日本の歴史教科書の執筆者・出版社は、2015年度から使用される小学校教科書にその偽りの主張を書き入れ、日本政府はその教科書の検定を通過させた。こうして、2015年4月から、すべての日本の小学校の5年生あるいは6年生が、日本帝国が大韓帝国から奪って領土とした独島を「わが国固有の領土である」と教えられることになった。
                                                 佐藤正人
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