三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「個人」と「組織」

2018年10月21日 | 木本事件
 今年の冬に私が子供の頃からよく知っている方が亡くなりました。70歳でした。バイタリティあふれる方で、まだまだこれから色々と活躍されるかと思っていましたが、突然の人生の終わりでした。この方が亡くなってから、「死」というよりも「人生」の終わりというものを意識するようになりました。当たり前のことですが、人は死に、人生もいずれ終わります。
 しかしながら「組織」は、その「組織」が存在している以上、終わりなく、継続されます。「組織」に属する人々が入れ替わることで継続されます。
 「三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・裵相度)の追悼碑を建立する会」が1989年に結成されて以来、お二人の追悼碑の建立や木本町民による二人の虐殺を「愛町心の発露」が原因であったと記載した「熊野市史」の書き換えを熊野市に要求し、行政交渉を行ってきましたが、いずれも受け入れられていません。熊野市は受け入れるつもりはありません。「組織」である熊野市は、「個人」の集まりである当会の要求も当会のことも無視し続けるでしょう。
 彼らにとって無視し続けることが一番の解決策であると彼らは思っているに違いない。無視できない「こと」が必要に思う。
                                       S 記
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