三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

『会報』59号・14号合併号

2013年10月15日 | 『会報』
 きょう(10月15日)、三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会『会報』59号(特集 李基允氏と相度氏を追悼する集会20回目を迎えて)と紀州鉱山の真実を明らかにする会『会報』14号の合併号を発行しました。        
 内容は、つぎのとおりです。


  写真1 李基允さんの故郷、慶州慶州郡内東面排盤里(1996年7月9日)
  写真2 相度さんの故郷、東萊郡沙下面槐亭洞のえんじゅの樹(1996年7月8日)
  写真3 「木本事件」のとき、3歳の敬洪さんは、姉の月淑さんといっしょに寺の縁の下に隠
     れて夜を明かした(1989年4月23日、津での三重集会で)

배철용「그곳의 무궁화는 벌써 20년을 할아버지 곁을 지키고 있었다니」
    (哲庸「あの地のムグンファが、すでに20年、祖父のそばで見守っていたとは」)
金蓬洙(談)「もう19年になるのか」
         写真 除幕式での哲庸さんと金蓬洙さん
徐文平「「木本事件」に思うこと」
李在一「碑文の現在的意味」
崔文子「「木本事件」に寄せて」
宇恵悟「第20回追痛む集会に参加」
大谷祐子「追悼という言葉に 心の痛みはあるだろうか」
斎藤日出治「李基允さん・相度さんの20回目の追悼集会にあたって」
さきくぼまさかず「高校3年生だった」
嶋田実「20回目の追悼集会にあたって」
竹本昇「20回目の追悼集会を迎えるにあたり」
日置真理子「追悼集会を年の区切りに、今年も反省を繰り返す」
佐藤正人「追悼碑を建立してからの19年」
金靜美「追悼碑が建立されてから亡くなった人たちのこと」
金靜美「杉浦新吉氏のこと」
金靜美「杉浦哲栄さんとの出会い」
「熊野市を被告とする訴訟の経過」
「金昌淑慶尚北道議会議員が証言する内容」
金城実「沖縄との違いに、がくぜんとした」
      写真 金城実さんの仕事部屋で(読谷村 2013年6月22日)
佐藤正人「裁判官の良心について」
斉藤日出治「海南島近現代史研究会第7回総会報告」

  写真1 朴仁祚さん(1994年8月2日、熊野市との話し合いで)
  写真2 追悼碑の建ち上げ工事(1994年10月22日)
  写真3 みんなで碑文板を設置(1994年11月13日)
  写真4 除幕集会の前日、ムグンファの苗木を持つ相度さんのひ孫、ギヒョンと、植える場
     所を掘る孫、チョリョン(哲庸)さん
  写真5 除幕集会の前日、熊野灘の海岸で、アリランを唄う朴慶植さん(1994年11月19日)
  写真6 追悼碑の除幕後、トランペットのアリランが響いた
  写真7 除幕集会で、アボヂ敬洪さんのことばを読む哲庸さん
  写真8 2011年11月26日、18回目の追悼集会で金順子さんが舞う

発行日 2013年10月15日
B5版 24頁。 定価 200円(送料80円)
連絡先 三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・相度)の追悼碑を建立する会
               大阪府大東市中垣内3 大阪産業大学 斉藤日出治方
      紀州鉱山の真実を明らかにする会
               和歌山県海南市日方1168
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