三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「「文在寅文下野」「朴槿恵釈放」叫ぶ団体に囲まれたセウォル号集会」

2019年11月17日 | 韓国で
https://japanese.joins.com/JArticle/259657
「中央日報日本語版」 2019.11.17 10:35
■「文在寅文下野」「朴槿恵釈放」叫ぶ団体に囲まれたセウォル号集会
 セウォル号遺族が16日、ソウルの光化門(クァンファムン)広場で「セウォル号特別捜査団聖域のない捜査と処罰要求! 検察改革積弊清算文化祭」を開いた。前日に朴槿恵(パク・クネ)前大統領と黄教安(ファン・ギョアン)自由韓国党代表ら40人を検察に告発したのに続くもの。
 社団法人4・16セウォル号惨事家族協議会のチャン・フン運営委員長はこの日の集会で、「告発人名簿に名前を書いてくれた市民がいたおかげで5年6カ月余りの間戦うことができた」としながらセウォル号捜査に対する関心と参加を求めた。前日の告発にはセウォル号遺族377人と5万4000人余りが告発人として参加した。
 チャン委員長は「近くセウォル号惨事6周忌になるが、これまで処罰された高位公務員はいない。暫定的な責任者は300人を超える。今後2次、3次にかけ100人余りを追加で告発し、責任を負うべき人が責任を負うようにしたい」と明らかにした。
 遺族のホン・ヨンミさんは「これまでは(事故が)『なぜ』(発生したか)という質問をずっと投げかけてきたが、もう『だれが』(処罰を受けるべきか)に対する答が出そうだ」としながら特別捜査団の徹底した捜査を促した。引き続き「捜査がまともにされない時は家族が大検察庁前へ行くだろう。家族が信じるほどに検察も信頼を与えてくれたら良いし、国民がともにしてくれたら良いだろう」と話した。
 この日の集会は広場周辺を行進する保守団体に囲まれた状態で行われた。同時刻に周辺では「文在寅退陣国民大会」と「朴槿恵大統領無罪釈放総闘争」など保守団体の集会が行われた。自由発言に出たキル・ジョンヘさんは「黄色いリボンを付けているという理由だけで(保守団体集会に来ていた)年寄りが私に耐えがたい罵声を浴びせながら通って行った」と吐露した。
 集会の途中で一部保守団体会員らが大声を上げてセウォル号広場側に進入しようとしたがこれを阻止する警察ともみ合いになったりもした。セウォル号広場のステージには「暴言と暴力を自制してほしい」という案内文が掲げられていた。


https://japanese.joins.com/JArticle/259604
「中央日報日本語版」 2019.11.14 13:28
■セウォル号特調委、「ヘリ救助放棄」捜査を特捜団に依頼=韓国

【写真】セウォル号

 セウォル号惨事当時、海洋警察が脈拍があった故イム・キョンビン君をヘリコプターではなく艦艇に乗せて病院に運んだという疑惑をめぐり、社会的惨事特別調査委員会(特調委)が14日、正式にセウォル号特別捜査団(特捜団)に捜査を依頼することにした。特調委はこの日、特捜団関係者と会って議論することを検討中という。
 特調委は13日、全員委員会を開いて「惨事当時救助放棄捜査要請書」案件を議決した。特調委の議決案には、金錫均(キム・ソクギュン)海洋警察庁長官とキム・スヒョン西海地方海洋警察庁長官、キム・ムンホ木浦(モクポ)海警署長とイ某3009艦長の4人の海警指揮部に対して業務上過失致死容疑を適用して捜査してほしいという内容があるという。
 すでに特捜団はソウル中央地検にあるセウォル号内CCTV証拠資料捏造疑惑事件の記録を受けてこれを検討している。この日、特調委は清海鎮(チョンヘジン)海運に対する不法融資疑惑に対する捜査を要請したことも公開した。
 セウォル号家族協議会は惨事に責任がある1次告訴・告発人員を52人に整理し、15日に最初の告訴・告発を進行する。朴槿恵(パク・クネ)前大統領と当時の黄教安(ファン・ギョアン)法務部長官(現自由韓国党代表)、禹柄宇(ウ・ビョンウ)元民情首席秘書官、金淇春(キム・ギチュン)元秘書室長も含まれたという。家族協議会の法律代理人オ・ミンエ弁護士は「家族は沈没の原因からその後の惨事が生じた原因、今後の対応を網羅した全面的な再捜査を望んでいる」と明らかにした。これに先立ちイム・グァンヒョク特捜団長(53)は「今回の捜査が最後になるよう『白書』を書く心情で徹底的に調査をする」と述べた。


「The Hankyoreh」 2019-11-14 09:23
■「特捜団が信用できるようになるまで」…セウォル号の母たち、雨の中デモ
イム・ギョンビン君、キム・シヨンさんの母たち 
13日から大統領府前でデモ開始 
「惨事後5年7カ月たって特捜団設置、検察だけを信じて待ってはいられない」 
「特捜団がちゃんと捜査すると信用できるまでプラカード掲げる」

【写真】13日午後3時、セウォル号惨事で亡くなったキム・シヨンさんの母ユン・ギョンヒさんとイム・ギョンビン君の母チョン・インスクさんが大統領府噴水前でプラカードを持って立っている。彼らは11日に発足したセウォル号特捜団がちゃんと捜査するまで無期限デモを続ける予定だ//ハンギョレ新聞社

 「子どもたちの悔しさを晴らしてください。そうすればようやく私たちも息ができます」。
 13日午後3時、大統領府の噴水台の前。突然降った雨と冷たい風にもかかわらず、二人の母親はプラカードを掲げた。黄色のダウンジャケットを着た彼女たちは、「寒くないか」という記者の質問に、両側のポケットに入れたカイロを取り出し「平気だよ」と笑ってみせた。セウォル号の惨事で犠牲になったキム・シヨンさん(当時18歳)の母、ユン・ギョンヒさん(42)と、イム・ギョンビン君(当時18歳)の母、チョン・インスクさん(47)だ。彼らはこの日から大統領府噴水前でセウォル号惨事の真相究明のための無期限デモを始めた。この日「加湿器殺菌剤事件と4・16セウォル号事件特別調査委員会」(社会的惨事特別調査委員会=社惨委)は、セウォル号の惨事当日、応急処置で脈拍などバイタルサイン(生命兆候)が戻ったのにヘリコプターで搬送されず、ついに命を失った故イム・ギョンビン君の「救助放棄」について、検察のセウォル号特別捜査団(特捜団)に捜査を要請することに決めた。(関連記事:「セウォル号生徒がまだ生きているのに、救急ヘリは海洋警察庁長を乗せた」)
 チョンさんは6日、検察が特捜団を構成するというニュースに「じっとしていてはだめだ」と決心した。セウォル号の惨事が発生してから5年7カ月たって構成された特捜団が、歓迎すべきものながらも信用できなかったためだ。チョンさんは特捜団が設置されるというニュースが出た後、プラカードを掲げようと決心した。ちゃんとスローガンを作って一緒にやろうという4.16セウォル号惨事家族協議会の勧告も通じなかった。一日でも早く子どもの悔しさを晴らしたいという思いが先に立った。そして「特捜団を信じてただ待ってはいられないのは、惨事当日から(私たちは)いつもだまされてきたし、やると言ったことを守ったことが一つもないから。(全面再捜査を)するからといって『本当にありがとうございます』『待ってます』などと言ってはいられない」と話した。チョンさんはまた、「海洋警察が撮影した惨事当日の映像を通じて、子どもたちが、そしてセウォル号に乗っていた乗客が、どれほど無念で悲惨な死を迎えたかを見たので、私たちがその気持ちを(代わりに)表現して、私たちが検察の捜査を見守って明らかにしなきゃいけない状況だ」と付け加えた。
 もどかしく悔しい思いをしているのはユン・ギョンヒさんも同じだ。ユンさんはチョンさんがデモをするというのを聞き、自ら参加すると決めた。社惨委が公開した映像の中で、船に横たわっているイム君を見て、「何でもしなきゃ」と決心した。ユンさんは「映像を見て非常に大きなショックを受けた。映像の中の子どもが自分の子どものようで、よりいっそう怒りが沸いた。今日からすぐデモを行うというキョンビンのお母さんを見て、急だけど一緒にやらなきゃという気持ちで出てきた」と語った。彼女もチョンさんと同じく、特捜団発足のニュースをマスコミの速報を通じて知った。ユンさんは「私たちも速報で知るほど、特捜団が急に作られました。どれだけ準備段階があったのか、それからして疑わしいし、私たち遺族は検察に対する信頼が100%あるわけではないので、捜査要請に対してきちんと調査をするかを見守らなければ」と強調した。
 彼女たちはこの日を皮切りに、毎週月曜日から金曜日まで毎日正午から午後2時まで、大統領府の前でプラカードデモをする予定だ。「期限はありません。特捜団に対して信用できるまで、最後までやります。『ああ、もうちゃんとやるんだな』と確認できるまで」。チョンさんはプラカードを見ながら、傘をぎゅっと握った。

文・写真 クォン・ジダム記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/916900.html
韓国語原文入力:2019-11-13 17:32


http://japan.hani.co.kr/arti/politics/34938.html
「The Hankyoreh」 2019-11-13 07:56
■[インタビュー]イム君の母親「死んだ我が子に口づけた時、何か変だと思った」
 救助当時、脈のあった檀園高校生徒 
 故イム・ギョンビン君の母親、チョン・インスクさん
 
 溺死ではなく、応急措置受けたかもと思ったきっかけ 
 二枚の遺体検案書、何度も疑問を提起したが無視された 
 今回の検察特別捜査団は必ず真実を解明すべき

【写真】セウォル号惨事当日、応急処置でバイタルサインが戻ったが、ヘリコプターで搬送されず、結局命を落とした故イム・ギョンビン君の母親、チョン・インスク氏がインタビュー途中、涙を流している=安山/シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

 「もうやめろ」と言われても母親はやめることができなかった。息子のイム・ギョンビン(当時18歳)がこの世を去ってから、5年以上の月日が流れたが、“真実”は何一つはっきりしていない。二枚の遺体検案書、食い違う死亡時刻、最後に確認した瞬間の息子の状態。2014年4月16日のセウォル号惨事で亡くなったイム・ギョンビン君の母親、チョン・インスクさん(47)の頭からずっと離れなかった疑問だ。
 誰も代わることができなかった母親の問いがきっかけとなり、沈みかかったセウォル号の真実の一部が先月31日、再び水面上に引き揚げられた。「加湿殺菌剤事件および4・16セウォル号事件特別調査委員会」(社会的惨事特別調査委員会=社惨委)が惨事当日、脈拍が戻ったイム・キョンビン君を、海洋警察がヘリコプターではなく船で、事故から4時間41分後にようやく病院まで移送したという調査結果を発表したのだ。
 「吐き気がして息が出ませんでした。二日前、映像を見たにもかかわらず、見ていられませんでした。そのまま(会見場に)座っていたら倒れそうで、外に出ました」。12日、京畿道安山市檀園区(タンウォング)の「檀園高校4・16記憶教室」の2年生4組の教室で、ハンギョレのインタビューに応じたチョンさんは、まだ胸が苦しいようで、大きく息をついた。第一分団の2列目の息子の席をゆっくりと見回っていたチョンさんの目が潤んだ。椅子に掛けてあるかばんが、まだ持ち主を待っているかのようだった。

【写真】故イム・ギョンビン君の母親、チョン・インスクさんが12日午前、京畿道安山市檀園区積金路にある「檀園高校4・16記憶教室」2年生4組の教室で、ハンギョレとインタビューをする途中、息子の名前が書かれた芳名録をなでている=安山/シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

 当日、病院で息子の姿を確認した時から、チョンさんの心の中には多くの疑問が浮かんだ。「どうか心肺蘇生術を施してください!」。気が狂った人のように医療陣に訴えていたときも、何か変だと思った。「触らないで、入らないで」という医師たちの制止を振り切って、亡くなった子供を抱きしめ、口づけをした時、息子の唇は冷たく、乾いていた。「惨事当日の現場で、『口に水がなければ人工呼吸をした後であり、唇が黒くなっていれば低体温症』だと聞きました。息子は溺死したのではなく、(亡くなる前に)応急手当を受けたと思いました」
 疑惑がさらに濃くなったのは十日後だった。2014年4月26日、出棺のために木浦(モッポ)韓国病院で受けた死体検案書を病院側に提出したが、「このままではだめだ」と言われた。「死亡時刻を一つに統合してほしい」ということだった。ようやく検案書をまともに見るようになったチョンさんは、二枚の検案書に書かれた息子の死亡時刻が食い違っていることを知った。「午後6時36分と午後10時10分」。同年5月、チョンさん夫妻が直接木浦韓国病院を訪ねて、息子の最終検案書の死亡時刻が「午後10時10分」であることを確認した。「依然としてはっきりしませんでした。午後6時36分が子供を初めて海の上から引き上げられた時間なのか、船の上で救急隊員たちが決めた死亡時間なのか…」

【写真】故イム・ギョンビン君の母親、チョン・インスクさんが12日午前、京畿道安山市檀園区積金路にある「檀園高校4・16記憶教室」2年生4組の教室で、ハンギョレとインタビューをする途中、息子の名前が書かれた芳名録をなでている=安山/シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

 それから、チョンさんは検察とセウォル号の特別調査委員会(1期特調委)に何度も疑問を提起した。しかし、疑惑は晴れなかった。検察に証拠保存申請をし、惨事当日3009艦の証拠映像と海洋警察の状況日誌、息子の写真などを手にしたが、資料の中の時間と位置がそれぞれ違っていた。特調委が政治的な妨害の中で解体されるのも見守るしかなかった。それから5年以上が過ぎた今年10月29日になってようやくイム・ギョンビン君の両親は息子の救助・捜索過程が映った映像を目にすることができた。
 「本当に息が詰まりました。夫と二人で何も言えませんでした。息子に本当に申し訳なかったです。一体、あんな状況まで作って、何を隠そうとしたのでしょうか。人の命をあんなふうに扱うなんて…」。チョンさんは「映像が明らかになったのは、子供たちが私たちに送るシグナルだと思った」と涙声で話した。「子供たちも悔しかったでしょう。真相を解明してほしいと、自分たちの無念を晴らしてほしいと、訴えたかったと思います」。
 今月6日、検察がセウォル号の特別捜査団(特捜団)を立ち上げたというニュースを聞いて、チョンさんは「嬉しい気持ちより戸惑いが大きかった」と話した。彼女はマスコミの速報で特捜団が構成されたこを知った。「セウォル号の遺族たちに一言も言わず、特捜団を設置するなんて、呆れてしまいました。海洋警察の証拠映像が公開されなければ、最後まで(捜査を)行わなかったかもしれないと思いました」。チョンさんは「検察と機務司令部、国家情報院が関与した事件を検察がまともに捜査できるか心配だ」としながらも、検察に訴えた。「惨事当日、なぜ救助をしなかったのか、なぜ船が沈没したのか、最初から最後まで真相を解明しなければなりません」。

安山/クォン・ジダム記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/916792.html
韓国語原文入力:2019-11-13 02:42
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