三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「日帝強占期サハリン強制徴用犠牲者14人の遺骨、韓国に返還」

2019年10月07日 | 国民国家日本の侵略犯罪

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/34567.html
「The Hankyoreh」 2019-10-07 02:38
■日帝強占期サハリン強制徴用犠牲者14人の遺骨、韓国に返還

【写真】サハリン強制動員犠牲者・故チョン・ヨンマンさんが1985年に書いた最後の手紙=行政安全部提供//ハンギョレ新聞社

 日帝強占期にロシアのサハリンに強制動員され、ついに故郷に帰れなかった犠牲者14人の遺骨が、韓国に戻ってきた。
 行政安全部は6日、1938年~1945年に日本によってサハリンに強制動員された韓人犠牲者の遺体14体の返還を受け、7日に忠清南道天安(チョナン)の「国立望郷の丘」に安置すると発表した。政府は2013年から昨年まで計6回にわたって韓人の遺骨71体の返還を受けている。今回が7回目となり、返還された遺骨は全部で85体。
 ロシア・サハリンの10カ所の共同墓地で収拾された遺骨は6日、仁川(インチョン)空港を経由して国立望郷の丘に到着。政府は7日午後2時からの追悼式後、遺体を奉安堂(納骨堂)に安置する計画だ。

【写真】故チョン・ヨンマンさんが日帝によって強制動員される前、妻と一緒に撮った写真=行政安全部提供//ハンギョレ新聞社

 強制動員被害者は、日帝強占期に強制的にサハリンに連行され、炭鉱、土木工事、工場などで苛烈な労働にさいなまれ、故国の地を思いつつ生涯を終えなければならなかった。徴用された人たちは独立後も日本政府の放置と旧ソ連の無関心により帰国の道が絶たれていたが、1990年に韓国とロシアの国交が樹立されて帰還の道が開かれた。
 祖父の故チョン・ヨンマンさん(1911~1986年)の遺骨の返還を受けた孫のチョン・ヨンダルさん(51)は「祖父は1943年初夏に田に水をやりに出た時に連れて行かれた。夫と生き別れになった94歳の祖母は、6歳の息子と腹の中の娘を一人で育て、恨(ハン)多き人生を送った」、「夫は一握りの遺骨となって帰って来たけれど、祖母も喜ぶだろう」と語った。
 政府は、サハリン地域の韓人犠牲者の遺骨返還事業と強制徴用に関する記録の収集が安定して進められる仕組みをつくるため、ロシア政府との政府間協定締結を推進している。
チェ・ユンテ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://www.hani.co.kr/arti/area/area_general/912157.html
韓国語原文入力: 2019-10-06 14:49


https://jp.yna.co.kr/view/AJP20191007004300882?section=news
「The Hankyoreh」 2019.10.07 21:04
■サハリン残留韓国人の遺骨14柱戻る 故国で追悼式
【天安聯合ニュース】日本による植民地時代にロシア・サハリンに強制動員され、戦後も同地に取り残された韓国人犠牲者の遺骨14柱が7日、約70年ぶりに韓国に戻された。

【写真】天安市の国立墓地「望郷の丘」でサハリンに残留した韓国人犠牲者の遺骨返還・追悼式が開かれた=7日、天安(聯合ニュース)

 この日、中部・忠清南道天安市の国立墓地「望郷の丘」で開かれたサハリンの犠牲者の遺骨返還・追悼式は今回で7回目。遺族や遺族団体、政府関係者、在韓日本大使館関係者などが出席した。
 遺族代表は追悼の辞で、懐かしがっていた故国に父を迎えることができ心の片隅にあったしこりが少しは解けたようだと涙声で話した。
 陳永(チン・ヨン)行政安全部長官は尹鍾寅(ユン・ジョンイン)次官が代読した追悼の辞で、「政府は今後も太平洋地域や中国の海南島など国外に強制動員された犠牲者を故国に迎えてこられるよう、遺骨の返還事業を強力に推進する」と話した。 
 植民地時代には多くの韓国人がサハリンに強制的に連れて行かれ、炭鉱や土木工事現場、工場などで過酷な労働を強いられた。
 政府は2013年から今回まで合わせて韓国人犠牲者の遺骨85柱を韓国に迎えた。
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