三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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パレスチナ解放への道、アイヌモシリ解放への道 1

2008年09月13日 | パレスティナ
     月刊誌『情況』2003年4月号に掲載した文章を10回に分けて連載します。

                                        佐藤正人


はじめに 日本のアジア太平洋侵略・イスラエルのパレスチナ侵略
1、アイヌモシリ植民地化と日本人「移民」
  ①、侵略国家日本近現代史の起点
  ②、アイヌ民族から生活と労働の場を徹底的に奪う日本人「移民」
  ③、中国東北部侵略期から一九四五年まで
2、日本の現在の植民地
3、「同化」・殺害・「保護」
4、パレスチナ植民地化とユダヤ人「移民」
5、帝国主義国の建国・領土拡大と殺戮
6、自立し共闘する民衆の世界的ネットワーク
おわりに アイヌモシリでの民衆運動

■はじめに 日本のアジア太平洋侵略・イスラエルのパレスチナ侵略
 一九四八年五月にパレスチナの大地にイスラエルが「建国」してから、まもなく五五年になる。
 日本が台湾を植民地としたのは一八九五年だった。その五〇年後、台湾は日本の支配から解放された。イスラエルのパレスチナ植民地化五五年という歳月は、日本の台湾植民地化五〇年、日本の朝鮮植民地化三五年という歳月を越えている。
 この五五年間に、パレスチナ解放を求める民衆が、どれほどおおくいのちを失ってきたか。イスラエル軍は、どれほどおおくのパレスチナ民衆を、殺戮してきたか。
 デイル・ヤーシーン虐殺の時から、ほぼ五五年が過ぎた。
 サブラ虐殺、シャティーラ虐殺の時から、二〇年あまりが過ぎた。
 ジェニン虐殺の時から、まもなく一年になる。
 デイル・ヤーシーン、タルザータル、サブラ、シャティーラ、ジェニン……に侵入し、子どもをふくむおおくの人びとを殺し、家を破壊し、村や「居住区」や街を廃墟にかえたイスラエル兵やレバノン「民兵」がやったのと同じことを、日本兵は、アジア太平洋の各地でやっていた。
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