季節の野原で葉っぱの音を・・・。

心の畑も耕せる農家でありたい。

甘夏から教えられて。

2021年04月12日 | 気持ちを語る

もったいなくて少しずつしかちぎらずにいた甘夏を

久しぶりに触ったら、ほんの少しハリが弱くなりかけていました。

教育ファームの時には参加者のみなさんに「いつまでも実をつけたままだと

親である木が次の新芽を出すのに負担になるし、甘夏自体もみずみずしさが失われていき

色あせていくから、人間親子も適期に離れた方がお互いのため」などと

随分偉そうなことを言っていました。

言っておきながら、自分がそれを全くできていなかったことを

この春、思い知らされることになるとは、思ってもみませんでした。

もう、自分の身の丈では届かないくらい高いところに実をつけて

脚立に登ってようやくちぎれるほどに成長した甘夏。

でも、それは親木自体がそこに実をつけるようにしたわけで

まさしく「自分で蒔いた種」の結果に他なりません。

 

 

一口に緑色と言っても、そこには無数の色彩があるので写真ではどれがどれやら・・と見えるかもしれませんが

左端の大きなクスノキは、自宅出産した子どもの胎盤を土に埋め、その上に小さな苗木を植えたもの。

あれから20年近くたった今。

こちらは、もはや空を見上げる目線でしかてっぺんをみることができません。

そうだ。私は農家の端くれではないか。小さな種や苗を植えては育てて大きくなったら

もう、・・・というか初めから自分だけのものではない命の数々を収穫しては

みなさんの命のエネルギーにしてもらっていることが役割として与えられているのでした。

たった1本の木からでも、山ほどとれた甘夏は、あちこちに配ってもまだ山ほど手元に残るので

今夜はマーマレードを山ほど作りながら

この春の様々な出来事をひとり静かにかみしめることと致します。

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