著名なふたりの作家、とくに著者の夫君であった吉村昭さんは、わたしがよく読んだ作家のひとりで、近しい気持ちをもっています。
この書は、その吉村さんの晩年の闘病の様子とそれを支えた津村節子さんの二人三脚の記録です。
夫が舌癌と診断され、その治癒が進んでいたおりの膵臓がんの発見。作家としての仕事(執筆、講演、サイン会など)をこなし、著者はあるときは気丈に、またある時は絶望のなか、家族、知人の支援も受けながら治療と介護に誠心誠意あたったことが滲み出ています。
吉村さんは自身が癌を患、入院したことを、知人に知られないように最大限の努力をはらっていたようですから、本書のような内容のものが出版されることは不本意だったかもしれませんが、著者にとっては書かずにはいられなかった鎮魂歌であったと思います。
治療の内容が克明に記録され、また吉村さんがかかさず日記を書いていたこと、死の直前まで短編小説、エッセイを書いていたこと、最期まで編集者とかかわるその姿勢が折り目正しかったこと、遺言書をしっかり遺していたことなど、いつも傍らにいた妻でなくては書けなかった吉村さんの一面が紹介されていて、好ましかったです。
吉村さんが最期に周囲の阻止を振り切って、自分で点滴の管のつなぎ目をはずし、胸に埋め込んであるカテーテルポートをひきむしった壮絶の場面もかなり詳しく、描写されていて、痛ましいです(pp.166-167)。
本書の末尾で、「育子が夫の背中をさすっている時に、残る力をふりしぼって躯を半回転させたのは、育子を拒否したのだ、と思う。情の薄い妻に絶望して死んだのである。育子はこの責めを、死ぬまで背負ってゆくのだ[著者は自分のことを本書のなかで育子としています]」(p.170)と書いていて、ここはこの本の最初から読んできたものにとっては胸に迫る文章で、思わずウルウルしました。
なお、表題の「紅梅」は、吉村さんの書斎の窓から見えていた庭の樹です。
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