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三潴信邦「日本の産業分類」『経済統計分類論』有斐閣,1983年【その1】

2018-09-09 20:13:35 | 社会統計学・社会科学方法論アーカイブズ
 筆者は本稿で,日本の産業分類がどのような過程を経て,それに固有の性格をもったものとして形成されてきたかを論じている。構成は次のとおり。「1.職業分類と産業分類」「2.『昭和22年臨時国勢調査』までの産業分類」「3.『1950年世界センサス』と『日本標準産業分類』の制定」「4.第9次改訂『日本標準産業分類』(1983年)」「5.『国際標準産業分類』(ISIC)」。

 産業分類が職業分類から派生する過程は,洋の東西を問わない。統計分類を国勢比較可能な体系を構想したJ.ベルチヨンは,1893年の第4回ISIで職業分類を提案し,その後1895年の第5回ISIで「職業分類を再編成した形の産業分類」を提案している。日本では大正9年(1920年)の第一回国勢調査用職業分類が最初で(さらには「駿河国人別調」「甲斐国現在人別調」まで遡ることもできる),やがて産業分類の形成へと進んだ。第二次世界大戦後の産業分類は職業分類と同様,1950年世界センサスと歩調をあわせ日本に導入された。有職人口=有産業人口,という形式的整合性を保持してのことではあるが。

 職業分類は,人口統計調査の集計作業項目のひとつとしてスタートした。他方,全産業を対象とした産業分類が登場するのは日本では昭和5年(1930年)からである。この時から,職業分類とは別に「産業」の分類が作られるようになった。製造業(工業)のみを対象とした統計調査は,明治42年(1909年)から始められた「工場調査」である。全産業を対象とする産業分類は全人口を対象とする国勢調査の発展に若干遅れて形成された。国勢調査の結果表章として,最初に登場するのは職業分類である。事実,第一回国勢調査(大正9年)では調査用に職業分類が作成された。この段階では,職業(個人の属性)が同時に社会的分業の表章としての産業をもあらわし得た。調査用職業分類が産業分類的職業分類といわれたのはこのためである。純粋の産業分類は,上記のように,昭和5年の産業分類が最初である。しかし,その大分類は大正9年(1920年)のそれと殆ど同じで,産業分類が職業分類を基礎にまず登場した。国勢調査用産業分類といっても,もともとは人口統計用である。したがって,個人の属する産業を調査するといっても,産業をいとなむ事業所を分類的的適用の単位としていない。

 次に昭和15年(1940年)の国勢調査用産業分類では,産業分類の適用単位を「自己の勤務する部門」と規定した。しかし,戦時色の工業分類ばかりが目立ち,それ以上のものではない(国際比較性への配慮も欠けている)。昭和22年国勢調査は事業所統計調査と並行して実施された。後者は事業所を直接の対象とした調査で,そのための産業分類が人口統計用として準用された。「サービス業」「ガス業・電気業・水道業」の新設,「商業」からの「金融業」の独立が,その特徴である。

 1950年は世界センサスの年で,それに向けて職業分類とともに産業分類も急速に体裁を整えていく。昭和23年(1948年),統計委員会のもとに「1950年センサス中央計画委員会」が作られ,その下部組織に「産業分類専門部会」が設けられた。同年3月,来日した分類の専門家W.H.カミンズ,T.M.ゾッキの指導のもとに,「日本標準産業分類仮草案」「日本職業分類仮草案」が出来上がった。これを用いて総理庁統計局が実施テストを行い,若干の修正を行ったものをGHQ経済科学局企画統計部に提案,これをふまえた「日本標準産業分類」は昭和24年(1949年)10月に制定され,さらに若干の修正が加えられて,昭和26年(1951年)4月30日に統計法による政令127号として公布された。筆者はここでまとめの意味もこめて,昭和25年から5年ごとの「国勢調査用産業分類(大分類)の構成」,大正9年(1920年)からの「各回国勢調査の産業分類の産業分類(大・中分類)」を一覧して掲げている(147-159頁)。(続く)

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