黄色い拍子木

たまのをよたえなばたえねながらへば しのぶることのよわりもぞする

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2007-07-22 22:08:15 | Weblog
曇天の中に、哀れみ程度の青空見える土曜日。

最初の会社で出会い、その後も故意にしていただいている
方と映画を見てまいりました。お会いする事自体も久しぶり
でしたので、積もる話を突き崩すのも、また楽しみです。

目的の映画はハリウッド超大作でもなく、ガーリーな
単館上映ものでもなく、社会派ドキュメンタリーです。
「BOY I AM」という、トランスジェンダー(FTM)の方に
焦点をあわせたドキュメンタリーです。

トランスジェンダーを行うにあたり、その方法は様々です。
映画で仕入れた付け焼刃の知識ですが、男性的な服装を身に
纏ったり、男性ホルモンを摂取したり、乳房を切除したり、
エニシング。今回の作品は乳房の切除を行うにあたり、本人の
心境や周りの変化、切除自体に絡む問題を扱っています。

正直、下調べもせずに見に行ったおろかな私には難解でした。

次々と出る専門用語(ブッチ?フェム?)と立場(アメリカの
ドキュメンタリーなので人種、階級、宗教などが絡む)の違う
3人の異なるトランスジェンダー感を理解しつつ、字幕を追う・・・
なかなか深淵を知るのは困難でした。

ただ、乳房を除去したことにより、結果的に「彼ら」が幸せ
そうに感じていたのは理解できました(この映画は、乳房の
切除を積極的に薦めている訳ではありません。単に、私自身が
感じたことです。誤解のないように)。そして、単純に
男性化する事が彼らの望みではなく、男性化にも段階があり、
許容がある事を知りました。

そりゃそうです。ステレオタイプで解決するなら、社会は悩み、
衝突する事はありません。紋きりで処理すればいいのですから、
この現象にかかわらず何でも。何事も多種多様であり、それに
対する理解を得る糸口がなければ、動機すら生まれないのですから。
動機があるから希望が生まれ、希望があるから変化があり、
衝突があるのです。結果、本当に望むべきを手に入れる可能性が
生まれるのです。

とはいえ、妹がトランスを希望したら・・・兄として、私は否定的な
行動に出るかもしれません。他人には許容できることであっても。
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