森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

十月桜はせつない花です

2018-11-13 01:02:42 | お散歩&写真日記

やっぱり十月桜は可愛くて、そして淡雪のように儚げでした。

そして下の囲みは、昨年の11月11日に投稿したものです。(ポッキーの写真ではなかったですね。


 

十月桜と秋散歩

11月8日、この日は薄曇り。でも今日行かないと、また行く日が無くなってしまうと毎年見に行っている十月桜を見てきました。 どんなに曇っていても良いのです。だって十......

 


十月桜は、毎年必ず見に行く事になっているのです。

 

上の囲みの記事内にもリンクしている「十月桜と共に」には、ブログ10周年の時に、まとめ記事的な物を書いていて、十月桜の記事の目次のようなものになっています。それと共に、なぜ私の家では、父の命日に墓参りには行かずに、父の誕生日の日に、皆で集まって墓参りに行くようになったのかと言う経緯が書いてあるのです。厳密に言うと、さらにそこにリンクしている「十月桜ですよ。」と言う記事に。

 

それは本当に不思議で、そして私にとっては切ない出来事だったので、その事が書いてあるその記事を、

>私はその時のその記事が大好きなんです。

と、「十月桜と共に」の中で書いています。

 

 不思議と言えば、近頃、お出掛けが多すぎて、備忘録として考えるならば、何も省きたくないので順番に遅れつつ書いているのですが、たまたま、今年の十月桜の記事は12日になってしまったのです。しかも仕事の時間になってしまい、ただのお散歩日記にもかかわらず、二つに記事を分け、後半を今書き始めています。

そう言えばと思って、メールを開けてみたら、昨年の記事が送られてきていました。だけど十月桜の記事は一日前でした。それを読んで、私はまた「あっ」と思いました。

この記事を書き終えて、アップする頃には日付が変わり11月13日になっていると思ったからです。

 

 だってそれは父の誕生日。

 

やっぱり忘れていた、私。

今年は18日にお墓参りに行くのです。

だから忘れていたのですが、もうサイン送らなくても良いですよ~って思ってしまいました。

 

― だって、ちょっと怖いわぁ、私。

いやいや、嘘です!!

これからも、ちゃんとサインを送ってください。

死者は言葉を持たないから、きっと何かの形でメッセージを送ってくれていると思うのです。

いえ、そう思いたいのです。そしてそのサインを受け止める事が出来るのは、受け止める事が出来ると言う感性のみです。

老いていろいろなものを失っても、その感性だけは失いたくないと思う私です。

 

 

 

ちょうどその時、どこかの学校が駅伝の練習をしていました。

星子さんが言いました。

「桜と走る人たち、良いコントラストになると思わない ?」

 

ああ、良いアイデアだなぁ。

とは、思いましたよ。

だけど技術が伴わなかった私・・・・・トホホ

十月桜は地味ですしね。

 

でも・・・・

まあまあ  ?

 

ずっと見ていたら、徐々に良く見えてくるから不思議です。

 

「十月桜」は今年は珍しく他の所でも見ました。

それはまた別のお話です。

 

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