森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

麒麟がくる第二回「道三の罠」

2020-01-26 23:40:42 | ドラマ (大河)

凄いなぁ、30分ずっと合戦シーンじゃん。

と思っていたら、最後に来たのはもっと恐ろしいシーンでしたね。

自分を討つ方と密約を交わしているものを、道三が許すわけないと思うのですよね。

お茶を飲めと言われ、とりあえず飲んでしまうなんて土岐頼純(矢野聖人)は油断しすぎじゃない ?

 

ツイッターのトレンドに「伊右衛門」が上がっていたのが、おかしかったです♪

 

今回の戦いは、「加納口の戦い」と言うのですね。

一応、ウィキペディア様でおさらいなんかしてみました。気になる方は→こちらです。

 

私、日本史は教科書レベルの事しか知らなくて、帰蝶とこの頼純が最初婚姻していたなんて知りませんでした。政略結婚だったわけですが、この夫が死んで、帰蝶は少しは悲しむのかしら。

やっぱり愛なく嫁ぎ、父親を殺そうとした夫なんか死んでも悲しまないのかも知れませんね。(次回を見れば分かることですね^^)

だけどあの時、父道三に、彼女は戦支度もせずにやってきた夫の非礼を詫びていましたよね。かなり強い口調で夫に文句も言っていたし。彼女なりの意味があったのかも知れませんね。

 

しかし道三の逆襲は見事でしたね。一気に形勢が逆転して道三が勝つわけですし、本木君の道三はカッコいいです。ケチではありますが。それゆえに光秀は旅費の半分を返せと言われ、侍大将の首を二つは取らないと借金を背負う事になってしまうわけで、それゆえ合戦中、ずっと彼は「侍大将~ !!!」と叫び続けなければならなかったわけですね。

抜きんでた計略家ではあったものの、道三は家来から好かれていたかは別な事でしたね。

 

侍大将を求めて叫びながら走り回る光秀や、道三の計略など長い合戦シーンでありながら、見ごたえがありました。だけどただ一つの合戦のシーンを見せつけられていたわけでは無かったですね。

戦った侍大将の顔が叔父上に似ていた。それゆえに首を取ることをためらったというシーン。叔父上に似ていた侍大将は、露骨にその叔父上(西村まさ彦)が演じていたものですから、最初、私は意味が分からずに混乱してしまいました。

「叔父上、裏切っていたの? 形勢不利になって籠城なんかしたものだから抜け出して敵側についていたって事なの ?」なんて、そうとう無理な展開を思ってしまったのです。

でも彼は、叔父上に似ていた別の人でした。

そんな事があって、光秀は勝ち戦でありながら、心の底から喜べなかったのです。

首を取った人にも、自分と同じように頼りにし慕っている子供や甥がいるかもしれなかったのです。そんな事はドラマの中で一言も言っていませんでしたが、「こんな事が侍の本懐か。」みたいなセリフがあって、なかなか奥の深い話だなと感じました。

 

ところで岐阜城は、本当に天空の城でしたよ。

2018年の秋にツアーで出掛けた時に、そう思いました。ツアーだったがゆえに上って城には行けなかったのですが、機会があれば行ってみたいお城だと思いました。

夜の街から。真ん中にある白い点が、ライトアップされた岐阜城です。

山が見えないので、さながら天空に浮かんでいる城にさえ見える所がナイスでした。

 

 

 

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「誰にも感謝されず」

2020-01-26 03:37:49 | 梢は歌う(日記)

先日私は横浜市営地下鉄に乗ると言う、人生で二度目の経験をした事は話したと思うの。

その時の事なんだけれどね。

まあ、街を歩けばいろいろなドラマがあるよねって話です。

 

市営地下鉄は優先座席が無くて、譲り合いを奨励しているんです。つまり当たり前の事を、昔ながらのやり方で当然のようにやれと言っているのだと思います。

乗った時に、「ああ、優先席がないわ。」って気が付きました。

だけど、ちょっと本当かなと思って、今調べてみたら間違えていませんでした。

「全席優先席」なんですって。

良い事だなと思うんですよ、コレって。

でもある意味微妙ですよね。当たり前の事が当たり前じゃない世の中、なかなか代わってもらえないという事も多いらしく、「譲り合いシート」なるものもあるらしいです。

 

そして普通に混んでいるラッシュ前の夕方・・・・。

私の前の席が空きました。

だけど私はドアの方を向いて、軽く頷き手でどうぞと合図をある男性に送ったのです。

杖を突いた中年の男性でしたが、立っているのが辛そうだったのです。

その人は深く頷くと、無言でその席にドカッと座りました。

なんだか「とーぜん」と言う感じがして、ちょっとだけ驚きました。

またその横が空いたので、私もその人の横に座りました。

そして私が降りるために席を立っても、その人はブスッとした表情で無視。

なんとなく私は寂しくそれを感じたのでした。

 

だけど電車を降りながら、

あれは嘘だったのかと、もうひとりの自分が私に問うてきました。

「『そう言うものに私はなりたい』って言ったでねぇか。」

なんでか心の中の私、いろいろなボキャの持ち主です。

『雨ニモマケズ  風ニモマケズ・・・・・』

人のために頑張っても、誰にも感謝されず、だけどそう言うものになりたいって思ったのじゃないのか自分。

席を譲ったら、にこっと微笑まれ「どうも」と言われたいのか、私。

「あー、なんてちっぽけなんだぁ、私。」

 

その後にあったラッタさんに、今の話をすると、

「その人、そう言う障害の人だったんじゃないかな。」と彼は言いました。

私もなんだか、その人に感じた違和感みたいなものに、それを思い始めていたのです。

最初に深く頷いた時、その人は無表情の顔の奥では、本当は「ああ、助かった。ありがとう。」と言っていたのかも知れなかったのです。

 

「あー、まだまだだなぁ、私。」

 

と、こんな年齢になっても、「まだまだの人」継続中です。

 

因みに『雨ニモマケズ』の詩の中には「誰にも感謝されず」なんて言葉はありません。「まだまだの人」が勝手に思い込んでいただけです。

たぶん「ホメラレモセズ クニモサレズ」が脳内で変換されていたのですね。

それでも『雨ニモマケズ』は本当に好きで、ずっと以前に記事にしていて、原文はそこに載せてあります。

こちらです→「雨にも負けず」

 

 

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