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コジキジゲン

対+「象・照・称」・大+「賞・将・笑・小・証・商」・代+「償」

2018-07-30 16:23:31 | 古事記字源

 ・・・「大輝丸事件」・・・「火星(Mars )の時代」・・・Red Planet(レッド・プラネット・赤い惑星)・・・「マーウォルス(マウォルス、Māvors)・マーメルス(マメルス、Māmers)」・・・「グラディーウゥス(グラディウス、Gradīvus、進軍する者という異称)」・・・「アレース=アーレース(ΑΡΗΣ、Arēs、Ἄρης, Ārēs)」・・・聖樹は「トネリコ(梣)=木+山+今?」・・・「和名の由来は、本種の樹皮に付着しているイボタロウムシ(イボタ蝋=虫白蝋・水蝋蝋)が分泌する蝋物質(イボタロウ:いぼた蝋)にあり、動きの悪くなった敷居の溝にこの白蝋を塗って滑りを良くすることから「戸に塗る木(ト-ニ-ヌル-キ)」とされたのが、やがて転訛して「トネリコ」と発音・樹皮は民間薬で止瀉薬や結膜炎時の洗浄剤」・・・???・・・舎人子?・・・「イボタロウカイガラムシ、イボタロウカタカイガラムシ」・・・疣・肬・・・異母太郎・揖保太郎・・・
 揖=ゆずる・あつまる・へりくだる・あつまる・あつめる・ユウ・シュウ・会釈・胸の前に両手を組み合わせて行う礼法・一揖・揖譲・揖揖・・・
 揖=扌+咠=手+口+耳=ユウ(イフ)・笏(しゃく)を持ち、上体をやや前に傾けてする礼・中国の昔の礼の一・両手を胸の前で組み、これを上下したり前にすすめたりする礼・・・葺(ふき)・茸(きのこ)・・・
 「儋耳(タンジ)・珠厓(シュガイ)」=海南島
 「夷洲(イシュウ)」=台湾
  ↓↑  ↓↑
 「粤(エツ)の地は
  牽牛・婺女(ブジョ)の分野
  今の
  蒼梧・鬱林・合甫・交阯・九真・南海・日南
  の諸郡は、みなその分野として粤(エツ)の地
  ・・・
    粤=ノ+囗+米+丂
      異体字は𠿋・𦉿
      粵ここに・ああ・エツ・オチ・発語の語・嘆息の声
  合甫郡の
  徐聞県より
  南方海上に出れば
  大きい島があり
  東西南北千里四方で
  武帝の元封元年(前110)
  これを略取して
  儋耳(タンジ)・珠厓(シュガイ)
  の二郡を置いた
  民はみな布を服ているが
  ひとえの夜着のようであり
  真ん中に穴を穿って頭を出していた
  男子は農耕し
  禾稲(イネ)・紵麻(チョマ)を種え
  女子は桑蚕・機織・紡績をした
  馬と虎がおらず
  民に牛・羊・豕(ブタ)・鶏・犬の五畜あり
  山に麈(シュ)・麖(ケイ)が多くいた
      シュもケイも大鹿
  武器は矛・盾・刀・木弓弩・竹矢、骨鏃があった
  郡県となった当初より
  吏卒の中国人に
  侵害されることが多かったため
  その民はおおむね数年に一度叛乱した
  元帝(前48~前33)
  この地を放棄した
  (『漢書』地理志下粤)」
  ↓↑
 咠=ささやく(囁く)・そしる(謗る・誹る)・シュウ・ユウ
  ↓↑
 「カイガラムシ(介殻虫・Coccoidea)
  カメムシ目ヨコバイ亜目腹吻群カイガラムシ上科に
  分類される昆虫の総称
  果樹や鑑賞樹木の重要な害虫
  いくつかの種で
  分泌する体被覆物質や
  体内に蓄積される色素が重要な
  経済資源ともなっている分類群」・・・
 「ルビーロウ-カイ-ガラムシ」・・・?
 ルビー=紅玉 (birthstone)・真紅色・・・ルビ(ruby)
 カイ=甲斐(X)・回・解・海・歌意・・・?

 「1945年、九州大学の
  安松京三は、
  九州大学農学部植物園で
  月桂樹(ゲッケイジュ)の枝に寄生した
  ルビーロウカイガラムシを採集し
  ガラス管に入れておいたところ
  トビコバチ科の新種の
  寄生バチが出てきたのを発見
  1954年
  石井悌と連名の論文で新種記載
  ルビーアカヤドリコバチ・・・紅玉赤宿小蜂?
  (Anicetus beneficus Ishii & Yasumatsu)
  と命名された」・・・
  ↓↑
 安松京三(Yasumatsu・アンショウ キョウゾウ)
         ・・・安=宀+女
            松=十+八+八+ム
            京=亠+口+亅+八
            三=参
 と
 石井 悌(Ishii)・・・「磐井・岩井」の「悌=忄+弟」
    悌=したがう・やわらぐ・やすらか・テイ・ダイ
      年長者に従順なこと・孝悌
      兄弟の仲がよいこと・悌友
      兄や目上の者に素直につかえること
      やわらぎ楽しむこと・豈悌(ガイテイ)
  ↓↑
 ルビーアカ-ヤドリ-コバチ

 2018/7/29/22:30
 「アレース=マルス=戦いの神・・・阿(蛙)例重素(諏)
  神なのに
  人間のディオメーデースに敗北・・・神に勝ったのは
                ヤコブ=イスラエル(旧約聖書)
           イスラエル(神と戦う者という意味)
  (アテーナー女神がディオメーデースを支援)
       ・・・芦名・葦名・蘆名・蘆品・足名?
  ヘーラクレースからは半殺し
  巨人の兄弟アローアダイ(オートスとエピアルテース)
  により
  青銅の壺の中に
  13か月間幽閉された
  アレースの好戦的な神格が
  ギリシア人には不評・・・
  主にギリシアの蛮地であるトラーキアで崇拝・・・」
  ・・・「トラキア」・・・虎起(来)鴉・・・虎は香良洲から来る?
 「神々の中では嫌われ
  愛人のアプロディーテー(ヴィーナス)や従者と子供達
  そして彼が引き起こした
  戦争が冥界の住人(死者)を増やすことから
  冥界の王・ハーデースとは関係が深い」・・・
 「アンタレス(Antares)
  さそり座α星・火星に似たもの(ギリシア語)」を意味する
 「"Άντάρης"」に由来・・・

ーーーーー
 1922年(大正11年)・・・弐拾弐・拾壱
 ↓↑・・・1922年=千九百弐拾弐=千玖珀念仁
      大正11年=タイショウ十一ネン
          =対象・対照・対称・大賞・大将・大笑
        ・・・大小・代償・大証・代将・大商
           十一念・撚
 ↓↑
 大輝丸事件(だいきまるじけん)・・・一の人の光の軍
 日本の「海賊」による・・・「海賊」?
 外国人殺害事件
 「尼港(ニコライエフスク )事件の復讐」
 ↓↑ ・・・シベリア出兵中の
    日本軍隊と
    ソビエト・パルチザンとの間の紛争事件
    1920年2月
    アムール川河口の
    ニコライエフスク (尼港) を
    占領中の日本軍は
 ↓↑ ソビエト・パルチザンの攻撃を受け降伏

 ↓↑ 将兵および居留民は捕虜
    パルチザン側は
    351名の日本将兵、副領事を含む
    383名の日本居留民を殺害
    市内を焼払って逃亡
    ソビエト政府は
    事件責任者を死刑に処し
    事件には無関係との態度をとった
    日本政府は交渉すべき
    相手方政府が存在しないことを理由に
    北樺太・サガレン州の主要地点を保障占領
    日本軍は
    1922年10月まで
    4年2ヵ月とどまり
    北サハリン占領は
    1925年5月まで続き
    日ソ基本条約附属公文において
 ↓↑ ↓↑
    ソビエト政府が
    日本政府に遺憾の意を表明
    6月24日
    シベリアから日本が撤兵を声明
    日本側も保障占領を解除し解決・・・
    10月25日
    シベリアからの樺太北部を除いて日本軍が撤兵を完了
    12月27日
    鳳翔(ホウシヤウ)
    日本海軍初の航空母艦・世界初の新造空母
    12月30日
    ソビエト連邦成立
 ↓↑
 大正11年(1922年)
 大正 9年(1920年)の
 「尼港(ニコライエフスク )事件の復讐」
 の名のもとに
 江連(えづれ)力一郎
 らが
 ロシア船を次々と拿捕して
 積み荷を略奪
 ロシア人12人、中国人4人、朝鮮人1人を殺害
 ↓↑
 2年前の
 大正9年(1920年)
 ロシア沿海州の都市
 ニコライエフスク (尼港)が
 パルチザン(ロシア赤軍?)の襲撃を受け
 多数の市民が虐殺
 多数の婦女子を含む
 在留
 日本人700人が巻き込まれて全滅
 女性への残虐な殺害
 日本社会は反露感情に沸き立った
 ↓↑
 1922年(大正11年)10月9日~10月22日、23日
 大輝丸事件(だいきまるじけん)
 事件の経過
 ↓↑
 首謀者
 江連(えづれ)力一郎(当時34歳)は・・・江連力一郎?
 茨城県
 結城町出身
 海城中学卒
 明治大学中退
 のちに
 陸軍に入隊し軍曹
 彼は柔道、剣道、合気道など各武術をきわめ
 段位は合計で30段
 ↓↑
 尼港での
 惨劇に悲憤慷慨し
 復讐を決意
 軍部や実業家から
 潤沢な資金を回収し
 決行の機会をうかがった
 神戸西之宮の
 相沢汽船会社所有の
 船・大輝丸740トンを用意し
 「オホーツク海に砂金採取に行く」
 と称して乗組員を募集
 呼びかけに
 人夫、失業者、学生など
 60人が集まった
 9月26日
 北海道・小樽を出航
 10月1日
 樺太北部の
 アレクサンドロフスク・サハリンスキーに入港
 江連は乗組員全員を船の甲板に整列させ
 ピストルを誇示しつつ檄を飛ばす
 ↓↑
 「オホーツクでの砂金回収60貫は
  流氷による航海不能により見送ることにする。
  そこで我らは進路を変え、
  アムール川河口の
  ニコライエフスク (尼港)に向かう。
  諸君らもよく知るはずの尼港だ!」
 ↓↑
 10月9日
 ニコライエフスク (尼港)に入港
 沖合でロシアのランチ1隻、発動機船1隻を略奪
 北樺太の
 ポコピー、デスカストリー付近で
 帆船1隻および多量の海産物や油類を略奪
 同時にロシア人船長以下12人
 および先の発動機船の乗組員4人を
 大輝丸の船員室に監禁
 ↓↑
 10月22日、23日
 捕虜17人全員を甲板に引き出すや
 命乞いを聞き入れることもなく
 ピストルと日本刀を使い分けて殺害
 小樽に帰港し
 略奪品を荷揚げし、
 各乗組員に150円ずつの分配をし
 厳重な口止めを約束させて解散
 ↓↑
 事件後、乗組員だった
 田中三木蔵
 菊池種松
 が、自首し事件が発覚
 「兵站」として使用していた
 稚内の倉庫から
 大量の武器弾薬が発見
 江連は直ちに全国に指名手配
 江連は
 情婦の「生首お梅」
 参謀格の
 石川房吉を引き連れ
 札幌郡下手稲村の
 温泉旅館・光風館に逗留
 同年12月13日
 警官隊の急襲を受け
 抵抗することもなく縛についた
 江連は取調べの席でも法廷においても
 「ニコライエフスク (尼港)事件で
  殺害された日本人の霊をなぐさめるため
  天にかわって正義の剣をとり
  懲罰をこころみた」
 旨弁明
 3年間、未決であったが
 大正14年(1925年)2月27日
 懲役12年の刑に処せられた
 他の乗組員34人には
 懲役12年から
 罰金500円までの有罪判決が下った
 ↓↑
 江連はのちに数度にわたる特赦
 昭和8年(1933年)に出獄
 翌9年
 マリー・ローザンヌ号
 金塊引揚事件に関与し再び捕らえられるが無罪
 後に満蒙開拓団に加わった・・・
 消息は不明
 心形刀流杖術・・・心形(シンケイ)⇔神経・唇形
          刀流(トウリュウ)⇔逗留・東流・当流
          杖術(ジョウジュツ)⇔上述
 を学んでいた江連は獄中で
 ステッキ術の指南書を著し
 現在でも復刻版が刊行
 未決のままであった二人の乗組員のうち、
 一人は戦後見つかって
 執行猶予つきの有罪判決
 他は
 事件発生から
 45年後の1967年2月28日
 東京地裁は時効完成による免訴の判決
 ↓↑
 日露戦争中に
 北海道国後島海岸にて
 沈んだロシア軍用船
 「アンナ・ローザンヌ号」
 から金貨2500万ドルを引き上げると騙って
 1万6千人あまりから
 36万円(当時)を集めた詐欺事件
 資金集めのため設立された後援会には
 会長・有馬聡頼子爵
 理事長・三輪光儀陸軍少将
 をはじめ名士が多数名を連ねていた・・・
ーーーーー
 ・・・???・・・「拉致誘拐被害者」を「救済・救出」出来るか・・・「救済・救出」出来なかったとしたら・・・

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