子連れ競馬日記「ブランクは馬の首より長く」だったもの

昔、失業して子連れで馬券買ってたころの日記
「さるさる日記」2011年6月30日閉鎖のため
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子連れ競馬日記「ブランクは馬の首より長く」だったものです

2011年06月19日 | 日記
こちらは閉鎖される「さるさる日記」にてつけていた
子連れ競馬日記「ブランクは馬の首より長く」
のログになります。
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ノリさんおめでとう

2009年06月01日 | 日記
横山典弘騎手がとうとうダービージョッキーの称号を手にしました。

ノリさんは自分のちょっと年上で、自分が競馬小僧を始めた頃にメキメキ売り出していたノリにノッていて、時にノリ過ぎる関東No.1の若手ジョッキーでした。

年を経て年輪を重ねたノリさんも、ついにダービージョッキーです。

柴田政人さんのウイニングチケットのダービーを見ていた先輩方の気持ちが分かったような気がします。

ちなみに、名手と呼んで差し支えないクラスのベテランジョッキーの悲願のダービー制覇ってのは地方競馬出身の安藤勝己サンを別にすれば近年では河内洋サンのアグネスフライト以来、美浦所属に限れば、サニーブライアンの大西直宏だと「名手」というくくりが微妙というかハッキリ言って外れていると思うので、柴田政人サンのウイニングチケット以来の快挙ということになります。

関東の騎手が鞍上のダービー馬というと、自分が本格的に競馬を始めた後に限って言えば

ダイナガリバー
メリーナイス
サクラチヨノオー
ウイナーズサークル
アイネスフウジン
ウイニングチケット
サニーブライアン

と、その後が微妙な馬のオンパレード。

ロジユニバース&横山典弘の今後が正直心配ではありますが、それでも今はノリさん初のダービータイトルへの祝福の気持ちで一杯です。
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「数字はユタカが破っちゃうだろうから…」

2005年03月22日 | 日記
「数字はユタカが破っちゃうだろうから、ボクは56歳の記録抜き」

1年以上前に「岡部さんが復帰してくれた」ことを踏まえた日記を書いた。競馬不在の土地から競馬のある日常に復帰し、その後仕事の都合で、再度週末の競馬を見ることの無い生活に逆戻りした直後の日記である。結局、リアルタイムで中央競馬に触れることのできない生活を送ることになっている自分が今ここにあるわけだが、そんな自分にとっても、岡部騎手の引退という出来事の持つ意味はあまりにも大きい。タイトルとして選んだ言葉は、岡部騎手引退に当って「岡部さんを神輿に乗せて担ごう!」と発案した横山典弘騎手の言葉である。

自分は武豊JKや蛯名正義JKと同じ学年で、競馬を始めたのは彼らが競馬学校を卒業してデビューするちょっと前である。故に、競馬ファン心理としてはそのちょっと前の柴田善臣JKや横山典弘JKが自分の競馬暦の同期である、という感覚がある。善臣やノリが徐々に信頼できる乗り役となっていくのを見ながら、あまりに簡単に一流JKとしての地位を確実なものにしていく武豊に「面白くねぇ」と感じていた関東の競馬ファンだったワケだ。

ただ、しばらく競馬を離れている間に、武豊という人間の存在感は単なるトップジョッキーを通り越したものになってしまっていた。しばらく離れていた「競馬」というスポーツが以前にも増してメジャーな存在であったことが、競馬界そのもののスポークスマンとして武豊の存在と切っても切れないものであると実感するに当って、かつての「面白くねぇ」以上の感覚が彼に対して産まれているのも事実だ。

正直、競馬が大変なこの時期に「得難い存在」としての武豊がいたことの幸福を思わずにはいられない。でも、武豊はわかりやすすぎるんだよなぁ。岡部幸雄を見つけた時の自分ってのは「小僧である自分を競馬というマイナーだけど深い世界へと誘うその道のメジャーを見つけた!」ってな幸福を感じていたと思う。で、岡部から的場均や的場文男や高橋三郎や佐々木竹見や石崎隆之や本間茂や…ってしつこいね。でも、今の武豊って、長嶋・王まで行かないまでも、千代の富士とか中田英寿だよね。

なんか酒が回ってきたのでちょっと怪しくなってきたけど、これから競馬を覚える人間には、横山典弘とか柴田善臣とか(弟曰く)内田博幸とかあたりから入ってきて欲しいなぁ。
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タケユタカと同時代である幸と不幸

2004年02月06日 | 日記
自分は彼とともに興隆し、この退潮を迫られるべき時代においてそれに抗いつづける中央競馬というものを眺めてきた者なのですが、一歩距離を置いてというか、直近で見つづけることをしつづけられなかった(という負い目を持つ)者の視点から見た、武豊という存在の大きさというものを、その後ろめたさ故に逆に眩しく感じます。

自分は、この世代としては稀な
「自分が知っている中央競馬に後から加わってきた存在としての武豊に対する反感」
を感じている人種なのは間違いありません。

自分は武豊のちょっとだけ上の世代なのですが、その更に上の世代にとっての彼はスタートの段階では
「父である武邦彦を思わせるor彼の父が居た頃の競馬を思い起こさせる懐かしい舞台装置」
だったはずであり、彼のデビュー後に競馬を始めた世代にとっては
「自分の知る以前にすでに存在していた、競馬と馬券の不条理さを体現する当然の舞台装置」
でしょうから…。

自分のような人種は、武豊のことを、前者のようなベテランのファンのように
「新たに加わった、自分の知るかつての競馬との連続性を、また別の一面において語る存在」とも
新たなファンのように
「自分が参加する以前から存在していた競馬の難しさを当たり前のように体現する存在」とも捉えられないわけです。

それ故、彼ような存在は、自身の経験を根拠に存在することを歓迎することも難しければ、自身よりも前に存在していたことを根拠にその存在を諦めることも難しい存在であるわけです。

加賀武見調教師が語ってたように「シンザンはルドルフより強かったと信じたい」と語るほどには「武豊=ルドルフ」以前の競馬を知っているわけではありませんし、「オペラオーはルドルフなんかより断然上じゃん」と言いきるほどには「武豊=ルドルフ」の(特にデビュー直後の)すごさについて無知ではありません。

ただ、であるが故に「彼の存在の大きさ」を真正面に受け止めつつ「彼以前の競馬の素晴らしさ」をキチンと語っていくことの大切さというものを感じます。それ故に、JRAが馬だけでなく、馬に関った人々の顕彰制度を制定したことは素晴らしいことだとは思います。でも、同時に、顕彰制度自体は、既に過去の存在となった人々に光を当てる制度であることも事実です。

それだけに、武豊以前の競馬を象徴する岡部幸雄騎手の復帰は心強いことこの上ありません。
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新お馬さん遊び パートII

2003年09月02日 | 日記
カミさんによると
この間、お母さん同士のあつまりにムスコを連れていって、子供同士あそばせていた時のこと。ムスコと同い年の子と、それよりちょっと大きな子が極々ノーマルなお馬さんごっこをしていたのだそうだ。ムスコは二人がお馬さんごっこをしている横に立って、四角いブロックを片手に、もう片手には細長いブロックを持って、そのお馬さんごっこを眺めていたらしい。

で、その時のムスコがニコっと笑って曰く

「レース見てるんだ」
「新聞に書いてるの」


だってさ。四角いブロックはマークシートのつもりなんだろうな。
ちなみに他のお母さんは見ていなかったそうです。
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