保福寺
阪急電鉄京都線桂駅から南東へ約1 km の所にある。近くには桂高校及び自衛隊の桂駐屯地がある。
浄土宗本願寺派のお寺であり、独自にホームページを持っている。そこには当寺の縁起がまとめられており、それによると鎌倉時代の終わりころ、正安2年(1300)の創建とされている。そういった点からはかなり歴史のあるお寺であり、当時からこの地にあったものだと思われる。江戸時代の天保年間に火災で堂宇を焼失しており、再建はかなり苦労があったようだ。火災で残された古い木材を合わせて、なんとか本殿を建てたのが江戸時代の終わり頃。明治になってから庫裏の一部を増改築したと言う。そして戦後の1981年に庫裏を新築、駐車場を設けて現在の姿になったとのことだ。
本願寺派と言っても西本願寺の方で、当然巨大な勢力および財力を有していた宗派なので、おそらくそこそこの支援はあったのではないかと思うが、それにしても最終的にお寺の全体像が揃ったのが今から40年前というのも少し腑に落ちないところがある。あくまでも最低限の支援だけに留め、檀家さんを中心に自力で再建を目指して長い年月がかかったのではないのかとも考えられる。
お寺としては比較的小さい方になるが、本堂の建物は残された廃材などで建てられたとは思えないほどなかなか立派なものに見える。境内もよく整備されており、お寺らしいお寺であり周囲の人々の信仰の場となっているんだろう。
阪急電鉄京都線桂駅から南東へ約1 km の所にある。近くには桂高校及び自衛隊の桂駐屯地がある。
浄土宗本願寺派のお寺であり、独自にホームページを持っている。そこには当寺の縁起がまとめられており、それによると鎌倉時代の終わりころ、正安2年(1300)の創建とされている。そういった点からはかなり歴史のあるお寺であり、当時からこの地にあったものだと思われる。江戸時代の天保年間に火災で堂宇を焼失しており、再建はかなり苦労があったようだ。火災で残された古い木材を合わせて、なんとか本殿を建てたのが江戸時代の終わり頃。明治になってから庫裏の一部を増改築したと言う。そして戦後の1981年に庫裏を新築、駐車場を設けて現在の姿になったとのことだ。
本願寺派と言っても西本願寺の方で、当然巨大な勢力および財力を有していた宗派なので、おそらくそこそこの支援はあったのではないかと思うが、それにしても最終的にお寺の全体像が揃ったのが今から40年前というのも少し腑に落ちないところがある。あくまでも最低限の支援だけに留め、檀家さんを中心に自力で再建を目指して長い年月がかかったのではないのかとも考えられる。
お寺としては比較的小さい方になるが、本堂の建物は残された廃材などで建てられたとは思えないほどなかなか立派なものに見える。境内もよく整備されており、お寺らしいお寺であり周囲の人々の信仰の場となっているんだろう。
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